789: 弥次郎 :2022/06/10(金) 23:04:04 HOST:softbank060146109143.bbtec.net

憂鬱SRW アポカリプス 星暦恒星戦役編SS「鶸たちの囀り」6


  • 星暦恒星系星暦惑星 ノイリャナルセ聖教国 聖都 ノイ=セレ聖殿 ラウンジ


 ノイリャナルセ聖教国には、将棋と似たルールのボードゲームが存在する。
 どこが似ているか、と言えば、その駒の扱いにあるのだ。
 即ち、殺生や流血を忌避するノイリャ聖教の教えに従い、確保した駒はとったプレイヤーの駒となるのである。
 無論、それは民間に普及しているものの場合の話であり、神戟がたしなむものはチェス同様容赦なく排除され、再利用は不可能だ。
 そしてそのボードゲームを挟んで相対するのは、地球連合軍のドナルド・ベクター少将と神戟のヒェメルナーデ・レェゼ聖二将。
ルールは聞いたばかりとは言えこの手のゲームに対する造詣が深いドナルドと、ルールを知っていても場数の少ないヒェルナ、盤面は拮抗していた。

 聖教府の号令の元、開催される会議に出席するためにここノイ=セレ聖殿という場に来たヒェルナだが、何の因果かドナルドに捕まった。
そしてそのままボードゲームの相手をしてほしいと頼まれることとなり、こうして勝負をしている。
このラウンジで、このタイミングでということは、何らかの意味があることをヒェルナは理解していた。
恐らく、ドナルドが会議を前にして何か伝えたいことや確認したいことがあるのであろうと。

「……手ごわい」
「ベクター少将こそ」

 実力的にはぎりぎり拮抗。天秤としては微妙にドナルドの方に傾いている、というべきか。
 しかし、両者は何も盤面だけに集中しているわけではない。その盤面をにらみながらの会話に、重きが置かれていた。

「今回の聖議……各軍団の長や神戟までもが集められたと聞きます」
「そうでしょうな」
「……ベクター少将、貴方はそれを何かご存じなのでは?」

 その言葉とともに、ヒェルナの動かした騎馬兵の駒が、ドナルドの敷いた陣地に踏み込む。
 聖議。それは、ノイリャナルセ聖教国におけるトップランクに重要な話し合いの場だ。
地の姫神の名の元に、虚偽や偽りを許すことのない場で、重要な事項を話し合うという最高会議。
その権威と決定力に関しては聖教国の制度上最大のものとなる。これを覆すには同じ聖議でしか認められないほどに。
それ故に慎重さが求められ、またやすやすと意志決定をするわけでもないのが事実だ。

「……知らない、と言えばウソとなりますな。ですが、知らないことになっております」

 ドナルドはそう答えつつ、戦車兵の駒を動かす。騎馬兵の動きを封じるように、重くその戦車兵は配置を変える。
 ドナルドの敷いた防衛陣は堅牢だ。のっそりと、しかし確実に侵攻しながら盤面を制圧していく。
ヒェルナも果敢に攻撃を仕掛けてはいるのだが、つたないながらも他のボードゲームで鍛えたドナルドの手管にはまだ敵わない。

「聖議とはそういうものではあります。しかし、ここまで秘匿されるのは異例というものです」
「故に、私に?」

 それでも、突破口はどこかにあるモノだ。何しろ、ドナルドはこのボードゲームの素人なのだから。
 だから、ヒェルナはあきらめずに攻勢に出ているのである。
 それを受け、一つドナルドは息を吐き出した。

790: 弥次郎 :2022/06/10(金) 23:05:00 HOST:softbank060146109143.bbtec.net

 これは別に隠せと言われていることではないことだ。ただ、余計な混乱や根回しなどを避けるための措置でもあった。
 直前となった今ならば問題はないのだが、言うことには少しばかりためらいがある。
第二機甲軍団を率いるトトゥカは受け入れてはくれた。それでも反発する心がなかったわけではないとも言われたのだ。
 まして、これを事実として訳ありだった彼女に、ヒェルナに聞かせることは忌避感が付きまとったのだ。
 だが、遅かれ早かれである。

