297: 弥次郎 :2022/05/08(日) 20:46:15 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
憂鬱SRW アポカリプス 星暦恒星戦役編SS「あまりにも」
- 星暦惑星 サンマグノリア共和国 86区 東部戦線 地球連合在サンマグノリア共和国軍 東部方面第4FOB 技術工廠区画
その日のシンエイ・ノウゼン少尉は配属されているFOBの技術工廠区画へと呼び出しを受けた。
要件は一つ。シン個人についてきて、このFOBでも作業用のロボットとして活動するM101 バーレット、通称スカベンジャーの「ファイド」についてであった。
彼が元々の戦隊の拠点から移動する際にもシンについていこうとしたため、やむなく動向を許可した経緯があった。
戦闘用とは言えないものの、無人戦闘支援機として開発されたそれはAIを搭載し、人間の代わりに多くの作業をこなす。
戦場での残骸の回収、戦闘中の弾薬やエネルギーパックの補充、あるいは前線基地での多目的重機として活用されている。
だが、その手の機械は余るほど用意されている連合では、あまり出番がないため、一部は技術解析に回されるか、雑務に運用されていた。
その中にあって、この個体「ファイド」だけは連合の技術者には異常と判断されたのだ。その挙動は、明らかに他のM101 バーレットとは違うものだったためだ。
まず第一に、他のバーレットと違い、明らかに個人を認識・識別し、追従していた。
設計上はそこまで高度な判断能力など他の個体では確認されていないし、プログラム上でも機能がないことは確認しているにもかかわらず。
次に、明らかにファイドはシンの複雑な指示を理解し、自ら判断を下すことができていたのだ。
証言が正しいならば、ファイドは廃墟から食料品とその他を見分けて選別し、回収するという仕事をこなしてきたという。
これを再現して他のバーレットに行わせようとしたところ、関係のないものまで次々と回収するという有様であった。
そして、最たるものがその反応性だ。ほかの個体があくまでも古典的なAI的な、応答や反応・行動のみを示すのに対し、ファイドは明らかに感情をうかがわせた。
誰かに怒られれば身をすくませ、誰かに褒められれば喜びで跳ね、連合の人間に対しては怯えを見せ、シンにはまるで犬のようにじゃれつく。
本当にこれは共和国が作成したAIを搭載した無人機なのか?地球連合の技術者たちが疑問に思うのも無理からぬ話だった。
これだけのAIを作ることができたのならば、あと少し改良を加えて戦闘用に仕上げるだけで本当に無人機に適したAIができそうなものだ。
ひょっとすればこれをベースにすれば本当に無人機を大量に配備できたのかもしれない可能性まである。
「つまり、君がファイドと呼ぶこのバーレットの挙動は、単なるバグやプログラムのエラーとは考えにくい。
だが、これだけのものを作ることができたのに、本物の無人機を作れていないのは矛盾が生じる。
だからこそ、このファイドを、彼の中枢をぜひとも調べたいのだ」
「ファイドを……」
シンが視線を送った先、ファイドは怯えるように身を震わせ、シンに助けを求めるように寄り付いてくる。
言わんとすることは分かる。分解されたり解析されたりすることに恐怖を覚えているのだ。
以前も、いくつか前の部隊でこのスカベンジャーと出会い、それからずっとついてくるようになって、白系主の一人にそれを咎められたことがある。
結託しての反乱防止のためにプロセッサーは定期的に配置を変えられるが、整備士やスカベンジャーは変更されないのが基本だ。
298: 弥次郎 :2022/05/08(日) 20:46:47 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
あくまでもスカベンジャーというのは備品であり、戦隊の統廃合に伴って動くことはあっても、基本的には配属された基地に所属となる。
よって、回収されたファイドはシンの転属と共に引き離されるはずだったが、何を考えての事かシンについてきたのだ。
その時に何かしたのか、と聞かれはした。だが、シンは何もしていない、相手が勝手についてきているだけだ、と答え、押しとおした。
(理由……考えたこともなかったな)
その考えが伝わったのか、ファイドは身を震わせ、訴えかけるようにセンサーを明滅させる。
飼い主に見捨てられそうになった飼い犬のような、そんな怯えをあらわにしている。
「この挙動もだ。まるで君に助けを求めるかのようにふるまっている。情緒が感じられる。
人間が本能的に単なる動作の中にそれを見出している可能性も決して否定はできないが。
それに……」
「それに?」
少しためらった技術者は、しかし、一気に言い切った。
「ひょっとすれば、共和国は本物の無人機の開発ができたにもかかわらず、何らかの理由でその芽を自分で潰した可能性がある。
勿論、今更その事実が分かったところで、君たちの現状は何ら変化しないし、時間も戻らない。だが…」
「いいですよ」
「……え?」
「俺も気になります。そういうのはいいので、調べてくれませんか?
