873:弥次郎:2022/09/03(土) 23:41:04 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
憂鬱SRW 融合惑星 攻殻世界SS 「曼殊沙華の来訪者」4
- C.E.81 C.E.太陽系 融合惑星 β世界PRTO領域内 海洋都市群「カナン」 攻殻日本国 臨時首都東京 公安九課オフィス
素子の予想は数日を経て的中し始めたのであった。
外交官たる悠陽やその周囲の人間の赴く先、あるいはその予定がある場所において、立て続けにトラブルが発生していたのだった。
トラブルの内容としては、進入禁止のエリアに一般人が入ったとか、不審物が発見されたとか、あるいは攻撃的な内容の落書きがあったとかである。
犯罪とは言っても軽いものであるとか、危険度の低いものが多い。実際に周囲を固める九課ではなく、警視庁や所轄署の対応で済まされるレベルであった。
「しかし、これらに交じる本物があることも確かです。
こちら……偽の情報で煌武院外交官が向かうことになっていたビルの換気システムに有毒ガスが持ち込まれていました」
壁のモニター画面に表示されるのは一見そうとはわからないように偽装されたケースの写真であった。
内部にはガスを収めたタンクと、その弁を制御するための機構がそろっていた。
手元の資料を確認しながらも説明をするトグサの顔は明るくはない。文字通り、無差別テロが起こりかけたのだから。
たった一人を殺害するために、その周囲にいる不特定多数を巻き込んでも構わないという、強い殺意が窺えた。
「ガスの種類としては工業用のガス。
ですが、危険度は高く、まともに吸引すれば人を殺害するには十分すぎるものです。
換気システムの空気の流れに乗れば、現場のビル全体に回るには十分とかからないでしょう。ビル丸ごと全滅もあり得ました」
「来ると想定して網を張っていたらこれだからな…」
そう、偽の情報につられた人間を捕らえるために警察と合同でビルを調べたのだが、相手はすでに仕込みを終えていたのだった。
「とはいえ、未然に防ぐことはできました。
現在、警察の方でガスの入手ルート、さらには設置した人間の特定を行っています。
特に今回は工業用ガスを用いていたことから、特定は容易いと考えられます」
「……大雑把だが、とんでもねぇやり口だな」
「この情報が流されたのは4日ほど前……それから準備して実行に移すまでがあまりにも早すぎるな」
ボーマの指摘に、トグサは頷いた。
「元々何かしらのテロを考えていた人間が、その矛先を煌武院外交官に向けた、という線で調査を進めています」
「だが、統制の厳しい中でどうやってその手のガスを手に入れたんだか……軍用じゃないんだろ?」
「詳細については所轄署に任せる。我々は、もっと近づく相手に対処しなくてはならん」
荒巻は報告を一通り聞き終えた後、バッサリと断言した。
そう、正直なところこれはデコイに引っかかっただけの小物にすぎない。流された情報を鵜呑みに動いた、程度の低い相手だ。
もしも、より計画的に狙うならば、煌武院外交官の足取りを精査し、欺瞞情報の中から本命の情報を見抜いて対処していたことだろう。
そして同時に、張り付いている公安九課の目を掻い潜るという難題をこなせるだろう。
九課が警戒しているのは、そんな高度な相手でもあるのだ。情報の壁、人の壁、警護の壁。それらを超えてくるとても危険な相手。
「今のところ類似ケースは十数件以上発生……疑わしいものまで含めれば、今日までに100件を軽く超えているわね」
「少佐の予想通りだな」
「ええ。けど、こんなのは序の口よ」
厳しい言葉を吐き出す素子だが、それは的を射ていた。
実際、煌武院外交官の周囲においては、先述の通り、犯罪や事故レベルではなくとも疑わしいような事象が発生している。
現在のところはそれらは対処できる範疇で、迅速に精査ができている数で収まっているのである。
しかし、同時に素子が予想したように、日を追うごとにその件数はどんどん増えて行っているのが実情だ。
「このまま増えていけば、何かの偶然で網を潜り抜けるかもしれない……少佐の予測でしたね」
「要するに試行回数を増やせば、あたりを引ける。もしくははずれにこっちの意識が向いている間にってやつだな」
バトーもその予測が正しいことを今は実感している。
より過激化、あるいは準備に時間をかけた場合、こちらの予想を超える規模と質で攻めてくることになりかねないのだ。
公安九課だけでなく、日本帝国も自前の警護を相当数連れてきてはいるが、その数にも限度というものがある。
つまり、それらを疲弊させ、機能を鈍らせ、本命に届かせることができれば、不特定多数の目標は達成されるからだ。
