510:弥次郎:2022/08/29(月) 23:15:51 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
憂鬱SRW 融合惑星 攻殻世界SS 「曼殊沙華の来訪者」3
- C.E.81 C.E.太陽系 融合惑星 β世界PRTO領域内 海洋都市群「カナン」 攻殻日本国 臨時首都東京 某環状高速道路上
警護任務の合間にも、九課の人員は他の仕事の情報が飛び込んでくる。
具体的に言えば、国内における犯罪のピックアップ情報が本部のイシカワらを通じて送られてくるのだ。
実際に起きた犯罪から、未然に阻止されたもの、捜査中で進展があったもの、あるいはその予兆となりうるものまで。
情報のアンテナを張り巡らせておくことは重要なのだ。膨大な量の情報がネットを飛び交う中ではあるし苦労もある。
しかして、ネットにつながって調べなくては不明なままなことがあることも確かなのだ。
『こちらイシカワ。課長、どうやら動きがありましたぜ』
『報告しろ』
警護用の車両で移動する車内で、荒巻はイシカワからの通信を受けた。
現在は臨時首都東京の環状高速道路の上。前後左右を警護車両が固め、あるいは上空からも固めた状態でのそこそこな規模での移動だ。
派手にしすぎては困るが、かといって警護が手薄になっては困るという妥協から編成されたそれは、現在荒巻が乗るような指揮車両も含まれていた。
『ネット上に情報がリークされています。
PRTOから来た重要人物---PROTの中心である日本帝国の前国務全権代行が来日。新新浜市を中心に各所を視察して回る予定であると。
まだ一般には公表されていないはずの顔写真やパーソナルデータ、簡単なスケジュールまでも』
『……ソースは?』
『情報発信源は不特定多数。そのソースもてんでバラバラ。信頼性の高い者から低いものまで、噂から確定的なモノまで。
しかし、ネット上で情報を集めれば継ぎはぎするだけで誰もが行動をある程度特定できます』
イシカワの報告に、荒巻はため息を隠せなかった。
予想された事態ではあったのだ。重要人物の来日ということもあり、関係省庁らに通達がなされ、協力体制が構築された。
当然の対応として、セキュリティなどに差しさわりのある範疇では情報の統制がなされたり、あるいは緘口令が敷かれたのは確かだ。
『ですが、緘口令を強いたところで誰かしらは口を滑らせる、あるいは意図的に情報を流す人間は現れます。
まして、今回の視察に関係する省庁関係組織を並べれば相当な数に上りますからね。溢れるのは時間の問題。
尚且つ、誰がいつどうやって漏らしたのかの特定は難しいでしょう』
『予想はされていたが、やはり身内か』
そう、外部からやすやすとはアクセスできないようにしていた。
ではなぜ漏れるのか?と聞かれれば、内側から漏らされたからと考えるが当然だった。
内務大臣や政府が懸念していたように、敵は内側にいる。そ知らぬ顔をしておいて、その実情報を漏らしているのだ。
誰かに指示されたわけでもなく、あるいはそういう風に決めていたわけでもないのだろう。
ただ、不特定多数の悪意を持つ者達が行動に移した、ということに変わりはない。
『となれば、いつ何時仕掛けられてもおかしくはないか』
『ネットで特定のワードに対して随時検索をかけて持続監視していましたが、情報の量が増えたのは政府専用機到着から3時間余り後。
具体性を帯びたのはつい先ほどから。情報の量も膨れ上がっています』
不特定多数の悪意。あるいは、意図のない悪意。
誰かの発した言葉が呼び水となり、誰かの口から情報を引きずり出していく。
その連鎖の果ては、最初がほんのスポイトの一滴であろうとも、大量の情報の瀑布となることは確実だ。
512:弥次郎:2022/08/29(月) 23:16:35 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
その膨大な量の情報を全て精査することは不可能だ。九課の人員でも、あるいは政府の全力を以てしても。
不特定多数がそれぞれの意志のもとに情報を増やすて行くことで、雪崩のように範囲と量を増やしていく。
よってできることは、大きくなる前まで遡り、必要な情報をサンプリングして全体を想定することくらいだ。
イシカワが本部で纏めたいくつかの情報の束は指揮車両の内部にあるモニターへと次々と表示されていく。
既に民間メディアまでもが動き出しているし、他国の外交官や諜報機関が動いているとの推定情報まである。
あるいは、ネット上においては民間人に限らず、様々な人間がやや過激な発言までしているのが見える。
その内容は、おおむね、今の不便な環境と待遇を変えるように交渉しろというものだ。過激になると独裁者を捕らえろとまで言っている。
それらの書き込みは多種多様。されども、PRTOの重要人物への、ひいては地球連合への攻撃的な意見に流れが向いていくのがわかる。
『この手の過激な意見や声をあげているのは、分析の結果老若男女問わず広く分布しています。
比較的冷静な意見やPRTOや地球連合の公式発表を引き合いに出して諫める声もありますが、絶対数が違う。
これはやはり望郷派の影響力でしょう』
『ああ、そうだろうな』
荒巻は深くうなずいた。
望郷派。それは、すでに失われた国土や母星への帰還を望む大衆の意見の集まりだ。
宇宙怪獣という外敵の存在により、荒巻たちが生活していた惑星は砕かれ、破壊され、形を失うこととなった。
それでもこうして生きていられるのは、地球連合が救援に駆け付け、エクソダスによって安全圏まで脱出できたからに他ならない。
だが、無事に生き残れたからと言って全員が納得したかといえば、決してそうではないのが実情だ。
『環境の激変、異星へのエクソダス、慣れぬ新生活、未だに規制や統制を利かせてバランス取りをしている状況。
