807: 弥次郎 :2022/04/07(木) 21:58:30 HOST:softbank060146116013.bbtec.net
憂鬱SRW ファンタジールートSS「ゴート・ドールは踊らない」6
- ストライクウィッチーズ世界 主観1944年10月中旬 大西洋上 エネラン戦略要塞 軍事区画 執務室
リーゼロッテは久方ぶりの客の来訪を受けていた。
というか、今日このティル・ナ・ローグのおかれているエネラン戦略要塞に来ることがわかっていたので、そのついでに自分の執務室に招いたというのだ。
「今は少佐から昇進して中佐、だったか?伊井頼子教官?」
「ええ。シティシスに努めて技術習得などを行った功績で一つ昇進……最も、上りが近づいたウィッチへの、せめてもの箔漬けみたいなものですけど」
「階級の高く経験の高いウィッチを派遣して恩を売っているのを見せつける、というところか。
扶桑皇国も相応に点数稼ぎを従っていると見える」
「……そういう権力を見透かすところ、変わっていませんね。大佐は」
仮にも軍人でしょうに、というシティシスにおける元教え子に、不敵にリーゼロッテは笑って見せる。
「基本的に私は宮仕えなどしないし、やりたくない人間でな。所詮はそれらしく振舞っているにすぎんよ。
私の本質はその逆だ。反乱・破壊・革命・腐敗・崩壊・荒廃・錯乱……そちらの方がよほど似合う」
「それでも、結局従っているのでは?」
「世の中で身を立てるのも一苦労ということでもある。世の理に背きすぎたところで、待っているのは淘汰だけだ。
適応し、それでいて本質をゆがめることなく事故を保存するか否か……つまりはそこだけだ」
それで、と徐にリーゼロッテは自分の執務机に設置されているペンを手に取り、問いかけた。
「卿は今どのくらいだ?」
「---ッ!」
その刹那、手が一瞬でそのペンを投てきした。
彼我の距離は2mばかり。
腕を振りかぶっていないとはいえ、手の中で一瞬でくみ上げられた術式による射出されたペンは、尋常ではない弾速で頼子を狙う。
だが、頼子の反応も早い。
的確に身に迫るペンの目の前に必要な大きさのシールドを出現させ、動きを拘束したのだ。
「……ふむ、魔力はやはり落ちたが、質はいい方だな。力で防ごうとするなら貫通するようにしたが」
「そう来るだろう思いましたので、被破壊型の拘束防御壁にしました。魔力の差は明らかですから、競うだけ無駄です」
そう、拘束。シールドをその半ばまで貫通しながらも、ペンの動きは途中で魔力による壁で拘束されて止まっていた。
「エーテルの濃い状況でもこれだけ魔力が落ちたというのは、いよいよ私も引退でしょうか…」
「だが、扱いに関しては落ちていないのは朗報だ。
若いウィッチは、とかく魔力の量が多いから力押しで解決したがる傾向にある。
そして、細かい制御や精密な操作を疎んで使いたがらない。そんな程度のことに無駄な魔力を使うのはもったいない」
「大佐も…こんなことに魔力を使っていますけど…」
「私はいいんだ、私だからな」
すさまじい暴論を並べつつ、リーゼロッテはペンを回収して立ち上がる。
「せっかくだ。生きのいい生徒が一人いる……紹介しておきたい」
「……大佐の目に留まるほど、ですか」
「ああ。嫉妬したか?図らずも、私から見れば多少の差があろうと皆同じに見えるが……あ奴は別格だ」
そのからかいを持った問いかけに、一度目を閉じた頼子は、しかし返答する。
「いえ。ともあれ、その生徒にあってみたいです」
そうか、とリーゼロッテは口の端に笑みを浮かべ、先を行く。
もう3年もたつのだ、人は多少なりとも変化していくのが自然というものか。
後天的とはいえ、不老不死になり、変化を拒絶するようなった自分とは縁がないことだろうか。
808: 弥次郎 :2022/04/07(木) 21:59:12 HOST:softbank060146116013.bbtec.net
「医療ブロック……ですよね、ここ」
「そうだな。一応は軍事区画に含まれているが、構造上は衛生管理区画ともつながる、エネランの医療を担う区画の一つだ」
