842: 弥次郎 :2022/05/05(木) 22:48:27 HOST:softbank126041244105.bbtec.net


憂鬱SRW アポカリプス 星暦恒星戦役編SS「空が落ちる前に」3



  • 星暦恒星系 星暦惑星 共和制ギアーデ連邦 首都ザンクト=イェデル 大統領官邸「鷲の巣」


 夜の静謐が、ギアーデ連邦の覆っていた。
 すでに窓の外は暗く、人々は家に戻り始める頃合い。
 そんな人々の営みは大統領官邸の「鷲の巣」からも十分に確認できていた。
 しかし、未だに眠りを迎えぬものもいた。例えば、この官邸の主人たる人物とか。

「おんぶにだっこ、だよねぇ」

 ギアーデ連邦暫定大統領「エルンスト・ツィマーマン」は「オペレーション・スカイフォール」の計画書を見ながら、嘆息する。
 作戦決行日まであと3日を切っている。すでに最前線のFOBでは戦力が集められ、大規模攻勢に向けた準備が整えられている。
後は合図を以て各国が一斉に戦力を動かし、レギオンを誘引、本命たるコクーンの鹵獲までの時間稼ぎを行うだけだ。

 しかし、その実態としては、地球連合軍の行動に対する援護的な意味合いが強い行動にすぎない。
 一応文官であるエルンストでさえもわかる、今作戦において別にギアーデ連邦は群を動かす必要性は乏しいのだ。
 なんならば、地球連合だけでも作戦実行はできるという確信さえある。黙っていなかったのは、こちらに対し地球連合が敵意がないことを示すためだ。
最も危険なコクーンおよびその護衛戦力との直接戦闘を彼らがやるのも、彼らしか戦力が投入できないのと、信頼を勝ち取るための選択。
おまけに捕獲したレギオンはこちら側に引き渡して、その能力を調べる手伝いまでするという申し出をしているのだから。
 おんぶにだっこ、と評したのも、それが原因だ。
 無論、地球連合としてはこちらの信頼を勝ち取りたいという意志もあるのだろう。
 この、彼らが言うところの星暦惑星を侵略しに来た勢力ではないという証のため、積極的に手の内を明かし、血を流し、協力する。
敵意がないということを行動でも態度でも示し、こちらに益になる行動をとって、互いにコミュニケーションをとろうと努力している。
その姿勢は非常に一貫しており、一応国交樹立とまでは行かなくとも、こうして話し合うくらいにはなっている。

(とはいえ、よその国に手助けしてもらわないと解決できない、というのも情けない話だ)

 殊更に、コクーンなどという特大のレギオンの存在が露わになってからは特に感じる。
 彼らが宇宙から観測しなければ、コクーンはこちらが知らぬ間に羽化し、その力をふるっていただろう。
果たしてその時に自分の国に---他国も含めてだが---対抗し、抗う力があっただろうか?
はっきり言えば、なかっただろう。レギオン支配地域のど真ん中に居座り、圧倒的な射程で砲撃してくる大型のレギオン。
一体どうやって排除する?戦力をかき集め、そのレギオンめがけて吶喊させるくらいしか思いつかない。
 そしてそれは、生還者がまともに見込めない作戦だ。
 軍に命じて地球連合の戦力なしでのコクーン乃至完成後のレギオンの攻略を行うシミュレーションをやらせた結果は、ほぼ特攻。
生還率はほぼ0%であり、尚且つ、それでもコクーンに対して致命傷を与えられる確率は10%に届くかどうか。
コクーンの位置に隣接する3か国が総力を挙げてもそれなのだから、先手を打たれた場合の確率は語るに及ばず。
 そうして軍部が出したのは、地球連合の助力なしでの解決は不可能という、まさしく屈辱の結論だった。
 一国のトップとして、政治と軍事を指揮し、国民を守る義務を背負うエルンストにしても、屈辱以外の何物でもなかった。
 レギオンがこちらの想定を超えてきた、と言えばそれまでの話。
 だが、それでもエルンストにも矜持というものがある。
 地球連合が今回は作戦で重要なポジションを担うことになっていることも、理屈ではわかっても苦しい。

