711: 弥次郎 :2022/04/06(水) 19:10:02 HOST:softbank060146116013.bbtec.net

憂鬱SRW ファンタジールートSS「ゴート・ドールは踊らない」5



  • ストライクウィッチーズ世界 主観1944年10月上旬 大西洋上 エネラン戦略要塞 軍事区画 第522屋内訓練室



 宮藤芳香のティル・ナ・ノーグにおける日々は充実していた。
 念願かなっての父との再会。新しい環境での学びと訓練。501以上に国際色豊かな同じウィッチたち。
 そして、これまでは遠目にしか見たことがない魔導士やウォーザード達との交流もあり、刺激にあふれていたのだ。

 無論、501を一人離れることになったことに寂しさというものがないかと言われるとそうではない。
 自分を501へとスカウトした坂本をはじめ、ルッキーニ、ペリーヌ、エイラ、サーニャ、リネット、リーネ、ミーナ---そして数えきれない軍人。
多くの出会いがあり、思い出があり、苦労があり、憤りがあり、涙があり、喜びがあった。
仲間に引き留められたのも良い思い出だ。ペリーヌなど、最初はあれほど突っかかってきたのに泣いて止めるほどだった。
最も、彼女は最終的には芳香を501へとスカウトした本人である坂本の説得もあり、涙ながらに送り出すことにしたのだ。

(坂本さん……じゃなくて少佐は私に謝り通しだったし……)

 実際、坂本にはこれでもかと謝られたのだ。
 芳香の父親である一郎が本当は生きていて、間違った情報を受け取ってそれを餌にして軍隊に引っ張り込んでしまったのだと。
自分が引っ張りこまなければ、時間を経れば正しい情報を受け取り、そのまま再会できたのかもしれないのに、というわけである。
大真面目に自分の進退までかけて謝罪してきた時は、本当に焦ってしまったし、自分も恐縮してしまったほどだ。
結局は、501の仲間たちと出会うきっかけを作ってくれたことなどでチャラということにした。
というか最後は階級がはるか下の自分が押し切る形になったのだ。あの時のことは、今考えても冷や汗が出る。

(懐かしいなぁ……)

 そんなことを回想できているのも、今の訓練が魔力制御の訓練の最中だからだ。
 余計なことを考えないのも重要だが、心を穏やかに、平穏を保つことでより魔力を安定してコントロールできるようになるのだ。
最初に坂本に教わったことは、酷く抽象的だったけれど、それが正しいというのはよくわかる。
 呼吸を整える。数を数える。ゆらゆらする心に安定をもたらす。
 ただ、埋没させるだけではない。自分の中だけでなく、外側にめぐる魔力や状況にも意識を配るのだ。

(深く、浅く、意識を呼吸させる……)

 自分を俯瞰するのが肝要だ、と専属で指導をしてくれるリーゼロッテは述べていた。
 自前で膨大な魔力を持つならば、その客観化と制御を第一としなければならないとも。
 それを実践を込みで教えてもらっているのが、今の芳香の現状だ。戦闘訓練・座学だけではなく、魔力をコントロールする実地訓練ということだ。

 今、芳香は訓練室に設置されている椅子に腰かけている。
 周りには計測機器が並び、あるいはそこからケーブルで接続されている計測端末などが芳香の体に張り付いている。
古典的だが、ケーブルでつながったヘルメットのようなものまで被っている。
 そして、その両手は目の前に置かれている水晶にかざされている。その水晶は魔力制御訓練用のものだ。
かざされている手から放たれる魔力を受け取り、その波長や出力を計測し、表面の紋様として表すもの。
そのパターンは芳香の精神状態を表すかのように一定で、攻撃性のない穏やかなモノを維持している。

『では宮藤軍曹、始めるぞ』

 イヤホンから届く声に、一瞬びくりとした芳香だが、すぐに強い意志を以て返事を返す。

「はい……どうぞ!」
『では、カリキュラム237に基づく妨害を入れる。30分だ。始める』
「くっ……」

 リーゼロッテの声の直後に、妨害が入る。
 リーゼロッテが芳佳の放つ魔力の流れに干渉し、乱そうとしているのだ。
 それは単なる一定パターンの定格出力による干渉ではなく、寄せては返すような波のような波状攻撃であった。
波長も出力も刻一刻と変わるので、ただ力押しすればいいというわけではない、非常に厄介なものである。
単純に出力だけでも普通のウィッチなら速攻で値を上げるレベルだというのに、複雑に襲い掛かってくる。
 だが、それを芳佳は意識を集中させ、波長を読みときながらうまく防御していく。
 当初こそ防御で手一杯だった彼女も、今となれば妨害のパターンを分析して、即座に波長を変えて合わせるというのを学んでいる。

