66 :ひゅうが:2012/02/17(金) 19:30:06
――皇紀4248(宇宙歴788)年12月 銀河系白鳥腕
日本帝国 帝都宙京 兵部省 艦政本部 本部長室
「なぜですか閣下!」
バン!と机がたたかれた。
義体は通常モードであるために割れはしないが、このところ増えているこの手の輩のせいで机がいつかぱっくり割れないかな~とそんなことを嶋田は心配していた。
「自由惑星同盟との接触を行う以上、油断なく軍備を整えるべきです。
閣下が仰ったことですよ!!」
「あのね。中里少将。」
ギロっと嶋田は目を剥いた。
目の前でまくし立てていた宇宙軍連合艦隊参謀長 中里重実少将は「うっ」といううめき声を出した。
ちなみに、嶋田がこのような表情になると誰も「逆らってはいけない」というのが軍内部での共通見解となっていることは彼女は知らない。
「確かに軍備は必要だ。わが宇宙軍の軍備が再建途上であり、老朽化していることも認める。」
「でしたら、なぜ!?」
「なぜ、だと!?」
嶋田は今度こそ爆発した。
「こんな計画案を出せるか!艦艇1200万隻、機動鎮守府級戦艦75隻を主力とする32個艦隊『軍集団』設立だと!?
いったい幾らかかると思っている!?」
「閣下!同盟軍は人口130億にもかかわらず軍備は1.5億、実戦部隊に4000万人を有しているとのこと。
わが帝国に当てはめれば25億、実戦部隊に6億人をまわせます。
これでも少ないくらいです!」
「馬鹿者!そんな軍備を作って何と戦う気だ!アンドロメダ銀河を統べる侵略者侵略者と全面戦争するか、人類に敵対的な宇宙怪獣軍団数百億と戦いに銀河中心核に突入でもするつもりか!?」
「!?」
少将は目を見開く。
やれやれ。やっとおさまったか。
「閣下。」
「ん?」
声の音量を落とした中里は、内緒話をするように顔を近づけ、言った。
「・・・いるんですか?だから閣下たちは軍制改革を――」
「いるかばかもん!例えだ例え!」
まったくこいつはもう――と嶋田は頭痛が痛いとばかりに白い手袋に包まれた右手で頭を抱えた。
こいつら――宇宙軍の軍制改革の只中を見て育ったものの一部の共通認識として、宇宙軍はこのままでは駄目だというものがある。
それを何とかするためにまずは組織改革に着手した
夢幻会に彼らは積極的に協力した。
だが、そこで彼らは思ってしまったのだ。
「考え得る最悪の状況でも勝利できる程度の軍備を整備すべきだろう。今の帝国にはそれができる」と。
そうして出来上がった新制宇宙艦隊の編成案は、どれもこれも兵力チート乙としか言いようがないとんでもない代物ばかりだったのだ。
話せばわかるし、頭の回転も速く、何より優秀だ。
だが、こいつらは最悪の最悪を想定しすぎる。
イゼルローン型の要塞を改造して爆弾化し特攻戦術をとってくることまで想定していたり、ゲリラ的に味方惑星に水爆ミサイルを撃ち込んでくることまで想定している。
それに正面から対抗し、なおかつ敵がはじめから抗戦を諦めるほどの数ともなれば、まぁ納得できなくもない。
だが。
「予算折衝するのは私なんだぞ?」
「だから申し上げているのではありませんか。あの『大蔵省の魔神』辻(娘)や『微笑のコストカッター』辻(父)と渡り合えるのは閣下だけですから。」
67 :ひゅうが:2012/02/17(金) 19:30:36
「貴様ら・・・私を盾に『ぼくのかんがえたさいきょうかんたい』を作りたいだけなんじゃないのか?」
「え?・・・そんなことはありませんよ?嶋田教官。」
目をそらすあたりのしぐさが士官学校時代からまったく変わっていないぞ。と首を振りながら嶋田は半眼になる。
「ともかく、君らの案はのめない。」
「閣下!」
「だが、最大限機動鎮守府級の数については尊重しよう。将来的に使い道は多いからな。
数は現行案にプラス8隻だ。」
なまじっかそれができるだけの国力があってしまうからなぁ・・・と嶋田は嫌なことを考えた。
作ったはいいが余計な数を揃えて、あっという間に旧式化した軍艦の整備だけに汲々とした軍隊など、目も当てられない。
具体的にいえば、オスマン・トルコ海軍とかドイツ第2帝国とか。
「そのかわり、現行案の汎用戦闘艦300万隻から250万隻まで削る。巡航艦については第1陣のものの数を増やし、量産効果を狙う。
余ったものは同盟軍あたりにレンタルすることも考えておこう。」
中里は、少し残念そうだが、「十分です」といった。
「貴様、最初からこれが狙いだっただろう。最初に受け入れがたい案をつきつけて粘って妥協を引き出す。
私が教えた方法だがこうもあからさまだと引くぞ。」
「いえ。その方が閣下にはこちらの意図がわかりやすいかと思いまして。」
はぁ・・・と嶋田はため息をついた。
「倉崎さんとこや三菱が設備の更新をやりたがっていたからなぁ。
量産設備の新造を優先して汎用艦の数の整備を減らす。貴様の持論だったな。」
「はい。艦艇など戦争になればいくらでも作れます。工場と資源があれば。我々が優先整備すべきなのは『建造に時間がかかる』軍艦と考えます。」
「了解したよ。だが。」
嶋田は意地悪げに笑った。
「指揮の効率化を重視して1個任務部隊あたりの所属艦の数は減らすぞ。部隊数は増えるが実質増はない。――任務部隊指揮官の階級は中将から大将への引き上げは実施しない。
それと、元帥の修身現役制は廃止。上に3階級を新設する。」
あ・・・という風に中里が微妙な表情になった。
「もしかして、バレてましたか?うちの閣下たちの野望。」
わからいでか。と嶋田はふんぞり返る。
「退役前に元帥になって自分たちの発言力を確保したいんだろう?そうはいかん。
あれだけ私たちの軍制改革を邪魔した挙句、使える連中には艦隊司令官という名誉を与えて退役できるようにもしたんだ。
またぞろ欲を出すと・・・潰すぞ。これでいいな?」
はい。と中里は満面の笑みを浮かべた。
この食えない男が半分本気であるとはいえあれほど先走った(欲望を優先した)案を出してくるということは、その裏に何らかの目的がある。
今回はそれが「艦隊司令官たちの影響力への欲」だっただけの話だった。
彼らの言い分もわかる。
自分たちが維持してきた組織に、いきなり姉宮様の肝いりとはいえ得体のしれない連中が入り込んできたのだ。
真面目かつ有能で帝国に利益をもたらす連中(しかも無能な連中をパージした)とはいえ、保険をかけておきたい。そんなところだろう。
それを潰す代償として彼らが目に見えて納得できる何らかの成果を持ち帰る。
そのために中里はここまでやってきた。そのくらいの腹芸は嶋田にもできた。
「私は来月付で統合軍令本部に戻る。あとのことは――そうだな。南雲さんか山本あたりに任せよう。
本省の方は永野さんと井上君に引き継げるようにしてある。」
「は。了解しました!嶋田茉莉中将閣下!!」
中里と、嶋田は実に胡散臭い表情で敬礼を交わした。
最終更新:2012年02月24日 23:13