823: ホワイトベアー :2022/05/22(日) 13:45:23 HOST:sp1-72-1-245.msc.spmode.ne.jp
Muv-Luv Alternative The Melancholy of Admirals 第15話
西暦1985年1月
欧州 ????
36機のEF-105G トーネードが跳躍ユニットではなく、自身の主脚歩行で移動していた。
国籍を示す右肩部には鉄十字が描かれ、左肩部には頭蓋骨を両足で掴んだ鴉と言う部隊章が描かれている。
それらはこの機械仕掛けの巨人たちが、西ドイツ陸軍でもトップクラスの精鋭である西ドイツ陸軍第51戦術機大隊《フッケバイン》に所属する機体である事を示していた。
「いつ見ても気持ち悪い光景ね・・・」
同大隊の衛士であるキルケ・シュタインホフ少尉は網膜投影によって視界一杯に映される外の光景に、つい口が緩んでしまう。
彼女の視界を埋める光景は見慣れた基地や雪に埋もれた欧州の大地ではない。何なら、地表のものではなかった。
では宇宙の映像か?。確かに軌道降下兵団に所属していれば、大気中は宇宙空間から見た地球を楽しむ事ができるだろう。しかし、それも違う。
空洞だ。しかし、ただの空洞ではない。電気など通っていないはずなのに青白く光を放ち、彼女たちが操る機体が歩いているのは戦術機が十分に戦闘行動を取れるほどの巨大な空洞だ。
その光景を言葉にするなら、異形と言うしかないだろう。
それ以上にこの前衛アートの限りを尽くしたような、人類以外の何者かが意思を込めて築き上げたような場所を理解することは彼女の精神では難しい。
彼女たちが歩いているのは場所、そこはハイブと呼ばれる異星人達が地中に築き上げた拠点の内であり、そのスタブと呼ばれる横坑の先にある広間であった。
目の前には大量の戦車級を中心としたBETA小型種がたむろしている。いや、していたと言った方が正確であろう。今は静かなこの場所であるが、本の数分前までは化物の蠢く音と砲音で埋め尽くされ、激しい戦闘が行われていた。
それを示すかのように先程までの戦闘の痕跡として、先ほどまでここでたむろしていた大量のBETA群の残骸が転がっている。その数、およそ2000以上、かつて戦車級と呼ばれたそれらは今では猟奇的なオブジェクトとしてそこにあるだけであった。
『フッケバイン01よりCP、第5層S5-10-11広間まで到達。同広間を制圧した。現在までの被害は0、されど推進剤が規定の2割に達した。後退し、補給したい』
『CP了解した。現在、後方にフランス陸軍第116戦術機甲大隊がそちらに向かい進軍している。S5-10-11広間に同大隊が到着次第、補給に迎え。再誕の補給場所は第4層S4-11-08広間だ』
大隊長であるヨアヒム・バルク少佐とCPとのやり取りが聞こえてくる。
ハイブ突入作戦の実施からすでに1時間ほどが経過している。先遣部隊として突入した欧州連合軍軌道降下兵団は第6層にまで達しており、それに続く形で突入した私達地上部隊先遣隊が第5層の残敵相当、さらに後ろの本隊では工兵隊と補給部隊により急ピッチでの有線・無線通信網の整備と補給基地の仮説が行われていた。
欧州連合軍では大隊の推進剤が2割をきった場合、後続の戦術機部隊と入れ代わり、補給を受けることになっている。本来は野戦においてBETAを迎撃するための戦略であるアクティブディフェンスドクトリンに基づき、部隊全体の衝撃力を失わせないための措置であるが、欧州連合はその考えをハイブ攻略にも転用していた。
戦術マップを確認するとフランス陸軍の戦術機甲部隊の到着まで10分程の時間がある。しかし、その間、も休憩できるわけではない。何せここはBETAの巨大な巣の中である隠された通路はないか、見逃しがないかを徹底的に調査しなければならない。
824: ホワイトベアー :2022/05/22(日) 13:45:55 HOST:sp1-72-1-245.msc.spmode.ne.jp
ハイブ戦とは従来の軍事行動とその性質を大きく違えている。最大の違いは、攻撃を仕掛けてはいる人類にではなく、防御側のBETAに主導権を握っているという事だ。何せ、人類はBETAの作った道に沿って侵攻を仕掛けなければならない。そして、西側諸国の対BETAドクトリンの中核をなす砲兵という女神の加護を受けれない。
地上での徹底的な誘導が功をなしたのか、それとも先遣隊の撃破のためにさらに奥に兵力を纏めているのか分からないが、彼女たちが接敵したBETAの数は当初の想定よりも遥かに少ない。
油断すれば即座に自分たちはBETAの昼食になり果てるだろう。