「レェゼ聖二将は駒とプレイヤーの視点のどちらを知っておりますかな?」
「?」

 ドナルドの動かした槍兵が、迂闊に飛び出たヒェルナの側の剣士を刈り取る。
 戦場ならば、血が流れ、命が奪われたであろう現象。それが、ボード上に縮図となって表現されている。

「人ではなく、神々の武器。民の手を血で汚さぬために使わされた神戟。
 ですが、それはこの駒のようにただ動くだけではない、感情も意思もある、確固たる存在であることは確かです」

 ドナルドは、刈り取った兵士の駒を視線の高さに持ち上げる。

「ゲームのルール、貴方方のノイリャ聖教においては地の姫神の定めた通りに神戟は盤面に布陣。
 戦えない人々の代わりに、聖教府(プレイヤー)の意志に従う形で、駒(神戟)が動き、戦う。
 しかし---」

 レギオンはそうではない、ドナルドは断言する。
 そして、自分がとったヒェルナの駒だったものを、次々と盤面上に置いていく。

「あ、あの、ちょっと……」
「このように、着実にレギオンの数は増え、補充され、新しい駒を生み出して追い詰めてくるのです」

 気が付けば、盤面上はドナルド側の駒で埋め尽くされてしまった。
 反撃をするにしても、ヒェルナ側の駒の数は少なく、そして動ける余地も小さいままだ。

「尚且つ、ルールは先手必勝。駒を一つずつしか動かしてはならないなどというルールは存在しません」

 次々とドナルド側の駒が動かされ、ヒェルナの駒は追いやられていく。
 そして、最後には。

「残るのは、何もありません」

 残ったのは、チェスで言うところのキング。その駒のみが、包囲のど真ん中にポツンと一人いるのみだった。

「これは……」
「プレイヤーとしては不満があるでしょう。
 そして、もし駒たちに感情があるとすれば、同じくたまったものではない。
 同時にこうも思うでしょう。なぜ自分たちを動かしたプレイヤーはこうなのだと」

 それは、例え話だ。このノイリャ聖教というものが柱となっているノイリャナルセ聖教国の現状を端的に表した。

792: 弥次郎 :2022/06/10(金) 23:05:48 HOST:softbank060146109143.bbtec.net

「ご存じのはずです、レェゼ聖二将。神戟の数はすり減っており、このままでは戦う力を失うと。
 神戟---いえ、ノイリャ聖教というシステムそのものが、その問題を生み出してしまっているのだと」
「……」

 突如として始まるその言葉に、一瞬ヒェルナは身を固くした。
 その間に、ドナルドは手持ちの端末を操作し、地球連合が集めたデータを見せてやる。

「我々とて、目や耳がないわけではない。協同している相手のことを調べることくらいはやります。
 貴国がそうであるように、我々もまた同様に」
「そう、でしょうね」
「まだ実態としては余裕がある、けれど、遠からず破綻する。
 神戟の残りの数は減り続け、やがては次世代を担う子供までもが投じられるかもしれない。それは本望やもしれません。
 しかし、神戟がいなくなった後でもこの国は残り続ける」

 そう、それは事実。神戟=国ではない。国における軍事を担う組織であり一族が神戟であるだけだ。
 仮に神戟が滅んだとしても、文字通り最後の一人が死んだとしても、国家としてはまだ残り続けるだろう。

「それでもなお、レギオンはそこにあり続ける。
 その時、身を守れなくなった教徒に、生きるために選択をしろと言うのは果たして間違いでありましょうか?」

 そもそも、ノイリャ聖教における教徒と言えども、教義に従う敬虔な信徒であろうとも、生存本能までは捨ててはいない。
それに関しては聖者たちの集まりである聖教府もまた然りであり、
 神戟はそういうものであるという覚悟があり、それを何代にもわたって引き継いできて、今もなお戦う血族や家門。
戦いと共にあり、人々を流血や殺人から守ることを誇りとし、矜持の一つと捉え、長年に研鑽を積み重ね、戦場では危険に立ち向かう。
それはそういう役目だからという覚悟と精神的主柱のあってのこと。神戟の滅びは国の滅びにあらずである。

