342: 奥羽人 :2022/07/24(日) 21:48:30 HOST:sp49-98-167-247.msd.spmode.ne.jp
近似世界 1940年9月末



とある広い一室に置かれた円卓。
そこに着席するのは、この日本に住まう人間の中でも有力な者ばかりだ。

「……それではこれより定例会議を始める」

夢幻会
彼らは全てがその会の有力なメンバーであり、尚且つ、とある目的の為に集まる仲間……つまり派閥である。

「さて……まずは皆に紹介しておこう」

そして今現在、この円卓の椅子に座っている者達こそが、その派閥の主要メンバーであった。

「彼は帝国総合商社の者で、今回の交渉の纏め役を担って貰っている」

そう言って、一人の男が隣に立つ男を手で示す。

「以後、宜しくお願い致します」

丁寧に頭を下げるその男は、如何にも仕事が出来そうな風貌で、スーツ姿も実に様になっている。

「では早速だが……説明を頼む」

「はい」

進行役らしき男の合図を受け、男が口を開く。

「ご存知の通り、今回我々がこうして集まった理由は他でもありません。我ら帝国総合商社とハーランド氏の間で締結される予定の協定についてです」

その言葉を聞き、その場の雰囲気が少しだけ張り詰める。それも当然だろう。何せこれから話し合われる内容こそ、彼らにとって(今のところ)最も重要な議題なのだから。

「既にハーランド氏との話し合いには私も参加させて頂きましたが……」

そこで一度言葉を区切り、全員の顔を見渡す様に視線を動かす。

「結論を申し上げますと………………



…………交渉は成功しました。ハーランド氏は日本国内での活動に意欲的な姿勢を見せております」

瞬間、室内にどよめきが広がる。
それはそうだ。何しろ難航すると思われていた交渉が、たった一日足らずで纏まったと言うのだから。

「……ふむ。どうやら我々の予想以上に事は上手く運んでくれたようだな」

「えぇ、お陰様で。ハーランド氏は……人格に少々難はありましたが……元々事業拡大に意欲的であったようで、皆様方の“出資”が彼の心に届いたとのことです」

「成程。ならばこちらとしても、より一層協力しやすくなるというものだ」

満足げに呟くメンバー。

「しかし、本当に大丈夫なのか? あの国は我が国とは文化も違えば価値観も異なる。そんな状況で無理に事業を展開しても、損失が膨らんでしまうのではないか。事実、史実での一号店はほぼ失敗に終わっている」

そう口にしたのは、先ほどの人物の隣に座っていたメンバーだ。
この中で一番の古株である。

343: 奥羽人 :2022/07/24(日) 21:49:55 HOST:sp49-98-167-247.msd.spmode.ne.jp
「その点に関しては問題ないかと思われます。確かに価値観の差異はありますが……我々の活動によって、舶来品を受け入れる土壌は確実に育っております。更に言いますと、史実での失敗は当時の経営者の資質によるものが大きく……ハーランド氏が直接指揮している間は問題無いと予想されています」

「ほう……。随分と言い切るのだな」

自信満々に答える男を見て、古株の男はフッと笑みを浮かべた。

「そうか。ならばこれ以上は何も言うまい」

それだけを言い残し、再び椅子に深く腰掛ける。
すると他の面子も納得したのか、それ以上何かを言う事は無かった。

「では続きまして、本題に入りたいと思います……例のモノを!」

男の声に合わせ、後ろに控えていた者が台車を押して前に出す。
そこには、クローシュ(金属製の半球状の蓋)が被せられた皿が、人数分載せられていた。
その皿達が一つづつ、メンバーの前に提供される。

「これが……?」

「はい。事業展開の打ち合わせの為に来日しているハーランド氏が、出資者達にと」

「おぉ……」

目の前に置かれた皿を覗き込みながら、メンバーが感嘆の声を上げる。

「では早速、頂かせて貰おうではないか」

「あぁ」

そしてリーダー格の男の言葉を皮切りに、一斉にクローシュが開かれた。
そこから姿を現したのは……なんとも食欲を刺激する匂いを放つ、香ばしい香りの衣に包まれたチキンだった。
それは、まるで今し方揚げられたかのように艶やかで、見ているだけで唾液腺を刺激してくる。
そして、クローシュが解放された瞬間から、匂いはより一層強くなって鼻腔をくすぐっていた。
その油と肉と、いくつかのスパイスがブレンドされた薫りは、早く食べろと急かしてきているようにさえ感じるほどだ。


