954: ホワイトベアー :2022/05/06(金) 18:13:33 HOST:sp1-75-2-215.msc.spmode.ne.jp
Muv-Luv Alternative The Melancholy of Admirals 第9話

西暦1984年11月22日 
バルト海洋上
ブルーリッジ級揚陸指揮艦《ブルーリッジ》

BETAの地中侵攻発生から2日後、レビル大将はブルーリッジ内の司令官執務室において米軍所属の情報担当官からのBETA地中侵攻地点の調査報告を受けていた。
既に地中侵攻でカリーニングラードに侵入してきたBETA群は全て排除され、侵入に使用された地中の坑道は調査の後に充填封鎖、出現孔は爆破されている。

「それでは地下茎構造ではなかったと?」

「はい。詳しい調査結果はお渡ししたレポートに記載されておりますが、結論だけを申し上げるのならそのとおりです。」

調査の結果は侵入に使用された地中内の坑道は地下茎構造と認められずと言うものだ。
これは公表されていない事実だが、日米軍は月面戦争時に月面のハイブ内に部隊を送り込んでいた過去があり、ハイブ内の情報の一端を把握している。
ゆえに、ハイブの地下茎構造とただの地中坑道を間違えることはなかった。

「この報告は本国に?」

「国連軍事参謀委員会を通して安全保障理事会常任理事国には行き渡っております。軍事参謀委員会からはセイバージャンクション1984は予定通り継続するようにと」

担当官からの報告を受けてレビル大将は嘆息する。
地下茎構造がここまで伸びている訳ではなかった。それは朗報であったが、前兆のない地中侵攻と言う特大のアクシデントを受けたことに変わりはない。
レビル大将としては1間引き作戦に過ぎない今作戦にて、西側諸国の予備戦力にこれ以上のリスクを負わせるだけの意義があるとは思えなかった。そのため、カリーニングラードから早急に撤兵する事を望んでいた。

しかし、この報告を受けた本国の政治家達が頭を縦に振ることはないだろうことはレビルもわかっている。
地上戦力だけでも40万近い兵力を投入していながら、漸減したBETAの数は約6万と未だに目標値に達していない。さらに、この作戦の裏にある西側諸国の政治的目的を達成するにもまだまだ成果が足りていない。
現状、セイバージャンクション1984は未だ成功と言える程の成果を出していなかった。

莫大な予算を投じている本国の政治家や官僚たちからしたら、それ相応の成果を出す事を要求するのは当然のことである。

「本国の政治家たちの立場を考えれば当たり前といえば当たり前だが、それでもこちらのリスクを考えて貰いたいものだな」

事実上、西欧諸国の予備戦力の大半を預かる立場にあることがレビル大将の行動を慎重にさせ、安全な本国から不要なリスクを背負わせる政治家たちへの愚痴を吐いてしまう。

「本国もリスク自体は勘案してくれているようでして、第7軍団所属の第1重戦術機甲師団と第2重戦術機甲師団を総予備としてゴットランド島に待機させると」

第1重戦術機甲師団と第2重戦術機甲師団。両師団共にアメリカ陸軍第7軍の中核をなす第7軍団に属する戦術機甲師団で、86型機甲師団に3個戦術機甲連隊とその後方支援部隊を付随させる形で編成された文字通りの重装部隊である。
これほどの規模の戦術機部隊を1個師団に集中配備することは日本とアメリカにしか不可能な芸当であり、第5軍団の第3重戦術機甲師団と合わせて欧州に3個師団しか配置されていない文字通りのNATOの切り札として運用されている。

「また、UNMCSと国連大西洋方面第1軍司令部からも予備戦力としてゴットランド島に待機している2個機甲旅団と3個戦術機甲連隊を即応予備戦力としてこちらに回すと」

「・・・確か、あそこの部隊は北極海方面第3軍の管轄であった筈だが?」

「UNMCSとしては作戦は継続させたいが全滅されても困ると言うことでしょうね。セイバージャンクション1984終了まで国連大西洋方面第1軍の指揮下に編入するそうです」