「それは……教義に反するものですわ」
「ほう」
「それを失えば、もはやそれはノイリャ聖教を屋台骨とするノイリャナルセ聖教国はあり得ない。
 国としての在り方を貫くならば、いっそ滅びるのも地の姫神の導きでありましょう」
「なるほど」

 迷いのない言葉に、ドナルドは頷いた。まさしくノイリャ聖教に殉じる信徒の在り方であり、神戟の在り方そのものだ。
 しかし、ドナルドは知っているのだ。彼女の言葉と意志とは逆に、聖教府や聖者たちは教義の解釈を変えようとしているのだと。
 同時に、これが彼女にとっての特大の地雷、それも核地雷というか次元作用地雷というレベルで危うい案件であることも知っている。
 だが、容赦なくドナルドはそこに突っ込んだ。

「ですが、聖教府や聖者たちはそうは思っていないようですよ」
「……」

 沈黙は、すなわち、彼女も少なからず知っていたということだ。
 何もお飾りではない。彼女の率いる軍団は強い連帯を以て彼女に従っている。それに彼女独自の情報網もあるだろう。

「解釈を変更することによる徴兵の実施。
 神戟だけでは補いきれない兵力を、地球連合から供与される無人機で補う。そういう計画が提案されています」

 ドナルドが言い終わらぬうちに、ダン、と力強く彼女の全力を以て、テーブルが叩かれた。
 そして、彼女の感情が決壊した。

「聖教府がそれをあなた方から私に伝えろと?
 教義を反故とし、我々に死と戦いを押し付けておいて、この期に及んで!」

 ヒェルナの叫びは、まさしく血を吐くようなものだった。
 怒り、悲しみ、憎しみ、あるいは---もっと別な感情か。
 卓上に置かれたボードゲームは、すでに衝撃で床に吹っ飛ばされていた。駒もバラバラに飛び散っている。
それは、今の現実であった。象徴的過ぎる、今の両者のぶつかり合いの結果だった。

793: 弥次郎 :2022/06/10(金) 23:06:22 HOST:softbank060146109143.bbtec.net

「家族や同胞のみならず、戦うことさえ奪うと、そういうことですか!
 都合の良い相手がいるからと、これまでの行いも忘れ、我々の献身を忘れて!」
「これは聖教府や聖者たちの提案ですよ、レェゼ聖二将。
 神戟もまたこれに対し意見を述べ、反対することも許可されております」
「ですが……!」

 あふれる感情は止まらない。
 無感情にいるドナルドに対し、ヒェルナの言葉はとどまらない。

「……この私に、戦地に赴いた家族が死ぬ様を見せつけられ、旗頭として仕立て上げられた私に、これ以上の道化となれと!?」
「……」

 それは、事実だった。
 ヒェルナの両親などは彼女よりも早くにレギオンとの戦いに従軍した。
 そも、彼女が10歳と少しという年齢で他の軍隊で言うところの中将となり、軍団を率いているのは、レェゼの一族に彼女以外の適格者がいないことを意味する。
多くの神戟が神戟としてレギオンとの戦いの中で戦死してしまったのだ。だからこそ、彼女が幼いながらも重要なポストを務めている。
 その様は、いっそ清々しいほどにできすぎであり、プロパガンダ的であり、戦いの象徴となるものであった。
そんなものが仕込まれたことであることを知らないほどヒェルナは愚かではない。今でも鮮明に覚えているのだ。
自らが家族の死を、戦いの中で散っていく様を、役目に殉じて死んでいくのを見て涙するのを、歓喜していた人間がいたのだから。
 そんな彼女が、今度は神戟以外の兵力を預けられ、さらには無人機によって補って戦えと命じられて、平常でいられるはずもない。
彼女に残っていたのは神戟として戦うことだけだったのだ。生まれの段階で決められ、そして恣意的に奪われ、ただ一つ残った物。
それがなくなるというならば、教義を歪めようとする聖人や聖教府への怒りが噴火する。
それ以上にこれまで彼女が堪えていたものが噴き出すことに他ならないのだ。

