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憂鬱SRW アポカリプス 星暦恒星戦役編SS「境界線に踊れ」3
- 星暦恒星系 星暦惑星 サンマグノリア共和国内 「グラン・ミュール」 第一区 大統領府 地球連合サンマグノリア共和国駐留外交補助機材室
現地時間 星暦2147年2月末。
レーナが地球連合サンマグノリア共和国駐留外交補助機材室付き武官となってからおよそ2週間が経過した。
レギオンはすべて地球連合が処理してしまっているため、ハンドラーとしての仕事はなく、もっぱら武官としての仕事がメインとなっていた。
地球連合との渉外に参加したり、議事録から情報を吸いだしたり、あるいは地球連合の軍事についての意見をまとめたりと、デスクワークがメイン。
「緊張感が薄れますね……」
思わず、レーナはつぶやいてしまう。
ハンドラーとして指揮を執っている間は、少なくともパラレイドデバイスを通じることで聴覚は戦場に放り込まれる。
これによってレギオンに通信を傍受されず、またプロセッサーとの情報共有を阻電子攪乱型の影響下でも行えるのだ。
プロセッサーたちの声、息、戦場に満ちている音が耳に届くので、半分くらいは戦場のその場にいるかのような錯覚を覚えるほどに。
だが、それがないとなると、途端に戦場が遠いものになり、緊張感が保てなくなる。
(こんな状況が続けば、つい堕落したくなるものなのですね)
レーナは、これまで侮蔑していた、サンマグノリア共和国軍の軍人たちの風紀の乱れきった状態が、しょうがない面もあると気が付いた。
レギオンは壁の向こう側でエイティシックス達と地球連合が迎撃し、駆逐している。自分たちの仕事はほとんどない。
以前から気が付いていたが、軍の仕事は極端なまでに減ってしまっているのだ。それゆえの、暇と緩みなのだと。
幸いにして、自分はやるべき仕事が存在している。
政府や軍部が気が付いていないであろう事実を探り、情報の裏をとり、精査し、分析して報告すること。
あるいは劣等種同士で勝手につるめばいいとこれまでの遠方監視さえも怠り始めているかわりに、プロセッサーたちから情報を収集することも。
驚いたことは、プロセッサーたちは地球連合の保護を受けても、それでも戦うことを選んだ者が圧倒的大多数だったことだ。
市民権の復活を餌にして共和国によって強制されていると考えていたレーナにとっては、ある種以外でさえあった。
その気になれば、地球連合に逃げ込んで助けを求めてしまえばいいだろうに。
(でも、それは誇りを汚す、と……)
思い出されるのは、自分がハンドラーを務めていた東部方面軍第九戦区第三戦隊の人員の聴取を行ったときのこと。
そのプロセッサーは、声で判別して自分がハンドラーだったことを見抜いて、少しばかり胸の内を聞かせてくれた。
強制されたことで憤りはするし、市民権を与えるつもりがないことも知っていた。それでも、いずれ死ぬかもしれないとしても、死に方は選べると。
市民権を与えるつもりがないことなどエイティシックスたちの間では常識だと、知らなかったのかと、笑われもした。
それでも、それでも最後にそのプロセッサーは教えてくれたのだ。
『俺たちがサボタージュすりゃ、白豚共は勝手にくたばるだろうさ。レギオンへの備えなんて、あんたらは持ってないだろう?
でも、相手が憎いから、差別したから、復讐したいからなんて、そんなちんけな理由で戦いを投げ出して、自分だけ助かってどうなる?』
それは白豚と同じだ。安全なところで他人を人とも思わず、厄介ごとを押し付ける白豚と何が違うのだと。
『だから俺たちは戦うのさ。あんたら人間様(白豚)のためじゃない。俺たち自身のために。
まあ、あんたは……少しはましな部類だったな。大差はないけど』
その言葉は、レーナに突き刺さった。自分も同じだと、安全なところで安寧を貪る豚の一頭と何ら変わらないと。
66: 弥次郎 :2022/05/06(金) 23:36:35 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
そして、地球連合はその覚悟を受けて、傘下の傭兵事業を担う組織に彼らを所属させ、現地徴用兵という形で迎え入れた。
共和国の市民権を持っておらず、さらには所属していた記録なども悉く抹消されてているということは、エイティシックスたちの所属が証明できないということ。
つまるところ、彼らは無国籍であり、いずれの国家にも属していないのだ。だから、自由が利く。
皮肉な話だ。共和国が彼らから自由を奪い、資産を奪い、身分を奪い、追放したからこそ、彼らは手厚い保護を受けられている。
逆に、レギオンから逃れるためにグラン・ミュールの内側に籠り、現実から目を背ける白銀種がむしろ自由が利かない。
もしも地球連合を縋らざるを得ない状況、宇宙怪獣が本格的に襲来した時には、共和国は自らが用意した殻が原因で身動きが取れないかもしれない。
レーナは少なくともそう思えた。思えはしたが、現状はどうにも変えられないということも。
あまりにも、この共和国は積み重ねた状況としがらみが、ひどすぎるのだと。このままレギオンや宇宙怪獣が来なくても、自滅しそうな気配すらある。
