26: 弥次郎 :2022/05/01(日) 22:22:20 HOST:softbank126041244105.bbtec.net

憂鬱SRW アポカリプス 星暦恒星戦役編SS「境界線に踊れ」2



  • 星暦恒星系 星暦惑星 サンマグノリア共和国内 「グラン・ミュール」 第一区 ブランジューヌ宮殿 国軍本部 会議室



 翌日、出勤したレーナは早速軍上層部から呼び出しを食らった。
 要件は想定された通り、昨日の独断専行及び暴行未遂事件についてであった。
 それらは、リーガルリリーが朝述べたように、口頭での注意にのみに終わり、後者については処分が下されることになったとの報告がされただけだった。
事実上の無罪放免、ということだった。居並ぶ将官佐官の表情からすれば言いたいことはあるようだが、それでも沈黙していた。
これは政府の意思も絡んでの決定ということなのだろう。結局のところ、レーナの行動は評価せざるを得なかった、というわけだ。
 そして、レーナの前には予想外のものを出されることとなった。
 それは辞令。しかも2種類だ。その内容は出席していたカールシュタールから通達されることとなった。

「ヴラディレーナ・ミリーゼ大尉。貴官を本日をもって、少佐へ昇格させる。
 また、共和国政府からの要請もあり、貴官を地球連合サンマグノリア共和国駐留外交補助機材室付き武官とする」

 その書類を前に、レーナは目を白黒させるしかない。
 昇進については、まあわからなくもない。まもなく少佐に昇進というのは聞かされていたことなのだから。
 だが、後者---サンマグノリア共和国駐留外交補助機材室付き武官への登用というのは予想外すぎた。
地球連合から派遣されてきた『機材』---アンドロイドたちを通じて地球連合と折衝を行う場において、武官として働けという辞令。
つまるところ、交渉の場に立ち、軍としての立場から意見を述べ、同時に情報収集を行えと、そういうことだった。

「貴官がハンドラーとして活動しているのは理解している。よって、そちらはこれまで通り実施。
 だが、時間があれば、地球連合との折衝の場にも参加してもらいたい。
 何か質問は?」

 正直なところ、混乱は大きい。文字通り降ってわいた話で、おまけに通常のハンドラーとしての勤務も行えときたものだ。
 とりあえず、レーナは手近な疑問からぶつけることにした。

「えっと……内容から考えまして、非常に重要な役職と思われます。
 しかし、本官が抜擢されたというのはどういった理由からなのでしょうか?」
「それは貴官が地球連合との交渉を経験した、というのが一つだ」
「貴様は独断専行したとはいえ、それなりに相手からの情報を引き出した。
 まあ、聞くのも無駄な、有色種らしい戯言かもしれん内容だったがな」

 カールシュタールの返答に、別な将官の一人が続けた。
 体も顔も太って膨れ、肉によって半ば埋もれている眼はこちらまで蔑むような視線を送ってきている。

「優良種たる我々にはそんな戯言でもつきやってやるくらいの度量はある。
 だが、奴らの持ち込んだ情報の精査など優先すべき事項はいくらでもある。
 人員はいくらいても足りんのだ。故に、貴様もつかわれてもらう」
「……ッ!今の軍部の状態を見て、そんなことが良く言えるものですね!」
「口を慎みたまえ、ミリーゼ少佐」

 昼間から酒を飲み、怠惰にしている人間の集まりがいるというのに、何が足りない、というのか。
彼らを素面にして働かせた方がよほど建設的ではないか、とレーナは思わず気炎を上げた。
 だが、カールシュタールが割って入ることでレーナと将官の両方を強引に黙らせた。

「加えて、地球連合からある程度信頼を受けているであろう人物をハンドラーとして腐らせるのはもったいないという判断だ。
 相手も気を許している相手であるならば、多くの情報を開示するだろうという予測がある」
「それは……」
「つまり貴官は情報を引き出し、地球連合の真意を表に引きずり出すための餌ということだ。言葉を選ばなければな」

 淡々と、カールシュタールは感情を感じさせない冷徹な言葉で続ける。

27: 弥次郎 :2022/05/01(日) 22:23:28 HOST:softbank126041244105.bbtec.net

「貴官が昨日の折衝で、多くの情報を引き出したのは称賛に値する。
 だが、情報は鵜呑みにできるモノではないということだ」
「?」

 それは知っていることだ。だが、それが自分の人事とどういう関係があるかまで想像できない。

「宇宙怪獣、レギオンの進化と適応、他国の生存、彼らの出自。確かに驚嘆すべき情報だ。
 しかし、それらの情報の真偽は、確かめねばならない。
 地球連合の自作自演や狂言、あるいはレギオンとの結託やレギオンの指揮系統を掌握したなど、想定される可能性は多い」
「ですが、それは……」
「渉外役の言葉と証拠があるのはわかる。
 だが、我々に敵意や悪意を持っていないなど、誰が保証できる?
 確かに地球連合の戦力はレギオンを撃滅した。それが必ずしも我々の味方である証拠となるとは限らないのだ」

