643: ホワイトベアー :2022/04/25(月) 20:01:47 HOST:sp1-75-249-64.msb.spmode.ne.jp
Muv-Luv Alternative The Melancholy of Admirals 第6話
西暦1984年11月18日 旧カリーニングラード州中部
後方の砲兵陣地や水上打撃部隊から放たれる砲声と寒風の荒む音が響くなか、BETAの侵攻により今や誰も住民のいないゴーストタウンを、西ドイツ陸軍第18戦術機甲大隊を構成する、人類が地球を侵略する地球外起源種に立ち向かう剣として開発した機械仕掛けの巨人、戦術機が主脚を用いて前進をおこなっている。
彼らの足元には数分前までこの街を支配していたBETAだったものが大量に散乱し、赤くどす黒い液体が街の通りや建物に飛び散っていた。
西ドイツ陸軍第18戦術機甲大隊の隊長であるロト1は現状を報告するためにCPとの通信を開く。
水上打撃部隊と日本海軍戦術機部隊がレーザー級を殲滅したおかげで現在のカリーニングラードには重金属雲が発生しておらず、広域通信からデータリンクまで各種情報通信システムをフル活用する事が可能となっていた。
「ロト1よりCP、ポイントCを制圧。我に損害なし。残存するBETAは0だ」
『CP了解。問題がなければ引き続き作戦を継続せよ』
「ロト1了解」
コマンドポストとの通信が切れる。
レビル大将の祈りが天に通じたのか未だに当初の予想を裏切るような緊急事態は発生せず、橋頭堡を確保した国連軍は縦深の拡大を目的として戦術機部隊を前面に攻勢を開始する。
36機のF-105Gトーネードで構成される第18戦術機甲大隊もこうした攻勢部隊の1つであり、彼らは後方の西ドイツ陸軍第8装甲師団の前衛としてカリーニングラードから東に約40キロの位置に存在している旧グヴァルジェイスクの大中型BETAを殲滅。さらに縦深を拡大させようとしていた。
「ロト1より大隊全機。小型種の相当は後方の第8装甲師団が担当する。前進を開始しろ。」
そう言い終わると、この部隊の副隊長であるロト2の顔が映し出される。
『順調ですね。これなら予定より早くノルマを達成できそうだ』
「ああ、このまま何事もなく終わってくれればいいんだがな」
『例えBETAの大軍が押し寄せて来ても、水上打撃部隊と砲兵部隊で殲滅できるはずですし、心配はいらんでしょう』
「仮にもソ連や東欧各国を蹂躙している相手だ。何をしてくるかわからん。レーザー級を殲滅したからと言って油断しすぎるなよ。」
最前線と言うこともあり、一応ロト1はロト2に釘を刺す。
『了解です。もっとも、ソ連や東欧諸国が弱すぎるだけだと思いますがね』
『東ドイツの連中に聞いたんですが、連中の戦術機は俺たちとは比べ物にならないほど性能が低いそうですよ』
『それだけじゃなくて指揮系統もめちゃくちゃ、作戦内容も見栄だけを重視したものでとても軍隊とはいえないとか』
『なにそれ、そんなんだから東ドイツが西側に寝返るのよ』
『少しでも先が読めるなら東側になんかいられないだろうしな』
ロト1の注意を受けながらも、ロト2の軽口は止まらない。それどころか大隊の隊員たちも次々と会話に参加し、通信は東側誹謗大会へと様変わりしていく。
しかし、ロト1も必要以上にそれを止めようとはしなかった。
これが別の部隊との共同作戦などなら止めただろうが、長時間に渡り作戦を継続している隊員たちの苛立ちの発散に役立つのならば大隊間の通信なら無理に止める必要を感じなかったのだ。それに、彼もまた口に出さないだけで大隊の隊員たちと同様に東側の事を嫌っている。
(全く、何が悲しくて東側の為に命をはらなきゃならんのか)
ドイツを戦場にしないためにポーランドには盾となってもらう必要がある。そのことを頭では理解してはいるものの、ロト1の脳裏には東側の領土で、東側を支援するために命を掛けて戦っている現状への不平不満がこれでもかと浮かんでいく。