それと、ファイド」
ピィ!と電子音を鳴らして後ずさるファイドにシンは命じた。
「この人たちに協力して、調べてもらえ」
ファイドは当然のことながらピ!と抗議の音を立てるが、シンはそれでも意見を覆さない。
「これは命令だ」
強めにいうと、明らかにファイドはしょげたかのように頭を沈ませる。
「……明らかに君の言うことをよく理解しているな。
では、任せてもらっても?」
「はい。俺も、こいつのことが気になったので」
その代わり、とシンは一つだけ頼みを伝えた。
「解析が終ったら、元に戻して……俺と行動できるようにしてくれませんか?」
「……君と、かい?」
「ええ。ファイドも、それが望みたいですし」
「……わかった。彼は地球連合の元々の編成には含まれていない、いわば員外装備だ、多少の無理は効く。
無論、このボディのままでついていくのは難しいかもしれないので、手を加えるかもしれないが、いいかね?」
「お願いします」
「……任せておきたまえ。あまり時間はかけないで、すぐに終わらせて君のところに戻すと約束しよう。
さて、ファイド君。いこうか」
ピ、という電子音を鳴らし、渋々といった風にファイドは従う。
そう言えばと、シンは思う。ファイドと長く離れることになるのはこれが初めてだなと、そんなことを。
299: 弥次郎 :2022/05/08(日) 20:47:50 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
斯くして分析と解析にかけられたM101 バーレット 個体名「ファイド」から判明したのは、あまりにも残酷な事実であった。
素体そのものは、搭載されたAIの電子的な機構そのものはM101 バーレットの標準的なモノとの差異は見られなかった。
単に長年稼働を続けたことによるAIの学習の蓄積が多いだけであった。ファイド以上に長く稼働する個体と大差は見られなかった。
だが、ハードウェアはともかくとして、インストールされているソフトウェアは、標準のそれとはまるで違っていたのだ。
組まれているプログラムのソースコードは、一部は一般機とは同じであっても、過半は全く違うプログラムで構成されていたのだ。
プログラムの量と質は、明らかに量産を行うために用意されているものとは言い難く、戦闘や戦闘補助以外を目的としているものまで含まれているのが確認された。
そして、ソフトウェアが記録している挙動データには、明らかにM101 バーレットではない、もっと小さな体躯の何かを動かしたデータが含まれていたのだ。
その適正サイズは推定するに大型犬程度の、装甲などを持たない民生用のロボットか何かと判断された。
プログラムに試験的な意味合いの大きいものが含まれていたことも考えると、これは試作型のAIではないかとも。
それが何らかの理由でこのバーレットへとプログラムや蓄積データとともにインストールされ、稼働していたと判断された。
そして、そのプログラムや思考ルーチンを構築した人物らしき名前も判明した。
ユウナ・ノウゼン。
そして、プログラムの名前は試作008号。
そう、シンエイ・ノウゼン少尉の父親が生み出し、試作研究していたと思われるAIが、バーレットにインストールされているのである。
プログラム系統は完全とは言わなくとも人間に近い形で組まれており、なんならば、アストラルさえも観測できる可能性があるほどに。
されども、そんなことを知るたびに、事実を一つ一つ明らかにするたびに、分析班の心は重たく沈んでいった。
シンの父親ということは、すなわち有色種であろうことは想像に難くない。彼の形質には白色系の特色はほとんど見られないのだから。
即ち、この画期的なAI研究を行っていたであろう技術者は、学界から、世間から、国から追われ、完成をさせることができなかったのだ。
レギオンに対抗するためのAIの開発に必要だった技術と知識を持った人間を、共和国は自らの手で摘み取っていたという、あまりにも残酷すぎる事実。
有色種だからと、劣った存在の作ったものだからと、そんな理由で見捨てたものにこそ、ほんの少し違う優しい世界への切符が紛れていたという現実。
技術班の慟哭は言うまでもない。
こんなことを、こんなあんまりな事実を知るために、ファイドを調べたのではないと、彼らは嘆かざるを得なかった。
だが、そう嘆いたところで何かが変わるわけではない。
時間は遡らず、エイティシックスという烙印を押され、戦場に放り込まれ、死んでいった人々が生き返ることもない。
開発者もとうに死んでいるであろうし、その記録も何もかも共和国によって抹消されているであろう。
まして、これの存在を今すぐサンマグノリア共和国に伝えたところで、何ら変化を促すものではないということも。
彼らが、そんな希望を潰すという自分たちの失態をなかったことにし、研究していた人物の名誉を乏しめることは想像だに難くない。
同じ技術者として、そんなことは決して許せることではなかった。
そしてこれらの事実は、FOBからFOS、そしてMOBたるファントムビーイング号にも伝達された。地球連合にも、星暦惑星各国にも。
ただし、この情報は余計なトラブルを招かないようにするためにも、秘匿される情報として、表に出ることのない情報として、隠されることになった。
サンマグノリア共和国に突き付けて糾弾したいところであっても彼らが顧みることがないのも明白。前述のようなことになるのも御免だ。
だから、せめて、先人の知識と遺産を引継ぎ、未来に託していくことで、慰霊と賛辞とするしかなかった。
そして、このAIは、人と寄り添うことを目的としたAIは、アポカリプスの後、新天地に移った星暦惑星の国々によって使われることになった。
それこそが、せめてもの贖いであり、慰霊となることを願って。
余談ではあるが、その後ファイドは新しい機体に、連合の規格や仕事に合わせた拡張ボディにコアブロックを移植し、シンの所へ戻ったことをここに記す。
300: 弥次郎 :2022/05/08(日) 20:48:29 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
これだけは、どうしても書いておきたかったので。
これは、ありえたかもしれない、優しい世界の残滓。
あるいは、忠を尽くしたとあるAIの長い旅路。
最終更新:2022年05月18日 21:36