 それを思わず否定しようとして、レーナはその証拠が、客観的な事実が存在しないことに気が付いた。
 自分が見聞きし、藤山から得た情報が本当であるというのは、一体どこに証拠があるのか?
 藤山も指摘したことだが、レーナとて安全なグランミュールの内側に籠って指揮をしているだけの白銀種の一人でしかないのだ。
つまり、外の世界の情報を知ることもできず、地球連合のもたらした情報の真偽を確かめることができないということである。
 単純に有色種の言葉を信じられない、というものだけではないと理解し、レーナは口をついた言葉を何とか収める。

「そのためにも、相手の情報を探り集めていく必要がある。
 幸いにして、貴官はあちらにだいぶ良い印象を持たれたようだ。
 それを利用して接近し、真意を見抜け。ただし、抱きこまれるな。都合の良い傀儡にされるな」

 以上だ、とカールシュタールが締め、退出が命じられる。
 そういわれた以上、レーナはそれに従うしかない。

「かしこまりました。全霊を以て任務にあたらせていただきます」
「ああ、それと、追加で人員は派遣する予定だ。本日から職務にあたるように。
 辞令と部署の場所はここに記してある。持っていくように」

 敬礼を返し、辞令と書類をまとめて受け取ったレーナは退出した。
 背中に突き刺さるのは、憐れみと侮辱と、あるいはわずかばかりの好奇心の視線。
有色種と積極にかかわるなど正気ではない、という共和国の常識から見ればレーナの行動は狂人そのものだ。
あるいは、真偽不明な世迷言を鵜呑みにして信じるなど本当に優良種なのか、と思っているのだろう。
 だが、それでも。真偽を含め、確かめる努力をしていかなくてはならない。
 カールシュタールも、遠回しながらも目の前の情報に踊らされるなと、そう忠告してくれたことなのだし。

(全ては結果次第、ということになりますね)

 決然と、レーナは歩むことにしたのだった。

28: 弥次郎 :2022/05/01(日) 22:24:00 HOST:softbank126041244105.bbtec.net


  • サンマグノリア共和国内 「グラン・ミュール」 第一区 大統領府 地球連合サンマグノリア共和国駐留外交補助機材室



 少佐の階級章などを受け取り、さっそく職場となる外交補助機材室に到着したレーナは、その光景に半ば唖然とした。

「……物置?」

 明らかに、そこは会議室だとかオフィスだとか、そんな上等なものではなかったのだ。
 確かに場所としては大統領府内にあるとはいえ、立地は3階の奥まった、どちらかと言えば保管庫や資料室などのある区画。
中に入ってみれば、窓は申し訳程度にあるばかりであり、部屋の空間は机と本棚などで埋められている。
そして、部屋の隅には空間を確保するためにどかされたと思われる荷物が山積みとなっていた。

「ミリーゼ大尉、いえ、今は少佐でしたか。お待ちしておりました」

 そして、扉を開けて呆然としていたレーナににこやかに声をかけてきたのは渉外補助アンドロイド大統領府派遣隊のトップ「アネモネ」だった。
トップというものの、「一等機材」というヒトに近いアンドロイドながら道具のように区分のされる彼女は、しかし銀髪を揺らして歓迎した。

「アネモネ……一等機、材……駄目ですね、慣れません」
「でしたら、アネモネとそのままお呼びください。地球連合では渉外役付き補佐官として登録を受けていますが、こちらでそう呼ばれては不都合もありますでしょう」
「いえ、それでは示しがつきません」
「……わかりました。では、アネモネ補佐官と呼んでいただければ。部下たちも同様にしていただいて構いません」

 さて、と挨拶なども済んだところで、改めてレーナは室内を見渡す。
 持ち込まれたであろう通信機材はここにはなく、純粋な資料やタブレット、あるいはパソコンなどが用意されている。
 しかし、それらは何と確保された空間に窮屈に収まっている状態だ。
 部屋の中もお世辞にも明るいとは言い難く、どことなく埃っぽい気もする。

「……これが機材室、ですか」
「はい。共和国の方々にとっては、アンドロイドは人ではない道具とのことですので、人様の部屋はもったいないそうです」
「そんな……」

 そこまで悪意を向けるか、とレーナは絶句した。アネモネの方も、余り気分はよろしくないようだ。
彼女らは地球連合では人としての扱いを受けていると聞いている。それなのに、共和国に来たばかりにこの扱いだ。
如何に方便としての外交のための補助機材という身分とはいえ、あまりにもひどい。
 カールシュタールらは情報を鵜呑みにするな、疑えと言ってきたが、これはそれとはまったく違う問題だ。

「私の権限で何かしら手を打ちます。部屋を変えることはできなくとも、せめて……人らしい部屋にしたいです。これでは共和国の沽券にかかわります」
「お気遣い感謝いたしますが……ミリーゼ少佐のお立場は大丈夫でしょうか?」
「情報収集や渉外における武官の私も利用するのですから、福利厚生は必要ですッ!」

