821:弥次郎:2022/10/01(土) 22:15:40 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
憂鬱SRW 融合惑星 攻殻世界SS 「曼殊沙華の来訪者」6
- C.E.81 C.E.太陽系 融合惑星 β世界PRTO領域内 海洋都市群「カナン」 攻殻日本国 臨時首都東京 郊外 開拓エリア ビル
屋上から突入した九課の面々を迎えたのは、沈黙だった。
それは、音が不気味なほどない、人の活動の気配を全く感じられない、不気味な沈黙であった。
『先を越されていたか』
『だな……」
「マスターキー」で開けられたドアの先、数十m。そこには人だったものが横たわっていた。
人だったと分かるのは、それが人の原型をかろうじてとどめ、尚且つ人間だったことを表すモノが飛び散っていたからだ。
それでも、義体化していた身体は強い力で潰されたかのようにぺしゃんこになっており、とてもではないが気持ちよく直視できるものではない。
死体ですらないそれは、九課が入ってきた側、つまり屋上のドアに向かっており、かろうじて破壊を免れて残った手はドアの方へと伸ばされている。
『逃げていたが、逃げ切れなかったか?』
『恐らくな。転倒して、それでも前に進もうとして、何か叩きつけられたようだ』
そう、その死体は、逃げを打っていたことがわかる。
そして、ドアの近くまで来たところで倒れ込み、そして----とどめを刺された。
テロリストが、明らかに高度な義体化をしている人間が逃げを打ち、しかし追いつかれ、抵抗する間もなく一撃で殺された。
『精肉屋だな、これだけの破壊痕を残すってのは……』
『ああ、床が大きく陥没するほどの一撃。並大抵のサイボーグでは不可能な鈍器による一撃での殺害だ』
『子供には見せられないな』
トグサはぼやく。
襲ってきた精肉屋に殺された証拠は、死体を見ればわかる。最早陥没した床と一体化しているかのような、そんな有様だから。
伊達や酔狂で精肉屋などと呼ばれているのではない。死体というより肉片というレベルまでダメージを与えるのが精肉屋の特徴だ。
そして、静かな沈黙の中でも未だに人の気配や動きは感じ取ることができた。
それは下の階層に検知された。極めて小さく、気が付きにくいものだったが、サイボーグなどとなればそれさえも拾える。
『まだいる、か?』
『可能性は高い。
全員続け。相手は義賊の様な事をしているが、テロリストだ。油断するな』
これまで痕跡ばかりしか補足できていなかった精肉屋に近づけるチャンス。
今回の任務はテロリストの逮捕およびテロの阻止が目的であったが、かといってそれだけとは限らない。
直接接触することができるならば、この、テロリストを殺すテロリストについて何かつかめるかもしれないのだ。
『いくぞ』
そして、全員が足音を殺し、光学迷彩を起動しながら前進を選んだ。
ここから先は、単なる現場ではない。戦場そのものだ。
一秒後に死んでいてもおかしくない場所。ここは、自分たちが暮らす国であってそうでない場所だ。
822:弥次郎:2022/10/01(土) 22:16:33 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
- 攻殻日本国 臨時首都東京 郊外 開拓エリア ビル中層
やや開けた中層のフロアに、その人物はいた。
特徴的な服装に身を包み、姿かたちを隠してはいる狩人。
傍らに全金属でやや複雑な構造を持つ銃と、剣と銃を合一したような特徴的な仕込み武器が置かれている。
その狩人---この攻殻日本においては精肉屋と称され、警察組織だけでなくテロリストや犯罪者を怯えさせる人物は、大きな嘆息をしていた。
「ふぅ……」
その狩人のいるフロアは、控えめに言って惨状が広がっていた。
ここに集まっていた---否、狩人に怯え籠城していた---犯罪者達15名分の肉片・血液・義体パーツなどがそこら中に飛び散っていたのだ。
彼らはオーバーキルとさえ言える重火器や違法な部品で強化された義体を武器に、狩人に抗ったのだ。
だが、そのような唯人が体をいじり、武器を揃えた程度では狩人は倒せない。狩りを行う、熟練した人物こそを狩人と呼ぶのだから。
よって、犯罪者たちは屋内での銃撃と格闘戦の入り混じる戦いにおいて一方的に嬲り殺され、物言わぬ死骸と化したのであった。
そして、狩人---公安九課がその素顔を見れば驚いたであろう---悠陽は武器ではなく、犯罪者たちが用意していたモノの処理をしていた。
犯罪者達の企んでいたのは無差別爆弾テロ。破片効果を高めた対人用と、建物の爆破解体に使われるような高威力爆弾の二種を用意していた。
これらをあちらこちらに設置し、爆破させ、混乱させるというのを計画していたのだった。
その標的にはこの惑星への移住と定着を推進する政府の要人やPRTOの関係者も含まれていた。
それこそ、PRTOの中心国である日本帝国の超VIPたる悠陽までも狙う形で。
しかし、彼らもまさかこんな形で顔を突き合わせることになるとは思ってもいなかっただろう。
それも、そうとは知らないとはいえ命を狙っていた相手から逆襲を仕掛けられることになろうとは、まさしく想定外だった。
故にこそ、防衛に回った時に対処能力の弱さが露呈し、こうして全滅の憂き目にあったのだ。
(来ましたね……)
最後の爆弾を卓上に慎重に置いた時、彼女の尋常ではない耳はヘリコプターの飛行音を捕らえた。
同時に、通常の車両で走れない荒れた地面を疾走する乗り物の音もだ。
