487: 弥次郎 :2022/04/20(水) 00:08:23 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
憂鬱SRW アポカリプス 星暦恒星戦役編SS「流星の夜に」3
- 星暦恒星系 第3惑星 地上 サンマグノリア共和国 「グラン・ミュール」内 戦没者霊苑
その日の夜は、快晴だった。
雲が少なく、視界を遮るものがなく、空には月が浮かび、星々が瞬き、まさしく夜のシャンデリア。
しかし、グラン・ミュール内の85区においてはそんなものは余り見向き去れないものであった。
理由は単純、グラン・ミュール内部が常に人の作り出した光で満たされており、それが絶えることがないために、月はともかく星々などは良く見えないのだ。
その輝きを、サンマグノリア共和国の中で唯一「人」が暮らし、尚且つ文明を維持している領域の証を保つことは無意識の行動なのかもしれない。
我々は今ここで生きているのだという、レギオンを、戦争を遠ざけながらも、無意識に感じてしまうのをごまかすために。
そも、星々を見上げるような人々などいない。夜になれば夜になったで、各々が好みの娯楽に興じ、あるいはさっさと寝てしまうのであるから。
そんな中にあって、間もなく共和国軍において昇進を控えているヴラディレーナ・ミリーゼ大尉は、夜間にもかかわらず霊苑を訪れていた。
何も考え無しの行動ではない。ここ数日、レーナは共和国軍内で噂となっていることを見るためだ。
即ち、国立天文台の発表した『大気圏へと突入している謎の人工物』というものを見たいがためだった。
始まりとなったのは国立天文台が発した、衛星軌道上に何か巨大な人工物がある、という報だった。
当時はレーナはそれを適当に流していた。彼女とて軍人であり、そういったことよりも目の前の軍務の方が重要だったのだ。
そもそも当時の報告は新聞などのニュースやメディアにおいては小さく紹介されるばかりであったのだから仕方がないというべきか。
しかし、それが国立天文台から軍に話が持ち込まれることで、レーナの耳にも届くことになったのだ。
曰く、どこかの勢力が衛星軌道上に戦力を配置している、と。
曰く、定期的に、尚且つ複数回にわたって、明確に質量を保ったまま大気圏を超えてきた物体が観測されている、とも。
だが、観測されている限りでは隕石が落ちてきたという報告はない。その着弾に伴う衝撃も地形の変化も、観測されなかったのだ。
航空宇宙学の専門家の意見として、宇宙から大気圏を突破して、さらに飛行している物体があるのではという、お伽噺のような発表も出た。
ここまでくると流石のレーナも耳に入れることになったのだ。無論、多くの軍人が、暇を持て余している天文台や学者のたわごとと断じていた。
しかし、レーナはそれがどうしても気になってしまったのだ。何しろ、それがひょっとすればレギオンの戦力なのかもしれないと耳にしたためだ。
今のところ、レギオンの戦力というのは地上戦力が主体だ。空を飛ぶ個体は蝶のような阻電子攪乱型などを除けば確認されていない。
だが、86区を、そしてグラン・ミュールを超えてレギオンが侵攻を考えた時、宇宙からくるかもしれないというのは考えられることでもあった。
無論地対空ミサイルなども備えられてはいるにしても、阻電子攪乱型のジャミングもあり、誘導はかなり頼りない。
仮に空から降ってきたら、どうしようもなくグラン・ミュールは突破され、85区内に侵入されることになる。
(もしも本当ならば、ですけど……)
正直、憶測の域は出ていないのも事実。
そこでレーナは、夜間に外出し、その天文台が言うところの大気圏突入を行う物体を目撃しようとしていたのだ。
念のためにレイドデバイスは装着し、尚且つ、光でいっぱいの85区内でも暗くて夜空の見えるこの霊苑を選んでいる。
とはいえ、そうやすやすとはいかないのも事実。すでに何度もここに通ってきているが、その流星を目にしたことはない。
タイミングが悪かったり、あるいは見過ごしてしまったり、まだまだ観測したいのに母親のせいで帰る羽目になったりとしたためである。
488: 弥次郎 :2022/04/20(水) 00:09:39 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
だが、今日は妙な確信のような物があった。
今日、何かが起こるのだと、そんな自信のようなものが。
根拠など全くない。当てずっぽうと言われればそれまでの、理由もない何か。
「ふぅ……」
冷たい地面に腰かけるのは難儀なので、折り畳みの椅子を持ってきている。
それに腰かけ、寒さをしのぐための防寒着を改めてしっかりと纏い、準備が整った。
「……」
見上げた先、そこには夜空が瞬いている。
85区内の光に阻害されながらも、それでもなお輝きをこの惑星の地表へと届かせている星々は、得も言われぬ美しさを湛えていた。
だが、レーナの目的はそれではない。その輝きの中に交じる、一筋の流星を見極めなければならないのだ。
(もっとグラン・ミュール内部が暗ければ……)
ここに来るようになって、何度となく思ったことだ。明るすぎて、見えにくい。
こうして明かりも人気もない場所を選んだことでいくらかは解決したが、それでもまだ駄目だ。
もっと観測を行うためには、国立天文台のように専用の機材と人員を揃えて行うべきなのかもしれない。
だが、それを行う余裕などない、というのがこの国家の今の建前。
国立天文台にしても政府と軍によって『警備』されているということも考えれば、なおのこと。
(嘆いても……仕方ありませんよね)