それは分かっている。とはいっても戦況は順調に進んでいる。このままいけば初めての成功例になるかもしれない。そうすれば大切な弟が戦場に行く可能性をさらに小さくできる。
そう思うと彼女の胸に僅かな緩みをもたらしてしまう。
希望というなの緩みを。
しかし、現実は、奴らは1人の少女が希望を抱くことすら許さない。
真っ先に“それ”を察知したのは、戦術機に搭載されている震動センサーであった。
『ショ、少佐!?これ・・・』
『振動音が近づいてくる!推定総数は・・・観測可能限界!?』
『馬鹿な!?確かに偽装横坑は存在しなかったはずだ!』
恐怖こそないが、部隊間通信が混乱に覆い尽くされる。確かに、奴らが通れそうなルートがないかはしっかりと調べた。
人間の目だけではない。戦術機に搭載されている最新の各種センサーを使用して調査した。見落としなどありハズがない。
『落ち着けお前ら!!新兵じゃあるまいし、この程度で騒ぐな!』
少佐の一括で一応、部隊は落ち着きを取り戻した。
しかし、震源はゆっくりとだが確実にこちらに近づいてくる。
『第3中隊は後退のために横坑を確保。全機迎撃体制に移れ!フッケバイン01よりCP、S5-10-11においてBETAの接近を確認。増援のフランス軍はまだか!?』
『』
返答はなくただただノイズが走るだけであった
『CP!?、クソ、全機後退だ! 推進剤の残量は気にせず、補給ポイントまで全力で後退しろ!! 急げ!』
『新しい振動音探知! 6層から真っすぐ上がって来ます! 予想出現位置・・・S5-10-10広間! 真後ろです! 退路を断たれます!』
新しい振動音も観測可能限界、フッケバインは万体のBETAにより挟み撃ちされる形になった。
『構わね!大隊陣形、アローヘッド・ワン! BETA共を喰い破って友軍と合流するぞ』
凶鳥達は生き残るために化物に食らいつく。
例え、その先に待っているのが絶対的な敗北であろうとも。
十数分後、彼女たちの視界には幾度目かわからなくなるほど見たゲームオーバーの文字が映されることになった。
825: ホワイトベアー :2022/05/22(日) 13:46:27 HOST:sp1-72-1-245.msc.spmode.ne.jp
1985年1月
大日本帝国首都 東京
「欧州連合とソ連が合同でミンスクハイブ攻略作戦を安保理で通そうとしているですか?」
夢幻会会合の席で、日本の財政を事実上管理する辻大蔵省事務次官が何を言っているのか理解できないといった素っ頓狂な顔で聞き返してくる。
その質問に対して近衛内閣の情報大臣を務める佐野義実は頷いている。
「ああ、そうだ。欧州連合とソ連の連中、どうも我々がBETA着陸ユニットの独占を測ったことに相当な危機感を抱いているらしい。第三計画の検証のためにとミンスクハイブへの攻略を行うと水面下で接触している。」
BETA着陸ユニットの独占とそれの日米のみでの二国間合同研究の実施は、今だに冷戦構造の維持と東側陣営の盟主という幻想に浸かるソ連と、日米の影響力からの離脱を目指して日米との対立を深める欧州連合としては座視できないことであり、日米に対抗してBETA技術を手に入れるためにハイブの攻略を検討するには十分な理由であった。
「国連内部の保守派が第三計画司令部と結託してミンスクハイブ攻略作戦を安保理で通すための根回しをしているとの情報も入っている。既に非常任理事国の半数ほどが丸め込まれたとのことだ」
「既にそこまで浸透しているのか・・・全く、我が国の外務省は何をやっているのんだ」
「無茶を言わないでください。遺憾でありますが、我が国は目下例の陰謀論のせいで外交的な信頼が低下しております。もしもに備えて第2案を持っておきたいと考える国家も少なくないんです。特に余裕のある後方諸国はその傾向が強い」
佐野からの報告に陸軍の将校は外務省からの主席者を睨みつけるも、その視線を外務省からの出席者は、厚い面の皮で跳ね返す。
現在の国連安保理の非常任理事国はその大半が南米やオセアニア、アフリカなどの後方諸国が担っている。その半数が欧州連合とソ連に賛同的であるという事実は日米の外交的な信頼の低下をありありと示していた。
「それに、釈迦に説法ですが現状でのミンスクハイブの攻略と言う意見は軍事的に見れば一見合理的な判断ですので、止めるのが難しいのですよ。
下手に反対すれば我々がBETAの技術を独占したいが為に反対していると見られかねない。」
その言葉に軍部の人間は黙ってしまう。何せそのとおりであるからだ。
現在のミンスクハイブはフェイズ2ハイブであり、しかも、セイバージャンクションによりその個体数を減少させている。
