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憂鬱SRW アポカリプス 星暦恒星戦役編SS 短編集「シュトゥルム・ウント・ドランク」
Part.1 鶏口となるも牛後となるなかれ
- 星暦恒星系 星暦惑星 サンマグノリア共和国内 「グラン・ミュール」 第一区 大統領府 地球連合サンマグノリア共和国駐留外交補助機材室
現地時間星暦2147年4月17日。
地球連合と周辺諸国からの一斉の通達---あるいは恫喝に匹敵するそれを受け取ったニコラは慌てて大統領府の中を走っていた。
一言で言えばその要求は「いい加減レギオンとの戦いに人員供出して義務を果たせオラァ」といった具合である。
つまり、これまでエイティシックス達にレギオンという脅威を押し付けていた状態から、共和国自ら戦力を出して戦えと、そういう要求だったのだ。
当然サンマグノリア共和国政府は「地球連合にエイティシックス共を融通してやったのだから十分」という主張を繰り返した。
だが、そんなもので納得するはずもない。地球連合や各国からすればエイティシックス達はすでに共和国国民でさえない。
共和国がもっている資産でもなければ処理装置でもないので、融通できるものではないのだ。
加えてそのエイティシックス達はそのほぼすべてが少年兵ばかりであったことも、各国が納得しきれない要因であったのだ。
(でも今の共和国軍に戦う気概のある人はいるんだろうか……)
レーナから軍の実態を聞かされていたニコラにとっては、その要求に応えることができるか不安であった。
これを断れば戦後の立場はさらに悪くなるのは確定だが、役に立たない人材を送り出しても問題があるのも確か。
かといって、役に立たないから送り出せませんというのもそれはそれで問題である。
(ともあれ、ミリーゼ少佐に意見を聞いてみないと……)
そして、すっかり通いなれた地球連合サンマグノリア共和国駐留外交補助機材室のドアを開け、中に入った。
「おや、ルマール外務局員。本日はこちらに来る予定はなかったはずですが…?」
出迎えてくれたのはハートツリーだった。そのほかにもサクラやエピデンドラムら、いつものメンバーがボーダーランド内には駐留していた。
「ええ、緊急で外交筋から……各国から、要請が、というかもう、要求です、ね。それがありまして」
「ああ。そのことでしたか」
ニコラの言葉に、ハートツリーは一つ頷いた。彼女らもまた地球連合の人員。この手の外交に関わる情報は当然通達されている。
「ちょうどよいタイミングでした。それに関することでいくつかお話があります」
こちらへ、と案内された時、いつもはレーナがいる席が荷物の多くが片付けられてしまっている状態なことに気が付いた。
レーナが仕事で使うためのパソコンはなく、いくつも山積みになっていた書類なども消えており、随分と寂しいものとなっている。
さらに言えば、レーナの姿も、彼女の専属であるリーガルリリーをはじめとしたアンドロイド立ちの姿もない。
「恐らくルマール外務局員が気になっていることにもお答えできますので」
「は、はい」
61: 弥次郎 :2022/05/15(日) 18:02:39 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
そして、お茶の時間の中で、ニコラは事の次第を知ったのだった。
「つまり、ミリーゼ少佐は自分から壁の外で戦うために動き出した、と?」
「はい。ついに我慢しきれなくなったようでしたので。
また、他の賛同者を求めるために檄文まで書いて、国軍本部の方に向かわれました。
国軍本部に設置されている補助機材室を通じて軍部にも、地球連合や各国からの要求は通達されていますので、その上で、ということかと」
「思い切ったことを……」
