224: 弥次郎 :2022/05/07(土) 21:30:37 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
憂鬱SRW アポカリプス 星暦恒星戦役編SS「境界線に踊れ」4
- 星暦恒星系 星暦惑星 サンマグノリア共和国内 「グラン・ミュール」 第一区 大統領府 地球連合サンマグノリア共和国駐留外交補助機材室
「歓迎」の準備が整った室内---アンドロイドたちがおのおの割と物騒なモノを用意して待ち構える---中で部屋の前に気配がやってきた。
〈足音、男性。歩幅は平均的だけどバランスが危うい……太り気味?〉
〈重量感知計の数値は30代の男性の適正値内に入っていることを示しています〉
〈呼吸音および心臓の拍動音、少し早いですね……緊張でしょうか?〉
〈まさか……とは思いますけど〉
一瞬でかわされる会話と共有されるあらゆるセンサーの情報。
それらと今ドアの前にいる人物のプロファイリングを行ったアネモネは一つの可能性に突き当たった。
〈各員、プランF-23へ。ひょっとすると、別な意味で警戒しなくてはならないでしょう〉
〈F-23……?〉
〈ええ、正しくおもてなしです。裏はありますけど〉
〈室長、誰がうまいことを言えと……入ってきました!〉
そして、大多数の予想に反してドアはおずおずと開けられて、男性が入ってきた。
「あ、あのう……本日付で地球連合サンマグノリア共和国駐留外交補助機材室付き文官になった、ニコラ・ルマールです…」
その声は、どことなく怯え、反応を窺うかのような、そんな男性の声。
多くが敵意のある、あるいは脅すかのような声を向けてくる中にあって、そんな声音は非常に珍しい。
人間ではないからと入国を許可しておきながら、人間ではないからと敵意や悪意を、時にはあらぬ欲望を向けられるアンドロイドたちには新鮮だった。
〈室長、まさか…〉
〈そのまさか、です〉
通信で返事を返しながら、アネモネは同時に肉声を発する。
「連絡は受けております、ニコラ・ルマール外務局員。どうぞ中へ」
失礼します、という声とともに、ニコラ・ルマールは室内に足を踏み入れる。
おっかなびっくり、という言葉がこれほど似合う振る舞いもあるまい。ゆっくりと足を進め、室内に入ってくる。
「ようこそ。私が地球連合サンマグノリア共和国駐留外交補助機材室 一等機材、いわば室長を務めるアネモネと申します」
「は、はい。よろしく、お願いします…」
優雅に一礼するアネモネに、慌てたようにニコラも頭を下げ、かしこまった。
その様子だけで、いや、部屋に入室する前の動きなどからして、レーナはそのニコラという人物の為人を察した。
(この人は……)
頭をあげた彼は、白銀種の特徴を備えている。しかし、それがちょっと揺らぐくらいには、びくびくしている。
視線は怯えているかのようにせわしないし、落ち着きが感じにくいのが窺えてしまう。
外見上はアンドロイドたちが有色種だから怯えたりしているわけではない。
いや、有色種相手でも怯えてしまっているというべきか。
(とんでもない、臆病者……!)
「お、お役に立てるよう、がんば、ります…」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。両国の関係のためにも」
そんなニコラは微笑むアネモネに少し顔を赤らめながらも、ニコラは精一杯の笑みを浮かべた。
若干身体が怯えから震えているのは、どうやっても隠しきれていなかったのだが。
225: 弥次郎 :2022/05/07(土) 21:31:07 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
一先ずニコラを室内に通し、アイスブレイクと洒落込んだ。
地球連合が持ち込んでいる天然モノのお茶と茶菓にはさすがのニコラも驚き、緊張を緩ませた。
そんな彼と談笑しながらも、アンドロイドたちは提出された書類の情報の精査を無言のままに行っていた。
ちなみにセレクトされた茶葉はカミモールのハーブティー。鎮静効果が期待できる。
〈ニコラ・ルマール、34歳。
高級官僚を送り出してきたルマール一家の生まれ。幼少期は活発で、それでいて勉学にも熱心だった。
義務教育を完了後、サンマグノリア共和国でも指折りの進学校である国立マルティーヌ高等学院に入学、次席で卒業。
特別進学枠で国立サンマグノリア大学政治学部国際政治学科へ進学し、ここを席次5番で卒業。総合次席こそ5番でも、一部おいてはトップの学力を示す…〉
〈卒業後は親のコネもあってサンマグノリア共和国外務省に入省。下積みのためにギアーデ帝国対応部に配属される。
外向きというよりは内勤、国内での情報収集や分析、折衝などを行う文官として活動。
しかし、8年前の開戦を以て、所属していたギアーデ帝国対応部は事実上解散。入省間もない彼はいきなり放り出されてしまう、と〉
〈その後は約4年の間外務省内のあちこちの部署を盥回し。おそらくギアーデ帝国担当部署に所属していたことによる事実上のいじめとやっかみ。
その後に1年の病気療養のため休職。復帰後は今の所属である統合外務局に配属され、現在に至る……〉
〈理想と熱意にあふれていたけど、それがへし折られて現在のような何かにおびえる性格になってしまった……これで普通なのが怖いところね〉
その経歴を書面で見て、どんよりしているレーナはリーガルリリーに対処を任せてある。
あからさまに嫌がらせ人事だ。こちらへ対しても、そして、彼自身に対しても。