国連憲章第26条において、国連憲章第7条に基づいて編成される国連軍の指揮を執ることが定められているUNMCSを構成しているのは大日本帝国、アメリカ合衆国、イギリス、フランス、ソ連からなる安全保障理事会常任理事国の参謀総長又はその代表者とされている。
そして、ソ連が没落しつつある現在、国連軍の指揮を取っているのは西側諸国の人間達であり、今回のセイバージャンクション1984に兵力を提供している国々である。それ故に味方のリスクを減らすためなら多少の無茶をゴリ押しする程度は容易なのだ。

955: ホワイトベアー :2022/05/06(金) 18:15:24 HOST:sp1-75-2-215.msc.spmode.ne.jp
「まったく・・・こんなゴリ押しをするぐらいなら大人しく兵を引けばいいものを」

もっとも簡単かつ確実なリスク回避法を取らず、戦力の逐次投入と言う最悪の手段で持ってあくまでも当初の目的に拘って場当たり的に行動するUNMCSやその後ろにいる政治家達の考えに再びレビル大将は嘆息してしまう。

「本国や同盟国の政治家達からしたら、本作戦は東側諸国に西側の力を見せつけ、対BETA戦の主導権を握ることこそが本作戦の意義です。現状ではBETAから闘争したと取られかねない以上、そう簡単には撤兵と言う手段は取れないでしょう。」

担当官が苦笑いを浮かべながら言ったことが全てであった。
BETA梯団が目前まで迫っているこの時期にカリーニングラード橋頭堡から退却してしまえば逃げ帰ったように見られかねない。
それは力の差を見せつけることで、東側諸国との交渉を有利に進める事を目的としてこの作戦を支持した政治家たちからしたら到底受け入れられることではなかった。

「わかっておるよ。それで、一連の報告は九鬼中将に先に回ったのだろう。彼はどのような反応を?」

「報告に対してはただ、そうか、とだけ。調査は日米合同で行っておりますし、その他の内容も既に日本側の情報部隊から報告書もあがっていたのでしょう」

「なるほど、流石は日本が送り込んできた監視役というだけはあるか」

レビル大将は葉巻に火を付けながら頷く。
九鬼中将率いる第5戦術機母艦打撃群はセイバージャンクション1984開始直前に参加が決定した部隊であり、米国側は第2母艦戦術戦闘団と第4母艦戦術戦闘団の2個の精鋭戦術機部隊を有するこの艦隊の参加を日本側からの警告であり監視役と考えていた。
すなわち、独自の対BETA戦略で動こうとする国連軍や米国の一部に対BETA戦の主役は日本であると釘を差し、同時に自国よりも目立とうとする脇役を黙らせる圧倒的な力を誇示する為に送り込まれた部隊と考えていたのだ。

実際には国連の要請を受けて次期オルタネイティヴ計画の選定を前に国連に貸しを造っておこうと言う単純な目的で派遣された部隊であったが、まさかそんな理由でいきなり最強のジョーカーを切ってきたとはこの時のレビル大将には思いも依らなかった。

「ですが、九鬼提督も日本本国の動きに思うところがあるようでして、報告終了後にオフレコで未だに非公式の面白い話を聞かせていただけました」

担当官のからの報告にレビル大将は目つきを変える。

「ほう?それは私にも聞かせて貰えるのかね?」

「もちろんです。」

担当官は笑顔で頷く。いくらオフレコと言われたとしても、米国の士官である彼が米国の将軍であるレビル大将に報告をあげない理由が存在しなかった。

「まだ未確認の情報で裏は取れておりませんが、日本政府は最悪の場合に備えてS5の投入準備を開始したようです。既に日本本国では荷物を搭載した艦艇が動いているとか」

情報担当官の告げた内容にレビル大将は目を細める。

「ほう・・・。日本軍が開発したという噂のハイブ攻略用戦略兵器の投入準備に入ったと。日本側も先の地中侵攻が余程効いたと見える」

技術開発競争で日本に遅れをとる国は何も西欧諸国や東側諸国だけではない。アメリカ合衆国も同様の立場であり、少しでも日本に追いつこうと技術の解析を行うと合法的な範囲ではあるが日本の技術の収集と解析を行っていた。
そんな中で、S5、日本軍がハイブ攻略用に開発したと噂されていながら、徹底した機密統制の為に未だにその正式名称すら不明な謎の新兵器。それの使用準備に入っていると言う報告はアメリカ合衆国にとっては非常に大きな情報であった。