(私は……)
どうすべきだろうか。最近は、そればかり考えているような気がする。
ボーダーランド。サンマグノリア共和国と地球連合の間にひかれている境界線の上に立ち、世界を見つめている。
共和国と地球連合両方の視点から状況や物事を観測できているのだ。その報告は逐次共和国へと上げられている。
どれほど影響はあるかはわからなくとも、それが命じられた職務であり、自分が力を尽くすべき事柄であるのは確かだ。
だが、同時にそんなことをしていて本当に良いのかとも思うのだ。
共和国にとって地球連合の動きを探り、外交をすることが重要なことは確か。
しかし、これまでレーナが参加した折衝はいずれも会談や話し合いの体裁を為していなかったのである。
共和国側の渉外官や外交官は明らかに地球連合を見下し、あれこれと文句を言い、挙句に戦力をよこせだの支援をしろだのと言うばかり。
地球連合は淡々とそれらを受け流したり言い返したりし、言質を取られないように立ち回る。
そして結局話し合いは毎度物別れに終わり、最後に連合の渉外官から自分が資料を受け取っておしまいという形なのだ。
それが毎回繰り返されているのを見ると、自分が分析や裏取りなどをしていても、何ら意味がないのではと、そう思えてしまう。
意味のない仕事をいつまでも繰り返しているなど、愚の骨頂。もっと建設的に何かすべきではと。
(でも、それは私の職務を捨てることにもなる……)
やりがいはなくとも、成果を出しているかどうかはわからなくとも、プロセッサーたちの言葉を借りれば、自分の誇りのためにもやるべきこと。
しかし同時に、愚直すぎる振る舞いは決して良い結果を担保しないであろうという考えも湧く。
「ミリーゼ少佐、うーうーうなっても何も変わりませんよ」
「うひゃう!?」
その時、優しげな声がかけられ、思わずレーナは変な声をあげた。
顔が赤くなっていることを自覚して振り返ると、そこには外交補助機材室付きのアンドロイドの一体「ハートツリー」がいた。
彼女はその手にトレーを持っており、そこには紅茶と茶菓が盛られているのが見えた。
だが、重要なのはそんなことではない。
「う、唸っていました……?」
「ええ。とてもかわいらしく」
「忘れてください……」
「いやです。アネモネ室長からの指示がありますので、ミリーゼ少佐のログの一つとして保管を---」
「やめてくださいー!」
飛びかかるが、ひょいと躱され、つんのめって転ぶ前に片腕一本で体を支えられ、くるりと回され、椅子に体が元のように納まる。
一瞬の動きだ。片手にトレーを持ったまま、紅茶を一滴もこぼすことなく、同時にクッキーを落とすこともなく。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……失礼しました」
「それはようございました」
ハートツリーは、その名にふさわしく、ハートの形をしたネックレスを揺らしながら、紅茶などをレーナの前にサーブする。
地球連合の持ち込んでいるそれは、天然モノだ。茶葉も砂糖もミルクも、茶菓のクッキーも合成品は全く混じっていない本物。
だから、いつもこれが楽しみで仕方がない。ここに配属になって数少ないよかったことの一つだ。
68: 弥次郎 :2022/05/06(金) 23:37:19 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
そして、レーナが紅茶とお菓子で落ち着きを取り戻し、沈んでいた思考から戻ってきたのを確認して、ハートツリーは書類を差し出す。
「これは…?」
「通知書です。ポストの方に入っておりましたので、こちらで先に確認しました」
その書面の内容にさっと目を通せば、その内容はいたってシンプルだった。
「人員補充……?」
「アネモネ室長が働きかけていたことで、共和国の方から文官を派遣することになったのです。
恐らくは体の良い厄介払いなのでしょうけれど」
「……」
聞いたことはある。ギアーデ帝国の宣戦布告とレギオンの跋扈により、軍だけでなく、政府も大きく変容したのだと。
内政を重視し、必要な軍事を最低限に。そして、それ以外を半ば見捨てる政策。限られたリソースと土地で実現できることは限られているためだ。
特にグラン・ミュールという壁の中、閉鎖空間であるから、市民の不満などはすぐに充満し、不和を呼ぶ。
それを避けるためにも、サンマグノリア共和国政府は市民を慰撫し、不満をため込まないようにし、プロパガンダをまき散らした。
そして、エイティシックスという生贄の羊を用意し現状の原因がそれのせいだとすることで、政府への不満を逸らす、と。
そして、その中で政府にも閑職と重要職に差が発生し、政府内部のパワーバランスが変化したのだとも。
(憶測でしかないけれど)
けれど、今は外交補助機材室となっている部屋の管理がずさんであったことからも、それは真実なのかもしれない。
殊更に、他国が存続しているかどうかもわからない状況下に置かれている中で、外務省など閑職の筆頭とさえ言えた。
「外務省からの出向……?」
「そのようです。一応この部署は外交の補助を行う場所なので、これまで人員がミリーゼ少佐だけだったのがおかしいくらいなのですけど」
言われて、そう言えばと気が付く。