だから、せめてやれることを。レーナの前向きな姿勢は行動として現れていたのだった。
そして、空を改めて見上げ---
「えっ…………」
視界に、地上の光に圧迫される夜空に、それが生じた。
大量の光の筋。それも、一般的な流星にありがちな、ほんの1秒とかからず燃え尽きるのではない、長い時間尾を引いて伸びてくるもの。
即ち、大気圏突入の際に熱量によって燃え尽きることなく、そのままに突破してくるという物体。
しかも一つや二つどころの話ではなかった。数え始めれば、10を超え、20を超え、やがては100にも届こうかというほどに増えていったのだ。
「まさか、本当に……」
水天の涙、とも呼ばれることをレーナは不意に思い出す。
空から地上へと落ちてくる、星々の涙。
悲しみか、それとも喜びか、如何なる感情を以てか、夜空は滂沱の涙を流す。
レーナは、その空想的ともいえる光景を前にして我を忘れ、その光景を唯々享受することしかできなかった。
志は高く、その意志は純真なれども、未だに彼女はただの一人の軍人にすぎない。
地上に重力によって捕らわれ、さらには狭いグラン・ミュールの内側にいる、他者を人型の豚と迫害しているサンマグノリア共和国人の一人でしかなかったのだ。
その翌日から、否応なく変化する情勢に振り回されてしまうことになるなど、予想さえできないままの、ただの少女だった。
489: 弥次郎 :2022/04/20(水) 00:10:18 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
- 同国 サンマグノリア共和国 86区 前線基地 宿舎
「----ッ!」
シンエイ・ノウゼン大尉---コードネームを「葬儀屋(アンダーテイカー)」---はぐっすりと眠っていた状態から急速に覚醒した。
いつものような、レギオンたちの声、黒羊や羊飼いたちの声に満ちた自分の世界に、唐突に全く別な声が飛び込んできたためだった。
それは、100以上の数。
それは、遥か上、つまり空から降ってくる。
そしてそれは、レギオンたちの声とは違う、生きた人間の、血の通った声だった。
何より驚いたのは、その声が、血の通った声が、やさしさというものを含んでいたことだ。
悪意や敵意に苛まれ、自らをそぎ落としてきた、と定義しているシンにとっては感じることも久しい慈しみの感情。
あるいは、仲間内でのみ向けられるやさしさという感情。それが、シンの耳に届いた声には含まれていたのだ。
「一体、何が……」
当然のことだが、86区のエイティシックス達はグラン・ミュールの内側、85区内の情報など知りもしない。
唯一繋がるのは適当に指示を出してくることもある共和国軍人(白豚)の指揮官(ハンドラー)たちであるが、彼らはそんな世間話などしない。
あるいは消費される有人にして無人機である「M1A4ジャガーノート」の武器弾薬や補修パーツなどを持ってくる連中がいるが、彼らも情報源とはなりえない。
だからこそ、このような事態が起こっているなど、シンは知り得なかったのである。
ともあれ、シンは素早く対して寝ることを考えてもいない寝床から立ち上がると、部屋を大急ぎで出た。
俄然興味がわいてきたのだ。空から落ちてくる「声」は一体なんであるかというのが、とても気になって仕方がない。
「……」
とはいえ、他の戦隊メンバーの多くは眠ったままだろうということで、慎重に廊下を進み、階段を降り、宿舎の外に飛び出す。
「声」は上からした、ということで、必然的にシンの視線は上へと、満点の夜空へと向けられた。
グラン・ミュールの内側と違い、殆ど人口の光がなく灯火管制も敷かれているため、夜空はとてもよく見える。
そう、殆ど妨害するものが存在しない、自然なままの夜の姿が、そこには存在していた。
同時に、そのバックスクリーンに光の尾を引いて迫ってくるモノが見えた。
何かはシンは知らない。けれど、分かることもある。自分の利いた声は、あそこから、あの流星から聞こえたのだと。
『-----!』
「ッ……今のは、悲鳴か」
そして、突然意識に悲鳴のような叫びが届く。
まるで信じがたい苦痛を味わったかのようなそんな声だ。それは流星---の中の声---が地表面へと近づいてから発生していた。
まさか、レギオンの声が、羊飼いや黒羊の声が聞こえたのだろうか。シンはこの異能に目覚めて以来の衝撃を受けた。
自分はすでに慣れっこになっていることだが、声の主たちは、レギオンの声に初めて触れたのだろうか?
「一体、何が……」
わからないことだらけだ。
あの流星のことも、レギオンとは異なる声のことも、そして地表に近づいて発生した悲鳴の意味も。
けれども、シンは一つの確信を持てた。何か大きな流れが、決定的に変わったのだということを。
代わり映えのしない、ただひたすらに戦う日々に何か変化が起こるかもしれないという予感を、強く感じていたのだ。
そして、シンの予感は正しかった。
星暦2148年、共和国歴357年。その日サンマグノリア共和国は、そして世界は、新たな局面を迎えた。
星の内側ではなく、外側から押し寄せた争いと、外から来訪した勢力との接触という、全く新しい次元への転回の発生の年のことであった。
490: 弥次郎 :2022/04/20(水) 00:11:56 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
美麗刹那・序曲---執筆速度は加速する!ただし死世界・凶獣(ry
次はちょっと間隔をあけ、接触などが終わった後からになります。
それまでにいろいろとSSやらキャラの追加やら何やらをやっていこうと考えております。
最終更新:2023年07月09日 21:22