718: 弥次郎 :2022/04/30(土) 18:50:17 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
憂鬱SRW アポカリプス 星暦恒星戦役編SS「境界線に踊れ」
- 星暦恒星系 星暦惑星 サンマグノリア共和国内 「グラン・ミュール」 第一区 ブランジューヌ宮殿 国軍本部 エントランスホール
レーナは周囲の視線の中を歩いていた。
視線だけではない、囁き声、噂話、あるいは公然としゃべる声にも包まれている。
殊更に、レーナと地球連合の間の会話を聞いた軍人たちからは、声が次々と飛んでくるのだった。
「おい、あれが……」
「あの勤勉なお嬢様かよ」
「豚と人間の区別もつかない奴か」
「おーい、豚と話してどんな気分ですかー!ハハハハハ!」
それらの声のほとんどは、決して良い気分で聞けるものではなかった。
好奇心と、侮蔑と、あるいは揶揄い。悪意のあるなしにかかわらず、いろいろな声が飛んでくる。
そういった意識の対象になるのはある種当然だ、とはレーナは理解していたが、それでも不快感を消せはしなかった。
(重要な交渉の場だったことを誰もわかっていない……!)
思わず、拳を強く握りしめる。表情には務めて出さないようにし、口をつく言葉を飲み込む。
レーナは先の地球連合とサンマグノリア共和国の間に開かれた会議の場のセッティングのおぜん立てをした重要人物だ。
いや、そもそも、地球連合からの呼びかけに際して真っ先に反応を示したのがレーナであったのだ。
彼女の反応や行動があってこそ、一応両国の間には外交チャンネルが開かれることになったのだ。
誰もの目につくような方法をとり、またその存在が西部方面に暮らす住人の目に留まっていることは確かだ。
それ故に一応隠せはしないと判断したのか、地球連合との接触があったことはニュースになっている。とても、小さなニュースではあるが。
だが、そんな小さなニュースで済ませてよいものではないと、レーナは考えている。
そのなかで、地球連合からは信じられないような、あるいは有益な情報を多く得ることができたというのだから。
それらは、レギオンとの戦いだけでなく、もっとスケールの大きな話も含まれていたのは明白。
そうであったにもかかわらず、ここにいる多くの人間はその情報や価値について全くの無理解であることからわかるように、何一つ明かされていないのだ。
それでも---耐えきれそうにない感情があることは確かだ。
「ミリーゼ大尉」
そんなレーナに呼び掛けるのは、自分付きの連絡員という形のアンドロイド「リーガルリリー」だ。
頭身がレーナよりさらに低い、ともすれば幼女と受け取られかねない彼女は、レーナを気遣うようにやさしい言葉を投げかけてくる。
「大丈夫です……」
この手のからかいを、ハンドラーとしてまっとうに職務に励んでいるから、という理由で受けてきたレーナからすれば、よくあることだったのだ。
それに尾ひれや背びれが付随していると考えれば、なんということもない話なのである、はずなのだ。
「……左様でしょうか?」
「わかりますか?」
「人間に仕えるのが、我々アンドロイドの職務でありますので」
だが、どうやらレーナの内側に籠る感情を、このアンドロイドはしっかりお見通しらしい。
「ミリーゼ大尉が憤りを感じることは無理もないかと思われます。
彼らはまだほとんど何も知らない、無邪気な赤子のようなもの。それゆえに悪意のある言葉もいくらでも吐き出せる。
思うところがございましたら、私共が受け止めます。ミリーゼ大尉のお相手をするのも、私共に課せられた役割ですので」
気遣う言葉は、とてもうれしい。
いや、見てくれが少女通り越して幼女の彼女に甘えるというのは、絵面としても年長者としてもまずいのでは?と思えるのだ。
エントランスホールを抜け、出口へと向かいながらも、レーナはその葛藤に悩んだ。
正直なところ、殆ど初めての交渉を行い、セッティングに奔走し、その後交渉の後にカールシュタールらからお小言をもらって、疲れている。
