451: 弥次郎 :2022/05/03(火) 20:37:21 HOST:softbank126041244105.bbtec.net

憂鬱SRW アポカリプス 星暦恒星戦役編SS「さんざめく死者の声に」3


  • 星暦恒星系 星暦惑星 サンマグノリア共和国 86区 東部戦線 地球連合在サンマグノリア共和国軍 東部方面第4FOB 個室


 早速行動を起こしたブレンヒルトは、地球連合軍からその人物に関する情報を獲得することに成功していた。
地球連合軍はエイティシックス達への教導などを行うにあたり、パーソナルデータをとり、それらをデータベース化していたのだ。
その経歴、出身、血統、あるいはこれまでの戦績など、あらゆる情報を集めた。部品ではない、人間と扱うためにも。

「シンエイ・ノウゼン少尉。パーソナルネーム『アンダーテイカー(葬儀屋)』……出来すぎね」

 ターミナルコンピューターでその資料を確認して、ブレンヒルトは嘆息するしかなかった。
 何とも皮肉なパーソナルネーム。個人のパーソナルマークも「シャベルを担いだ首のない骸骨」というもの。
まさに死者を連れていく死神。あるいは死を見つめ、その存在を受け負う立場にいる役職。

 その経歴も、とてもではないがよいものではない。
 激戦区を転々とし、部隊や戦隊が全滅する中でもただ一人生き残ることも珍しくなかったようだ。
そんな状況であるならば、死んだ戦友たちを戦場で看取ったことも一度や二度で済む話ではあるまい。
もし彼がそんな状況で仲間の死を背負い続けたら、あるいは記録や記憶をし続けていたら?
弔いが許されず、墓地も作ってもらえないエイティシックス達の魂にとってはまさに拠り所となるだろう。
それならばそれだけの魂がへばりついているのも納得の話である。

(彼の首にある傷……これには誰かの感情がついて回っているわね)

 そしてもう一つ気が付いたことは、メディカルチェックにより判明した首の古傷だった。
彼は多くを語らなかったが、それが尋常な傷ではないということは明らかだった。特にオカルト関係者から見れば、その傷に付随する感情が読み取れる。
端的に言えば、行き場のない怒りや憎しみ、そして、とてつもない後悔。それが染みついているのだ。
恐らくレギオンによるものではなく人の手によるものだろう。しかも、後悔や贖罪の意思が窺えるということは彼にごく親しい人間によるものかもしれない。
彼の徴兵は彼の両親、間を開けて兄の後に行われている。幼い彼と兄だけで極限環境である強制収容所生活、何が起こってもおかしくない。
子供の激情はなまじ理性を振り切りやすいだけに恐ろしい面も存在している。

 本人の証言で「死にかけた」というほどの重傷を負ったのならば、それは大きな要素となりうる。
死にかけるということは、臨死体験。それは個我の希薄化と集団的無意識への接近に他ならない。
生者の世界に戻ってきたとしても、その体験によって死者に近い性質を得ているならば、彼はなおのこと霊魂に好かれてしまうだろう。

「彼は、危うい状況にあるかもしれないわね……」

 ただでさえ、霊的に危険な、大量のカウントされない死者であふれている土地で生活し、戦うことを強いられていたのだ。
事と次第によっては、自分の手に余るようなとてつもなく大きな事案になってしまうかもしれないという予感がある。
 彼を呼び出し、直接顔を合わせて面談するつもりであるが、その前に事前に上に報告をあげて、指示を予め受けておいた方がいいかもしれない。

(……杞憂ならばいいけれど)

 支給されている端末で手早く報告書を作成すると、FOSとファントムビーイング号を経由して地球へと、ウルティマ・トゥーレに送信した。
宛先には自分の上司だけでなく、その手の霊魂の専門家やトップであるリーゼロッテ・ヴェルクマイスターも含めてある。
より正確な判断を下すには、自分より経験のある人間の意見も必要と判断したためだ。
 最も、自分でさえ危ういと感じる相手だ。上司たちがどのように反応するかはある程度読めてしまう。