もともとBETAの個体数が少ない若いハイブであり、さらにその個体数を減少させていると言う事実は軍事的な合理性を持たせるには十分な材料足りうる。
「それだけですか? 確かに合理的ですが、我が国と米国を敵に回す可能性を天秤にかけるには些か不釣り合いな気が否めないのですが。
何より第三計画の姉妹達は、ソ連が我々に横流ししたせいで最新の第5世代はいないはずでは?」
「西欧の連中はアフリカや南米諸国に経済協力開発機構を通した産業基盤の移設を持ちかけられたようだ。
さらにソ連はハイブ攻略に成功した場合には第3計画の成果と合わせてBETA技術の公開も確約したとの情報もある。我々への不信感も合わさり、さらに対価としてこれらを提示されたのだから、相当数の国は心が動かされたとしてもおかしくはないだろう」
日本は無茶苦茶をやるが表向きは国際秩序の遵守と維持を謳う西側諸国の盟主であり、
アメリカも西側諸国のナンバー2だ。
合理的な理由と国際秩序の観点に沿った行動であれば、例え日米の利益に反する行動を取ったとしても表向きに手を出すのは難しい。
裏で手を出される可能性は、BETA着陸ユニットの一見から賛同しても賛同しなくても一緒と考える国家も多い。
そこにかつての超大国と現在、日米に追いつかないまでも経済的には十分大国な国々から経済的な利益と秘匿技術の公開を約束されたのだ。心揺れる国は少なくなかった。
826: ホワイトベアー :2022/05/22(日) 13:46:57 HOST:sp1-72-1-245.msc.spmode.ne.jp
「第三計画の実証実験と言うのはソ連の建前、彼らとしては成功しても失敗してもどちらでもいいのでしょう。
何せ、今回のミンスクハイブ攻略作戦が実施された場合は欧州連合軍がその主力を担います。成功したら第3計画を名目にBETA研究の主導権を西欧諸国から奪い、失敗したら西側諸国の力と外交的な勢いにケチをつけられる。どちらにしてもソ連には得しかない」
ソ連軍主力はソ連の政府機関とともにウラル以東に避難している。そして、ウラル防衛線の主戦力として戦闘を行っている以上、今作線に戦力を参加させるのは困難だ。欧州のソ連軍は党中央からしたら既に死亡が確定した兵士たちであり、彼らが戦死したとしても問題がない上に小規模だ。
東欧のWTO諸国は現在戦力を再編中でハイブ攻略の為に大規模な戦力を抽出するのは難しい。何より防衛線の維持の為に一定の戦力を残して置く必要があり、これも主力足りえない。
となると主力となるのは必然的に西側諸国の一角である欧州連合軍となる。
成功しても失敗してもソ連は利益を得るのだ。
「ミンスクハイブ攻略作戦が可決した場合、ポーランドの陥落を見据えなければならないな。東ドイツの軍備再編はどうなっている」
「ようやく完了したという話がアクスマンから届いています。詳細は今から配る書類に記載していますが。近代化改修が施されたオーデル・ナイセ要塞陣地に完全充足の36個師団を主力とした国家人民軍が護りに付く予定です。
これに在東ドイツ国連軍と在東ドイツ米軍が支援に入りますので、BETAの津波を正面から叩き潰すこともそれほど難しくはないかと。」
「最悪の場合でも欧州が一気に陥落することは避けられるわけだな」
「それは間違いなく。それこそTEのラスボスが出てこない限り問題なく撃退できます。」
東ドイツでは日米の支援による軍備の再編成がようやく終了。オーデル・ナイセ要塞陣地群の防衛には4個軍、24個師団と12個砲兵旅団を主力とした国家人民軍東部方面軍集団が配置され、さらに総予備として2個軍、12個師団と6個砲兵旅団を主力とした国家人民軍西部方面軍集団が後詰を担っている。
1個師団内には最低でも1個戦術機甲連隊、最大で3個戦術機甲連隊が付属されており、それら全てが最低でも第2世代戦術機と言う実に贅沢な装備状況であった。西ドイツ軍の主力が1.5世代機のトーネードであることから、以下に日米の対東ドイツ軍援助が莫大化がわかる。
さらに、東ドイツには日本軍1個戦術機甲師団、米州相互援助条約機構軍2個戦術機甲師団、欧州連合軍2個戦術機甲師団を主力とする在東ドイツ国連軍と、米陸軍第7軍を主力とする在東ドイツ米軍が東ドイツに駐留しており、最悪の場合でも東ドイツでBETAの津波を抑える手筈が整っている。
余談であるが、最前線のポーランドは戦術機や戦車などの一部を除いた武器弾薬などの兵站を西側に依存する事を前提とした、形振り構わない動員で師団数こそ120個と莫大な数があるが戦術機甲部隊は5個戦術機甲連隊程度しかない。つまり、大半が歩兵師団である。
東ドイツがどれだけの重装備を抱えているか理解してもらえただろう。
