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憂鬱SRW ファンタジールートSS「フラグメント:ヘクセンズ」3


  • F世界 ストライクウィッチーズ世界 主観1945年 3月23日 大西洋上 エネラン戦略要塞 執務室



 張りつめた空気が、最早戦場数歩手前のそれが、執務室内には満ちている。
 その執務室---エネラン戦略要塞に存在するティル・ナ・ローグの最高顧問たる人物のそこは、今はたった二人しかいない。
 片方は、言うまでもなく部屋の主であるリーゼロッテ・ヴェルクマイスター大佐。
 片方は、扶桑皇国から502JFWに出向しているはずの雁淵孝美中尉。

 両者がここで、エネラン戦略要塞のリーゼロッテの執務室でこうして顔を合わせるのは実に3度目になる。
 1度目はオーバーロード作戦後、疲弊と負傷から運び込まれた孝美が原隊復帰をする際の挨拶の時に。
 2度目は502JFWに赴任する際にネウロイとの交戦で負傷し、治療を受け、改めて502JFWに向かう前に。
 そして、この3度目が502JFWにようやく着任した日の、その翌日である今日であった。

「そう怯えずともよいぞ、雁淵中尉。私にサディスティックな趣味はない。
 年端もいかぬ小娘をいびって楽しむような、性根の腐った趣味もない」

 執務机の向こう側から、背中越しに投げかけられた言葉は、しかし、そこに含まれている棘を隠しようがなかった。
 言葉と裏腹に、着実に、確実に、孝美の体と心に突き刺さっていた。
 いや、それ以上に恐ろしいのは、その言葉に込められた怒りだった。

「さて、雁淵中尉。召喚された理由、分かっているか?」
「……っあ、あ、はっ、はいぃ……」
「聞こえないぞ、中尉」
「は、はい!」

 思わず姿勢を正し、その上で再度返事をする。
 だが、すぐにその意気も失われてしまう。相手の怒りが、それを一瞬で刈り取ってしまったのだ。

「事情は把握している」

 端的に、リーゼロッテは告げた。
 その言葉に、びくりと孝美は体を震わせた。

「私とて、教え子を送り出した後は何もしない、などということはしておらんでな。
 殊更に、統合戦闘航空団に送り込むような人材の動向についてはかなり気を使っている。
 それこそ、人をやって確認させるくらいはな」
「ですが、あれ、は……」
「黙れ」

 反射で口をついて出ようとした弁明は、しかし、リーゼロッテの短い言葉で止められた。
 うっ、と孝美は息を詰まらせる。まるで、物理的に口をふさがれたかのような、そんな圧迫感すら感じる。

「卿の為人からすれば、自分の代わりに妹が502JFWに配備され連絡を取れずに気をもんでいたのは想像だに難くない。
 姉は妹を思い、妹は姉を慕う。実に美しい。素晴らしき姉妹の愛情だ。卿の妹である雁淵ひかり軍曹の訓練の際にも卿の話はよく聞いたほどに」
「……」
「だが、だがな」

 そこでくるりと椅子を回し、こちらを向いたリーゼロッテの視線は厳しかった。

718: 弥次郎 :2022/05/30(月) 23:41:36 HOST:softbank126041244105.bbtec.net


「卿が妹に投げた言葉に悪意がないのはわかる。むしろ、愛情や善意からのものというのもな。
 だが……そうであるがゆえに、見過ごせんよ」
「っ……!お言葉ですが!あの子はウィッチとしての能力は高いとは言えません!
 後方支援ならばともかく、502JFWのような重要な任務を帯びる最前線への配備など、危険が伴い!能力が不足しています!」
「だが、私はそれを是とした。短いながらも彼女を教育し、その伸びしろや適性などを鑑みて私やティル・ナ・ローグの面々が客観的に判断した。
 その結果を、502JFWのグンドュラ・ラル少佐に伝え、彼女やその部下とも協議したうえで決定したことだ」

 孝美の必死の反論を、ぴしゃりと封じる。
 そう、別段ひかりの502JFWへの配属決定は間に合わせの、現場での即興の判断ではなかったのだ。
 重要な任務を帯び、最前線という立地の関係上、戦力は可能な限り多く、それでいて質が必要とされる。
数か月前に孝美が配属されることになったのも、現地での戦力不足やネウロイの攻勢に備えた準備の一環であった。
 思わぬトラブルによって補充要員の孝美の配属が遅れてしまったことは痛すぎる。その補填として、即座に派遣できる戦力を都合したのだ。

「あくまでも雁淵中尉の着任までの繋ぎという面もあった。
 だが、同時に私は彼女の成長性に期待した。彼女が戦いを経ることにより、能力を開花させることを。
 結果的に言えば、彼女は穴埋めや繋ぎ以上の存在となり、一端の戦力となったのだ」

 そう、それが502JFWへ派遣され、苦心しながらもひかりが叩き出した戦果であった。
 ウィッチとしての技量はまだ未熟であろうとも、人並み外れたスタミナと機転、さらには接触魔眼という武器。
それらを以てエース級のウィッチたちに食いついていけるということを身をもって証明したのだ。
 その根拠は、502JFWから上がってきた報告でも確認されていることであった。そして出力されたそれは、机の上に並べられている。
とても客観的な、他者の視点から見られたひかりへの評価。姉の孝美の言葉を否定する材料であった。
ある人にとっては喜ばしく、ある人にとっては残酷すぎる現実を証明する、報告書だ。

「なにより」

 それらを差し置いても、リーゼロッテは告げた、事実を。

「卿には警告していた。3度だ。3度にわたって注意をした。覚醒魔法の反動やリスクを踏まえ、運用するようにとな。
 オーバーロード作戦の時はやむを得ず、また私にも責任はあった。だが、それでも釘を刺した。
 年端もいかぬ小娘が自己満足で命を散らされて平気なほど、私は無感情ではないからな」
「……それは」
「注意をし、予防策を与え、治療を施し、その上で送り出した。
 そうであるにもかかわらず、慢心して不覚をとって危うく死にかけた」

 立ち上がったリーゼロッテは一瞬で孝美との距離を詰め、下から見上げながら問いかけた。

「そんな卿がどの面をぶら下げて成長を遂げた妹に忠言などできるというのだ?」

 反論は、出ない。出せない。そんなことは、本人が一番わかっているからだ。
 そして、リーゼロッテは端的に告げた。

「言いたいことは山ほどある。だが、長く言い続けても効果があるわけではない。
 私から言えることは一つ、我が身を顧みろ、ということだ。
 それでも直せぬならば……不適格と断じられるのは卿の方だと思うことだ」

 以上だ、と告げられ、複数の書面を---502JFWに当てられた書面を持って退室するように促される。
 孝美は、それにただ従うしかなかったのであった。

(私は……)

 ただ妹を心配しただけなのに。そう孝美は思う。
 しかし、主観的には尤もであっても、客観ではそうとは限らないということ。
 退室した孝美は、嗚咽をこらえるだけで手一杯になってしまったのだった。

719: 弥次郎 :2022/05/30(月) 23:42:24 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
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最終更新:2023年08月24日 22:36