 言い切ってから、微笑ましいものを見るような視線に気が付き、思わず赤面してしまった。

「ありがとうございます、ミリーゼ少佐。どうしても私共のようなアンドロイドは未知のものとして忌避されますので。
 最も、北方のロア=グレキア連合王国は余りそうではないようですが……」
「そう、なのですか?」

 だが、それ以上をアネモネは語らなかった。
 今すぐに語ることは必要ではないと、そう言外に言われたようだった。

「ともあれ、ミリーゼ少佐、『境界線(ボーダーランド)』へようこそ!」
「ボーダーランド…?」

 その問いに、アネモネは頷いた。

「機材室、というのは味気がありません。
 我々は時にモノのように扱われるとはいえ、
 そこで、少しでも愛着がもてるようにと、この空間に、部屋に愛称を付けたのです」

29: 弥次郎 :2022/05/01(日) 22:24:36 HOST:softbank126041244105.bbtec.net

 その意味は、と、アネモネの言葉は続いた。

「ここが、サンマグノリア共和国と地球連合との間の境界線ということです。
 共和国の人々と地球連合の人々、本来ならば交わらず、そして現在も半ば対立している両者が、唯一共に存在できる場所---それが境界線でありますがゆえに」
「----」

 思わず、毛が逆立つのを感じた。
 言葉を、意味を、状況を判断し、それを名付ける。人間のよう、どころか人間そのものと言ってもいいほど。
その技術に、力に、あり方に---思わず生会得的な、あるいは根源的な恐怖を感じてしまった。

「さて、ミリーゼ少佐はこちらの席をお使いください」

 レーナの様子を見なかったことにしたアネモネは、振り返って後ろに用意された人間用のデスクを手で示す。
デスクの上にはすでにいくつもの書類の束が用意され、筆記用具やメモ帳、事務作業を行うためのパソコンも準備されている。

「武官として持ち帰っていただきたい情報は、すでにある程度出力しております。
 これを確認し、提出していただければお役目は果たせるかと存じます」
「手配をしていただき、感謝します」

 準備は万全だった、ということか。

「ミリーゼ少佐は共和国-地球連合間の折衝の場においても意見が求められることもありますので、その際はこちらのパソコンより参加していただければと思います」
「わかりました。ただ、私はハンドラーも兼ねていますので、呼び出しがあるかもしれません」
「問題ございません。その際はそちらを優先していただくようにと指示を受けておりますので」

 ただし、と少しばかり困った笑顔でアネモネは現在の状況を伝える。

「共和国軍の『無人機』の出番はないでしょうね」
「……それは?」
「共和国は86区での地球連合の活動に対し関知しないとの判断を下しております。
 故にこそ、『無人機』の手助け、あるいは『処理装置』への介入などが許されていることになります」
「まさか……!」

 はい、とにこやかにアネモネは告げた。

「地球連合の力をお見せし、共和国の信頼を勝ち取るため、傭兵活動に参加いたします。
 前線はかなり押し上げられることとなるでしょう。それこそ----共和国の探知の外側にまで」
「それほどの戦力を、共和国に……?」
「はい。それについてはパソコンの方に情報をアップロードしてありますので、ご確認ください」

 それは、地球連合の力を見せて共和国から信頼を勝ち取る、という目的以上のことだと直感的に理解できた。
 エイティシックス達に何かしら吹き込まれるかもしれない。反乱などを促される可能性がある。
 あるいは---レギオンの代わりに地球連合の戦力によって包囲を受ける、ということである。

(迂闊な発言をしてしまっていて……もしものことがあれば!)

 つまり、レギオンによって喉元に突き付けられた刃から逃れはしたが、代わりに後頭部に拳銃を突き付けられたようなものだ。
共和国は、レギオンに対する防衛手段を---連合からすれば共和国の生殺与奪権を自ら渡したと、そういうことになる。
カールシュタールの言葉が、脳裏をよぎる。取り込まれるなと。レギオンを使った自作自演かもしれないと。

(もう……遅いかもしれません、小父様)

 だが、その警告は遅きに失した。
 常識外の武力をいざとなれば行使できる相手に、共和国は折衝をしていかなくてはならないのだ。
 そして、共和国はその事実に気が付いていないか、あるいは目を背けてしまっている。
 レーナでさえもわかる。すでに、共和国は連合によって着実に詰みに追い込まれている、と。

(ですが、出来ることをしなくてはならない……そういうことですね)

 目の前の相手は、親身にふるまうが、完全な味方でもない。
 その意識を改めて持ち、レーナは己の職務に取り掛かることにしたのだった。

30: 弥次郎 :2022/05/01(日) 22:25:10 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
ボーダーランドに踊れば、片方からでは見えないものが見える、ということです。

次回からは壁の外での活動にもフォーカスしていきます
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最終更新:2023年09月18日 21:16