「ええ。ですが、これはずいぶんと前から考えていたことのようです。
ミリーゼ少佐は元々はハンドラー。前線を間接的ながらに知る人物であり、プロセッサーたちとも交流を持っていました。なればこそ…」
「黙っていられなくなった、というわけ、ですか」
そういうことです、という返答のアンドロイドに、ニコラはさもありなんとつぶやく。
短いながらも付き合いのあるレーナの為人はニコラも知っている。
実直で、まっすぐで、意思が強くて、清廉潔白なところもあるが、強い。
自分より年下で、尚且つ少女と呼べる年齢の彼女に抱く感想とは言い難いが、それが印象だったのだ。
自分もああいう時期があったのかもしれないが、自分は途中で折れてしまった。だから彼女には折れてほしくもない、そう思えた。
「……しかし、檄文を発し、軍から動員をかけても人は集まるのでしょうか?」
「わかりません」
あっけらかんと、ハートツリーは言い放った。
「ただでさえ白系種至上主義と排外主義を蔓延させ、こじらせているサンマグノリア共和国に、安寧を捨てて死線に向かう覚悟のある人間がどれほどいるか……」
「です、よね」
それはレーナから聞いた軍人たちの醜態のことだ。
ついでに言えば、自分もまたそんな場所に出ることなど御免被りたい。
「とはいえ……何もしないままに逼塞することをミリーゼ少佐は嫌いました。
そして、政府や軍上層部も、いつまでも圧力に耐えきれるわけもないのです」
「希望はある、のでしょう、か?」
「わかりません」
それでも、とハートツリーは断言した。
「ミリーゼ少佐は打てる手はすべて打つつもりのようです。
そして、例え実行に移す少数派となろうとも、何もなさない大多数の陰に隠れることをよしとしなかった」
「覚悟のある方ですね……」
「ミリーゼ少佐が行動に移すことで、少なからず動く人がいてくれることを祈るばかりです」
そうして一度会話が途切れた時、ふとニコラは問いかけた。
「そういえば、ミリーゼ少佐が武官として業務に専念できないとなると後任が必要ですが……それはどのように?」
「あっ……」
「……忘れていたようですね、ハートツリー…?そこに関しては一任していた筈ですが……?」
「あ、いえ、その…」
「ちょっとこっちに……ええ、すぐ終わりますから」
そして、ハートツリーの悲鳴が上がったのであった。
62: 弥次郎 :2022/05/15(日) 18:03:11 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
Part.2 とあるWHM技術者の絶叫
- 星暦恒星系 星暦惑星 現地時間星暦2147年4月9日 ギアーデ連邦 WHM技術廠
「だからぁー!その性能要求は不可能だとお答えしました!」
グレーテ・ヴェンツェル中佐は、電話で叫んでいた。
つながっている相手は、軍の上層部の人間。WHMに無茶苦茶な要求を突き付けてきた張本人でもある。
より正確に言えば、その上層部の一派を代表している将官の一人なのであるが、ここでは些事である。
重要なことは、その性能要求だった。
「いいですか?我が軍の主力フェルドレスのヴァナルガンドと、提供されたナースホルンF234型は決定的なまでに性能差があります!
ヴァナルガンド以上の火砲と装甲!試作研究中に技術不足と危険性を理由にお蔵入りしたXM1の理論値さえも容易く凌ぐ機動性と運動性!
さらには耐久性を向上させる特殊装甲材と防御機構を有しておきながら、普及型として大量生産されている!
技術力と国力の差は、供与されたナースホルンを真似ることさえもおぼつかないレベルでひらいているんです!」
『-------』
「えっ?技術の解析やライセンスなどを?そんなこと、とっくにやっています!
そしたらなんていわれたと思います!?全力でも5年!長ければ10年もかかると言われたんですよ!?
