389 :ルルブ:2012/02/20(月) 05:03:03
ヤン・ウェンリー回想録

~政治の季節~

国土奪還の英雄。
不敗の魔術師。
奇跡のヤン。
エル・ファシルの英雄。

まあ、ざっとあげて私の当時の異名はこの4つのどれかだったね。
お蔭で官舎の電話は絶えず鳴り響き、ポストには毎日毎日満杯まで手紙が投函され、更には買い物にも行けやしない。
買い物に行こうとしてもユリアンやマシュンゴ、ブルームハルトら護衛達と一緒だった。
私の人生の中で恐らく一番の狂想曲だったと思うよ。
さて、本題に移ろうか。
あれは宇宙暦802年も終わりに近づいていた季節だった。

『連合軍首脳会談』

私はハイネセンの肌寒い景色を横で見ながら、連合軍総司令部が置かれた最高評議会ビルに出頭した。

「よく来てくれたヤン元帥」

「お久しぶりです、トリューニヒト議長」

私と彼がここまで仲が良くなったのはやはり780年代の大日本帝国との接触に遡るだろう。
あの代表船団にて会っていなければ私と彼の差はもっと酷かった筈だ。

「かけたまえ。ヤン元帥」

「シトレ元帥?」

「ああ、彼には現役復帰をお願いしたよ。
彼だけではない。
クブルスリー大将やホーウッド中将、サンフォード前議長など同盟中の引退した、或いは引退させられた人物の中で取り敢えず仕事が出来る人間は復帰してもらっている」

「総力戦、ですね。まるで」

私の言葉にトリューニヒト議長は我が意を得たばかりと頷く。

「そうだヤン元帥。同盟の総力を挙げた国家再興の戦いだ。
そこで、だ。先の第三次ランテマリオ会戦の勝利者、立役者として舞台に立ってもらおうと思う」

「舞台、ですか?(・・・・・嫌な予感がする)」

「ヤン候補生、君がサボり癖があるのは知っているが今回ばかりは無理だな。
ビュコック提督の後任はボロディン提督が、統合作戦本部長の副本部長にはウランフ提督が着任するが、それは次の作戦が終わってからだ」

シトレ元帥はそう言って、極秘と書かれた高級紙で綴られたファイルを私に見せた。

『ヴィクトリー』

その黒い表紙に白い文字で書かれた素っ気無い一言。
これにこの国の全てを賭ける、或いは、銀河帝国による秩序の打破を目指すのは明らかだった。

「読んでくれたかね、ヤン元帥」

「あの・・・・・この特別顧問というのは何でしょうか?
トリューニヒト議長の下・・・・・・軍と政府の橋になる?
私が、ですか?」

思わず嫌な顔をしたのだろう。

(めんどくさい)

と。
それは見事にトリューニヒト議長に見抜かれた。

390 :ルルブ:2012/02/20(月) 05:03:42
「そうだ、ヤン元帥には対帝国軍の最前線に立つと同時にその名声を活かして我が国のスポークスマンとしての役割も担ってもらう」

「あの・・・・・議長・・・・・・拒否権は・・・・・」

「無い」

「・・・・・・・・」

こうして私は自由惑星同盟軍宇宙艦隊総参謀長並び自由惑星同盟軍高等弁務官、兼、連合軍同盟派遣軍最高司令官という3つの肩書を手に入れた。
それが何よりも大変だと気がついたのは『ヴィクトリー』作戦が本格化しての事だった。


以下、公正を期すため私の養子であるユリアン・ミンツ氏と後輩のアッテンボロー大将のお父上にあたるパトリック・アッテンボロー氏の対談を記載しておこう。


ユリアン・ミンツ中尉、ヤン提督は一番何が嫌いでしたか?
「朝早く起きて身だしなみを整える事でしたね。
何せヴィクトリーを発令した第1回連合政官軍首脳会議に遅刻しかけましたから。その時の言い訳がこうでした。
『私が悪いんじゃない。昨日の親睦会で出たサケが美味しすぎたのがいけないんだ』、ですから」

他には?
「グリーンヒル少佐、じゃなかった、ヤン夫人と比較された時でしょうか?
本気を出したときはともかく、通常のヤン提督は事務方としての能力は最悪に近いと言うのが後方本部長のキャゼルヌ中将の意見でしたし」

ヤン提督に政治的センスはありましたか?
「あったような、無かったような。
ただシマダ提督やツジ大臣ら連合首脳部、と言うよりニホンの方に気に入られていたのが不思議でした。
提督も今でも言っています。
『自分が策の原案を持って行くと、殆ど原案のまま可決され、それを昇華する作業ばかりだった。
自分の提案が正面から否決される事が無かったのが不思議だった』、と良く語ってくれています」

ミンツ中尉から見てヤン提督が一番不機嫌だったのはどんな時でしたか?
「・・・・・戦死者慰霊式典に出かける時ですね。
ヤン提督は良くも悪くも人の気持ちを深読みする人ですから慰霊式典では殆ど喋りません。
ただ、じっと罪人の様に座っているだけ、と言うのが多いです。
で、それが終わると大抵はヤケ酒してそのまま寝る、と言うのが一般的でした」

ヴィクトリー発令後は派遣軍の後方にいたと聞きますが、その時の姿は?
「びっくりしました。
権限と共に人は伸びると言う生きた見本でしたよ。
ヤン提督は作戦参謀として、また同盟軍の最高司令官として作戦の立案に関わっていましたが、横から見ていてここまでのびのびとするのかと逆に驚かされました」

ヤン提督は救国の英雄だと言う声がありますが、それについて彼は何も言いません。
噂では親しい人に一度その問いを答えとか。
もしよろしければお聞かせ願いたい。
「ヤン提督は言っていました。
死んだ人間こそ本当の英雄だ。
そして私はどこまで行っても大量殺人者だ、
と」

ありがとうございました。

宇宙暦812年2月20日
ヤン・ウェンリー回想録より抜粋。
パトリック・アッテンボローの特別番組より

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最終更新:2012年02月24日 23:38