813 :ヒナヒナ:2012/02/15(水) 20:14:35
○巣立ち ―新たなる調べ―
夢幻会には海軍や陸軍、官僚などの縦の派閥だけでなく、多くの横断的組織が存在する。
これは縦割り行政の非効率さを嘆いた夢幻会が、
会内部においても横の繋がりを強化しようとして、
明治後期に研究会的集まりを作ることを推奨したことから始まった。
ちなみに、この横断組織の最大派閥はMMJである。
―1944年 ある日の夢幻会中下層部
「ここに集まってもらったのは他でもない。今の音楽業界の現状を改めるためだ。」
「アニソン派や特撮派が力を持っているからなぁ……。」
「クラシック派や歌謡曲派が集まっても足元にも及ばないし。」
どこぞの公民館に集まっているのは主流派から外れたために
肩身の狭い思いをしている「正統音楽を保存する会」であった。
この微妙な名称は複数の組織が合併したために適当につけられたためだ。
「昭和歌謡ファンクラブ」「演歌で痺れる会」など特定の嗜好を持った少数派や、
「クラシック同好会」「吹奏楽会」「Jazz club」など、
かなりまともな組織も含んでいた。
ちなみに、彼らの共通の敵は「アニメ音楽派」だ。
奴らは萌を探求するMMJや、燃えを信奉する特撮、戦闘アニメ信者と
強固に結びついて勢力を保っている。
「特に軍は酷い。兵の慰安のためとはいえアニメ音楽とは……
アニメ音楽ばかり演奏するのが軍楽隊だと思われては困る。」
「自衛隊ェ……」
「この前、海軍の軍楽隊が 観艦式で『宇宙船艦ヤマト』を演奏すると言っていたぞ。」
「アニオタどもが……それで、まさか本当に演奏するんじゃないだろうな?」
「いや、本物の戦艦大和が出来るまで、お預けだそうだ。」
「……。」
軍人の会員らが現状をぼやく。
夢幻会上層部にオタクが多いことと、オタク気質の逆行者は自己主張が激しいため、
ノーマルな趣向を持つ者は何故か肩身の狭い思いをしているのだ。
もっとも彼らとしても趣味が一般的なだけで特定分野においては、
自重を忘れるコトもしばしばなので、あまり人のことは言えない。
「軍楽隊も本当にどうにかしてくれよ。
日本には未だ器楽を聴くという文化が根付いていないのだ。
音楽学校のエリートの歩む道は軍楽隊が多いのだから。」
「日本は常設の楽団が少ないからなぁ。音楽じゃ喰っていけないよな。
ミニコンサートも欧米ほど活発じゃないから、ソロ活動も難しいし。」
「常設は吹奏だと結局軍か一部企業の持ち楽団。
一応、フルオーケストラは東京フィルがあるが、大きなのはそんなもんだな。」
「西洋音楽が一番とは言わないが、文化的に音楽は重要な指標だからなぁ。」
「戦争が終わったし日本各地を回って演奏会をして、そういう文化の芽を育てよう。」
「全国を回ってって、ハードスケジュールになりそうだな。
陸自の某音楽隊みたいにヘリ降下のできる音楽隊とか作る気か?」
クラシック同好会所属の三菱の中堅社員がぼやくと、
クラシック同好会と吹奏楽会は、史実に劣る民間のコンサート数を思いだして嘆く。
ちなみに史実では、音大出身のエリート達にとって自衛隊の音楽隊は
憧れの就職先だったりする。(ただし弦を除く)
練習時間や演奏場所を確約されており、福利厚生も良し。
器楽で暮らして生きたい者にとって、就職先としては破格の条件なのだ。
もちろん技量が劣れば、後から入った者に追い落とされるシビアな世界だが。
そんな演奏家の受け皿である軍楽隊の汚染は、ぜひとも食い止めなければならない。
814 :ヒナヒナ:2012/02/15(水) 20:15:08
「
アメリカも崩壊してJazzはオワコンですかそうですか。」
「マジョリティの世界からマイノリティの世界にようこそ。