452: 弥次郎 :2022/05/03(火) 20:38:20 HOST:softbank126041244105.bbtec.net

 そして、実に合計で4時間に及ぶ恒星間通信でのやり取りを終えてから、ブレンヒルトはいよいよシンを呼び出すこととなった。
その顔色はどう見てもよくないのは無理からぬ話だ。その手の知識のあるブレンヒルトだからこそ、シンの厄度がわかる。
 集合無意識、死神、顕現しかねない地獄、希死観念も見える自己を顧みない行動、引き連れている魂。
更にはこの惑星の住人が融合惑星に転移してきたギアス世界と同様に集合的無意識に感応する異能を人種によるが保有しているという特性が拍車をかけた。
 つまり、彼はそういう異能を死にかけたことで大きく発達させ、生者でありながら、同時に集合無意識を経由して---複雑すぎて説明しきれない。
 一つ確かに言えることは、彼が「あちら側」に堕ちるようなことは絶対に避けねばならないことだ。

(一先ずは……囲い込み)

 その手の関係者や能力者が派遣されることは決まった。だが、彼らとてスケジュールがあるので、すぐに来れるというわけでもない。
リーゼロッテ・ヴェルクマイスターはF世界に張り付かざるを得ないが、幸いにして同じような「理」のギアス世界からL.L.が来るとのことだった。
 そして、その到着までの間は自分が請け負うということになっている。ただでさえ地雷原のような星暦惑星の中なのだから、迂闊な刺激はご法度。
よって、囲い込んで、余計な刺激が飛んでこないように安全に保管するというのが役目となる。
無論のこと、ブレンヒルト自身が刺激となってしまう可能性もあるのだが、何も知らない人間が迂闊に刺激するよりは危険度は低い。

(特別手当をもらわなきゃ、やってられないわね……)

 ただでさえ過労気味な現場に派遣されたと思えば、さらに危うい案件の処理を任されることになるとは。
 第一、こんな危うい状況になっている共和国がこれまでよくもまあ無事でいられたとさえいえる。
 これだけの悪条件が重なっているならば異界化や悪霊の集うスポットがいくつも生まれてしまい、表への影響も避けえない状況になっていた。
さらに言えば、件のシンエイ・ノウゼン少尉のことだってそうだ。彼の存在は、何かの拍子で、それこそ蝶の羽ばたき一つで生命体を滅ぼしかねない。
それだけの地雷が敷き詰められていながらも、こうして自分たちが介入するまでに無事でいられたことが奇跡のように思える。

「あるいは……逆ということかもしれないけど」

 世界は一見そうとはわからない方法で自分を救う。
 これは宇宙を包括する世界そのものが意思を持ち、偶然や自然としか言えないような状況の積み重ねで自分を存続させているという理論だ。
アラヤであるとかガイアであるとか、その手の集団的無意識あるいは巨大な一個の生命体としてふるまう存在は、そういうことを平然とするのだ。
たかだか人の集団がいくつか消えようが、どれほどの流血が発生しようが、バランスが崩れようが、一時的な被害におさまり、存続するなら丸儲けという考え。
振り回される側である人類からすればたまったものではないのであるが、それと付き合わなければならないのも事実である。

 そのように考えた場合、地球連合が宇宙怪獣をはじめとした外敵勢力との戦いの中でこの星暦恒星系を発見したのは本当に偶然なのか?となるのである。
この星暦惑星が、あるいはこの星暦恒星系の意識が、偶然を装う形で地球連合という外部勢力を招いたかもしれないのだ。
 もっと飛躍した場合、この宇宙の意識が、地球連合という組織をこの星暦惑星に向かわせ、滅びの要因を摘み取らせているともいえる。
 その答えはわからない。確かめて藪蛇となるかもしれない。
 それでも、人類は生き残るために踏み出していかねばならないということは確かなことだ。

