789 :ひゅうが:2012/02/15(水) 22:29:36
※ネタです。鬱話注意。
――西暦2036年8月15日 地球統合政府首都 メキシコシティ
「乾杯!」
男たちは祝杯を挙げていた。
あの悪夢の13日以来6年にわたった戦争が終結したからではない。
彼らをいたぶっていた欧州が実質的に壊滅したからでもなかった。
「追い出し法案可決に乾杯!」
「ざまをみろジャップども!これがメキシコの怒りだ!」
「これであのカイホがわれわれの漁業船団を妨害するようなこともなくなるな。」
「それだけじゃない。太平洋岸のドック群も統合政府に接収された。欧州はオーストラリアへの脱出で大わらわだからな。妨害する暇もないさ。
今までジャップどもの独占状態だった造船業でもわがメヒコがトップに躍り出るぞ。」
「南米のバカどもも、日本人から富を奪えるとなるとあっさり旗色を変えたしな。
所詮、金でしかものを考えられない奴らさ!」
「カリフォルニア回収万歳!テキサス回収万歳!!」
男たちは、メキシコの一般的な労働者たちだった。
彼らは口々に成立したばかりの統合政府を褒め称え、日本人や時々欧州人を罵る。
カリフォルニア人をはじめとする米国人を罵るものはいない。
なぜなら核戦争と疫病禍で今度こそ彼らは国を失い、列強各国に厳しく監視され軍規公正なメキシコ国防軍を有しあの戦争に「関与を決断できなかった」メキシコによりめでたくカリフォルニアやテキサスをはじめとする領土を回復していたためだった。
日本人たちの誇る強大な軍備は迎撃に終始し核弾頭の弾着を許さなかったが、逆にそれが世界からの嫉妬を買ったのだった。
日本を完全に仲間外れにする形で欧州の非列強諸国と南米諸国はメキシコに統合政府の政庁を置き、ここでは列強の国力を無視した多数決で物事が決められ始めた。
そのため、日本をはじめとする列強諸国の宇宙への「追放」が実現したのである。
戦前から漁業資源管理体制を守らずに(貧困から抜け出すために)太平洋で乱獲を続けていたメキシコの漁船団も、国境の向こうで受けていた扱いよりはるかにマシで人間的な雇用を行っていた日系工場や造船所群も、今は自由だ。
「史上初めて核兵器を投下し、メキシコを貶めた」と現在のメキシコ大統領が声高に非難する日本人から世界を奪った。
これほどメキシコ人を熱くさせるものはない。
「あの列島も今や地球のものだ。俺たちのものだな。」
「ああ。何をしてやろうか。核実験場にしようか?」
「ぎゃははは!それはいい!日本人にはお似合いだぜ!」
――彼らの話題は、概ねメキシコ人の燃え上がる愛国心に則ったものであり、大半の人々が同様に考えていた。
彼らは信じたのだ。
今までの状況は滅びた欧州列強や滅ぼした
アメリカのせいでなく、日本人のせいだと。
あの核弾頭のせいで自分たちは押さえつけられ不当に扱われたのだと。
こうして燃え上がった浮ついた世論は、首都の声として統合政府を動かし、やがては「地球」そのものの運命を決することになる。
歴史は語る。「地球統合政府は、その船出に最も相応しくないところに居を構え、決断を下した。ゆえに結末は最初から決まっていたのかもしれない」と。
西暦2689年に質量爆弾と純粋水爆によるきのこ雲と火球が再びメヒコの地を染めた後の光景は、彼らがこのとき蔑み、「報復」を行っていたカリフォルニア共和国やドイッチェ・テキサス大管区のそれとはまったく違った。
あったのは、彼らを最初の破滅に導いたアリゾナのような、ただ荒涼たるだけの荒野だった――
最終更新:2012年02月18日 21:52