アルコールと消毒液、薬品、そして清潔さにあふれる空気と設備。そしてそれらに包まれケアを受ける患者たち。
軍事訓練も行うティル・ナ・ノーグにおいて、怪我や負傷などはよくあることである。
日常生活においてもそうであるわけであるし、あるいは病気や何らかの疾患を発症することもある。
そうでなくとも、ここティル・ナ・ノーグは連合が提供できる未来の医療が受けられる場所。少なくはない人々がここに集められ、治療を受けているのだ。
「軍事においても前線における即応医療は重要だ。限られた設備、限られた資材、劣悪な環境。
そんな中においても負傷者を助け、救助し、自らも助からなくてはならない。
扶桑の言葉で言えば衛生兵や救護兵、他国の言葉で言えばメディック。
兵士というのはただ兵士である以上に、他の役割も兼ねることが望ましい」
「私たちに、応急処置の方法を教えたように、ですか?」
「そうだ。治療魔術というのは血筋やら向き不向きがあるといわれるがそれは単なる誤解にすぎない。
エーテルに働きかけ、通常ではありえない現象を引き起こすのが魔法というもの。
必要なのはそのための知識であり、道具であり、そういった過去の経験則を打ち破る新しい常識だ」
そして、多くのスタッフたちに敬礼を送られながらも歩いていくリーゼロッテは、その部屋の扉をあけ放つ。
「失礼するぞ」
「……!ヴェルクマイスター大佐!」
「ああ、楽にしていい。そのまま続けろ。途中で止められると逆につらいぞ、患者が」
講師役や生徒たちが恐縮する中で、ぐるりとリーゼロッテは実習室内に視線を巡らせる。
「今日は単に視察に来ただけだ、その内帰るから気にするな。……といたか」
「?」
そして、実習室の中でカーテンで隔離されているスペースへと遠慮なく向かう。
そこで頼子は気が付いた。そこから放たれる魔力の量と質の良さに。
「入るぞ、宮藤軍曹」
とどめに気が付いた、リーゼロッテが呼んだ名前を。
宮藤。宮藤理論だ。ストライカーユニットの常識を変えた画期的な理論を提唱した宮藤一郎博士の名字だ。
「は、はい!」
そして、カーテンを抜けた先、一人の少女が、ウィッチが、魔法を行使していた。
「……!?」
その光景には、さしもの頼子も驚きを隠せなかった。
明らかに大けがを負っていると思われる患者--しかも全身に包帯がまかれている---に、空中に浮かぶ変幻自在の包帯が巻き付いているのだ。
「順調そうだな……宮藤軍曹」
「は、はい!」
「よろしい。そのまま続けたまえ。
ああ、そうだ。こっちにいるのは扶桑からティル・ナ・ノーグへ教官として赴任してきた伊井頼子中佐だ。
間もなく、ここで指導を行うことになる。よろしくしてやってくれ」
「きょ、教官……!?
え、えっと、宮藤芳佳軍曹、です!伊井中佐、よろしくお願いいたします!」
「こちらこそ、よろしく。もしかして、あの宮藤博士の…?」
「は、はい!私の父です!」
やはり、と頼子は息をのむ。あの著名人の娘が、あの501で活躍したウィッチだったとは。
扶桑にいても、統合戦闘航空団の活躍は届いていた。ガリア解放の大きな一助となった部隊なのだと。
「やはり……」
「軍曹はこのまま実習を続けろ。私は案内をしなくてはならないからな」
「は、はい!」
頼子としては詳しいことを聞きたかったが、その前にリーゼロッテに引っ張られてしまう。
非常に気になってしまって、後ろ髪を引かれる思いで、頼子は実習室から出ていくしかなかった。
809: 弥次郎 :2022/04/07(木) 22:00:33 HOST:softbank060146116013.bbtec.net
「あの患者はな、アフリカ戦線死にかけた兵士の一人だ」
「あのアフリカの…?」
「そうだ。戦車兵だった。だが、乗っていた戦車の動力系がネウロイのビームで破壊され、車体は一瞬で灼熱のサウナになった。
かろうじてキューポラから上半身を出していた彼だけが、重度の火傷を負いながらも形をとどめて助かった」
「残りの兵士は……」
「一瞬で炭になった。考えても見ろ、頑丈さを優先して鉄板で密封した戦車の車体の中だぞ?