「東ドイツの防備は万全ということはわかりました。まあ、あれだけ援助をしてやっているのですから、これぐらいはできて貰わなければ困りますが。それで、可決された場合はどう動きましょうか」
「その場合は欧州連合軍に対しての有償での兵站支援と宇宙軍による軌道爆撃でお茶を濁すしかありません。欧州への地上兵力の再派兵は国内世論が許さない。
欧州への強硬姿勢の明示で内閣支持率と政党支持率は回復しつつありますが、欧州への再派兵を発表したら一気に転落するのが目に見えています」
辻の問いかけに対する与党幹事長の回答は実に欧州諸国にとっては無慈悲なものであった。
もっとも、彼らとしては自分たちの意見を押しのけた場合の想定であるので、何でそこまで面倒を見なければ行けないのかと言う話になるのだが。
827: ホワイトベアー :2022/05/22(日) 13:47:30 HOST:sp1-72-1-245.msc.spmode.ne.jp
「しかし、外交的には些か不味のでは? 西欧の世論はこの際どうでもいいですが、アフリカや南米、オセアニアの後方諸国からの不信感を増大させるのは戦後戦略的にもあまりよろしくないと言うのが外務省としての見解です」
外交を預かる外務省としては対日不信感が渦巻く現在の国際情勢のなかで、一応は同じ陣営に属する国家を完全に見捨て、さらに国連の決定を完全に無視すると言う行動を取ると言う行動は自殺行為と考えていた。
ただでさえ、対日対米不信から地域ブロックでの繋がりを強め、地域ごとに国家連合を作るなどして日米の影響力下から徐々に徐々にだが距離を見直そうとしている後方諸国が多い。
そこに、これ以上の露骨な国益のみを追求した行動を見せようものなら、距離間の見直しが本格化しかねない。
「とはいっても、地上兵力の派兵は困難です。先も言った通り世論と国会が許さないですぞ。」
「だが、外務省の意見も最もな意見ではある。それに、G元素のことも考えると万が一がおきる可能性も考えなければならない。もしもミンスクを攻略された場合に、他国がG元素を確保する前に我々が確保するためにも派兵は必要では?」
「それはそうだが・・・」
外務省の意見に国家安全保障次官が賛同の意を示す。
G元素を日本の統制下にない組織が確保し、研究することは日本の国家安全保障と世界戦略的を預かるものとしても絶対に許容できない。
原作を識っている身としては欧州連合軍によるハイブ陥落などほぼ不可能だとはわかっている。
何せ、ミンスク周辺までの兵站を整えるインフラはBETAと人類の争いで徹底的に破壊されつくされている。
大量の物資を浪費する日米側の基本ドクトリンである火力優勢ドクトリンも、西欧諸国の基本ドクトリンである機動防御ドクトリンもその運用が難しい。
いくらフェイズ2ハイブであったとしても、兵站に問題を抱えている状態で攻略できるほどハイブ攻略戦は甘くはない。
しかし、前世において自身らが変えた歴史に振り回され、最終的には神話の真似事を余儀なくされた彼らとしては、僅かな可能性であっても無視することはできない。
国内世論を押し切って派兵するか、それとも失敗する事を期待して兵站支援と軌道爆撃でお茶を濁すか、意見は見事にわかれ、結局最後まで結論はでなかった。
「しかし、ソ連には困りましたね。少しでも余裕ができたらすぐに悪巧みをするとは、油断も隙も見せることができません。これだから彼らを信用することができない」
肩をすくめて辻が呆れ果てた表情をとる。それもそうだろう。日本が援助を増やして余裕が出た瞬間にソ連がとった行動のせいでここまで日本を困らせたのだ。
彼だけではなく、この場にいる全員が大なり小なり呆れを抱いている。
既に夜が明ける。可決を許した場合の行動は次回の会合に持ち越すしかない。
「ともかく、我々が最優先で行うべきは安保理内での残り半数の取り込みとイギリスをこちら側に引きずり込むことですな」
参加者全員を見回して確認するように行われた近衛の問いに、この場にいた全員が頷く。
確かに安保理の非常任理事国で半数を取り込まれたのは痛いが、残り半数を取り込んだ上でイギリスを日米側に引き入れた場合、日米ソ英仏の安保理常任理事国の過半数を反対派が占めることになる。
そうなれば国際的には多数派の意見として、拒否権発動をせずとも合法的に仏ソの案を廃案に持っていけのだから。
一応の目的を定め、会合は締め括られた。
828: ホワイトベアー :2022/05/22(日) 13:48:03 HOST:sp1-72-1-245.msc.spmode.ne.jp
以上になります。
wikiへの転載はOKです
最終更新:2022年06月03日 23:34