246: 弥次郎 :2022/05/26(木) 22:05:21 HOST:softbank126041244105.bbtec.net

憂鬱SRW アポカリプス 星暦恒星戦役編SS「Hyde&Exorcise」3


  • 星暦恒星系 星暦惑星 サンマグノリア共和国 グラン・ミュール内 第一区 共和国工廠特別技術開発局


 その部屋の扉が開かれた先は、控えめに言って地獄だった。
 無言のままに、ブレンヒルトは鎮魂の曲刃で一切を切断した。
 それは物理ではなく、霊的なモノ。狭い空間に閉じ込められ、嘆きを繰り返すだけになってしまった霊魂への慈悲の一撃。
束縛も何もかもを引き裂き、一切の苦痛を終わらせる斬撃だった。そしてそのまま魂は鎮魂の曲刃の内部の冥府へと誘われる。

『次に行くわよ』

 死者の嘆きを感じ取れてしまうブレンヒルトは、しかし、促しの言葉を作った。
 そこはまさしく嘆きと悲嘆と憎しみの坩堝。あらゆる人間がここで苦しみ、傷つき、足掻き、それでも死んでいった場所。
人ではない人型の豚として、良心の呵責も慰霊も何もないままに、ただ部品として消費されていった人々の墓所とも言えぬ場所。

『眠りなさい……今は安らかに』

 今できることはこれだけだ。
 ブレンヒルトたちは裏であるがゆえに、これを表立って糾弾できない。ここで見聞きしたことは公式の記録とはならない。
記録とすることができず、記憶するしかないのである。ここで死んだ名もなき被験者たちの無念を晴らせない。
彼らをなだめ、ここに縛られた状態から解放し、外に連れ出してやることしかできないのだ。

(……彼らの嘆きが……記憶が再生されて辛いわね)

 視界が揺らぎ、彼らの叫びが映像となって飛び込んでくる。
 成果を迅速に出すための、安全マージンを全く考慮しない実験の数々。
 苦痛、激痛、暴力さえもいとわずに振るわれる環境、人型の豚扱いされて汚い言葉を投げかけられる痛み。
 それ以外もある。白系種の下卑た笑い、侮蔑、あらゆる暴力を咎めるタガがない故のふるまい。それは、人の形をした別の生物とさえ言えた。
彼らの訴えは、自分たちでさえ鋭敏すぎるほどに感じ取ることができる。下手をすれば一般人でさえも理解できてしまうかもしれない。

『大丈夫?』
『平気です……くっ』
『憤りはわかるわ。けど、感傷に浸りすぎてはいけないわ』

 非情な命令だ。けれど、部隊長としてそれは命じなくてはならない。
 ここに自分たちがいた痕跡を残さず、侵入者がいたことを悟られることなく、霊魂たちだけを救い出していく。
つくづく、侵入する時間を誰もいない時間を狙って正解だったと思う。今白系種の誰かを見たら、怒りをぶつけてしまいそうになるくらいなのだし。

『しかし……ここまで異界化しているのに、よくも平気なモノね』
『卵が先か鶏が先かになりますが、こういう環境ができているからこそ、サンマグノリア共和国はこの有様なのでは?』
『どういうこと?』
『我々は言うに及ばず、ここまでひどいとなると、一般人でも精神に影響を受けるでしょう。
 思考傾向がこれまで確認されているほどに加速された白系史上主義に染まったのも、あるいは』
『ありえなくはないわね』

 ここまでラディカルな思想が出来上がったのは、戦時という非常事態や元のサンマグノリア共和国の国民性だけとは言い難いかもしれない。
このグラン・ミュールの内側で濃縮された霊的な何かが、人々から正気というものを奪っていた可能性は否定しきれないのだ。

247: 弥次郎 :2022/05/26(木) 22:06:06 HOST:softbank126041244105.bbtec.net

『思考面でも影響を与えるってのは、それこそ太古からあったことですしね』
『そうね……』
『あ、そういえば。このグラン・ミュール自体が一つの蠱毒の壺や器って東洋系の関係者が言っていました。
 耐性の低い人間は……影響を受けてしまったのかもしれませんな』
『自分たちの作り出したもので正気をさらに失っていく。なんとも負の循環ね』

 ともあれ、と、実験室の除霊を終えたブレンヒルトは鎮魂の曲刃を一振りして、部隊員を促す。

『次で最後のエリア……最下層よ。これまで以上に最悪と思っていきなさい』
『了解』

 次でやっと終わりという達成感もなく、同時に、どこまでも虚無だった。
 起こったことがなくなるわけではなく、おこったことの結果を看取り、祓うしかない。
 誰もが、憤りを隠せないのだ。



  • 共和国工廠特別技術開発局 最下層実験区画


 エレベーターが最下層に近づいた時点で、ブレンヒルトたちは動いていた。
 声が聞こえるのだ。ここで命を落とした人々の声が、この建物や敷地に染みついた魂の叫びが、反響して響き渡っている。
 だから、次に起こりうることは十分想定内に入っていたのもあり、エレベーター内部ではすでに用意がされていたのだ。

『……来た!』
『見境なし…!迎撃入ります!』

 エレベーターが空いた瞬間、それは押し寄せた。
 悪霊の域に足を踏み入れた、最早見境などをなくした暴力的な霊たちの群れだ。
 即座に防御役がシールドを展開し、それを受け止める。