「もっとも、あくまでも最後の保険の様でして、積極的に使用するつもりは無いようです。また、使用される条件などの詳細な内容までは教えいただけませんでした」

「当然だろな。九鬼中将がそこまでは口が軽いなら今の立場のいるはずもない。まあ、S5に関しては運が悪かったら見られるかもしれないと頭の片隅に入れておくだけでいいだろう」

日本軍が最後の保険として利用するつもりなら、最悪を超えた場合でようやく使用が決断されるだろう。
しかし、それはカリーニングラード派遣軍が全滅に近い被害を受けたあとであろう事は想像に固くない。

「その程度で良いかと・・・時間がありませんが、一応裏を探って見ます。退出してよろしいでしょうか?」

「ああ、ご苦労だった。何か新しくわかったらまた報告を上げてくれ」

担当官は敬礼を行うと踵を返して退出した。

956: ホワイトベアー :2022/05/06(金) 18:18:55 HOST:sp1-75-2-215.msc.spmode.ne.jp
「日本も有効的な新兵器を開発したのなら後生大事に秘匿せずにBETA殲滅の為に率先して使用して欲しいものなのだがな」

「まったくです。彼の国がもう少し技術開示に積極的なら我々ももっと楽に戦えるのですが」

担当官が退出したあと、灰皿に葉巻を起きボヤくレビルにそれまで黙っていたボブヘアーの赤髪を特徴とする若い女性の主席秘書も賛同する。 

「言っても詮無きことか、防衛線の再構築はどうなっている?」

「現在、急ピッチで再編を進めております。幸いにして地中侵攻の発生場所が重要インフラのない地域であった事と被害を最小限に押さえて撃退できましたので、BETA梯団が接敵する明後日までには再編は終了するかと」

カリーニングラード橋頭堡には現在でも3個水陸両用師団、8個戦術機甲師団の計11個師団と8個野戦砲兵旅団、これらを支援する多数の支援部隊が展開しており、洋上には水上打撃部隊と戦術機母艦機動艦隊
などの艦艇が多数待機している。
ゴットランド島からの増援が到着しなくても海軍戦術機部隊や海兵隊戦術歩行攻撃機部隊を合わせれば約1500機近い戦術機がこの狭い橋頭堡に集中していた。

日々、少ない戦力で防衛線を死守するポーランド軍ら東側将兵からしたら羨ましい光景だろう。

カリーニングラード派遣軍はミンスクハイブから迫りくるBETA梯団を迎撃するため、迫る決戦に備えるためにその半数近い兵力を橋頭堡東部に再度集結させ、自慢の工兵隊が中止していた防衛陣地作成を急ピッチで再開するなど先日の地中侵攻を受けて乱れたカリーニングラード派遣軍の防衛網の再編が進めていた。

「地中侵攻対策としての埋設物探査装置や振動感知装置による観測網の構築も順調に進んでいる・・・か」

「はい。少なくともカリーニングラード橋頭堡内に再び奇襲を許すこと可能性は最小限でしょう。」

「そうだといいがな・・・。」

戦場に絶対はない。月面戦争からBETAと戦い抜いてきた歴戦の軍人であるレビルは長年の軍人生活でその身を持ってそれを学んできた。
ゆえにレビルは4個師団と3個野戦砲兵旅団を予備戦力として後方に待機させる予定であった。これはカリーニングラード派遣軍地上部隊の正面戦力の約37%にあたる戦力である。それだけではない。ゴットランド島からの増援である2個機甲旅団と3個戦術機甲連隊と日本海軍第2母艦戦術戦闘団もまた予備戦力として即応待機させるつもりであった。