彼だけではない。BETA大戦前から西側に属していた欧州諸国の将兵でこの作戦に参加した将兵達の脳裏には大なり小なり似たような考えを抱えていた。
644: ホワイトベアー :2022/04/25(月) 20:02:36 HOST:sp1-75-249-64.msb.spmode.ne.jp
ドイツを戦場にしないためにポーランドには盾となってもらう必要がある。そのことを頭では理解してはいるものの、ロト1の脳裏には東側の領土で、東側を支援するために命を掛けて戦っている現状への不平不満がこれでもかと浮かんでいく。
彼だけではない。BETA大戦前から西側に属していた欧州諸国の将兵でこの作戦に参加した将兵達の脳裏には大なり小なり似たような考えを抱えていた。
『CPよりロト1。前方から突撃級を含む連隊規模のBETA群が接近中。これより当該地域にて砲撃による面制圧を実施する。注意残敵の迎撃を行われたし』
東側誹謗大会の開催からしばらくしてCPからBETA群接近の報告と迎撃命令がくだされる。
「ロト1了解。全機、聞いていたな。お喋りの時間は終わりだ!」
「「「「了解!!」」」」
西側諸国の対BETAドクトリンは基本的に砲兵や洋上艦などの間接打撃戦力こそがその主役であり、その他の戦力は砲兵の攻撃をBETAに届かせ、間接打撃戦力をBETAから護る為の言わば脇役である。
命令を受けた第18戦術機甲大隊はそのドクトリンに従い、BETA群の移動速度を減速させるためにBETA群の先頭、すなわち突撃級の正面に回り込む。
『突撃級集団を確認、距離4000!』
トーネードのメインセンサーが怒り狂った闘牛のように前へ前へと前進を続ける突撃級の姿を捉え、網膜上に映しだす
「全機、後退射撃開始!突撃級の足を止めてやれ!!」
「「「「了解!!」」」」
ロト1の命令と共にそれまでBETA群に突撃していたF-105G トーネード達が突撃を仕掛けてくる突撃級と相対速度を揃えながら一斉に後退を開始。合わせて前方の突撃級に向かって36ミリ劣化ウラン弾をバラまいていく。
突撃級の前面装甲殻は時に戦車の主砲すら弾く程の防御力を有しており、36ミリ程度の豆鉄砲ではその防御力を貫くのは不可能である。
しかし、装甲殻に護られていない脚部や背後はその限りではない。
戦術機で突撃級を撃破することを考えるのならば後方から突撃し、突撃級の背後から攻撃を加えるのが一番効果的な攻撃であるが、これは後方の要撃級や戦車級集団の事を考えれば余り望ましくない。
しかも、今回はあくまでも砲撃による面制圧がメインであり、BETA群の足止めが彼らの任務である。
トーネードの射撃管制システムを持ってすれば、愚直なまでに前進しかしてこない、単調な動きの突撃級の脚部を狙い撃つことなど造作もない。
ならば、無理に危険な戦闘を行う必要もないのである。
トーネードから放たれた36ミリ劣化ウラン弾により足を吹き飛ばされた突撃級は勢い余って転倒する。それにつられて何匹かの突撃級が玉突き事故を起こしていき、BETA群の侵攻速度を大きく削ぎ落とされた。
『CPより第18戦術機甲大隊へ。支援砲撃着弾まであと20秒。注意されたし』
「だ、そうだ。俺の大隊に味方の砲撃で死ぬ間抜けはいないと思うが各員、注意しろよ」
第18戦術機甲大隊の攻撃は最前列を走る突撃級の足を止め、BETA群は大きくスピードを落とすことに成功した。そして、第18戦術機甲大隊の攻撃開始に合わせて、ほぼ同時に水上部隊から放たれた砲弾たちが速度を緩めたBETAのど真ん中に着弾。突撃級は当然として、その後方の要撃級や戦車級の集団も含めたBETA群全体に雨のように砲弾が降り注いでいく。
圧倒的な火力を前にBETA群はなすすべもなくミンチへとその姿を変えていき、ロト1の網膜上に浮かぶ戦域マップに移されていたBETAを示す赤点が急速にその数を減らしていった。
水上打撃部隊のみならず、第8機甲師団所属の砲兵部隊も動員した面制圧によりBETAを徹底的に撃ち減らし終えた後、第18戦術機甲大隊は後方にいた第8装甲師団および増援として駆けつけたフランス陸軍第2戦術機連隊第1大隊と協力して残存BETAを包囲する。このときにはすでに大型種や中型種はあらかたミンチに変わっており、数が多いからこそ生き残った小型種も少数しかいない。