後日改めて話をする、という体裁で呼び出しを受けて軍の上官やら上層部、そして政府首脳部から責められるのは目に見えている。
下手をしなくとも越権行為などで査問となりかねないのが現在のレーナだ。
(癒しが……癒しが欲しい……)
719: 弥次郎 :2022/04/30(土) 18:51:15 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
勢い任せというか、感情のままに動いてしまったとはいえ、結局それはレーナの意思に依るものなのは確か。
しかして、ここに来て後悔が沸き上がっているのもまた事実であろう。基本的にレーナは規範やルールを守るのを良しとする性格なのだし。
「私がやったことは、やはり咎められるでしょうか……」
ゲートを潜り抜けながらも、レーナはつぶやく。身分証のないリーガルリリーらは一度受付脇のゲートを経由して合流し、そのつぶやきに応えた。
「表向きは批難されるでしょう。
ですが、信じる信じないを別として共和国にとって無視しえない情報をもたらした、ということは間違いありません。
そして、地球連合から高く評価を受け、外交チャンネルの一つとして指名された大尉を冷遇することは、地球連合に対する非礼となる。
決定的に決裂すれば、あるいは連合がそう判断した場合、あの武力が自分たちに向くことを通達されておりますしね」
つまり、形式上のものになる、というのがリーガルリリーの見立てだった。
それは、地球連合から「外交補助用機材」という形で入ってきた彼女らが教えられていた、レーナの、そして地球連合の立場と意志だった。
レーナも地球連合が見せつけた圧倒的な戦闘を指揮管制システムを通じて目撃したのだ。
満を超える数が押し寄せ、蹂躙されるかに思えたが、彼らはそれ以上の力を以て文字通り殲滅した、ほぼ一体残らず。
その武力が何らかの理由で向けられ、行使されたら、止められるわけもないだろう。
「それでも、心ないことは言われるかもしれません。
ですが、所詮は戯言と考えていただいてもよろしいかと」
「それができれば、楽なんですけど……と」
エントランスホールを抜け、国軍本部を出ようかというところで、レーナの前に酒臭い塊が現れた。
「んお……あんだ、裏切り者のミリーゼ大尉かよ」
それは、あからさまに酒に酔っている共和国軍人だった。まともに来ていない軍服の階級章を見れば中佐。
そして、邂逅第一番に、そんな言葉が吐き出された。
裏切り者、一体どういうこと?と固まるレーナに対し、続けざまに暴言を吐いた。
「てめぇ、まだ生きてんのかよ……さっさところされちまえ……」
「……先を急ぎますので、失礼したいのですが?」
「だまれぇよう、上官に楯突くきぃか?」
呂律も回らず、視線も定まっていないその中佐は、無遠慮にレーナに指を突き付けて続けた。
「てめぇ……豚共の仲間をかべの中にいれて、ただですむとおもってんのかよぉ……!?」
「……地球連合は、共和国政府が認めた国家連合組織です。その外交官を受け入れたのは、政府の判断です」
「しってんだぞぉ……てめぇが手引きしたってのは……噂になっているんだからなぁ」
やはりか、とレーナは思う。
どうやら自分の行動は、交渉が進められている間に、だいぶ噂として広まっていたようである。良きにしろ悪しきにしろ。
だが、それに対してレーナは真っ向から対峙した。
「呼びかけに応じただけですが、何か?」
「せいじょうな国土がけがされたーって聞いたぜ……おまえ、そのことをわかってんのか…?ここはゆーりょーしゅの白銀種だけのせかいだぞ!?ええ!?」
「……お話が通じる状態ではないようですね、失礼いたします」
話にならない。
地球連合を、そして自分が貶されたということもあるが、その意識が、とてもではないが許せなかった。
自分が彼らと意識が殆ど大差がないということも、当然腹が立つ。
戦うことも、現実に目を向けることも、あるいは立ち向かう気概も、何もかもを捨て、人を人とも思わない何かと、自分が一緒?冗談ではなかった。
だが、その脇を抜けようとしたレーナに無遠慮に手が伸びる。いや、手にした酒瓶を---
(えっ……?)