712: 弥次郎 :2022/04/06(水) 19:10:59 HOST:softbank060146116013.bbtec.net


 そして、この耐久を30分という時間維持するのである。
 はっきり言えば、苛烈と言っていい訓練だ。芳佳の抱える膨大な魔力とそのセンスがなければ、他のウィッチならば即座にノックダウンだろう。
 しかしながらも、彼女は初日からこれに耐えているのだから恐ろしいところである。訓練を重ねるごとに適応さえも。

(驚異的、だな)

 その芳佳の様子を眺めるリーゼロッテは、偽りなくそう思えた。
 この魔力制御の訓練というのは、ウィッチの魔力の研究を行う中で生み出されたものだ。
 魔力を制御する集中力と体力を磨くためのもので、そこに干渉妨害を入れることで、あらゆる状況下での魔法の使用に耐えるように訓練する。
 だが、ウィッチにとっては大きな負担であることは否めないのだ。

(生体充電式のバッテリーの様なものだからな……)

 つまるところ、自前の魔力=エーテル精製能力と貯蔵能力ありきでこれまで魔法というものを動かしてきたのだ。
そう考えると、この年齢と体力などでこれだけの魔力を自前で用意できる彼女はやはり特別なのかもしれない。
あるいは、規格外な血筋というべきか。聞くところによれば、彼女の母も祖母も未だに魔法の行使が可能だと聞く。
ある種突然変異的に魔法に適合した肉体と精神をもって生まれる血筋、というべきであろうか。

(興味深いところ)

 実際、検査の名目で芳佳の血液サンプルなどは採取しており、分析にかけている。
 それがもしも遺伝する、あるいは何らかの形で得られるものであるならば、彼女の一族の価値はただのウィッチに収まるものではなくなる。
 それがわかるのが自分の保護下にある状況でよかったと、リーゼロッテは思うのだ。
下手をすれば、人倫や道徳などをどこかに忘れ果てた阿保どもの「おもちゃ」にされたかもしれないのだ。
まして、彼女は女性であり、優秀な母体となりうるわけで、本国--C.E.世界であるならばちょっとここでは言えない目に遭ってもおかしくないのだ。

(いや、今は関係のないことだ)

 そこまで考え、首を横に振る。
 彼女にこんなことを話す必要は全くない。いずれは明かすかもしれないとしても、今すぐではないことだろう。
時間をかけて教育を施し、心身共に成長した後に、彼女に伝えるべきことであろう。
そして、彼女自身が自分の力とどう向き合い、どう扱うのかを決める必要があるのだから。
 少なくとも、彼女が望むような「みんなのために」という無垢な願いはかなえてやるべきとは考えている。
現実との折り合いはつけるとしても、501で磨き、感じ、自らの行動理念と定めたそれに沿うような形としてやりたいのが親心というべきか。

(私の場合は……神への報復だったからな)

 自分はそんなものだった。敬虔な信徒だったからこそ、悲運の重なりの果てに、世界を、神を呪った。
 一度はその復讐心を昇華させるような相手に出会えたが、失ってしまい、再度燃え上がった。
 そんな悲惨な目に遭い、苦しむ必要などない。純粋で、強い意志を持つ彼女には、挫折を味わいながらも自らの道を全うしてほしいものだ。

「それまで、折れてくれるなよ……」

 単なる生徒ではない、愛弟子に向ける慈しみを込めて、リーゼロッテはつぶやく。
 力を持ったがゆえに不幸や不運に巻き込まれることなど枚挙にいとまがない。力に溺れて破滅した人間もいくらでもいた。
そうならないためにも、彼女にはしっかりと育ってもらわなくては。
 願いを込めながらも、リーゼロッテは彼女のためのカリキュラムを続行していく。

713: 弥次郎 :2022/04/06(水) 19:11:41 HOST:softbank060146116013.bbtec.net


 さて、リーゼロッテ直々の実技訓練が終わっても、芳佳のこなすべき訓練や学習はすべて終わったわけではない。
 彼女が希望した「医師」という職業を目指す過程で必要な知識を学ぶ必要があるわけである。
軍事的な意味合いで言えばメディックやコメディカルスタッフ、あるいは軍医などが該当するだろう。
年代相応に1944年段階の医学を学びつつも、時系列的に未来の医療に関しても学ぶことになった。
ここには未来すぎる連合ではなく、時代が比較的近い平成世界の自衛隊なども協力の上で行われている。
そのほか、魔導技術やエーテル技術に関しての講義や講習に参加し、あるいは実地訓練も受けている。
他のウィッチ候補生や魔導士候補生、ウォーザード候補生とも机を並べているのだ。
 501で実戦訓練やら経験だけは積んでいたために、芳佳のカリキュラムは座学の割合が多くなっているのが特徴だろう。
それも当然で、501では即戦力となることを求められていたことでそこらへんがある程度カットされていたのだ。
正式な訓練を受ける際には、そのバランスをとる必要に迫られたのである。