1個機甲師団と2個戦術機甲大隊を持って対処に当たれば敵を殲滅することなど容易であった。
この戦いを持って、国連軍は予定されていた最低限の縦深を完全に確保することに成功。セイバー・ジャンクション1984は第一段階を終え、第2段階に移ろうとしていく。
645: ホワイトベアー :2022/04/25(月) 20:03:11 HOST:sp1-75-249-64.msb.spmode.ne.jp
西暦1984年11月19日 旧カリーニングラード州 カリーニングラード臨時基地
作戦の開始から1日と経たずに人類はカリーニングラードおよび予定されていた縦深の確保に成功。
奪還してから未だに半日と経っていないにも関わらず、かつてはソ連軍の一大軍事拠点としてBETAとの戦闘を支えていたカリーニングラードは再び大規模な軍事基地として蘇りつつあった。
艦砲射撃により月面の様な様相を見せていたカリーニングラード基地の滑走路や放棄されてしばらくたった港湾施設は、カリーニングラード制圧後に揚陸された莫大な数の重機やトラックなどの輸送車両、そして強化外骨格を装備したNATO軍工兵部隊の手によりすでに完全に復旧され、飛行場では戦術機やヘリコプターの離着陸が開始されており、港湾施設では急ピッチで入港した輸送船より物資や部隊の揚陸が行われている。
すでに組み立てが終了した屋外格納庫には、輸送船から揚陸された戦術機用のガントリーと戦術機整備用の周辺設備を丸々パッケージした簡易式整備コンテナなどの整備用設備が大量に運び込まれた事で、相当数の戦術機や戦車や装甲車などの装甲戦闘車両、攻撃ヘリコプターなどの航空戦力の整備を可能としており、さらに小規模かつ限定的ながら負傷した戦術機の修理すらも可能としていた。
(カリーニングラードの奪還から一日と立たずに基地機能をここまで回復させるなんて・・・これが東と西の力の差か・・・。)
予備戦力として復旧が終わったカリーニングラードに上陸したテオドールは、第666戦術機中隊に割り当てられたハンガーの一角で西側の国力と物資の多さに何度目かわからない驚愕を受け、むしろ若干冷静さすら取り戻しながら立ち並ぶ戦術機、世界でもトップクラスの性能を誇るF-1EG カゲロウカスタム達を見つめていた。
(全く、ここ最近は西側の物量や豊かさに驚かされてばかりだな)
彼が東欧派遣兵団の1員としてポーランドで戦っていた時のワルシャワ条約機構軍では僅か一日も立たずにここまでの設備を設営するのは不可能な芸当であろう。
まず主要な工業能力で劣るワルシャワ条約機構では西側と比べて使用できる物資も機材も足りない、圧倒的なまでに不足している。
ただでさえ西側と比べると工業力や国力で劣っているワルシャワ条約機構加盟国は、その国力と工業力の大半を戦術機や戦車、装甲車など正面装備やそれらで使用する弾薬等の製造や修理にその工業力の大半が割り当てられていた。
そのため、ブルドーザーやショベルカー、クレーン車などの建設機械類やトラックを始めとした輸送機械類などNATO諸国が当然のように工兵部隊などの後方支援部隊でも大規模に運用している装備は、激戦を繰り広げるがゆえに消耗の激しい前線部隊やそれらを支える兵站部隊などに優先的に回されており、工兵隊には最低限の数さえ配備されていない。
強化外骨格のような高級品はそもそも前線の機動歩兵部隊ですら十分な数が配備されていないのだ。工兵に回されるはずがない。
東側諸国の工兵部隊には近代的な装備が配備されていないのだ。
そうした物資の不足を補うのは共産主義の熱い魂に動かされた時代錯誤的な人海戦術と人間達の労力であり、西側と東側の工兵隊の設営能力は比較するのが可哀想になるほどの明確な差が存在していた。
(あの胡散臭いおっさんの力で俺たちもその恩恵を預かれるわけだが、西側の連中に俺たちは必要なのか?)
