4: 弥次郎 :2022/05/15(日) 00:11:48 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
- 星暦恒星系 星暦惑星 サンマグノリア共和国内 「グラン・ミュール」 第一区 大統領府 地球連合サンマグノリア共和国駐留外交補助機材室
サンマグノリア共和国標準時 星暦2147年4月17日。
「オペレーション・スカイフォール」が終了してから1週間余りが経過していた。
作戦の中で鹵獲されたコクーンおよびコクーン・イミテーションらは、他の新型レギオン同様に、ヴァルト盟約同盟領内に移送された。
そして各国から集められた軍事関係者や技術者を集め、鹵獲された新型のレギオンの分析・解析・能力の査定などが実施されていた。
そして、その結果の速報については、各国の共有するところとなり、このサンマグノリア共和国へと伝わってくることとなったのだ。
その情報は地球連合からもたらされたわけで、当然だが地球連合サンマグノリア共和国駐留外交補助機材室の武官であるレーナの手元にも届いた。
そして彼女の仕事は、その戦闘詳報や鹵獲・分析の結果を精査し、注釈や補足を加えて、上層部に報告することになる。
「……ふぅ」
そして、作戦が完了してから逐次情報を受け取りながら業務をこなし、レーナは深く深く吐息を吐き出した。
それは疲労も含まれていたが、同時に、満足感もあった。送られてくる情報を整理し、まとめるのは一種の快感があった。
それに、情報に目を通すことになるわけで、共和国にいては気が付けない情報も知ることができるのだから。
最も、その作業は一人ではどうしても多くなるので、この機材室のアンドロイドたちにも協力を仰ぐことになったのだが。
(ともあれ……重要な情報はたくさんありました)
特にコクーン---その搭載していた砲から電磁加速砲型(モルフォ)の名を与えられたレギオンのスペックは破格だった。
口径800㎜のレールガンを搭載。その射程はシミュレーションではおよそ射程400キロ程度であり、鹵獲された地点でさえ各国の前哨基地の多くを射程に収めていた。
それだけでなく、その移動速度は展開していた国境沿いに敷設されていたレール上ではおよそ200㎞/hを発揮できると推定された。
これによって迅速に陣地転換を行いながら砲撃戦を行っていた場合、隣接する地域の国家の首都をつるべ撃ちにできていたということが判明。
つまり、完全に艤装作業が完了し、稼働できる状態になっていたら、いつ何時800㎜砲弾が降り注いでいたかもわからない、ということだった。
他にも、展開していたイミテーション---試作型電磁加速砲型(プロト・モルフォ)の方も、射程およそ200㎞を誇る400㎜レールガンを搭載。
こちらはほぼ完成状態であり、尚且つ稼働条件も整っており、配置箇所から考えて前哨基地や展開していた連合軍が狙い撃ちにされていた可能性が高かった。
弾頭を加速させるレールの耐久性や構造などから考えて、およそ70発前後で砲身の交換が必要になると考えられる。
しかし、70発もあれば甚大な被害を及ぼすことができたことは確かだ。陸上巡洋艦やAFなどはともかく、MTやMS、フェルドレスなど容易く消し飛ばせる。
ヘリオスによる阻電攪乱型の排除および発見から迅速な軌道上からの先制攻撃が無ければ、撃たれていたことは間違いない。
そのほか新たに確認されたレギオン、強化対空自走砲型や対空レーザー自走砲型といった従来型の改良モデルも多数投入されていた。
地球連合の有する航空戦力を排除するためにレギオンが既存戦力を改造することで送り出したと思われるそれは、従来のそれを超えるものだった。
加えて、高速での機動を行う人型機動兵器に対抗するためと思われる軽戦車型(レーヴェ・クラウン)は、防御性を除くと脅威だったのだ。
即ち、各国が主力としているフェルドレスと比較した場合、機動力や運動性に優れ、攻撃を放っても素早い動きで回避して有利をとられる、ということだ。
一定以上の火砲ならば、それこそ貧弱なジャガーノートの滑空砲でも、通常の戦車型以上に貫通可能な箇所が多い。
しかし、当たらなければどうということはない。無人機ということは、内部の人間を考慮しない無茶苦茶な動きもできるということ。
そういう意味では近接狩猟型に近しいが、それに加えて火砲も搭載しているという点では脅威だった。