そんな簡単に模倣したり追従できるわけがありません!」
そう、彼女をはじめとしたWHM技術廠や技術職にある軍人たちは、地球連合の用いていたMTやMSといった兵器に着目していたのだ。
殊更に現状運用されているフェルドレスと酷似しているMTやKMFなどについては、類似性があり、技術的難易度も低いとの判断からかなりの数供与されている。
グレーテの率いている試験部隊ではそれらを集中運用して実戦データの収集やパイロットの育成などを行っている。
同時に、それらに使われている技術や発想などを学ぶ機会に恵まれている。
だが、軍という組織はそれに甘んじるほど弱い組織ではない。万が一も考えて、対抗できるような兵器の開発を進めたいという意志があった。
これは別にMTだけに限らず、航空機やMSやACといった他の機動兵器でも行われていることでもあった。
しかし、収集されたデータなどから対抗のために必要とされる性能は途方もないもので、要求は天井知らずとなったのである。
何度も無理だと上申したのではあるが、助平心と焦りの出ていた上層部は無茶を強いようとしていた。
結果として、グレーテが自ら「説得」にあたる羽目になっているのである。
「……失礼しました。ですが、何度も申し上げました通り、要求されたスペックを満たすフェルドレスは現段階では実現不可能です。
装甲材一つ、火砲一つとっても技術的に隔絶しており、一足飛びに追いつくことは不可能です」
『------』
「はい。むしろ、主眼とすべきはレギオンです。オペレーション・スカイフォールで鹵獲された新型のレギオンへの対処能力と言えます」
一通り叫んで落ち着きを取り戻したグレーテは冷静に言葉を返した。
そう、本来戦うべきは人間同士ではなく、レギオンなのだ。
オペレーション・スカイフォールにおいてかなりの数を、それこそ各戦線合わせて100万近い数を撃破したことにより、レギオンの動きは急速に鈍化した。
各戦線のFOB(前哨基地)は大きく前進し、奪還した地域はかなり拡大することに成功したのだ。これまで数年かけた戦いの戦果に匹敵するほどに。
63: 弥次郎 :2022/05/15(日) 18:03:42 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
だが、その中で判明したのは、これまで以上に進化をしたレギオンの個体の存在だった。
コクーン---電磁加速砲型(モルフォ)と名付けられたそれはもちろんそうだが、それ以外の個体も驚異的だったのだ。
光学兵器を搭載し対空・対地の両方に適合した対空レーザー砲兵型、戦車型から防御と火力を削った代わりに機動力を重視した軽戦車型。
あるいは強化対空自走砲型という対空火力を追求した個体までも出現していた。
それらが地球連合の兵器を想定していることは誰だってわかる。これまで以上に種類を増やした要因は地球連合の参戦なのだろうから。
同時に、それらは地球連合だけでなく星暦惑星各国の軍とも激突することになるのである。
「特に光学兵器であるレーザーは驚異的です。
今はまだ主力であるヴァナルガンドの装甲でも耐久はできる程度ですが、これが高出力化すれば耐久出来なくなります」
『-------』
「ええ。供与されたナースホルンF237型のように主砲として運用してくる可能性も否定できません。
幸いにして、連合からは対レーザー防御の技術供与の申し出がありました。普及させることができれば、被害は低減できるでしょう」
ですが、とグレーテはつづけた。
「軽戦車型---火力と機動力の両立を図ったこの新型に対しては、やはりヴァナルガンドでは被害が増大します」
これはカナブンとの間で行われた喧々諤々の議論の結果勝ち取ったことでもある。
つまり、重装甲高火力のヴァナルガンドはその鈍重さから動きに追従できず、側面や背面などをとられ、あるいは至近距離に潜り込まれ撃破されるという話だ。
実際、軽戦車型と交戦したヴァナルガンドはその素早さに翻弄され、有利なポジションをとられて一方的に攻撃を受けることが多かったのだ。
近接狩猟型のように近接格闘兵装を持っていないのが救いだったが今後装備してくる可能性は十分にありうる。
「その被害低減のため、ナースホルンF237型を参考に、機動戦闘と機動防御を主眼とするフェルドレスの開発。
これは必要なものと判断いたします、少将」
『-----』