今の西側にとって東ドイツはお荷物状態である事実をこれでもかと見せつけられたテオドールは、そんな状態でも西側から莫大な援助を引っ張ってくる元シュタージュで作戦前に突然義理の父になった胡散臭いおっさんことハインツ・アクスマンの能力の高さを認めざるを得ない。
646: ホワイトベアー :2022/04/25(月) 20:03:59 HOST:sp1-75-249-64.msb.spmode.ne.jp
「お待たせ、お兄ちゃんっ!」
「お待たせしました。テオドールさん」
リィズとカティア、2人の声がバンガーを眺めながら物思いにふけっているテオドールの意識を現実に戻した。
声のした方に振り向くとアイリスディーナ、リィズ、カティア、そしてアネットの四人が歩いてくる。
整備班への機体の引き渡しやデブリーフィングを終えた現在は自由時間となっており、夕食を受け取る事になっていた。
「すまない。またせたな、少尉。シャワーが混んでいてな」
「いえ、気にしないでください。たいして待っていませんので」
「そうか」
ふんわりとしたアイリスディーナはふんわりとした笑顔を浮かべる。
「お兄ちゃんが、妹の前で女の人といい雰囲気を作れるようになるなんて・・・私は嬉しいよ。カティアちゃんはいかなくていいの?」
「えっ!?」
「いい加減にしろ。カティア、気にしなくていいからな」
泣きまねをしながらテオドールを茶化したあと、カティアを横から囃し立てていたリィズの頭にテオドールの手刀が軽く振り下ろされる。
「あいたぁ!お兄ちゃん、こんな可愛い妹の頭にチョップを入れるなんて・・・」
カティアちゃん、慰めて~、リィズは大げさに痛がったかと思えば軽い口調で放しながらカティアに抱きつく。
元シュタージという事もあって、最初はリィズを警戒していたカティアは困ったような、されど自然な笑顔を浮かべてリィズに抱きつかれた。
そんなある意味微笑ましいやりとりを後目にテオドールは予想外の人物に視線を向ける。
「ところで、なんでアネットまで来ているんだ?」
「何よ。私が大尉達と一緒にいちゃいけないっていうの!?」
アネットはさも心外そうに語気を強めたが、目は弄る標的を見つけたと言わんばかりに笑っていた。
「私だって女子なんです! 女の子が女の子と仲良くするのは当たり前でしょ? ねぇ~大尉」
「そうだぞエーベルバッハ少尉。ホーゼンフェルト少尉だって立派な女子なんだ」
「あの~、大尉。そう言われちゃうと私が普通の女の子じゃないように聞こえちゃうんですけど・・・」
悪戯っ子のような笑顔のアイリスディーナから予想外の後ろ弾を喰らったアネットは大尉に異議申し立てを行うが流されてしまう。
「・・・まあ、アネットも女の子だよな。うん、俺が悪かった」
「哀れみを浮かべながら私を見るなー!」
テオドールからも慰められると言う事実に不機嫌そうに叫ぶアネットを諌めながら、炊事部隊の配給場所に向かって一同は歩き出していった。
647: ホワイトベアー :2022/04/25(月) 20:04:31 HOST:sp1-75-249-64.msb.spmode.ne.jp
以上になります。
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最終更新:2022年05月05日 00:41