671 :ひゅうが:2012/02/24(金) 21:05:02
――皇紀4249(宇宙歴789)年8月21日 銀河系 南十字腕
日本帝国 呉宇宙軍工廠
呉工廠は、日本帝国宇宙軍が最初期にひらいた宇宙軍港星系である。
帝都と居住地域に定められた白鳥腕と南十字・盾腕の「迎撃地域」をつなぐ拠点にあたり、一時は最前線と考えられていた対馬星系(回廊日本側出口)から筑紫州(筑前・筑後・豊前・豊後の主要星系を含む)、そして四国州(伊予・讃岐・阿波・土佐)と門州(長門・周防・安芸・石見)をその防衛範囲とすることを考えて設けられたものだった。
現在は回廊内での漸減迎撃戦態勢の整備(計画的撤退前提の入植と軍事都市化が進行したために発生した大規模暴動「東西動乱」の戦後処理)とともに回廊側出口までの中間に佐世保軍港、呉と佐世保と等距離のあたりに舞鶴軍港が設けられ、それらの前進拠点として新舞鶴・新佐世保の両工廠も建設されている。
そのため、呉は大きく様変わりした。
小型艦の建造を上記の各工廠に任せ、もっぱら大型艦を建造できるように工廠を拡張したのである。
呉星系の主星である恒星「厳島」は誕生から数億年を経た時期に伴星「柱島」と衝突したと考えられ、その際に生じた大爆発はホットジュピターと呼ばれる巨大なガス惑星群の大気を吹き飛ばしていた。
結果、中心核である鉄とケイ素、それに各種金属元素で構成される核が露出した地球型天体の10倍ほどの大きさの「クトニア惑星」となる第1から第3衛星、そしてはるかに遠い位置でヘリウムや水素が再度惑星を構成した「アイス・ジュピター型天体」と呼ばれる第5から第7という遠い天体群が構成されている。
これはとりもなおさず、恒星系の外郭には燃料になる大量の水素を蓄えた天体が氷やメタンでできた冥王星型天体を従えており、また内郭には太陽の熱で1000度近くに熱せられた金属の塊があることを意味している。
――要するに、工業地帯を構成するにはもってこいの星系なのだ。
白鳥腕や南十字・盾腕の銀河中心核付近の恒星系にはこうしたタイプの恒星系が点在しており、おそらくは銀河中心核である巨大ブラックホール「いて座A星」の活動期にガンマ線バーストの直撃を受けたものと推察されている。
中でも大きなこの呉星系は恒星のすぐそばを木星の20倍に達する巨大ホットジュピターが周回していたらしく、それゆえ良質な各種鉱物が算出され、「厳島」の軌道上に浮かぶ太陽炉で精錬されるのが常だった。
オービタルリングと呼ばれる太陽軌道上の構造物は連結部の細いワイヤーも入れれば直径450万キロメートルに達する。
672 :ひゅうが:2012/02/24(金) 21:06:04
「すごいですな。」
自由惑星同盟駐日大使館付き武官であるラルフ・カールセン中佐は目の前の光景に圧倒されていた。
記録映像でみたテラフォーミングもまた壮大だが、この光景はどこか古典SFを読んでいるような気分になる。
コロナと呼ばれる高温部分から電流を取り出し、また反射ミラーで集めた大量の熱エネルギーを収束した先では秒間に何十万トンもの鉱石が溶融されていた。
膨大なエネルギーの一部はビームとなって光圧推進を助けており、巨大な鋼塊が第3惑星軌道から第5惑星軌道までの広大な範囲に点在する工廠群へと移送される光景は圧巻というほかがない。
長さ100メートルくらいの「小型」鋼や、要塞の骨組みのような1000メートルをはるかに超える大きさの鋼材がパラソルのような宇宙船に押されて目的地へ向かう。
そしてそうしたものを無重力空間に侍らせた直方体状の熱線反射塗料を塗った「ドック」は、さらに外側にシリンダー型のコロニーや発電・受電設備らしい球体群を伴っていた。
この海に満ちた第4惑星(かつては金星と地球の間くらいの環境だったが、大量の氷を投下し衛星を「作る」ことで環境は安定化している)の軌道上から見ても、そうした「ドック」は大小あわせて100を超えている。
「お気に召しましたか?」
「はい。とても。」
ラルフは、案内を買って出てくれた工廠広報部の北島部長に素直に感想を述べた。
「新横須賀などの軍港は見させていただきました。ですが移動要塞を建造している様子を見たいと思ってきましたが、これは一見の価値はありますね。」
エネルギービームが星間物質にあたって輝く様子を見ながらラルフはしみじみという。
彼は、駐在武官の中でも補給・工廠関係に主としてまわされていた。
これは彼が素直に士官学校に入らず、中途から入学する「研修」方式で卒業資格を「与えられる」という方式で兵士からたたき上げで出世しているためで、実戦畑で使う分にはどうも不安があると考えられているためだった。
もっとも彼自身は現場で成果を出し続けており、「もう少し後方の事情を学ばせよう」という意思の方が最近は強くなっているらしいが。
「そういっていただけると有難いです。ですが、ここまでにぎわっているのは久しぶりですよ。『伊勢』型建造と『長門』型の建造準備がはじまってからですかね。」
それまでは工廠拡張工事でしたが、と北島部長は言った。
「すべて惑星上でやるとなればどうしても重力を離脱させるためのコストや、大型艦建造を流れ作業ではやれませんからね。大量建造を行うために無重力を最大限に利用し、また太陽エネルギーを使用することでこれだけの大規模な工廠建造が実現できました。」
「なるほど。」
と、軌道上の管制センターの横を、小惑星のような大きな物体が横切る。
「あれは?」
「ああ。採掘のための衝突用小惑星です。あれを加速してぶつけることで、宇宙へ飛び散る鉱石を磁気ネットで軌道変更。太陽炉へ誘導するんです。」
まさに、惑星工学的な手法だった。
――この工廠設備に関する情報は、自由惑星同盟と銀河帝国に大きな衝撃を与えることになる。
最終更新:2012年02月24日 22:35