「所詮は……失ったことのない国の戯言でしょう!」
「甘ったれるな、小娘!」

 だが、それ以上は言葉とならなかった。今度はドナルドの叫びが、全てをかき消したのだ。
 言わせるだけ言わせていた。されども、いつまでも言わせっぱなしではない。

「失ったことのない人間が連合にはいないとでも?
 無傷のままにいられたのが地球連合だとでも?
 その逆だ、多くを失い、多くを失わせ、多くを蹴散らしているのが我々だ。舐め腐るなよ」
「な、なにを……」

 ヒェルナは余りにも知らなかった。
 地球連合がこれまでどのような歴史をたどり、どのような戦いを経て、今現在に至りついたのか。
 最も、まだ幼い彼女にとっては想像さえもできないことであろう。所詮は彼女の世界はこのノイリャナルセ聖教国の内側でしかないのだから。
 だからこそ、ドナルドはその外側にある者として、外の世界の現実をぶつけてやることしかできない。

「家族が死んだ?血族が、家門が死んだ?その程度で不幸面をぶら下げるとは大したタマだ。殊更に地球連合の前でな」
「なに、を……」
「テロ組織のせいで多くどころではない人間が路頭に迷い、家族・親族・資産・土地、あらゆるものを失ったこともある。
 そんなふざけた連中をぶちのめすために大地を焼き、大陸ひとつの過半が人の住む土地でなくなったこともある。
 外宇宙から来たふざけた侵略者共に地球の外の揺り籠を壊されて、報復でぶちのめしたこともある。
 惑星内に侵攻を受けたこともある。無防備な後方に侵入され老若男女問わず殺戮され、多くの財産や資産を失ったこともある」

 それは未だに記憶に新しく、その戦禍の後も生々しく残り続けている記録であり、事実であった。
 地球は、C.E.を年号として、地球連合という国家連合のある母星は、幾度とない戦いに苛まれてきたのだ。
それも単一の勢力相手ではなく、とてつもない数を誇り、さらには多種多様な相手を向こうに回しての生存闘争だった。
 一歩間違えば、国が一つ二つ消えるどころではない。大陸も、ひいては惑星も、恒星系も、宇宙さえも消えたかもしれない戦いがあったのだ。

794: 弥次郎 :2022/06/10(金) 23:07:18 HOST:softbank060146109143.bbtec.net


「もっとあるぞ?
 違う時空の世界とつながって、そこと長い付き合いになって、侵略者共と戦い続けた。
 よその世界から来た貴族気取りの連中が宇宙から押し寄せてきて撃退したこともある。
 融合することがコミュニケーションな異星人とディスコミュニケーションをして危うく滅びるところだったこともある。
 さらに馬鹿な連中がまた集まってクーデターを一斉に起こしたこともあって、これも鎮圧する羽目になった。
 恒星系内に出現した巨大惑星内でのドンパチに介入する羽目になったこともある。
 そこでは異星人の工事機械に侵略されて滅亡の危機にあり、そのくせ国々はそこから得られた元素ではしゃいでまわって、危うく次元崩壊さえ起こしかけた。
 宇宙から降ってきた隕石に含まれていた生命体をリバースエンジニアリングで復活させ他のものとカクテルしてB.O.W.を作った馬鹿共もいた。
 とっくに枯れ果てた覇権主義を掲げて全方位の国家に戦争を吹っかけてきた国を囲んで棒で叩いてわからせたこともある。
 どこの誰が生み出したのかもわからない敵対的な行動をとる艦艇群とそのAI達と殴り合いで和解したこともある。
 その際にはこれまた惑星を容易くひとつ滅ぼせる怪物が生まれて暴れまわる羽目になった。その時の戦場は未だに次元が安定していない。
 違う次元との門が開いて、その先でこれまた文明を滅ぼし得る怪物と戦ったこともある。
 他の戦線に主力が向いていたので、現地にいた有り合わせの戦力が結集してようやく倒しきった。
 そして、今もなおいくつもの侵略者と地球連合は戦い続けている。終わりは見えず、それでも生き残るために戦うしかない」

 ドナルドは言う。戦うとは生きることだ。生きるためには戦わなくてはならない。
 殊更に、生存や存続を脅かす存在が次々に襲い来るこの世界において、力がないからと、悲劇があったからと足を止めるのは愚かなことだ。