その中で度を超えた熱が発生すれば、どうなるかなど明白だろうに」
事もなく言う姿は、普段と何一つ変わらない。
どこまでも冷たいほどに冷静で、客観的で、深く物事を見透かすような、そんな姿。
シティシスで見た時の、常人を超えたあの姿そのものだった。それは何一つ変化していないようなものだった。
「死体だったものは回収できたが……救命措置はもはや間に合わんレベルでな。
かろうじて上半身は生きていた彼だけが、重傷者として回収された。両足はもう炭化したが、まあ、生きていることは確かだ」
「運が良かった、のでしょうか?」
「当たり前だ。幸い、本人の意識もはっきりしているのだしな。命を落とすより何倍も良かろうよ。
ただ、足の再生治療を受けるかどうかで迷っている。生き残った罪悪感もあってな」
まあ、そんなことより、と話題は変わる。
「あの包帯は見たことがなかっただろう?」
「はい……ただ、明らかに尋常な包帯ではないように見えました。
魔力を帯びていましたし、あの変化は…エーテル術式によるものと見ました」
合格だ、とリーゼロッテは笑う。
「あの包帯は魔導具の一つだ。治癒魔法を誰もが使えるようにするための道具。
損傷個所を覆い、内部で供給される魔力によって動く術式で再生と治癒能力に働きかけることで回復を行う。
既存の物理法則に縛られない、新世代の医療ツールと言えるだろうな」
「訓練途中の宮藤軍曹にそんなものを使わせているのですか?」
「彼女の希望と適正もあってのことだ。あの年で、すでに医療系のウィッチとして実技ならば問題なしだ。
あとは知識と必要な経験を積めば、そこらの医者など藪医者に見えるような、そんな名医になってしまえる」
手放しでほめるリーゼロッテに、頼子は驚いた。他人に厳しく、自分にもすさまじく厳しかった彼女がここまでほめたたえるとは。
「宮藤軍曹には素養がある。素質も、能力も、強い意志も。眩しいほどの、純粋な心も。
だが、彼女にはまだ導き手が必要だ。どう飛べばいいかも、どう先を見ていけばいいか、そして世界とどのように折り合うかも、まだ知らないことばかり」
「だから、私たちを集めたと?」
「そうだな……私では達観しすぎている。答えを知りすぎている。良すぎるんだ。
それに乗って、最短の道を行っても、本人のためになるとは限らん。迷って、挫折して、回り道をして、初めて進む意味を知る」
これも意外だった。少なくとも、頼子にとってはそうだった。
何でもできるようなすごいウィッチだと思っていたのに、ここまでできないことがあると吐き出すとは。
「ん?意外か?」
「はい、正直言いまして……」
810: 弥次郎 :2022/04/07(木) 22:01:05 HOST:softbank060146116013.bbtec.net
言葉は悪いが傲慢不遜ともいえるような態度だったのがリーゼロッテだ。
悔しいことに、そんな態度をされても何とも言えないほどの実力を持っていたので黙らされていた。
そんな正直な言葉に、リーゼロッテは苦笑した。
「私とて人間だぞ?できることとできないことくらいある。なんだ、その眼は……」
「いえ、人間とは思えないくらいでしたし。仲間内だと、人じゃないと噂していましたし」
「失礼だな……」
憤懣やるせないといった表情のリーゼロッテは、しかし表情を改める。
「ともあれだ。宮藤軍曹をはじめ、有望株が何人もいる。あとでリストを送るので目を通しておいてくれ。
加えて、ここに来ているウィッチには、実戦経験者もいれば、初等教育からここで受ける候補生もいる。
相互の影響を与え合うことを期待して、意図的に混ぜているからな。そこはうまく鍛えてほしい」
「了解です、大佐」
上司となる相手だ、敬礼をしておく。
「他に何か要望はあるか?可能な限りかなえるつもりではあるが…」
「そうですね……できれば、ああいう魔導具とかの扱いも学びたいです。
あとは、あがりを迎えた後に備えてMPFについての訓練も」
「教えてやる分には問題ないが……時間的な余裕はあるのか?
ウィッチの教育ができる人間にはできれば後方にいてほしいところだが」
「MPFをずぶの素人に慣れさせるより、ウィッチ上がりを教育したほうが楽、と本国では考えられているようでして」
「ああ、そういうことか……」
いかに誰もが戦力となりうるとしても、育成期間が必要な新品とそれが短く済む即戦力では価値が違ってくる。
最前線とは言わなくとも、各国に戦力を派遣している扶桑としては、即戦力を送り出したいというのが本音なのだろう。
友邦を見捨てることはできないという感情的な面もあり、また戦力が育ち切るまで悠長に待てないという軍事的な意味合いもあると考えられた。
「わかった。希望者にはそちらの教材も用意しよう。
ただ、学習時間については自分たちでうまく確保して、本業であるウィッチたちの教育に影響が出ないようにしてくれ」
「感謝します、大佐」
「何しろ、シティシスで試作されていた魔導具の標準化も推し進める予定だからな。
ウィッチの教育コストが跳ね上がるのは如何ともしがたいし、教官の側が不備をきたしてはさらに困る」
「は、はい」
扶桑皇国の、いや、それ以外の国も経験豊富なウィッチの転科を考えているのだろう。
ただ、それは教育に適した人材の戦線投入ということでもある。決定権はその国にあるとはいえ、将来性を鉋にかけて平気なのか。
(まあ、私が口出しをしすぎるものではないが……)
ともあれ、やるべきことはいくらでもある。
ウィッチの教育、教官となる古参ウィッチとのミーティングやカリキュラムの打ち合わせ、さらに面子の顔合わせ。
後はこの戦略要塞の案内だとかルールなどを教えておかなくてはならないだろう。
仕事は多く、責務も多い。教育によって守るべき命は山のように積み上がっている。
「すべてはまだ始まったばかり、か」
次なる動きが近いのは確かだ。
次のネウロイの活動が活性化する時期までそう長い時間が空くわけでもない。
なればこそ、こなすべきはこなさねばなるまい。そう考えた。
811: 弥次郎 :2022/04/07(木) 22:01:49 HOST:softbank060146116013.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
ちょっと予定変更して、教官としてやってきた頼子さんにメインカメラを当ててみました。
最終更新:2023年11月03日 10:40