927: 影真似 :2022/04/03(日) 20:54:35 HOST:182-165-183-108f1.osk2.eonet.ne.jp
………投下無し確認。
予告したのもあったのですが久々に創作意欲が湧いたので投下します。

夢幻世界 小ネタ 「リシュリュー」

―WW2末期、ブレスト軍港にて

「英国の奴らに気付かれて来る前にはやく乗り込め!もうこいつに乗るしか生き残る術はない!!」

フランス海軍上層部の重鎮の一人が声を押し殺しながら鬼気迫る表情でそう言うともはや歴史上の遺物、いや消えゆく残骸と化したフランス本土から逃げようと、ブレスト軍港に放置されていたリシュリューに乗り込む政治家や軍人が我先にと乗り込む中姿を見ながらジョルジュ・ビドーは複雑な心境にあった。

―リシュリュー。……旗艦と祭り上げられながらドーバー海峡海戦にて大破した後は中途半端に修復させられ、「無駄飯喰らいの灰かぶり」と陰口を言われた挙句、ろくな装備も無しに見知らぬ土地へと我先に亡命する我々の捨て駒とされる、か。

そう考えるのも無理はない、ドーバー海峡海戦にてイギリス潜水艦が発射した英国産酸素魚雷の雷撃が旗艦の戦艦リシュリューに二本命中して混乱した際、その好機を逃さないよう畳みかけたイギリスの反撃によってリシュリューは大破したため、ブレストにてその傷を癒し再び旗艦としてイギリス艦隊と相まみえる予定であった。
しかし、一向に好転せず戦況の悪化が続くことで遅れに遅れ、手のひらを返したフランス国民に「無駄飯喰らいの灰かぶり」と陰口を言われても何とか最低限は修復出来た時には、植民地の混乱、マジノ線の崩壊によってすべてが白紙となり、焦土戦による抵抗がフランス人自身の手によって各地で引き起こされる死と破壊の地獄となった時には、欲望のままに行動するフランス人の脳裏に彼女のことなどさっぱり消えていた。そして今、政府が崩壊し大多数の官僚や政治家、軍人などこの混乱を纏められる人物がドミノ倒しのように消息不明となり、生き残ったごくわずかな人々の一人に「善意の情報提供者」によってリシュリューの情報がもたらされ、現状に至る。そんな彼女の武装は高角砲や機銃に加え、間に合わせの資材で主砲射撃可能状態第一主砲塔のみ。
戦前の旗艦としてフランスの誇りと言われた彼女の姿とはかけ離れた者であった。

「………悪く思わないでくれよ。せめて未来においてフランス再興の礎となる名誉を誇りに思ってくれ。」

そう溢しながらビトーも他の人々と同じように乗り込み。急ピッチで「良く見れば埃が他と違ってあまり被っていない」エンジンが起動させられる。この後の予定では、現在辛うじて米軍の占領下にあるポルトガルとカーボベルデ諸島と経由してアメリカ軍と合流しつつ、アメリカ本土にて再起を図る。
その際我々はリシュリューを乗り捨て囮とすることで少しでも時間を稼ぐ必要がある。そうしなければ、もう彼らに後はない。

―そう、もう後がないのだ。ペタンはブルボン宮殿にて暴徒との抗争中の最中宮殿の爆発によって生死不明、ド・ゴールもリュクサンブール宮殿にて籠城戦を試みるも同じく暴徒との構想中に宮殿で突如発生した大規模な火災に巻き込まれその後は生死不明。………………もはや、私が、私しかフランスを救えるものはいないんだ!!

「だからリシュリュー。フランスの、私のために死んでくれ。」

そのビトーの絶望と願望と狂気の混じった慟哭は、次の瞬間閃光と爆発によって無慈悲に否定された。

928: 影真似 :2022/04/03(日) 20:59:21 HOST:182-165-183-108f1.osk2.eonet.ne.jp
— — — 

「………………妙だな」

そう溢すのは手に何かしらの起爆スイッチを持った男、否フランスを廃滅へと追い込んでいる『彼』の予定とは少し異なることが起きていた。ペタンやド・ゴールと言った名だたる人物や
無名ながらも才のある人々の芽を消していき、後がない生き残りたちにリシュリューの情報を提供する。長い間放置されていただけあってエンジンなどの主要部分には起爆装置を仕込み済み、ある程度の出航を確認してから爆破する。その後はフランスをフランス人の手によって廃滅させる最終段階であった。

—エンジンが起動しきったタイミングで発生した火花が漏れ出た蒸気に引火するなんて「偶然」でも発生したのか?まあいい、要は済んだ。

そう考え離れようとする彼だったが、爆風の影響でひらひらとこちらに目掛けて飛んでくる何かに目を奪われる。そして彼目掛けて一直線に飛んできたものを見て立ち止まりそれを手に取った。

—これは………リシュリューの軍旗。

それを手に思わずリシュリューを見ると汽笛が鳴った。船体が折れ黒煙と炎に包まれながらもはや誰も生き残っておらず沈んでいくはずの戦艦がこちらに答えるように汽笛を鳴らしたのである。

—………確か、ジャパンには『ツクモガミ』という概念があったな。………かつては旗艦として持ち上げられながら手のひらを返された彼女なりの、最後には戦うこともせずに本土から逃げる奴らへの怒りとこちらへの意思表示、か?