「不幸を自慢するな、その程度で。
 たかがレギオン相手に、泣きわめくな。立って戦え。使えるものは何でも使え。
 貴様程度の小さな不幸から生じた自殺願望に、この国の、まだ生きようとする、まだ戦おうとする人間たちを全て道連れにするつもりか!?」
「……ッ!それを選ばねば!我々は我々ではなくなる!あり方を、失うのです!」
「ハッ!狭量だな。貴様が許せない世界(国)など滅んでしまえと!それならさっさと自分の始末をつけることだな。
 小さい、小さいぞ。まだ小さい身で、何を吠える」

 余裕で言い返すドナルドに、しかし、余力をどんどん失うのがヒェルナだった。
 彼女の知らぬこと---地球連合のこれまでの戦いと、その中で起こった悲劇や犠牲---を突き付けられたのだ。

「それに、身内の不幸自慢を言い出せば、私など子や孫を半数は失ったぞ」
「え……?」
「大家族が自慢だったが、10人はいた子供は今や4人だ。戦いの中で最初の3人は全員が死んだ。
 その子供たちの孫も、あとから作った子供も、その孫たちも、多かれ少なかれ失っている」
「そ、れは…」
「それでも生きている」

795: 弥次郎 :2022/06/10(金) 23:08:19 HOST:softbank060146109143.bbtec.net

 それらは事実だ。老化抑制措置を行うことで、70を超えてもなお、ドナルドは現役だ。
大家族であり、子や孫、玄孫までいるのは伊達ではない。それの多くを失ったからこそ、彼は戦うことを選び続けているのだ。
 かぶせるように、ドナルドはとどめを刺す。

「生きた人間がやるべきはなんだ?悲観して、諦観して、やけっぱちになって死者を増やすことか?
 先に逝った人々が守ったものを、もう価値はないからと焼き捨てることか?」
「……あ、う……」
「……レェゼ聖二将。貴官にも譲れないところはあるだろう。
 なれば、言葉を尽くすべきだ。我々は言葉を持ち、耳を持ち、口がある。
 我々からすれば、誰も彼も急ぎすぎだ。立ち止まることくらい、出来る余裕はあるだろう」
「……私が」
「?」
「私が、過去を贖わせることも?」

 その問いに、ドナルドはわからんと返した。

「それはノイリャナルセ聖教国が判断することだ。
 地球連合はあくまでも外側の組織でしかなく、貴国の政治的判断や宗教にまで足を突っ込むことはできない。
 というか、やりたくはない。あくまでも提案や提示という形でしか関われない」
「……そんな」
「なればこそ、時間をかけることだ」
「時間を……」

 そうだ、とドナルドはヒェルナという名前の少女に道を示した。

「今の制度のままではできないことかもしれない。余裕もない。
 けれど、レギオンとの戦いの中で生じたことをいつか清算することになる。
 どのような形であれ、その時に、全てを開示できるかもしれない」
「かもしれない、ですか」
「確証はない」

 けれども、一つだけ言えることはある。

「今のまま立ち止まったままで出来ることに限りがあるということだ。
 もう、レギオンに包囲され、閉じた世界というわけではない。なればこそ、今から動き出せば、可能性はある。
 その時には恐らく復讐ではなく----」

 そこで、ドナルドは言葉を切った。
 そこから先は?と視線でヒェルナが問いかけてくるが、言わなかった。

「その時にはわかる。戦いが終わった時に…」
「戦いの先に、何があるのですか?」
「待て、しかして希望せよ。我々の世界でも有名な復讐者の言葉だ。
 いずれ、わかる。この戦いが終わり、この国家がその自らの在り方を変える時が訪れる」
「……そう、ですか」

 ならば、とヒェルナはつぶやいた。

「それを見届けねば、なりませんね」

 零れ落ちる涙と、しかし、それとは逆の喜びや希望を込めて。
 夜明けは、決して遠くはないと、そう思えるだけの証のようだった。

796: 弥次郎 :2022/06/10(金) 23:09:16 HOST:softbank060146109143.bbtec.net

以上、wiki転載はご自由に。
強引にですが、ノイリャナルセ聖教国編の決着と相成ります。

次回より、コーネリア殿下のお話です。
殺伐とした話はちょっとお休みしたい…

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最終更新:2022年06月15日 15:09