783: 奥羽人 :2022/07/02(土) 17:11:38 HOST:sp1-79-88-190.msb.spmode.ne.jp
20XX年、英領香港
香港、それは魔都。
中国、南明、そして日本の狭間に位置しつつも古くから英国の支配下にあり、南明と中国が共に領有権を主張し、未だ帰属問題が棚上げとなっている混沌の都市。
不夜城と化した鉄筋コンクリートとガラスの摩天楼の足元には、身なりの良い東洋人や西洋人が蠢き、煌々と灯るネオンサインに照らされた薄汚れた路地には、露天のパラソルに埋もれて中間層や貧民が犇めき合う。
同気相求む。
魔都の持つ“混沌の薫り”は、アンダーグラウンドを生業とする者達を惹き寄せ、そして彼等は、東アジア中から此処へと集まった富と人に群がっていた。
とあるビルの一室にある、夜景のよく見えるガラス張りの応接室で一人の男がデスクの上にケースを置く。ケースの中には、ビニールで包装された白い粉が一包み。
「これが例のブツだ、確認してくれ」
男は三十代前半くらい。
アジア人にしてはやや背が高く、黒髪だが目の色はブルーだった。
スーツに身を包んだ身体は程よく鍛えられていて、一見すると何処かのサラリーマンといった風情なのだが……その顔付きからは堅気ではない雰囲気も漂っている。
「ああ、間違いないな」
彼の対面に座っていた男がそれを受け取り、慎重に中身を確認してからニヤリと笑う。
こちらもアジア系の男だ。
短く刈り込んだ金髪と鋭い眼光のせいで若く見えるが、実際は五十代の後半だろう。
「ジャララバード産、混ぜ物は一切無い」
「ふむ……」
二人の男達は、お互いに相手の腹を探るような視線を交わした後、金髪の男が包装の一つを小さく破き、中の白い粉を一舐めする。
「……成る程、確かに上質だ。この品質なら、うちでも扱わせてもらうぜ?」
「それは有り難いね。だが、いいのか? カルテルとの取引は、最近、日本政府が特に気を尖らせていたんじゃなかったかな?」
「ふんっ、そんな事は気にしなくて良いさ。俺はただ、金になる仕事を受けただけだ」
「まあ、そういう事にしておこう。さぁ、代金を確認させてもらってもいいかな」
「ほらよ」
そう言って、今度は逆に金髪の男の方から大型のジュラルミンケースがデスクの上に置かれた。
蓋を開けると中には札束がぎっしりと詰まっている。それを眺めながら、男は満足げに笑みを浮かべた。
「結構だ。では早速、こちらの商品を納品させてもらう事にしよう」
男が車のキーをデスクに置いて差し出す。
「地下駐車場の30番、白い軽バン、ナンバーはXXXXXX。中にブツが置いてある」
「了解した、今若いのに確認させr────」
瞬間──ガラスが爆ぜる。
轟音と共に砕け散った窓ガラスの破片が飛び散り、一瞬前まで向かい合っていた二人が驚愕に目を見開いたまま床に転がる。
肌寒い夜風が部屋を満たすと同時に、先程まで欲望が渦巻いていたデスクの上に、人影が立っていることに気が付く。
「やれやれ……ソドムの市は未だ亡びず、故に我々もまた存在する」
人影は、抑揚の無い声で呟くように言った。
その両手には二挺の拳銃が握られている。
「銃を捨てろ。ゆっくりとだ」
「…………」
男は言われた通りに銃を投げ捨てた。
同時に、もう一人の男が素早く起き上がり、懐に手を入れる。
「動くな」
男の手が止まる。
人影は、無表情のまま続けた。
「もう一度言う。 ソドムの如く硫黄の火に巻かれたくなければ、銃を捨ててゆっくり手を上げろ」
暗闇に目が慣れ始めると、その人影の姿が朧気に顕となっていく。黒いロングコートに黒の手袋。そしてフードの奥に隠された顔は、未だよく見えない。その姿を見て、男は思わず息を飲む。
「まさか……お前は……!?」
「────ボス!!ご無事ですか!!?」
大きな扉が蹴破られ、武装した男達が部屋へと雪崩れ込んだ。
「お前ら!このコート野郎をやれ!!」
金髪の男が、大声で男達に命じる。
「へ、へい!」
男達は一斉に銃を構えると、その見てくれ宜しく大雑把な狙いのまま引き金を引いた。
拳銃、散弾銃、短機関銃……雑多な銃声とマズルフラッシュの交響曲が部屋を満たし、不届きな侵入者へと鉛弾の音色が届けられる──筈だった。
しかし、いつの間にかその侵入者は姿を消している。
「えっ……?」
「う、上だ……ッ!!!」
誰かの叫びに反応するように、その場に居た全員が視線を上げた時にはもう遅かった。
「今宵も行こうか……ケテル、バチカル」
セフィロトの樹の天辺、ケテル(王冠)
その反転たるクリフォトの樹の底辺、バチカル(無神論)。大きく跳躍したロングコートの人影の持つ二挺の拳銃。街明かりに鈍く照らされる……銃剣の着いた銀と黒のCz75:fullauto