「これは……素晴らしい出来栄えですね」

「あぁ。見た目だけでなく、味の方も期待できそうだ」

そのチキンを見た瞬間、その場に居た全員がゴクリと喉を鳴らす。

「では、失礼して……」

「うむ」

最初に手を伸ばしたのは、やはりと言うべきか、この場のリーダーを務める男だ。
彼はそのままチキンを手に取り、ゆっくりと口元へと運ぶ。
そして―――パキッ! 小気味の良い音を立て、チキンが噛み切られる。
その途端、口の中に広がるジューシーな肉汁。

「……美味い」

「えぇ、非常に」

他のメンバーも、次々に口へ運び始める。
その表情は、どれも満足げなものばかりだ。

「これですよ……これです……!」

「あぁ。実に………………良い」

「流石は…………」

口々に賞賛の言葉を述べる。
そして誰もが心の底から思うのだ。
―――また、あの店に行ってみたい、と。

344: 奥羽人 :2022/07/24(日) 21:50:52 HOST:sp49-98-167-247.msd.spmode.ne.jp

ハーランド・サンダース
別名ケンタッキー・カーネル…………


…………【カーネル・サンダース】




これだけで、もう詳しい説明は不要だろう。
史実における、世界的なフライドチキンチェーンの創始者である。


「転生・憑依」を経てこの世界にやって来た無幻会のメンバーにとって、故郷である史実世界の思い出。
それをもう一度堪能したい、そう思うのは不自然ではないだろう。
特に、“一回目”で敢えなくアメリカを崩壊させてしまった所の面々は、よりその想いが強い。

しかし、その手の飲食チェーンの製法というのは基本的に企業秘密であり、いくら前世の知識を持ち、文明を進め、世界を影で操る夢幻会だとしてもどうにかできるような事ではなかった。
“秘密のレシピ”が入った金庫の中身を知る者が転生してくる、などというピンポイントな幸運は望むべくもない。

故に、彼らは自らの力を使い、早期の輸入を志した。
夢幻会の有志を集め活動資金を募り、商社をフロント企業として世界中(特にアメリカ)へと飛び、そこで将来の“才気ある者達”に目を付け…………


そういった者達がポケットマネーを出し合い、帝国総合商社を窓口にしてハーランド・サンダースにラブコールを送った結果が、彼のフライドチキンの日本上陸なのである。
彼は史実通り、今年の7月に「11種のハーブとスパイスからなるオリジナルレシピ」を発明しており、その味は、まさしく彼ら夢幻会メンバーの記憶の中のそれを思い出させるモノであった。
彼らは皆、それに夢中になった。
それはまるで、心の飢えまでをも満たす様に。
だがしかし、いくら食べても飽きない様な……そんな中毒性すら感じてしまう程の、極上の心地であった。



──────
少しの後



「おや、もう始めていましたか」

円卓の間に一人の男が入室してくる。それはスーツ姿の初老の男性で、片手には書類鞄を抱えていた。

「随分と遅かったですね」

入ってきた男に対し、一人の男が声をかける。

「えぇ、今戦争のことで新たな情報が」

「何かあったのか?」

男が口にした言葉を聞き、部屋の空気が僅かにざわつく。それも当然だろう。何せ現在は、まさに第二次世界大戦真っ最中なのだから。

そうして部屋中の意識を集めた後で、その男はようやく口を開く。

「そうですね…………中華民国軍が香港とマカオを占領、その勢いで南明と武力衝突が始まった話と……ダカール沖で仏戦艦リシュリューが英艦隊を叩きのめした末に対英宣戦した話の、どちらから聞きたいです?」

345: 奥羽人 :2022/07/24(日) 21:52:55 HOST:sp49-98-167-247.msd.spmode.ne.jp
今回は以上となります

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最終更新:2022年07月29日 08:12