火力と機動力の両立だけで、シミュレーションでの各国のフェルドレスとの交戦結果は、著しく差が生じていたのだから。
人間ではできないことを無人機ならば、レギオンならばできる。人命軽視と思われる設計でも、レギオンにとってはそうではないということだ。
5: 弥次郎 :2022/05/15(日) 00:12:52 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
そして、これは共和国に限った話ではない、脅威となるのはやはり電磁加速砲型であろう。
これまでも大型砲を装備するレギオンというのは存在していたし、長距離砲兵型というロングレンジを主眼とするタイプもあった。
だが、それらがかすむようなのがモルフォであった。
レールガン---現在突き当たっている物理学上の限界点からおよそ秒速2000mの火薬式に対し、秒速8000mという高初速を叩き出せる未来の火砲。
火薬の爆発による運動エネルギーで弾丸を押し出すのは意外と非効率的で、余計なエネルギーを浪費してしまうことが多い。
しかしレールガンならば、必要となる電力、レール、そして弾さえ用意できれば、火薬式火砲を威力・射程・投射量すべてで圧倒できるのである。
そして、これを攻城兵器と捉えた場合、これほど現状のサンマグノリア共和国と相性の悪い兵器は存在しないだろう。
こちらの認識の遥か遠くから、シミュレーション上では400㎞も彼方から砲弾をぶつけてくるのだ。
物理学に則れば、発射される800㎜砲弾の持つ運動エネルギーは弾頭の質量×速度の2乗となる。
800㎜砲弾は重量にして7t前後、速度は多少減衰するとしても初速秒速8000mなのだから---当然、グラン・ミュールなど脆くも砕け散るだろう。
厳重な複合装甲とはいえども、想定されている火砲を超えていることは確実であろうし、一発で風穴があく。
そして無理に直射を狙わなければ、出力調整で曲射してきた場合、グラン・ミュール内に砲弾を放り込むこともできるであろう。
そうした場合、前述の運動エネルギーが減衰ありとはいえ着弾し、そのエネルギーがグラン・ミュール内部で反響することになるのだ。
(……どうなるかは、考えるまでもないですね)
一応、アネモネらがそうなった場合のシミュレーション結果を見せてくれた。
砲弾が第一区に着弾した場合、たった一発で中央の行政区などは壊滅。衝撃波で建造物が悉くが消し飛び、生存率は絶望的な数字となった。
つまり、このサンマグノリア共和国の政治・経済・軍事の中心地がある場所が軒並み消し飛ぶということであり、国家の指揮系統が消えるということ。
そうなれば、組織的な抵抗を行うこともできなくなるであろう。
加えて、着弾のエネルギーは地上だけにとどまらず、グラン・ミュールの地下へと余裕で貫通することも判明した。
仮に、地下構造物があったとしても、相当な防御構造を用意しておかなければ一発で棺桶どころか墓地に早変わりすることになるという結果も。
(そして、何も一発で終わりではない……)
他のレギオンの援護ありでも100発は連射できることが確認されている。
それ以上はレールの交換や電力の補充などで暫くの停止になると計算されているが、撃たれる側にとっては何ら救いではない。
要塞に籠り、地雷原などで構成されているだけの100㎞程度の縦深と、その先の基地だけで受け止めている現状の防衛体制では防ぎきれない。
もしも地球連合が現れず、もしも彼らがこのモルフォを早期発見できず、もしも先制射撃を許していたら---どうなるかは明白だ。
(共和国は……いえ、人類の国家が悉く大打撃を受ける)
もしそれが考え無しの砲撃でなく、大規模な侵攻と合わせてのものであれば、当然防ぎきれないだろう。
共和国側は減っていると認識していたレギオンは、実は探知範囲の外側に着実に戦力を蓄積しており、それらが一斉に襲い掛かってきたかもしれないのだ。
(はぁ……)
改めて認識すると、あらゆるモノが圧し掛かってくる。
この作戦で明らかになったことは、レギオンがこちらにチェックメイトをかける数手前だったということだ。
いや、もはや断頭台に向かって暢気に行進していたも同然だ。ギロチンの用意ができれば、即座に終わってしまいそうな状況。
6: 弥次郎 :2022/05/15(日) 00:13:27 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