784: 奥羽人 :2022/07/02(土) 17:12:50 HOST:sp1-79-88-190.msb.spmode.ne.jp
「ぐぁ……っ!」
「あぎゃ……!?」
「ぬぅぉ……っ!!」
けたたましいマズルフラッシュ。
悲鳴が上がり、男達の体に次々と穴が空いていく。
「……なんだ、こりゃ……どうなってんだァ……っ!」
ロングコートの人影は、残った男達の只中へと着地する。
そして、そのままの勢いで、一人、また一人と、まるでダンスでも踊るかのように鮮やかに撃ち倒し、斬り伏せていった。
やがて、拳銃の弾が切れると同時に最後の一人が床に倒れ伏す。
硝煙と血臭が立ち込める中、ロングコートの人影は静かに口を開いた。
「vanitas vanitatum et omnia vanitas(なんという空しさ、なんという空しさ、すべては空しい。)」
──旧約聖書 伝道の書:1章2節
幼く、甲高い声色。
ロングコートの人影がフードを外す。
その中から出てきたのは、長く、しなやかな紅色混じりの銀髪の少女。
人形のように整った美しい貌。
だがその瞳だけは、夜の闇よりも尚暗く深いとも感じるような、緋。
「……さて、君が“売人”かな?」
「クソが……っ!」
金髪の男が、手にしていた銃を人影に向けた。
「死ねっ!!」
乾いた破裂音が響く。
しかし、弾丸は虚しく天井を穿つだけだった。
「馬鹿な……っ!?」
「どうやら、違うみたいだね?」
少女の包帯が巻かれた右手には、いつの間にか一振りの刀が握られており、その刃は男の放った銃弾をあらぬ方向に跳弾させていた。
そして、その手に持つ刃が煌めいたかと思うと、次の瞬間には男の首から鮮血が噴き出した。
「memento mori.(死を忘ることなかれ)」
男の体が倒れると同時に、銃声を聞き付けたのか、部屋の外では慌ただしく足音と怒号が響き渡っていた。
少女は、その様子を気にも留めず、床に転がった札束を拾い上げる。
「ふむ……汚れた金か……」
興味を失ったかの如く札束を投げ捨てると同時に、その手には焼夷手榴弾が握られていた。
ピンを抜き、それを放り投げる。
「……ああ、そうだ。
ついでにこれも置いていこう」
そう言って取り出したのは、一枚の写真。
そこには、ターゲットであるスーツ姿の男が写っている。
先程までこの部屋に居た筈なのだが、どさくさに紛れて逃げ出したらしい。
「……さて、もう少し真面目に仕事をしようか」
小さく呟くと、少女はその身を翻して、部屋を後にした。
785: 奥羽人 :2022/07/02(土) 17:13:42 HOST:sp1-79-88-190.msb.spmode.ne.jp
「くそっ……おい……」
薄暗い路地裏に佇みながら、スーツ姿の男は目の前の光景を見て呆然と立ち尽くしていた。
「なんだよこれ……一体何がどうなってやがるってんだ……ッ!!」
彼の前には、つい今し方まで、仲間だった男達が無惨な死体となって転がっている。
ある者は銃弾に頭を割られ脳漿と血液を撒き散らしながら。
またある者は、首筋にナイフを突き立てられ絶命している者も居る。
「なんで……どうして……こんなことに……っ!!」
恐怖と混乱に苛まれながらも、彼はなんとか冷静さを保とうとしていた。
この場を切り抜ける為に。
「……そろそろいい?」
不意に背後から声が掛けられる。
「ひぃ……ッ!!」
思わず悲鳴を上げそうになるのを必死に堪えて、振り返ると、そこに居たのは黒いロングコートに身を包み、長い髪を揺らしている少女……取引に乱入し、その場の全員を皆殺しにした化け物だ。
「お前……なんなんだ……?」
震える声で問いかけるも、返ってきた答えは、彼にとって予想外のものだった。
「君は生け捕りにしろ、とのオーダーだ。抵抗しないでもらえるかな?」
「……は? 何を言っているんだお前は……ッ!」
「君に拒否権は無いよ。もっとも、拒否したところで逃げられはしないがね」
淡々と告げられた言葉に、男は背筋が凍るような感覚を覚える。
「な、なんなんだ……なんなんだよぉ……ッ!」
「私は、しがない掃除屋さ」
「ひっ……ひぃぃっ!!」
男が踵を返して駆け出そうとするが、その前にロングコートの少女が回り込む。
「Live by the sword, die by the sword(剣を取る者は剣によって亡ぶ)」
───マタイによる福音書:26章52節
そして、ロングコートの裾が翻ったかと思うと、次の瞬間には男の意識は闇に落ちていた。
────────