過剰とも言える予備戦力の確保はセイバージャンクション1984司令本部内でも少なくない反対が多かったものの、最高責任者であるレビル大将が自身の意見を変えなかった事と、つい先日にあった地中侵攻と言う一大ハプニングの発生もあって最終的には認められた。

(本国の政治家や制服組の考えなど知ったことか。1人でも多くの若者を生きて祖国に帰還させるためにも、打てる手は全て打つ。それが私の戦いだ)

多くの部下を死なせ、喪ってきた将軍はそれでも戦い続ける。死なせてしまった、そしてこれからも死なせるであろう部下達に報いるために、今を戦う部下達に生きて明日を迎えさせるために。

957: ホワイトベアー :2022/05/06(金) 18:21:05 HOST:sp1-75-2-215.msc.spmode.ne.jp
西暦1984年11月22日 
地球周回軌道上 
日本宇宙軍所有大型宇宙ステーション 安土3号。

突入巡洋艦6隻、再突入駆逐艦32隻からなる帝国宇宙軍第1軌道艦隊の拠点であり、人類を護る大気の層から離れ、真空と漆黒が支配する死の世界に浮かぶ巨大な人工物。
その中枢にして本来なら多くのオペレーター達が集まり働いている中央作戦室には、今や日本帝国宇宙軍の士官服を纏った一人の女性しかいない。
それでも、それぞれの機器は独りでに動いており、何らかの作業を進めていることがわかる。

『姉貴か?ああ、宇宙軍の再突入巡洋艦が持ってきた荷物は再突入殻に詰め込んでいるところだよ。まったく、何で地上軍の阿呆共の尻拭いを俺たちがやらなきゃならんのか』

金髪碧眼、日本人とは思えない美貌を有し、肢体は人間離れした美しさで溢れている女性はその麗しい容姿にからは想像できない粗野な口調でざっくばらんに話す。

彼女の近くにマイクやインカムのようなものは存在しない。

『そもそも、あれは本来軍用の兵器じゃなくて子供達の夢と希望がてんこ盛りな宇宙開発装置の1つだぞ。何が悲しくて地球に向けて使用しなきゃならんのか・・・。いやわかっている。わかっているよ。皮肉を言っただけだ』

そも彼女は口すら動かしていない。
彼女が《言葉》を発するのに口を動かす必要はなく、ただ、彼女の思った言葉が電波となって彼女の交信相手に伝えられるのだ。

『だいだい、俺たちが一度下った命令を拒否することが不可能なことぐらい姉貴だってわかっているだろう。常時しっかりと三系統から確認を取っているからやることはやるさ』

マギシステム3号機 カスパール。
日本国防総省技術研究本部とIOPが共同で開発した国家規模の戦略支援システムであるマギシステム。その3号機にして、単体で低軌道艦隊と対地攻撃システム、戦略防衛システム、早期警戒・偵察システムなど帝国宇宙軍の全てを完全に指揮統制・管制可能とする戦略級支援AI。それこそが彼女の正体である。
今動かしている素体はそんな彼女の為に用意された対人意思疎通用デバイスの1つ、IOPが専用に開発した自動人形に過ぎない。

それ故に彼女達は正規ルートから通る命令を拒絶できない。
今、こうしたある意味無駄な会話を楽しんでいるのは彼女達の息抜きに過ぎないのだ。

『しかし、こいつはハイブ攻略戦に投入してようやくハイブ攻略が成功したら損益がトントンかやや赤字程度になる代物だぞ。いくら予想外の地中侵攻があったからってただの間引き作戦ごときで投入を検討に入れるか?
どう考えても投入したら得られる利益より損失のほうが上じゃねえか』

本国の人間はそんなこともわからんのか?そう呆れと嘲りを含んだ声色で金髪の美女は眼下に浮かぶ地球を見下ろす。
その言葉に、彼女の“姉”は苦笑いを浮かべるしかなかった。

958: ホワイトベアー :2022/05/06(金) 18:21:38 HOST:sp1-75-2-215.msc.spmode.ne.jp
以上になります。
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最終更新:2022年05月18日 20:30