そして彼は少し考え、自ら「誇り高き死」を選んだ彼女少しの黙とうを捧げ、ささやかな「お節介」を行った後振り返ることなくその場を去った。フランスをこの世から完全に駆逐する為に。

929: 影真似 :2022/04/03(日) 21:05:12 HOST:182-165-183-108f1.osk2.eonet.ne.jp
— — — 

「そうか。そう言えばこの旗についての話はしてなかったな」

そう言って自宅にて孫と会話する男、バーナード・モントゴメリーが話しながらガラス製のケースに丁寧に飾られた旗、リシュリューの軍旗を見ながら懐かしそうする顔に息子であるデヴィッド・モントゴメリーは父が最初に自分に話してくれた時を思い出した。

—これを持って帰るのは大変だったんだぞ。あの時のフランスへの悪感情は今以上にとても言葉に出来ないものでな、ロスカンヴェル半島に突き刺さってたこの旗の処遇を巡っては問答無用で燃やすべきだという意見が大半で直ぐに燃やされそうだったんだが、旗にフランス語で書かれたこの文字に気付いてからは意見が割れてな。元帥の権限で私が持ち帰ることにしたんだ。

父は「別に彼女に罪はない」と言って多少強引に持ちかえってからは、リシュリューという戦艦に興味が湧いたのか船の経歴を調べることがちょっとした趣味になり、そんな父を周囲は「あのフランスの旗艦であったリシュリューにのめり込むなんて変わってる」、など少し呆れてはいたが、徐々にドーバー海峡海戦後の彼女の悲惨な扱いが判明するようになり、フランスへ怒りと彼女への同情が起こるなどの効果が少しながら出でいたのを見て得意げになっていた父の表情を思い出すと未だに少し笑ってしまう。

「………今、あなたが生きてたらベッドから飛び起きて喜びの舞でも踊りそうだ」

そう溢す理由は、元フランス領現ドイツ領での工事で発見され、今や連日世界中の学会やシンクタンク、政府関係者など上から下まで阿鼻叫喚の滅茶苦茶な状態にしている一冊の日記の著者、仮称『簒奪者』の日記内の言及にてリシュリューの記載があり、軍旗にまつわるエピソードと彼が軍旗にあの文字を書いた張本人と言うことが明らかになったからだ。
この影響でリシュリューは『近代のジャンヌダルク』『自由を求めた悲劇の女神』などと周知されるようになり、現イギリス連邦帝国所属ノルマンディー領ブレスト港記念公園にあるリシュリューの錨のレプリカがあった鎮魂記念碑とロスカンヴェル半島にある軍旗のレプリカがある記念碑には人が押し寄せ、自分が持っている軍旗は突然計り知れないほどの歴史的価値を持つことになったが彼にこれを手放す気はさらさらないし、ノルマンディーの住民がさせないだろう。なにせ、彼デヴィッドの、ノルマンディー総督であるデヴィッド・モントゴメリーはかの軍旗を父の代から同好の手助けもあって個人的にノルマンディー総督府のシンボルとしており、日記の開示後に至ってはその地位は今や盤石なものとなっている。今、イギリス政府が大英博物館に寄贈しろ、などという命令が来た日にはすさまじい批判の嵐が世界中から殺到するだろう。かの『偉大なる王』がその身を捧げ気付き上げた今の帝国をいたずらに騒がせるような真似は決してすまい。

そう考え、彼はいつも通りノルマンディー総督としての役割を果たすため、飾ってある軍旗の文字を一目見ると、日々の業務に取り掛かった。


—軍旗にはこう書かれている。

—『誇り高き戦艦リシュリュー、ブレスト湾にて眠る。彼女は自らの死を誰にも穢させず、誰の名誉も乏しめず、最後まで自らの意思を示し続けた。』

930: 影真似 :2022/04/03(日) 21:10:02 HOST:182-165-183-108f1.osk2.eonet.ne.jp
以上です。

と言うことで、夢幻世界における彼女に関わった人々と彼女の奇妙なその後でした。これが切っ掛けで某極東の大陸が簒奪者×リシュリューネタで盛り上がったり、ノルマンディーでリシュリュー○○を名産品にしようなんて動きがあるかもしれませんが軍旗はかつてノルマンディーを統治し、帰ってきた血族を見守り続けるでしょう。

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最終更新:2022年04月04日 15:42