それを視界の隅でとらえ、思わず動きが硬直したレーナは思考までもが止まりそうになり---割って入る影に押された。
721: 弥次郎 :2022/04/30(土) 18:52:37 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
パリィン!
甲高い音が、広いエントランスホールの中に響いた。
とても大きな音で、誰もが、思わずその音の発信源の方を向いてしまうような、とてつもない音だった。
それは、酒瓶が酔っぱらったとはいえ大人の力で叩きつけられ、しかし、砕け散った音。
レーナに向かって振り下ろされた酒瓶の軌道に割り込んだ存在の突き出した腕が、それを木っ端みじんに砕いていたのだ。
「ご無礼を致しました、ミリーゼ大尉」
「リーガルリリー……?」
気が付けば、突き飛ばされ、いつの間にか回り込んだ別のアンドロイド「ヒメユリ」に受け止められていたレーナは、それを見た。
リーガルリリーだ。彼女が、自分が先ほどまで立っていた位置に腕を突き出した状態でおり、悠然としているのだ。
そして、酒瓶を振り下ろした中佐は、あっけなく砕け散った酒瓶に、そして突然現れたリーガルリリーに目を白黒させている。
「だ、大丈夫!?」
「問題ございません」
慌ててレーナが問いかけた先、リーガルリリーは静かに答えるのみだ。
受け止めたであろう腕は、怪我も傷も何一つない。ガラス製とはいえ瓶が激突したにもかかわらず痛がるそぶりさえ見せていない。
「んだよぉ…このぉ!」
だが、それに腹を立てたのか、今度は酒瓶が、割れて鋭利になったところをぶつけるように突き出される。
怒りと、酔いと、その他ぐちゃぐちゃの感情からくる、突発的な暴力。しかし、相対するリーガルリリーは冷静なままだ。
瞬時に突き出される酒瓶---を持つ腕の下に、その手を滑り込ませて捕まえると、次の瞬間には中佐の体を片腕一本で空中で一回転させ、地面にたたきつけた。
「ふ、ぐおおお……」
それはまさしく刹那の動き。レーナは巨体が一回転するのを何となくしかわからず、気が付けば腕を抑えられ、関節を極めている状態で固定されていたのだ。
明らかに人間ではない。傍から見るに、太っている中佐とリーガルリリーの体躯は大きさも重さも圧倒的な差が存在している。
「は、はなせ……はなせ……にんげんもどき!」
「……」
その痛みに悶えながらも中佐は振りほどこうとするが、もがいてももがいても、何らリーガルリリーの姿勢は揺らがない。
圧倒的なまでの力の差が、人と人の形をしたものとの実力の差が、顕著に表れていた。
(これが……アンドロイド)
人間を超えている、とは聞かされていた。その証拠を、見せつけられて、改めてそれを感じた。
助けられた側であるはずのレーナさえも、恐怖を抑えきれないほどの、とてつもない力。
「何をしている!」
そして、聞きなれた声を、カールシュタールの珍しくも激怒した声を聴き、ようやくレーナは忘我の域から戻ってこれたのだった。
722: 弥次郎 :2022/04/30(土) 18:53:16 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
- サンマグノリア共和国内 「グラン・ミュール」 ミリーゼ家邸宅 個室
「はぁ……」
深く深く、レーナはため息を吐き出した。
あの後、偶然通りかかったカールシュタールの介入により、その場は預かりとなった。
暴行を働いた中佐と、それに対処したリーガルリリー、そして自分は事情聴取を受けることになったのである。
幸い、リーガルリリーやヒメユリらが撮影していた映像データと音声データを提出し、レーナ自身も証言したことで、速やかに中佐は憲兵の世話になった。
リーガルリリーが言っていたように、どうやら軍や政府にとっても厄介ではあるが貴重な存在とみられているようで、レーナは拘束時間も短く解放された。
そうでなければ、カールシュタールが介入していなければ、リーガルリリーが先に手を出したと、そういう風にされてもおかしくなかった。
その場にいた人間の中には、わざとレーナやリーガルリリー達が不利になる証言をした人間もいたというが、最終的には証拠がモノを言った。
何より、エントランスホールにある入管ゲートに備え付けられている監視カメラにもばっちりと映っていたのだ。