「悔しいなぁ」

 その軽い言葉と裏腹に、拳に籠る力は強かった。

843: 弥次郎 :2022/05/05(木) 22:49:10 HOST:softbank126041244105.bbtec.net

 そんな彼も、仕事が終われば帰ることになる。
 とはいえ、「オペレーション・スカイフォール」の打ち合わせもあり、自宅についたのはだいぶ遅くなってからであった。

「ただいま」
「おかえりなさいませ、旦那様」
「彼女は?」
「もうお休みになられています」
「……そうか」

 使用人のテレザはまだ起きていたが、同居人というか身元を預かっているフレデリカ・ローゼンフォルトはすでに眠っていた。
まあ、彼女はまだ9歳だ。自分たちのように長く起きていることなど不可能だろう。
 遅くなることは伝えてあったし、その際には文句も言われたのだが、いつも賑やかに迎える彼女がいないのも、どことなく寂しく感じる。
それに、最近は一つ気になることもあったのだ。

「彼女の様子はどうだい?」
「相変わらず、何か言いたげですが、結局何も」
「ふむ……」

 フレデリカの様子がおかしいと気が付いたのは、地球連合からオペレーション・スカイフォールの話が出てからだ。
より正確に言えば、仮称「コクーン」のレギオンの話をエルンストが聞いてからだ。
何か言いたげで、それでいて迷っていて、結局何も言わなくて、を繰り返している。
こちらから話を振ったり、テレザを経由して聞き出そうとはしているが、彼女は沈黙をしたままだ。

(彼女が何かを知ってしまった、というのは確実なのだろうけど)

 彼女の異能は理解している。
 そして、彼女がここまで拘泥する案件とはなにか。
 さらにここ最近自分が見聞きしたこと。
 これらの統合をすれば、一つの仮説が導き出せる。

(彼の騎士、キリヤ・ノウゼンか)

 テレザが遅めの夕食の支度にとりかかるため厨房に行ったタイミングで、エルンストは深くため息をつく。
仮設だが、仮称コクーンの中央処理装置にはキリヤ・ノウゼンのコピーが使われているかもしれない。
伝え聞く彼の最期を考えれば、おそらくほぼ生きた状態でコピーがとられている可能性がある。
無論、彼自身の脳が搭載されているわけではない。あくまでも彼の脳のコピー、模造品だ。
けれど、限りなく彼に近いことは確かでもある。離別してしまった彼女にとっては、非業の別れをした相手との再会ができるかもしれない。

(……けど、私情はそこまで挟めない)

 エルンストの判断はそれだった。コクーンを鹵獲する際にはマイクロマシンを撃ち込み、動きを中央処理装置ごと止める。
一応彼の脳のコピーは回収される---かもしれない。最悪の場合は撃破しての回収に移行するとのことで、確実な話ではない。
 そして、コクーンは宇宙を経由し、ヴァルト盟約同盟へと移送され、そこで解析にかけられる。中央処理装置も含めて。
 彼女がどこまでを見通しているかは不明だ。何一つこちらに吐き出してくれないのだから。
いや、彼女は聡い。我儘を通せないと分かっているのだろう。そんな彼女の保護者を務めている以上、欲を言えば、彼女を引き合わせてやりたくもある。
 けれど、それが難しい、いやほぼ不可能なのも理解している。

「まったく、情けない大人だ」

 子供一人を救えないのに、国家を、世界を救う?大言壮語にもほどがある。
 やってみるだけは、やってみようとは思う。彼女がどういう反応をするかはわからないが、せめて。
 彼女が相対した時、さらに傷つくかもしれないが、それでも。
 大人の責務。大統領の責務。人類としての責務。エルンストは、重いものを背負っていた。

844: 弥次郎 :2022/05/05(木) 22:49:40 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
まもなく、オペレーション・スカイフォール。
美しき蝶の上に、空が落ちてくる。
無慈悲に、絶望的に。
+ タグ編集
  • タグ:
  • 憂鬱SRW
  • アポカリプス
  • 星暦恒星戦役編
  • 空が落ちる前に
最終更新:2023年11月05日 15:25