「あー……疲れたな……」
摩天楼の屋上から夜空を見上げながら、銀髪の少女は大きく伸びをする。
「しかし、まさかあんなに早く仕事が終わるとはね……少し拍子抜けだよ」
先程までの殺戮の嵐など無かったかのようにスマホを取り出した彼女は……実は、ヒトではない。人の姿形こそしているが、その正体は"アンドロイド"と呼ばれる存在。
その力は強大にして精密。そして、人を遥かに超えた身体能力を誇る化物である。
「どうやら“売人達”は我々とやり合うつもりらしい……えぇ、分かってる。奴等も追いつめられてる、と……………それが、世界の選択か……」
彼女の飼い主は、日本政府とその情報機関。
香港を拠点に、日本国内へ違法薬物を密輸しようと企む輩を、抗争に見せ掛けて殲滅する。
それが今回の仕事だった。
「まぁいいか……とりあえず帰ろう……」
少女は、手にしていた刀を背中に差し直すと、ふわりと跳躍する。
電気によって色が変化する素材によって構成された髪が、綺麗な紅と銀から目立たぬ黒へと変化していく。
「…………Pulvis et umbra sumus.(我等は塵であり、影である)」
誰に聞かせるわけでもない独り言を呟きながら、その身は夜の闇の中へと消えていった。
786: 奥羽人 :2022/07/02(土) 17:14:52 HOST:sp1-79-88-190.msb.spmode.ne.jp
近似世界。
この世界は、ことのほか“外”から流れ着く者が多い。
故に、外から流れ着く技術もまた多種に及ぶ。
しかし、転生・憑依といった現象は意図して起こせるものではなく、また、何時起きるかも分からない。
その為、流れ着く技術を再現、発展させようとしても肝心な所で躓く、もしくは一から開発しなければならないという事も珍しくはなかった。
だからこそ、様々な“世界”の技術を組み合わせようという発想に至ったのもごく自然なことであり───
──彼女もまた、その計画の一貫として造られた存在だった。
「アヤカシコネ計画」
とある世界で“自動人形”と呼ばれたモノ、また別の世界で“バイオロイド”と呼ばれた呼ばれたモノ。
アプローチの方法こそ違えど、ヒトに近いモノを生み出そうとするこの二つの技術を掛け合わせる。
より強靭で、よりヒトに近い……そう望まれて造り上げられた彼女だが、その過程で、一つの想定外が発生した。
「憑依」の発生である。
脳を精巧に模した、自己回路構築能力を持ったAIであるからか…………とにかく、そのAIには意思が宿った。
問題は、その意思が────
────西欧の火山島の地下深くで世界初の核爆弾を起爆させ、大西洋岸の一切合切を濁流で洗い流すボタンを押した“その人”である事だった。
偽名:富永 キョウ
彼女のハードウェア……アンドロイドとしての性能は恐らく、この世界で最高のものであると言っても過言ではない。
運動能力、耐久力、反応・処理速度は勿論のこと、ヒトの消化器官構造を模した食物消化機構を備え、少量とはいえある程度の“食事”にすら対応できる程である。
なぜ、彼女にこれほどの技術が注ぎ込まれているのか………
…理由はごく単純。
何故なら、彼女の躯体は新技術のテストベッドかつ実地試験までこなす技術検証試験機であり、当人もそれを希望しているからだ。
更に言えば、ミリ波レーダーやアクティブソナー、スタンガン機能を搭載して物理的に疼く右腕や、アクティブ型IR暗視システムにしてはやたら赤の可視光放射が強い瞳など、性能や機能の要求において彼女の意見は大きな力を持っている。
いや、大きな力を持つくらいには、研究者の中に彼女のファンが多い。
それもそうだろう……男達の“ポイント”を“理解”している彼女にとって、研究室籠りのピュアボーイの心を手玉に取る事など、雑作もないのだから…………
それに、疑似人格・感情プログラムの構築で躓いていたこの世界のAI研究にとって、彼女は唯一無二の「確固たる人格、感情を有するAI」という貴重なサンプルである。
まぁ、機械に魂を閉じ込められて政府の犬となって戦わされるって見方をすれば結構悲劇のヒロインしてるしね。中身のこと考えなければ。
故に、研究者達は彼女を無下に扱うことができず……彼女は思う存分ラ・ヨダソウ・スティアーナできるのであった。
787: 奥羽人 :2022/07/02(土) 17:17:29 HOST:sp1-79-88-190.msb.spmode.ne.jp
以上となります。
…………枕元に立たれるってこういうことなんですかね……(実効線量限度を超える厨二邪気を浴びせられ悶死)
最終更新:2023年08月28日 22:39