『くっ……重たい……!』

 だが、大量に押し寄せるそれは、展開された防壁に突き刺さり、食い破ろうとする。
 まともな精神をしている人間ならば幻覚や精神的な汚染を受けること間違いないそれらは、容赦がない。
 それに加え、重たいのだ。ここで実験体として消費された彼らが閉じ込められてどれほどか。最下層の区画ということもあり、上から染み込んだ分もある。
つまり、ここは濃縮されて沈殿した最も恐ろしいものがたまっている領域ということだ。

『攻撃してきたならば、容赦しなくていいわ……』
『了解』

 前方に展開されたライオットシールド型防具の隙間から、ショットガン型呪術具がその砲口をのぞかせる。
装填されているのは、この手の霊を浄化し、無力化するための法儀礼を済ませた特殊弾---ショットシェルだ。
通常ならば撃針が撃ち込まれ、装薬が点火し、砲弾を打ち出すのだが、そこには魔力が用いられているのが大きな違いだ。
発砲音はなく、ただ魔力の消費と排熱を以て術式が発射されていき、シールドで受け止められていた霊たちを縛り上げる。

『----!』
『----!?!?!?!』

 そして、その発射は一発だけではない。
 エレベーター内で構えられた4丁のそれが連続して発砲され、押し寄せる波を処理していく。
 やがて、悪霊化していた魂の群れは無力化され、地面に転がる。そういう目を持たない人間には見えないであろう、魂の塊がごろごろと転がっているのだ。

『処理を』
『はい』

 そして、それらは即座にクリアリングがなされる。
 その後に、先頭を行くのはブレンヒルトだ。歩みながらも、彼女は術式触媒となるペンダントを手に取ると、虚空に文字を刻む。
 北欧系の文化圏の土着の魔術---ルーン文字に代表される、文字を刻むことによる魔術の行使。
その一種を発展させたそれにより、瞬時に広い地下実験室全体に鎮魂の曲刃の領域を広げる。
 即ち、冥府。鎮魂の曲刃の刃が作られた、この世ではない、彼の世の世界を展開するのである。

『---集いなさい、人としての死を許されなかった、迷える魂たち』

248: 弥次郎 :2022/05/26(木) 22:06:45 HOST:softbank126041244105.bbtec.net

 そもそも、鎮魂の曲刃というのは純然たる武器ではない。
 儀式用の装備品であり、あるいはそれ自体が死者が向かうべき冥府として作られた器であるのだ。
 その力を軽く応用することで、この階層にいる多くの魂を一度に取り込み、安寧をもたらしてやることができるのだ。
最も、一度に広げすぎると、生者も死者も見境なく取り込んでしまいかねないというのがこの鎮魂の曲刃の扱いにくさの原因であろうか。

『-----』

 その領域が暴走しないよう、言葉を紡ぎ、文字を刻み、コントロールを重ねながらブレンヒルトは自らの持つそれの力を操る。
彼らの嘆きを、怒りを、悲しみを、憤りを、諦観を、あらゆる負の感情を慰めて、あるべきところへと導いていくのだ。
 加えて、その際には自分がその感情に流されすぎないようにも注意を払う。感情に触れるということは、その影響を受けかねないのだ。
それに失敗すれば、自分の精神や魂までも同じところまで引き込まれたり、汚染を受けたりするのだ。
怪物と相対する以上、自らの保全というのはやってしかるべきものだった。

『-----ッ!』

 同時に、耳に、目に届くのだ。
 ここで一体何が起こっていたのか。
 悲鳴。怒声。面白半分に人をなぶる音。嘲笑。侮辱の言葉。
 苦痛を訴える声。それを聞かなかったことにして機械的に実験を続ける人の形をしたモノ。

 カンッ!

 それらに流されないうちに、ブレンヒルトは粗方の除霊を終えていた。鎮魂の曲刃の石突きで地面を打ち鳴らし、区切りとした。
 細々とした残りは存在しているが、残りは自分でなくても構わないだろう。

『あとはお願いするわ』
『了解』
『あと、HQに各部隊の進捗状況を確認させておいて。
 朝が来る前に一連の行動は終えたいところだしね』
『承りました』

 あとわずかな残りを除霊してしまえば、ここでの業務は終わり。
 さりとて、ここにいる部隊員の誰もが達成感や満足感などを抱いてはいなかった。
 これをやったところで、まだ一角をようやっと潰したに過ぎないのだ。このグラン・ミュールという広いエリアの、特にひどいところだけを狩っている。
それによって全体へも影響を及ぼすことはできるのだが、まだ重要な場所を一つ終えただけにすぎないのである。
その認識があるからこそ、誰もが無言のままに作業を続行していくのだ。あるのはやるせなさ、そして、憤りだけだ。

『部隊長、非常事態です』

 その時、ブレンヒルトの通信機に声が届いた。
 クリアリングを行っていた部隊員の一人からで、だいぶ奥にまで踏み込んでいることは把握している。

『何があったの?』
『生存者……いえ、これは……白系種の人員の一人がいました』
『……どういうこと?見られた?』
『いえ、発見時からすでに気絶していました。これは……どうやら、愉快なことではないようです』

 面倒事か、とブレンヒルトは内心ため息をつく。
 誰かが居残っていたとかならば、無力化して記憶の改ざんなどを行えばいいだけの話だ。
 だが、こうして報告をしてくるということは、尋常ではないことだったという証に他ならない。

『現場情報を共有して頂戴。HQにもね。その愉快ではない事情を確認しておくわ』
『はい。こちらの状況ですが……』

 ともあれ状況に対応しなくては。その意志と共に、ブレンヒルトは一歩を踏み出した。

249: 弥次郎 :2022/05/26(木) 22:07:55 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
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最終更新:2023年07月10日 20:18