文官の配属を求めたのはこちらであるが、それに対する反応がいきなり今日通知され、配属も今日となれば異論は受け付けない、という意志が窺える。
〈地球連合との外交をほぼ閉じ、この星暦惑星の国家との外交もよろしくない態度をとっている。
これまでサンマグノリア共和国が他国の目がないことをいいことにやってきたことを咎められるのを避けるためでしょう〉
〈つまり、彼の派遣は所詮はアリバイ作りだと?〉
〈イエス。要請には応じたという事実だけを得た。交代は認めない。そういうことでしょうね、室長?〉
〈そういうことになりますね。まあ、必要なのは外交的な知識や経験……言っては失礼ですが、畳水練でも彼は役立つでしょう〉
〈良心が少なからず痛みます、胸がチクチクと……比喩でしかありませんが〉
アンドロイド特有のジョークに、アネモネは一度目を閉じ、しかし続ける。
〈とはいえ、ハリボテの方がマシな人材が来ると警戒していた我々にとっては、非常にありがたいことなのは確かです。
早速ルマール外交局員にはミリーゼ少佐が行っていた業務を引き継いでもらい、外交の戦果を挙げてもらいます。
ミリーゼ少佐は本来は武官。軍事的な知見から情報収集や意見を出す立場なのですから、本来の役目に戻っていただかなくては〉
それは、未だに共和国が認識しようとしない、地球連合の外交オプション---軍事を認識してもらうことにもつながる。
〈積極的な武力を振りかざしての圧はあまり褒められたものではありませんが、そうすることもまた外交です。
武をいたずらに振り回す国は嫌いですが、武がないままに安穏とする国はもっと嫌いです。
共和国には、忘れていた常識を取り戻してもらわねば〉
〈了解〉
〈委細承知〉
〈ヤー〉
〈そう言えばリーガルリリー、貴方はローゼンタール系列でしたね〉
そんな会話をしながらも、彼女らは動くのであった。
226: 弥次郎 :2022/05/07(土) 21:31:38 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
夕刻を迎え、レーナは久しぶりに本来の仕事、軍事的な分析や情報収集に終始することができた。
無論、新しく配属されてきたニコラに仕事を引き継ぎを行う必要はあった。
だが、政治と軍事両方の情報処理や分析を行う必要があった連日の勤務よりも、はるかに楽だったのは確かだ。
「この調子で、もっと人が来てくれるといいのですが……)
「そうそううまくはいかないとは思いますよ、ミリーゼ少佐」
自分の専用のラップトップパソコンの電源を落とし、大きく吐息をついたレーナに、リーガルリリーはお茶を差し出す。
「共和国の意思は、とうに示されていますからね。これで共和国としては大幅に譲歩したと思っているでしょう」
「……たった一人の派遣だけで、ですか」
呆れたものです、とレーナは悪態を隠さなかった。
「ミリーゼ少佐、地球にはこんなたとえ話があります」
怒れるレーナに、リーガルリリーは静かに語る。
「ある国には3つの目を持つ人間が暮らしていました。ところがそこに2つの目を持つ人間が現れました。
異常なのは、どちらでしょう?」
「……それは」
リーガルリリーは自らの視覚素子を内蔵した人工の眼球に触れる。人間と同じような触感や外観を持ち、機能までも拡張して備えるそれを。
「同じことです。そして、地球連合が幾度となく経験してきたことでもあります。
常識も観念も話す言葉も肉体的な特徴も、あらゆる要素が違う生命体で、この宇宙は満ちている。
分断されていたままならば、互いを知らずに幸せだったでしょう。しかし、互いを認知してしまった以上、最早見なかったフリはできない」
「どうやっても、影響が出る、ということです……と」
その時、リーガルリリーは振り返る。そこには、身を縮こまらせるようにして立つ男性がいた。
「ルマール外交局員、御用でしょうか?」
「あ、あ。はい!はい、えっと……ミリーゼ少佐に。よろしいでしょうか?」
「構いません。リーガルリリー、帰る支度をお願いします」
「はい」
レーナの私物を預かり、席を外したリーガルリリーを見送り、レーナはニコラの方に向き直った。
「いかがなさいましたか?」
「い、いえ。大したことじゃあ……ないんですが」
もごもごとしながら、やがてニコラは口を開いた。
「こんな私でも、仕事をこなせる場を与えてくれて、本当にありがとうございます」
「ルマール外交局員……」
「いやぁ、ルマールと、そう呼んでいただいて結構です。
ここまで親切にされたのは久しぶりで……」
「……」
ともあれ、と深々と頭を下げた。
「今日はありがとうございました。また明日、よろしくお願いしますね」
そうして、ニコラはそそくさと部屋を出ていく。
その言葉尻に、鼻をすする音をにじませながら、その体はどことなくうれしさをにじませながらも。
それを、レーナはただ見送ることしか、出来なかった。彼のことは、まだあって初日で、それだけのことしか知らない。
それでも、彼が良い人だと知ることはできたし、誠実な人だとも理解できた。
(3つ目の人間の中の、2つ目の人間……)
その言葉の意味をもう一度かみしめ、レーナは立ち上がる。
また、明日。そういわれたからには、明日も頑張らねばと、そう思えたのだ。
227: 弥次郎 :2022/05/07(土) 21:32:13 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
あと1名くらい、ボーダーランドには人員が来ます。
まあ、その話はもうちょい先になります。
次から、オペレーション・スカイフォールとなります。
最終更新:2023年09月18日 21:19