それが回避されたというのは、とても大きいことだ。レギオンと戦うという役目を負う軍人としてはほっとしたどころではない。
(けど……)
それだけが問題ではない、と言ったのは、自分と同じく政治的な動向の調査を行っていたニコラ・ルマールだった。
彼もまた、自分と共に外交官としてオペレーション・スカイフォール後の会議に参加して報告を受けていたのだ。
その際には自分とは別口で各国の代表と折衝を行い、独自に情報を集め、それらを整理していたのだ。
相手側もサンマグノリア共和国からの参加者ということに驚き、また警戒していたそうだが、話が通じると分かり交流を持てたという。
そしてその中で指摘されたことが、サンマグノリア共和国のこれまでの動きだったと語った。
『これまで引きこもり、外との交流を持たず、交流をほぼ拒絶している。
あまつさえ軍事的な作戦で戦力を供出しない、血を流していないサンマグノリア共和国への視線は厳しいです』
どうしても忙しいために落ち着いて言葉を交わせないために、ニコラがメールで届けてくれた言葉は真剣だった。
これは政治家や外交の話になる、という前置きで彼は教えてくれたのだ。
『一般的に軍事というのは外交の手段です。
血税を費やし軍備を整え、それを行使することは、失礼な言い方ではありますが道具であり手段。
国家間での共同戦線を張る場合においては、どれだけ血を流し、苦労を買ったかが戦後の発言権や利権に大きく絡むことになります。
一般論としても、より多く働いた人間がその分だけ報酬を得るというのは当然の権利です。それの発展形と言えます』
その上で、と彼は今回のオペレーション・スカイフォールでの動きがなかったことを問題視していた。
『これまでは別個に対策を講じ、戦争を続けてきました。
けれど、地球連合の介入により各国はこれまで以上に連携を取り合い、共に戦うことができるようになりました。
今回のオペレーション・スカイフォールはその最たる例であります。
ですが、サンマグノリア共和国は果たして自らの軍事力を供出して協力をしたか?となるのです』
レーナは思い当たる点はあった。
地球連合が存在しない86区にいるエイティシックス達を雇用したというのは連合から通達されていたことだった。
正確には地球連合の傘下にある傭兵組織が現地徴用兵という形で彼らを傭兵として雇い、身分を登録し、戦場で兵力として運用している。
だが、彼らは定義からしてすでに共和国民ではない。市民権を、財産も住処も奪い、86区へと放り出した共和国民非ざる人型の豚として。
『エイティシックス達はすでに身分上サンマグノリア共和国に属しておりません。とっくに市民権をはく奪されていますし、記録も削除されている以上、国民ではない。
よって、他の外交官が言うところのエイティシックスを融通してやった、というのは何ら誇るべきものではないというのが各国の認識です。
それ以外で全く血を流すことなく、レギオンとの共同作戦において被害を押し付け、莫大な戦費の消費を押し付けた。
心証は語るまでもなく最悪です。すでに、各国は戦後にサンマグノリア共和国への対処に乗り出すつもりであるようです』
その対処とは何か?そう、軍事的な侵攻だ。
レギオンという問題を地球連合との協力で解決できると今回の作戦で証明された以上、各国は当然レギオン戦後を見越す。
その際に発言権を大きく持つのは、よりレギオンの駆逐に力を注いだ国であり、貢献した国だ。
そういう中でまともに協力体制さえも作ろうとしないサンマグノリア共和国は、憎しみさえも買っている。
それが、彼の見立てだった。畏れを相手に抱かれるのは余り問題とは言い難い。問題なのは憎しみを買うことだと、彼は古い外交官の言葉を引用した。
『無論、まだレギオンは活動を続けています。
また、地球連合が言うところの「外敵」、「宇宙怪獣」という脅威があることも確かです。
ですが、もしもレギオンが先に駆逐されてしまったら?もはや片手間で対処できるほどに追い詰めることができたら?
考えたくはありませんが、最悪の場合、レギオンと相対している全ての国家がサンマグノリア共和国に戦争を仕掛けることもあり得ます』
その言葉は、衝撃だった。
元々は国民だったエイティシックス達は自分達を恨んではいるが、しょうがないと割り切っていることをレーナは知っている。
だが、各国は?国民を、当時サンマグノリア共和国にいた外国人たちをエイティシックスと烙印を押して殺したことを知った各国は?