おそらく、思考戦車。多脚であり、脚部による歩行とその先端に装備された車輪による走行も可能なこの世界独特のもの。
殆ど中身のない空の建造物ばかりの地帯であるから、音は少なからず反響して伝わってくるので、数と位置と速度の特定は容易い。
恐らくだが、ギリギリまで静音モードで近づいてきたのだろう。音を出したということは、すでに逃げることができない状態にあることを示す。
つまりすでに周辺の包囲は完成しつつあり、上空からヘリで乗り込んで上から制圧という流れだろう。
抵抗するならばその場で制圧、逃げ出しても周囲を固める思考戦車と歩兵により対処可能ということだ。
「……」
上を、天井をすっと見上げる。
恐らく、彼らは上空からも順に制圧していくことになるであろう。
上空のヘリは着陸したと思われるのが1機だが、回転音は未だに続いていることから、上空からの近接支援攻撃を行うつもりと思われる。
一目連に稽古をつけられ、さらには狩人としての経験を積み、能力を得た悠陽にとってここからの脱出は容易い。
正面からの突破はもちろん、姿を隠し気配を同化させてやり過ごす、夢を経由して離脱するなど、いくらでも手段はあるのだ。
823:弥次郎:2022/10/01(土) 22:18:05 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
だが、一つ悠陽としては気がかりがあった。誰かが何らかの方法で自分の正体とアリバイ工作に気が付く可能性、である。
外交官という身分を得ている関係上、カナンにある大使館などで一人になる機会は多い。
よく心得ている護衛や周辺の人間を使い、外交官としての公務などとしてアリバイを作りつつテロリストを狩っているのだ。
しかし、師である一目連には強く注意をされた。思わぬところから、オカルトというのは暴かれてしまうものなのだからと。
(でしたら……)
ここでもう一つアリバイを作っておくべきか、と考える。
自分のことが精肉屋と呼ばれていることはよく知っている。
狩人としての服装を変え、顔を隠すことで正体は露見していないが、それでも外観などは割れている。
身長や体重などの情報を基にすれば、現場に残っている痕跡からたどり着くことも不可能ではないかもしれない。
なればこそ、このまま姿をくらましてしまう、というのは必ずしも最善とは言えないかもしれない。
彼ら公安九課は犯罪に対する攻勢の組織と聞いている。それは警察というよりも軍隊のそれに近いことも。
とはいえ、操作権を持ち逮捕権を持ち合わせ、その為の権限や国家内での実働戦力を備えていることには決して変わらない。
彼らは何も暴力だけで解決を図ってくるわけではなく、情報を集め、証拠を揃え、着々と解決に進むことも知っているというわけである。
なればこそ、万が一があっては困るのだ。
狩人としての、人を超えたものとしての力を得た悠陽は、師父である一目連からは強い戒めを受けていた。
成り行きで得た力とはいえ、それに溺れてはならない、というのは序の口の序の口にすぎていない。
もっと重要なのは使ってもいいが、それを秘匿するということである。神秘とは、オカルトとは、理から外れたものは秘匿しなくてはならない。
さらに、自分が使えば強力で便利であっても、他者にとってはそうではないということも念を押された。
長くなったが、要するに警察組織である彼らは洞察能力があり、何等かの形で自分のことを見破るかもしれないということだ。
(ここでもう一つ、ですね)
自分は今公務の最中というアリバイがある中で、あえて狩人、精肉屋としての姿を見せる。
このデコイの情報に踊らされてもらえば、少なくとも自分がここでの一連の仕事を終えるまでは問題ないだろう。
情報部が掴んでいる、このカナンでの治安悪化やテロリストおよび犯罪者の跋扈は問題だ。
こうして悠陽が事前に摘みとっていなければ、カナンの行政管区は大荒れとなり人命が多く失われる。
特にバイオテロ、すなわちB.O.W.を用いたテロやオカルト関係のテロなどが起こされれば面倒で、連合に出張ってもらうことになりかねない。
それは同時に、管理を任されているPRTO、そしてPRTOを主宰する日本帝国の鼎の軽重が問われる事態となる。
刹那の思考の後に、悠陽は傍らに置いてあった武器を無造作につかむ。
公安九課の人員についてはよく理解している。義体化した軍人やスパイ上がりなどが主軸となる、精鋭部隊。
彼らは早々に死なないであろうが、うっかりで殺してしまわないように注意しなくてはならない。
同時に、興味があるのだ。自分の護衛についていて、これまでしっかりとアリバイ工作に協力してくれた彼らの実力が如何ほどのモノかと。
「楽しみですね……」
正直なところ、ここ最近はルーチン気味で、面白みもない制圧ばかりだったのだ。
少しは骨のある獲物だと嬉しい。
強者と戦うこと、死力の限りを尽くして戦うこと。それはもはや、悠陽にとっては自分の一部であり、不可分だった。
興奮が、身を焦がす。これだから、戦いはやめられないのだ。どうしようもない。
人の域から外れた狩人が、笑みをこぼした。その口は、闇夜の月のように、弧を描く。
824:弥次郎:2022/10/01(土) 22:19:34 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
何とか接触直前まで…
次回、ドンパチします。
最終更新:2023年06月01日 22:59