「失礼します、シルト中佐。シンエイ・ノウゼン少尉をお連れしました」
「いいわ、入りなさい」

 そうこうしている間に、どうやら件の少尉が到着したようだ。
 ここからが本番。そう思い、ブレンヒルトは入室の許可を出した。

453: 弥次郎 :2022/05/03(火) 20:39:04 HOST:softbank126041244105.bbtec.net

 入ってきた少年兵を一目見て、ブレンヒルトは納得した。
 この少年だ。この人間こそが「死神」だと。看取った魂を連れていく人物なのだと。
 加えて、感じ取れるのだ。彼の、危うい存在感に。それは、死の世界に、非物質的な死んだ者の魂の世界に近寄ったことによるものだろう。
感じ取れる生者特有のリビドーが薄く、デストルドーをその分だけ感じ取ってしまうのも、そういうことかもしれない。

「シンエイ・ノウゼン少尉、参りました。お呼びでしょうか中佐」

 年の割に落ち着いた、感情の起伏の乏しい声。
 黒髪に赤い瞳という夜黒種と焔紅種の特徴。
 そして、部屋を歩くときに殆ど足音を立てることなく歩く姿は、仮にも中佐の前という状況にもかかわらずマイペースで、猫を思わせた。

「ようこそ、少尉。私がブレンヒルト・シルト。階級は中佐よ」

 楽にしていいわ、というブレンヒルトの指示に敬礼をやめ、休めの姿勢となる。
 しばしシンを観察していたブレンヒルトは、部屋がしっかりと施錠されたことを確認すると、いきなり声を飛ばす。

〈この声が聞こえるかしら、少尉?〉

 口は開かない。それは、死者の魂や霊魂と会話するときのテレパスの様なもの。裏の界隈では割と初歩的な部類のそれ。
それで呼びかけられたシンは、びくりと肩を震わせて反応を示した。同時に、目を見開いてこちらを見つめてくる。
 その反応だけで、「あちら」の世界に近しいことがわかる。
 この惑星の人種によってはある種のテレパスや感応を示すことがあるという調査結果が出ているが、よもやそれが死者のそれにまで反応を示すとは。

「やはりね」
「シルト中佐、今のは?」
「死者の魂と会話するための言葉よ」
「死者と?」

 警戒の色が出ている。まるで、敵と会敵した時のようなものだ。
 だが、それを無視してブレンヒルトは続ける。

「ノウゼン少尉、ここでの会話は他言無用。機密になるわ。決して他人には漏らさないこと。いいわね?」
「……はい」

 言いたいことはあるようだが、一先ず了承は得られた。それならば、話を進められる。

「端的に言うと、私は正規の軍人ではないわ。
 非科学的な、文明の発展とともに否定されたオカルトや魔法といったものが存在する裏の世界で生きている人間なの。平たく言えば魔法使いね」
「魔法……?」
「そう、魔法よ。手品やトリックなどではない、本物の魔法や魔術の世界に生きている人間」

 微妙に困惑しているようだ。無理もない、いきなりのカミングアウトなのだし、突然言われても困るだろう。

「世間一般には、広まっておらず存在していないことになっているけれど、けれどもしっかりと存在している。
 そして、表の世界と密接にかかわって存続し続けているの」

 それで、と本題に入る。

「要件は他でもない、ノウゼン少尉。貴方の体質……そして、その死者の声を聞く異能。
 それと貴方が引き連れている324名のエイティシックスの魂。さらにはこの国の耐性や状態。
 これらがかかわることで、表には出せない大問題となっている。その解決のために、貴方には少々協力してもらいたいの。
 信じる信じないは別としてもね」
「俺の力に、何かあるのですか?」
「ええ、大ありよ。とりあえず、あっちのソファーに座って頂戴。長い話になるわ」

 そこからブレンヒルトは時間をかけ、このサンマグノリア共和国の周辺で展開されている地獄について一つ一つ説明することになった。
 大量のエイティシックスをレギオン戦わせ、戦死者を出すしながらも鎮魂も慰霊もすることもなく、ただただひたすらに死体を積み上げた共和国。
その為に86区という土地=器の中で蠱毒となり、死者の念や無念が濃縮されて汚染され、霊的によろしくない状況であること。
レギオンは無人機であるにしても、その中には黒羊や羊飼いが含まれ、実質人間同士の争いでもあり、さらに悪影響を与えていること。