  • エネラン戦略要塞 居住区画 女性寮



 夜の帳が下りても、エネラン戦略要塞は何かと騒がしい。
 夜間の哨戒訓練を行う者たちもいれば、自習のために割り当てられている居室や学習室などで勉強する者もいる。

 また、巨大な人工物であるエネラン戦略要塞のメンテナンスや調整なども人がいない時間を見計らって行う必要があり、割と忙しいのである。
単なる掃除や整理だけでも、この広い要塞内部をきれいに保つには相応の労力が必要、というわけである。
むしろ、大多数の人間が引っ込んでいる今こそが、清掃ドローンやメンテナンスドローンたちの活動の本番とさえ言えるかもしれない。
また、日中に消費されたり使われた道具のメンテナンスや補充などもこの時間帯に行われているわけであり、休む暇はまさにないのだ。

 とはいえ、夜間というのは基本的に休む時間であり、生物としては眠る時間である。
 昼間に勉学や訓練に励んでいた候補生たちは、夕食を終えたのちに、居住区へと引っ込み、それぞれの居室に戻っていた。
 ある者はさっさと眠りにつき、ある者はPXで購入した娯楽品を楽しみ、ある者は仲間との談笑に興じたりするのである。

「エーテルは収束すると質量が発生し固体化も…この時の反応速度はR=aμg……」

 そして、芳佳は二人部屋となっている居室で、自分の机に向かいテキストを読みふけっていた。
 今日行われていた「魔導理論」の復習だった。ウィッチたちの魔力の元となるエーテルの理論や減速を学ぶ学問で、基礎の基礎と呼べる重要個所だ。
それを念を押されていたことや、講義の中で何度もここに立ち返っていたことから重要なものと自然と理解できたのだ。
だからこそ、今も授業の内容を振り返っているのである。

「芳佳さん~、まだ粘ります~?」

 そんな声が出たのは、部屋の反対側にあるベッドの上、すでに寝る準備を終えているクロエ・ヴェルレーヌだった。
ガリアから派遣されてきているウィッチである彼女は、眠たげに目をこすりながらも芳佳に問いかける。
既に時計は10時を回ろうかというところだ。
宿舎の消灯時間は過ぎており、明日のことも考えてクロエはさっさとベッドにもぐりこんでいたのだった。

「あ、ごめんなさい……あともうちょっとだけ……」
「それもう3回目ですよー」

 芳佳の一つ下のクロエは、芳佳がガリア解放に尽力した501に所属していたこともあり、とても丁寧に接してくれる。
こうして消灯時間を過ぎて芳佳が勉強を続けていても、嫌みの一つも言うことなく付き合ってくれているくらいだ。

「あはは……」
「あたしも教えてもらっているので助かってますけど、ほどほどにしないと大変ですよ」

 お肌の天敵ですーとクロエは母から教え込まれた化粧の知識を並べる。
 それに対して、芳佳は苦笑するしかない。芳佳とて、速く寝たほうがいいのはわかっている。
 このエネラン戦略要塞のタイムラインは基本的に軍隊のそれに準じる。
 当然朝は総員起こしの時間は決まっているわけで、疲れをとりたければ早寝するしかないのだ。
消灯時間を過ぎても個室での勉強などは黙認されてはいても、そのツケは自分に返ってくるわけである。

「でも、リーゼロッテ先生がその日のうちに復習しろって言っていたし……」
「うへぇ…あの先生を気やすく呼べるんですか」

714: 弥次郎 :2022/04/06(水) 19:12:20 HOST:softbank060146116013.bbtec.net

 敬意は籠っているが、気やすく、まるで年の離れた友人のように呼ぶ芳佳にクロエは何とも言えない表情を浮かべる。
クロエとて、ここで研修を受けるウィッチの一人であるから、当然リーゼロッテのことは知っているし、教導や講義を受けたこともある。
 そして、リーゼロッテが見せる、人間らしからぬ戦争の気配---いや、それ以上の何かを、感じ取っていたのだった。

「それって……」
「私も、芳佳さんと同じで部隊に配属されて、でも教育を受け直すためって引き抜かれた。
 けど、それでも実戦は何度も経験しているから……その時に同じものを感じたのかな」