「ええ。XM1はスペック実現のためにパイロットの保護機能や防御力が犠牲になっておりました。
ですが、その改善型を生み出すことは可能です。参考になるモノは多いですから」
つまりは、その次だ。
連合に頼りきりという情勢を打破し、自前での戦力開発を行うことによる国威発揚も兼ねるプラン。
その詳細案については、グレーテがほかの技術者や軍人たちと意見を交わすことで、おおむね概念をまとめ、形として成してある。
まだ設計図と概念図の間くらいではあるが、ここから開発を加速させれば、配備はできるだろう。
「ええ……レギンレイヴと呼んでいます。
連合軍が言うところの機動戦闘に、我々もパラダイムシフトをすべきかと思われます」
形式番号をXM2---ペットネームはレギンレイヴ。計画倒れに終わったXM1を基に、供与されたMTに近づこうとした装脚兵器。
その概念図が、グレーテの持っているタブレット端末には表示されていたのであった。
65: 弥次郎 :2022/05/15(日) 18:04:15 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
Part.3 たった二人のサバト-あるいはまったく姦しくない女二人の話-
- 星暦恒星系 星暦惑星 サンマグノリア共和国 86区 東部戦線 アマス級陸上艦艇「ケーロン」 通信室
立ち位置を制限し、秘匿回線で恒星間を結び、さらには世界を超えた通信がその部屋では行われていた。
既に一通りの話し合いは完了した。作戦の日程。それまでに準備するもの、準備されるもの、あるいは揃えておくべき情報などだ。
『では、人選は任せたぞブレンヒルト』
「簡単に言ってくれますね……」
『卿が適任なのは間違いない。必要な知識は与えてある。
それに、追加で必要となる道具も用意すると言っただろう?』
画面の向こう、ファンタジー世界と呼ばれる世界で活動をしている大魔女リーゼロッテ・ヴェルクマイスターはブレンヒルトに告げたのであった。
だが、ブレンヒルトが言いたいことはそういうことではないのだ。
「数歩間違えば国家間問題になるような作戦をそんな気軽に任せるといわれるのは……」
『ふん、この業界ではよくあることであろうよ』
「まあ、そうですけれど…」
実際、オカルトのかかわる案件で、尚且つ上位に位置するようなブレンヒルトやリーゼロッテ、ブリュンヒルド、あるいはその他の人材が動くのは大ごとだ。
下手をしなくとも街が一つ二つ消えたり、死者が数万人単位で出たり、あるいは表に波及するレベルの事案が発生するのは間違いない。
そんな世界で生きている段階で、今更国家間の問題になる『程度』の事案でしり込みする方が間違っているのだ。
正直なところ、今更な話でもある。
『ははーん……卿、現地のエイティシックス達に絆されでもしたか?』
「なっ……まさか、そんな……!?」
『よいよい。ハーゲン翁などから聞いた限りでは、卿は裏の世界で育ったのだ。
市政……とまでは行かぬが、無垢な子供らと戯れるなど、そうない経験であっただろうしな』
「くっ……」
世話を焼かれていたハーゲン翁の名を出されると、とたんに説得力を増す。
実際のところ、ブレンヒルトは普通の生まれではなく、普通の育ちをせず、年月を重ねている魔女だ。
だから、リーゼロッテの指摘は、ある意味図星だった。シンエイ・ノウゼンの案件以外でも、エイティシックス達と触れ合ったのだから。
何しろブレンヒルトは外見上は十代後半の少女でしかない。通信相手の上司の方が年上だがより幼い外見をしているように、裏では外見など指標にならない。
だが、そんな事情を知らないエイティシックス達は自分に積極的に絡んでくるのだ。
知らずに気が緩んでいてしまったのだろうかと、ブレンヒルトは自省した。
「絆されすぎないようにします」
『うむ、それでよい。ともあれ、繰り返しになるが危険な作戦であり、重要な作戦だ。
緊張感は保ってくれよ、部隊長?』
そうして、通信は切れた。
作戦決行日まであと10日あまり。やるべきことは多い。
しばし、黙考したのちに、ブレンヒルトは立ち上がった。
66: 弥次郎 :2022/05/15(日) 18:04:45 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
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最終更新:2023年08月23日 23:19