それらの不満がたまっていてマジョリティを占めているというわけですが、組織というよりは集団の動きの方向性にすぎないのが厄介です』
『ああ。特定の誰かがではなく、不特定の誰かが始まりとなり、不特定多数がそれを支えている。
もはや、どこが中心で、誰がコントロールしているかもわからない混沌的な状況だ』
これだから、と愚痴をこぼしたくなる。
少数精鋭、攻めの九課では対処しきれないのだ。
この惑星へのエクソダスに合わせ、九課は人員の増強や装備の追加などを行ってはいた。もっとも、それらでさえも不足なのだが。
ともあれ、やるのは決まっている。
「現場の人員に通信をつなげ、情報共有を行う」
「了解しました」
オペレーターの声とともに、モニター画面が変化。
直ちに展開している九課メンバーとつながる。
『課長?』
そこに通信で真っ先に割り込んできたのは、素子だ。
現在彼女は輸送ヘリに乗り込んで上空から車両の一団に追従しており、即応態勢にあった。
『少佐、状況が変化した。他のものも、イシカワのまとめた情報を確認しておけ』
『了解』
『それと少佐、少佐が以前儂に出した上申書についてだが……』
『やはり気になるかしら?』
他のメンバーからのその問いかけは尤もだ。
素子も、誰かがその問いをしてくると予測していた。
『テロ自体を目的とした突発犯によるテロの可能性……起こりうるのか?』
『少佐のそれは俺も見ましたけど、そんなレベルでおこるのか?と思いましたよ』
513:弥次郎:2022/08/29(月) 23:17:38 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
回線に入ってきたトグサもまた荒巻同様に疑問を抱いていたようだ。
要約すれば、素子は「テロを行うことしか考えず、突発的にテロを実行に移す人間が現れる」と予測したのだ。
これは大ごとに見えるが、要するに不満を持った人間がその憂さ晴らしをしたくて犯罪に走るケースと言っていい。
九課に引き抜かれる前のトグサなど、何度か遭遇したことのある事件である。
だが、それはあくまでも軽犯罪、つまり、気に食わないから包丁を持ち出して通りがかりの相手を刺した、というレベルの犯罪だ。
『相手はVIPだ。そんな相手を突発的な反抗で狙えるのか?』
『案外そうでもないわ。
イシカワ、確認するけど、すでに煌武院外交官の情報はネット上に散乱しているのよね?』
問われた先、イシカワは頷く。
『ああ。欺瞞情報も流しているが、いくらか的を得ている情報も流れている』
一応、テロ対策としていくつかの欺瞞情報は流してあった。それはネットに流す情報であったり、あるいは政府機関同士でのやり取りでの話だ。
身内に敵がいるという前提から、確定的な情報は秘匿しておき、同時に複数のパターンを予定として用意しておいた。
これによって現場の判断で行先やタイムスケジュールを変更して、待ち伏せなどを回避できるようにしたものだ。
予定を次々に変えるというだけでも、この手のテロなどは回避しやすくなるものなのだ。
『けれど、歴史上において成功した暗殺やテロというのは計画通りに進んだから、とは限らない話なのよ』
サラエボ事件など良い例であろう。あれは狙ったわけではなく、たまたま青年の前に標的が現れて撃たれたのだ。
逆に傍若無人の語源となった荊軻は綿密なプランを練ったが失敗したというパターンであった。
あるいはヒトラー暗殺に最も近づいた作戦は、ほんのわずかな介入により失敗に終わったというのもある。
つまり、成功するかどうかは実のところかなり運頼みという面も存在している。
『望郷派に限らず、現状に不満を覚えている人間は山ほどいる。
けれど、ネット上において発言できるようなことを本当に実行に移せる人間は少ない。
そもそも、テロを行う準備の時点で躓き、相手との距離に躓き、悪事を行うという覚悟の時点で躓く』
けれど、それらをすっ飛ばすものが存在する。
『殊更に望郷派と呼ばれる派閥は、最早叶わない目的のために行動しているわ』
『祖国へ、母星への帰国か』
『そう。敵わない願い。それがわかっているからこそ、捨て身になることができる。
同時に、何をやっても良心の呵責を覚えることもなく、この後に待ち受ける望まぬ生活に執着することもない。
テロや犯罪を起こすこと自体が目的であり、身の破滅など些事でしかないわ』
『傍迷惑な自殺だな、そりゃ』
サイトーは呆れるしかない。
『けど、当人としては真面目なのよ。
じゃあ、そんな状況下でこれだけの情報が流布されているなら、どこかに行けば最大の憂さ晴らしができるかも?と考える人間がいないと言える?』
『……』
電脳に沈黙が流れる。
相手はPRTOの重要人物であり、地球連合の信頼の厚い人物というのはわかっている。
もしも、今の保護国化されている状況を気に食わない人間が、偶然鉢合わせたら?
後先を一切顧みることのない行動に出てしまったら?
『私たちの警護は実質最終防衛戦。何かあってからでは致命傷よ。
こういいたくはないけど、敵はいつ何時目の前に現れるかわからない状況、疑心暗鬼なくらいで行かないといけないわ。
今ここにいて連携の取れる人間だけが味方。そう思いなさい』
言いたくはないことだ。目の前の味方さえ疑えと、そういったに等しい。
けれども、これほどの無数の悪意を前に、出来ることはそれしかないのも事実だった。
荒巻も、付き合いの長いバトーさえも、それに異論を挟むことはできなかった。
514:弥次郎:2022/08/29(月) 23:19:05 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
疑いだせば果てがない。
けれど、疑うことをやめるわけにもいかない。
彼らの失態が酷ければ、国は主権などを一切失うかもしれない。
控えめに言って地獄である…
最終更新:2023年06月01日 22:37