この「境界線」にいるサンマグノリア共和国の人間は自分と不定期にやってくる連絡員くらいだ。
連絡員は文字通り、書類や通知書等を持ってくるだけの役目のポストマンであるわけで、実質カウントできない。
そして、現在この部署にはレーナのほかは、室長であるアネモネ、ハートツリー、そしてそのほか5名のアンドロイドが常駐している。
レーナの専属としてついて来ているリーガルリリー、スノーフレークがいるがこちらもアンドロイド(日替わりでヒメユリとトゥルシー)。
実質、レーナしか人間がいない部署である。
「……」
「ま、まあ!共和国もちゃんと人を送ってきてくれましたから!」
ハートツリーがとっさにフォローしたが、些か遅きに失した。
レーナが、どんよりした空気を纏って落ち込んでいる。
「あぁッ!またミリーゼ少佐が『また共和国が…』モードに!」
「この人でなし!」
「はい、そこまでにしなさい」
パンパンと手を打って、アネモネが制止する。
グダグダしてきたが、それもまた、この境界線での日常であった。
69: 弥次郎 :2022/05/06(金) 23:38:14 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
その後復活したレーナは、ハートツリーに問いかけた。
「それで、その外務省からの出向の方はどなたなのですか?」
「ニコラ・ルマール。性別は男性で年齢は34歳で未婚。当然典型的な白銀種。
元々の所属は外務省の統合外務局。内向きの仕事がメインで今の部署に移る前には、各国を担当する専門部署にいたようです。
そして、当時入省したばかりの彼が担当していた国が、あー……ギアーデ帝国だそうで」
「あ……」
レーナは察した。明らかに閑職の中でもとりわけ憎しみというかヘイトを買っている部署からの派遣だと。
つまるところ、上からの嫌々派遣することになったらどうでもいい人材を送り込んだと、そういうことだ。
他の国---ギアーデ帝国の後に誕生したギアーデ連邦、ロア=グレキア連合王国、ヴァルト盟約同盟その他国家との折衝は今は通信のみだが再開している。
開戦以来の外交の復活であり、各国を担当する専門部署は大わらわだという。
対して、ギアーデ連邦はギアーデ帝国とは違う国であり、人員がそのままスライドできるわけではなかった。つまり。
「島流しだね、これ」
「そういわないの、セントポーリア」
小柄な体躯のアンドロイド「セントポーリア」の全く包み隠さない言葉を、アネモネは窘める。
ただし、そんな彼女も落胆を隠しきれていない。
「人物やこれまでの功績などが碌に載っていません。
正直なところ、ちゃんと仕事をこなしていただけるかは未知数ですね」
「ここ、空気は軽いけど、サンマグノリア共和国と地球連合の間の正式な窓口だからね」
「そう、なんですよね」
レーナはダメージを着実に負いながらも、そう呟く。
ここは外交補助機材室、という名前であるが、外交の窓口。ここから得られるのが地球連合に関する情報なのだ。
如何に外交が再開したからとは言っても、あまりにも地球連合のことを軽視しすぎているのではないかと思うのだ。
「とはいえ、武官のミリーゼ少佐では手に余る案件があったことも確か。
文官がきちんと文官をしてくださることを祈るばかりです。形式的でもいいのですが」
しかし辛辣なアネモネの言葉が、地球連合からの期待値の低さを明確に表していた。
「しかも書類が今日届けられて、おまけに派遣が今日の午後という……お迎えの支度を整えないといけませんね」
「ハートツリー、そこはお任せします」
「はい、室長」
そうして動き出すアンドロイドたちをよそに、レーナは一抹の不安を抱いていた。
なんだかんだと居心地の良いこの空間に割って入ってくる人間が来ることを、自分は心のどこかで拒否しそうになっているのだとも。
(ちゃんとした人が、来てくれれば)
プロセッサーたちの言うところの白豚ではない、ちゃんとした人が来てくれれば、何も言うことはない。
「やっぱりお薬盛ってお外をずっと眺めててもらいます?」
「ダメです。定期的にチェックが入るので、オンオフ切り替えられるものでないと」
「そもそも盛ること前提なんですか、室長」
だから、アンドロイドたちの会話は聞かなったことにした。
そして、穏当な顔合わせとなることを祈った、切実に。
70: 弥次郎 :2022/05/06(金) 23:39:14 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
スカイフォールだといったな、ありゃ嘘だ。
72: 弥次郎 :2022/05/06(金) 23:42:37 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
誤字修正
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×「しかも書類が今日届けられて、おまけに派遣が今日の午後という……お迎えの支度をと問えないといけませんね」
〇「しかも書類が今日届けられて、おまけに派遣が今日の午後という……お迎えの支度を整えないといけませんね」
最終更新:2023年09月18日 21:18