 クロエは、それを鮮明に覚えている。
 戦争の、いや戦場の無惨さ、残酷さ、あるいは冷酷さ。はたまた、独特の空気---死神がすぐそこで鎌を振り上げているような感覚。
即ち、平和なこことはまるで違う濃密な「死」の気配。そしてその「死」が満ちている「地獄」のような世界。

「あの人は……あの先生は、まるでそれが足を生やして歩いているみたいなんだ…」

 一人呟いたクロエは、ふいに真剣な表情で芳佳の方を向く。

「芳佳は、怖くないの?私は……時々、時々だけど、あの先生にそれ以上のものを感じるんだ」
「……」

 その言葉を、芳佳は否定できない。
 前線、着実に迫る「死」の気配、あるいは自分が死地(キルゾーン)にいるという独特の感覚。
 戦いの中の匂い。銃火器を撃った時の火薬の匂い、負傷者の血の匂い、汗のにおい。
 ストライカーユニットの音、銃火器の銃声、ネウロイの飛ぶ音、僚機や部隊内での声、叫び。
 それをまとめた、この世ではないような、もっと恐ろしいもの。

「うん……」

 色々と考えて、芳佳は言葉にした。

「怖いよ、とっても。
 リーゼロッテ先生、とても親切で、私に目をかけてくれて、私の知らないお父さんのことを話してくれて。
 わからないことがあると励ましながら教えてくれるし、間違っても怒らないで根気よく間違いを直すように言ってくれる。
 でも、それでも怖いよ。優しさとか、頭のよさとか、そんな綺麗なモノだけじゃないって、なんとなく」

 それは第六感ともいうべきか。あるいは死に何度も近づいたことによって磨かれた死を察知する本能か。
 芳佳とてウィッチであり、天賦の才を持つ。それゆえに理解できたり感じることがあるのだ、リーゼロッテがただの人ではないというのは。

「けど、怖い怖いと思ったいるだけじゃ……駄目だと思うから」

 そう。初陣となった空母「赤城」がネウロイに襲われた時もそうだった。
 初めての戦場、初めての闘争、初めての---死の感覚。それにとらわれて、最初はまるで何もできなかったのだ。
 けれど、何も出なくて、怖くて、何をすればいいかもわからなくて、そんな中でも抗う人たちがいた。坂本のように、たった一人でも。
 何しろ、戦場で半ば無防備に放り出されて、そのままでは死んでしまうかもしれない人たちもいた。ウィッチとして果たすべき任務があった。

「……だから、私はできることをするんだ」
「強いんだね、芳佳は」

 そんな強い意志を示す芳佳に、クロエは眩しさを感じた。
 幼心にあこがれた、空を駆け抜け、ネウロイと戦うウィッチたちの姿と似たものを。
 501にいた精鋭ウィッチでも怖いんだ、というのは、ある種救いでもあった。
クロエは前線に出てはいても、戦果を挙げるようなエースではなかった。エースの添え物となるような、そんな一兵卒。
最初はそんなエースを目指すのだと息巻いていたものだ。けれど、経っていく時間が、実戦での恐怖がそれをそぎ落とした。
 自分はそういうものにはなれないと、どこかで諦めを生み出したのだ。
 本当は怖い。除隊して、避難した先の家族のところに戻って、気が済むまで泣きたい。

(そんな程度で逃げたら、恥ずかしいね……)

 でも、そんなエースの集まりである501にいた彼女さえ怖いというのは、自分を許してくれた。
 この瞬間に、これまで積み重なっていた思いが吹き飛んだような、そんな気がしたのだ。

「じゃあ、おやすみなさい」
「え、でも私…」
「大丈夫、目を閉じて背を向ければ机の明かりくらいなら何とかなるから……部屋の明かりは消してね」

 はーい、という芳佳の返事を聞きながらも、目にたまる涙をこらえてクロエは眠りに入る。
 怖い。けど、やりたいことがある。自分だって同じだ。エースになれなくても、勝ち負けになる前に逃げたくはない。
少なくとも、クロエは今はそう思えるようになったのだ。

715: 弥次郎 :2022/04/06(水) 19:13:34 HOST:softbank060146116013.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
意外と膨れ上がりました、芳佳ちゃん回。

リーゼロッテさんは見てくれとか表面上はいい人ですけど、この人ガチのラスボスですからねぇ…
本来ならば邪霊とか呼ばれるようなのがうようよいる世界で魔力を蓄えた石を宿しているので、属性的には綺麗じゃないよなって…
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最終更新:2023年11月03日 10:38