でもJazzは世界中に種が播かれているから大丈夫だろ。畜生。
それに比べてゴスペルは……」
「ゴスペル派はそもそも会員が3人しかいないからな。」
「南北アメリカ大陸が沈降したし、フォルクローレ(中南米の音楽)はどうなるのだ。」
「ロシア音楽も俺達側だったのに、裏切りやがって。」
一部の人間は、既にマイノリティ根性が染み付き通常運行であった。
それを横目に、演歌で痺れる会のメンバーが言う。
「演歌、史実通りに出てくるかな? ある意味日本の伝統的音楽なのに……」
「指導者層が粗方アニメ・ゲーム音楽に汚染されているからな。」
「その点、雅楽関係者は税金補助があるから恵まれているよな。」
「そりゃあ、1000年以上雅楽をやってきた東義家とか潰れたら困る。文化的な損失だ。」
「昭和歌謡は隠れファン層は多そうだが、史実のアイドルが確保できるか問題だ。」
「アイドルはキャラも重要だからな。他の道を歩む前に青田買いするか……
いや、昭和後期ともなると歴史が変わってアイドル達が生まれてくるかも分からんぞ。」
どのような行動を取ったら史実音楽が保たれるかについて、終わらない議論が続いた。
既存の音楽が霞んでしまうほどにアニメ・ゲームなど新たな音楽の風は強かったのだ。
中には政治的力(良識派と呼ばれる一部勢力)を担ぎ出そうとする者まで現れた。
それを聞いて、今まで口を噤んできた一人の学生服を着た出席者が制した。
「音楽は文化だ。守るだけでは古くなり忘れられ取って代わられる。
我々がすべきは、伝統の血を汲んだ新たな音楽を作ることだ。
かつての名曲・名演が消えてしまうことを恐れる気持ちも分かるが、
史実に無い新たな音楽が生まれる土壌を奪ってはならない。」
年齢差を物ともせず、そう言ったのは自身の過去に憑依した作曲家、武満徹だった。
和楽器と洋楽器を組み合わせた楽曲ノーヴェンバー・ステップスを作曲し、
世界的な作曲家として知られていた人物だ。
「音楽はその作曲家・演奏者・歌手の精神から出るものだ。
政治的力を使って歪めるのは、音楽の精神に反する。全ての芸術は自由であるべきだ。」
見た目こそ中学生だが、その精神は70を超えた作曲家の言に出席者は反論できない。
この稀代の作曲家が、かつての自らの代表作を再び作らないことを
夢幻会内で公言したことを知っているからだ。
新たな時代の前に、過去の作品にしがみ付くのは相応しくないとする意見。
ある意味正論である武光の言葉を、正面から否定できる人間はここにはいなかった。
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上層部がこれからの国の舵取りのために、地図の無い航海に乗り出しているころ、
中下層部では、日本の文化などについて、小さくも大きな議論を行っていた。
それは音楽だけでなく、スポーツ、芸術、文壇など多くの分野で、
自然に、そして同時多発的に起きていた。
史実でいう第二次世界大戦が終結し、その結果が大きく変化していたことで、
逆行者達は、ここが自分達の知っている日本国でないと改めて気付かされたのだ。
もう、史実知識という便利なチートだけを頼る事はできない。
ここからはこの時代の人達と同じように、手探りで歩いていくことになる、と。
彼らの未来が見知った史実に近づいていくのか、
それとも、全く新しい文化・歴史を生み出していくのか、
それはもはや誰にも分からないことだった。
しかし、それはこれまで国を子守り、育ててきた夢幻会という親元から、
やっと自らの足で立とうとしている大日本帝国の姿なのかもしれなかった。
(了)
最終更新:2012年02月15日 21:16