454: 弥次郎 :2022/05/03(火) 20:39:45 HOST:softbank126041244105.bbtec.net

 しかも死者も出る強制収容所の存在やら何やらと合わせれば悪しき霊がおびき寄せられる、あるいは誕生するかもしれないこと。
想定されるのは、集団無意識にかかわり、出現しただけで生命体の悉くを滅ぼす存在が現れてしまうかもしれない、ということ。
 今現在のところは86区の除霊や鎮魂は進められているが、グラン・ミュールの内部でも悪循環が進んでおり、それがどうなってもおかしくないこと。

 シンがその血筋から持つテレパシーや精神感応の異能が、死にかけたことによって、集団無意識に、しかも死者の世界へとつながってしまったこと。
 そんな異能を持つシンがこの汚染された戦場に身を置き続けたことによって、そのつながりが強くなってしまったこと。
ついでにつながりが強くなったことでシンが生者であるにもかかわらず、死者の世界へとが近づいていっていること。

 その他、付随することも含め、シンからの質問にも適宜答えながら、ブレンヒルトは説明を行った。

「……といったところかしら」

 紅茶でのどを潤し、ブレンヒルトは長く息を吐き出す。

「貴方に私が感じたイメージ……大アルカナの死神。それは遡っていくと、死と夜を司るニュクスにたどり着く。
 下手をすればこの惑星全体の生命体が一気に死ぬことになる。あちら側の世界に引きずり込まれたら……どうなるか分かったものではないわ。
 貴方の異能は集団的無意識に接続することによるもの。ただでさえ、パラレイドデバイスで刺激されているのだから、なおのこと危ないわね」

 そこまで言って、シンに問いかける。

「何か質問はあるかしら?」

 しばし沈黙が流れ、シンはようやく言葉を発した。

「この、レギオンの声が聞こえることが、そんな事態を招いていたのですか?」
「正確には、悪い状況の中で、貴方がそういう能力に目覚めて、引き金となりかねないというわけね」
「……そうですか」
「あまり疑ったり、否定しようとしたりしないのね」
「レギオンは、亡霊ですから」

 あくまでも淡々としているシンの態度に訝しんだブレンヒルトだが、その返答にある程度理解した。

「レギオンの声が聞こえる、ということは特殊個体のことも知っていたのかしら?」
「特殊個体……黒羊や羊飼いのことですか?」
「貴方はそう呼ぶのね……まあ、そういうことよ。
 ともあれ、そういう状況にあるわけで、貴方には申し訳ないけど監視をつけて、ついでにあちらの世界に引っ張られないように対策をしてもらうわ」
「了解しました。具体的には何をすれば?」

 あっけないほどの了承。だが、素直に飲み込んでくれるならば助かる。
 あらかじめ用意していたケースを取り出し、蓋を開いて中身を見せながら説明する。

「ここにある器具とかを、説明書の通り使って頂戴。専門家が来るまでは、それで凌いでもらうわ」

 それと、とブレンヒルトは釘をさす。

「オンオフは効かないと聞いたけれど、できれば意識しないようにすること。
 遮断装置は、どうしても外さないといけないとき以外は着用すること。いいかしら?」
「……了解しました、中佐」

 そうして、シンは送り出された。
 一先ず第一弾の対処は完了した、とブレンヒルトは疲労感からソファーに一時体を預ける。
 けれど、まだ始まりに過ぎない。そう思えば、まだまだという意識が湧いてくるのだった。

455: 弥次郎 :2022/05/03(火) 20:40:34 HOST:softbank126041244105.bbtec.net

以上、wiki転載はご自由に。
駆け足ですが、だいたいシン君編は完了です。

一応補足しますと、この時点で接触から2か月くらいは過ぎておりますね。
地球連合はサンマグノリア共和国の四方にFOSやFOBを設置。レギオンとの戦線を維持していますね。

なお、グラン・ミュールの内側にいるやる気のないハンドラーたちには、指揮管制室にいって椅子を温めるだけのお仕事をしてもらっています。
やる気のあるレーナのようなハンドラーたちはどうしているか?
それはまたオイオイネー
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最終更新:2023年08月23日 23:26