各国が血税を費やし、兵士であり国民という命を戦場で散らせ、それでもレギオンと戦ったのに、ただ一か国だけ安穏としている?
そんなものなど、許せるものではない、ということ。レーナでさえも分かる、わかってしまう理論だ。
7: 弥次郎 :2022/05/15(日) 00:13:59 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
「……ッ!」
ぎしりと、背中を預けた椅子が音を立てる。
レーナの感情は、語るまでもない。それを察してか、ボーダーランドのアンドロイドたちも何も声をかけない。
あまりにも、レーナやニコラだけが背負うには大きすぎる事案。
これを上奏して、果たして受け入れられるか?という不安が出てきてしまう。
ただでさえこれまで外の状況から目を逸らし続け、接触を嫌い、自分達だけに仕事を押し付けているこの国が受け入れるか?
それはあり得ないだろうと、外から見たサンマグノリア共和国の姿を知るレーナは断言できる。
重要作戦として「オペレーション・スカイフォール」のことを報告した際の反応の乏しさなども証拠と言える。
この国は、国家は、人々は----あまりにも、無知で、怠惰で、傲慢で、どうしようもないほど、救えない。
「私は……」
ポツリと、言葉が零れ落ちた。
誰に言うつもりでもなく、勝手に口が言葉を紡いだ。
「私は……」
私は、どうすべきか。
それは、レーナの根源的な問いかけであった。
それは行動だけではない、指針や方針、今後の展望も含めた、自分自身への問いかけであった。
このまま、動くこともなく静観するだけなのか。自らの役割にすがり、逃げているのではないか、と。
地球連合にとって、話の通じる人間がサンマグノリア共和国の内部にいるのはとてもありがたいことであり、自分がそう望まれているのはわかる。
ニコラもそうであるように、上の人間に話が通じなくとも、最低限の言い訳となる存在が欲しいのは痛いほどわかる。
けれど、それでいいのかと、自分はそのままでいてもいいのかと、そう思えたのだ。
ここは、ボーダーランドはいいところだ。
外交を任せられるニコラがいる。真面目と思いきやおちゃめなところのあるアネモネ室長がいる。
そんな室長に便乗するハートツリーがいる。それを諫めるアオがいる。お茶を入れるのが一番うまいノイバラがいる。ほかにも---
(けれど、私の戦場は……)
もっと踏み込みたいと、そう思えてならないのだ。
安全なところで安穏として、与えられる役目だけに終始しているだけではよくないというのが、レーナの胸の内で燃え上がっていたのだ。
思わず、立ち上がった。椅子がひっくり返ったが、気にすることはなかった。
そんなことなどよりも、もっと重要なことが存在していた。
体が、魂が、心が、意思が---血を流せと叫んでいた。生きていることを証明しろと。亡霊に抗う意志を示せと。
「私は……!」
「ミリーゼ少佐、行きますか?」
その声は、アネモネの声だった。思わず口をついた言葉を繋ぐようにして、その清廉な声は紡がれた。
振り返れば、やはりアネモネがいた。ハートツリーやノイバラ、サクラ、エピデンドラムらも、自分の専属であるリーガルリリーとヒメユリも。
彼女らは、ただ静かに笑みを浮かべ、こちらに問うて来ていた。
それでよいのかと。
自らこの境界線の向こう側へと向かうのかと。
レーナの立つボーダーランドの一歩先は、境界線の先は、何が存在しているかを理解しているかと。
「そんなもの……」
思わず涙がこぼれた。悲しいのか、うれしいのか、はたまた怖いのか。それはわからない。分からなくて、よかった。
「当たり前ですよ……!」
その言葉に、アンドロイドたちは優雅に一礼して承諾を示した。
それは、境界線上に置かれていた女王の駒が、一気に踏み出すことを見送る臣下のようであった。
8: 弥次郎 :2022/05/15(日) 00:14:44 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
さあ、境界線から飛び立とう!痛みを超えて!
13: 弥次郎 :2022/05/15(日) 00:44:48 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
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もしも地球連合が現れず、もしも彼らがこのモルフォを早期発見できず、もしも先生射撃を許していたら---どうなるかは明白だ。
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もしも地球連合が現れず、もしも彼らがこのモルフォを早期発見できず、もしも先制射撃を許していたら---どうなるかは明白だ。
最終更新:2023年09月17日 17:14