しかし、と素子は一つ疑問を提議する。
「一つ釈然としないのが、精肉屋(ミンチメーカー)が動いていない、という点ね」
874:弥次郎:2022/09/03(土) 23:41:35 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
精肉屋。その渾名を与えられているのは、国内で起こっている奇妙な事件の容疑者であった。
標的となるのは決まって犯罪者やテロ組織、あるいはそれらを実行に移そうとする者。
犯行に使われたのは多種多様な武器であるが、残った痕跡から同一犯の可能性が高い。
そして何よりも、特徴的なのが犯行のやり口だ。
「大量殺戮。電脳も肉体も、あるいは情報を残すようなものを悉く破壊してしまう。
相手が相当な抵抗をしたであろうことは確かなのに、全ての事件において対象を全滅させている」
そう、文字通り全滅。映像など断片的なモノは回収されてはいるが、特定に至るような情報はない。
ターゲットにされた人間も全員が惨殺と言っていいレベルで殺害されており、生身の人間ではなく、高度なサイボーグと想定されていた。
その精肉屋という渾名自体も、人間であろうがサイボーグだろうが粉みじんにしてしまう殺害能力からとったものだった。
「コスプレにしては手が込んだ服装や姿、そして古典的とさえ呼べる武器の使用。
それでいて、効率的に殺害を行い、徹底して隠滅を行う。まさしくプロの動きだったわ。
狙われた相手がかわいそうになるほどにね」
しかし、釈然としないと声をあげたのはバトーだ。
「そりゃあ恐ろしい話だが……そいつに何か関係あるのか?」
「わからない、バトー?そのやり手のテロリストを殺すテロリスト、そいつが何で襲ってこないのかしら?」
「……なるほど」
最初に気が付いたのはサイトーだ。
「精肉屋の正体は不明だが、その手の暗殺者やテロリストである可能性がある。
それだけ腕が立つってことは明らかで、情報はそれなりに流れているはずだ。
一国のトップも務めたVIPを狙うんなら、そんな奴を真っ先に雇って嗾けるのが一番楽だってことか」
「ああ。連絡を取ることができないか、あるいは報酬が用意できないか……何かしら事情があるにしても、その精肉屋が出てこないのはおかしい」
「奴さんなら、忙しいんじゃないかね……ここのところ、テロリストの殲滅が確認されたケースが増えている」
バトーの言う通り、精肉屋による犯行はこのところ増えている。
サイボーグが数十人以上いるグループさえも抵抗を許さず殲滅したり、あるいは外部から持ち込まれた兵器を破壊したりと忙しい。
警察はたびたび現場を押さえようとはしているが、むしろ痕跡を後から発見する方が多いくらいだ。
「少佐は、この精肉屋が気になるんですか?」
「……気にならない、と言えば嘘になるわ。
けれど、元々精肉屋の性質がつかめないこともあって、判断を保留していたのよ。何が目的なのかを含めて」
「テロリストを殺すテロリストに、何の目的が?」
「……そうね、治安の改善かしら」
「テロリストらしくないな」
揶揄うバトーだが、素子としては真面目だ。
「社会悪を自ら殺戮することで自らの存在を誇示する、そんな人間がいてもおかしくはないと思うわ。
手段や目的などどうでもよい、ただ結果を求めるならば、これほどわかりやすいことはない」
「そういう意味では、争いの火種を自ら増やすようなことはしない、か……」
「気になりますか、少佐?」
トグサの問いかけに、たっぷり一分は考え込んだ素子は、首を横に振った。
「いえ、テロリストの……精肉屋の考えることは全く不明だわ。
今の段階では判断材料がなさすぎる。いえ、判断することさえ難しい」
精肉屋は姿が不明瞭なだけではない。
まるで主張がないのだ。色がない。あるいは、ゴーストがないかのようですら。
ただ何かのために、作業を行っているかのような、そんな無機質さがある。
それは、素子をしても全く見通せないものだった。
「今は外交官の安全確保を優先しましょう。いずれ、有名どころの殺し屋なんかが出てくるかもしれないわ」
「その時は、俺たちの出番か」
そのための九課なのだから、と。
しかして、未だ、ゴーストはささやかない。
875:弥次郎:2022/09/03(土) 23:42:13 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
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ホワイダニットが足りない!
最終更新:2023年06月01日 22:41