その情報がリーガルリリーらの視覚情報と合致した時点で、その他の証言は欺瞞とされたのだった。
だが、その後帰宅して待ち構えていたのは母親だった。
恐らくカールシュタールが連絡をしたのだろうが、久方ぶりにお小言をもらう羽目になったのだ。
その内容は、正直思い出したくもない。あの酔っ払った中佐や国軍本部にいた他の軍人と同じようなことを、素面で、訳知り顔で言ってきたのだ。
常日頃から、エイティシックスなどと触れ合うな、さっさと群をやめてどこかに嫁に行け、相応しい役目を果たせとうるさかったが、それがさらに輪をかけて酷かった。
地球連合のことにまで言及しているあたり、カールシュタールから色々と吹き込まれたのかもしれない。
正直、母親の正気を疑った。内にこもり、外から目を背けられる状況ではなくなったというのに。
それに、自分の娘の命の危機があったというのに、それに対してまるで触れもしないのだ。
(まったく……)
そしてとどめが、リーガルリリー達のことだ。
自分に補助役としてついている4名あるいは4体が家の中に入ることを拒否したのだ。
汚れた劣等種の作った物など家の中に入れるのはとんでもないことだ、今すぐ壁の外に突き出せとまで。
仕方なく、レーナの個室に直接外から入ってもらうことで、妥協するしかなかった。それでもなお、母親はだいぶ渋い顔をしていたのだが。
「観測された以上ですね、サンマグノリア共和国の内部は」
椅子が足りず、やむなくベッドに腰かけてもらっているリーガルリリーは、のどかにそういった。
他のアンドロイドも同じように腰かけてもらっている。本来ならば椅子の一つや二つ用意したいところだったが、母親が許可を出さなかったのだ。
人形など、椅子に座らせるような人間扱いは不要だと、かたくなに拒否された。
「知っていたのですか…?」
「はい、ミリーゼ大尉。我々地球連合では、光学・電波・音声・通信、あらゆる方法でこの共和国の事前調査を行いましたので」
そう元気よく答えるのは、派遣されてきたレーナ付きのアンドロイドの中で一番体の大きな個体「スノーフレーク」だ。
「そういう傾向がある、というのはわかってはいましたし、むしろ異常な我々を受け入れている方がよほどですからね」
「そうですねぇ。だって、人の形をした人ならざるもの、ですから。
レギオンの自走地雷が存在する中で、よく受け入れたと思いますよぉ」
スノーフレークの言葉に同意するのはトゥルシーだ。
レーナと同じくらいの体を持つ彼女は、淡々と事実を述べる。
「まあ、それでも交渉が無事に始まったのは何よりです。戦争になる可能性についても考慮していましたし」
「そんな……」
否定したいが、否定できなかった。これまで今日起きたことだけでも、その言葉を補強する出来事ばかりだった。
ともあれ、とアンドロイドたちの中で隊長格であるリーガルリリーはレーナに進言する。
「今日はもう、お休みになられた方がよろしいかと」
「ええ。あなたたちは?」
「交代でプログラムリフレッシュを行いますので、問題ありません。我々に通常の人間の睡眠や休養は不要ですので」
「……わかったわ。おやすみなさい」
「お休みなさいませ」
ともあれ、明日だ。明日に備えなくては。おざなりに挨拶を済ませ、レーナはベッドの住人となることを選んだ。
723: 弥次郎 :2022/04/30(土) 18:53:49 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
こういうことが普通に起こるよな、というか起こすよな、というエミュ結果に白目をむいております…
729: 弥次郎 :2022/04/30(土) 19:06:38 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
誤字修正を
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×そして、聞きなれた声を、カールシュタールの珍しくも起こった声を聴き、ようやくレーナは忘我の域から戻ってこれたのだった。
〇そして、聞きなれた声を、カールシュタールの珍しくも激怒した声を聴き、ようやくレーナは忘我の域から戻ってこれたのだった。
最終更新:2023年09月18日 21:15