392:弥次郎:2022/10/08(土) 22:59:10 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
憂鬱SRW 融合惑星 攻殻世界SS 「曼殊沙華の来訪者」7
- C.E.81 C.E.太陽系 融合惑星 β世界PRTO領域内 海洋都市群「カナン」 攻殻日本国 臨時首都東京 郊外 開拓エリア ビル 階段
光学迷彩を使っても、存在までは消せない。
だから、ビルの内部を突破していくのには慎重さを求められた。
ところどころに散乱する肉片や武器だったもの、あるいはビルの構造物の破片など、あらゆるものを慎重によけて進むのだ。
『……相当な激戦になったようだな』
踊り場から廊下への扉を静かに開け、そっと覗きこんだ素子はぼそりと通信でつぶやく。
事実、素子は廊下での激戦の跡を見つけていた。壁や床には銃弾の跡が多数あり、さらには肉片が飛び散っている。
もはや、スプラッタなアートとさえ言えるほどに、廊下は血と液体と肉片で彩られ、破壊の痕跡で満ちていた。
『しかし、どうやって一人で多数の相手を倒したんだか……』
『電脳戦に優れているなら、相手が多数でも勝てないこともないだろう……』
だが、トグサは死体の肉片に頭部だったものを見つける。
それは、生身の人間の頭を綺麗に輪切りしたものだ。義体化などをしていないのが見て取れる。
『少佐、この死体、義体化していません……』
『ああ。そして、綺麗すぎる切断面……本当に人間業か?』
『刃物で切ったっていうのか?』
『わからん。だが、軍用には格闘戦を想定し刀を内蔵した義手がある。それを使っている可能性はあるな。
トグサ、死体が腐食する前に記録しておけ』
『了解』
これ一つをとっても、精肉屋の貴重な手がかりだ。
肉どころか骨までも切り裂いているというあたり、相当な力か武器を使っている可能性がある。
それを行えるとすれば義体であり、その筋で調べていけば使っている武器の特定ができるかもしれない。
そう分かっていても、目の前で、明らかに恐怖を浮かべて寸断されている死体を見るのは、犯罪者であっても同情を禁じえなかった。
いったいどれほどの事態に直面し、どれほどの恐怖を感じたのであろうか。正体不明のテロリストはそれほど恐ろしいのか。
(……)
自分の背筋に、冷たいものが伝う感覚がする。同時に、体中の毛がぞわりと立ちあがるような感覚も。
職業柄、この手の修羅場というのはかなりの数踏んできたという自負をトグサは持っていた。
それでもなお、恐怖が体に染みてくるのだ。
『トグサ、遅れるなよ』
『了解』
手にしているセブロC26Aが、腰にセカンドガンとして備えるマテバが酷く頼りない。
それでも、前に進むしかない。素子の声に応じながらも、慎重に足を踏み出していった。
慎重なクリアリングとスニーキングで、徐々に徐々にと九課は階層を解放していく。
たくさんの死体と武器や戦闘の痕跡はあったが、未だに精肉屋も他のテロリストも見当たらない。
外で控えているタチコマ達や上空のヘリからは何ら通信がないことからすれば、未だに屋内にいることは確かであるはずだ。
ドンパチは覚悟の上で、このまま踏み込んでいくしかないのである。いつかはかち合うはずなのだから。
393:弥次郎:2022/10/08(土) 22:59:54 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
『……!止まれ!』
その時、ポイントマンの素子が手と通信の両方で後続の動きを制止した。
階層をだいぶ降りてきて、図面上では吹き抜けの広いフロアが先にあるはずだった。
『どうした?』
『……ここも戦闘があったようだ。それと、これだ』
視覚が共有され、その場の人間の誰もが驚愕する。
『爆弾か……!』
『だが、様子がおかしい』
一目で看破したのは爆発物の専門家でもあるボーマだ。
そのサイズや設計などはここからでもよく見える。整然と並べられているそれらは、明らかに対人以上のことを想定している爆弾だ。
思わず動きかけたボーマだったが、その動きは素子によって止められる。
『精肉屋に襲われたと思われるのに、なぜあの爆弾はあそこまであからさまに放置されている?』
その言葉に、誰もが動きを止めた。
そうだ。相手はテロを計画していたテロリストと思われていたが、同時に精肉屋に露見し襲われているはず。
だというのに、危険で取り扱いに注意が必要な爆弾を暢気に晒しているはずがないのだ。一つ間違えば誤爆し、自分達にも害が及ぶのだから。
『……罠か?』
『罠にしては幼稚すぎるような……』
『ボーマ、あの量が一度に起爆すればどうなる?』
『……質にもよるが、このビルに大きなダメージを与えられるだろうな。
この階層は吹き抜けで窓も多い。爆風が外に逃げることも考えられるが、いずれにせよ起爆させない方がいい』
よし、と素子はクリアリングをすると、素早く指示を出す。
『状況についてはよくわからんが、あの爆発物は処理する必要がある。
ボーマ、ワク、お前たちで爆発物を処理しろ。危険度が高いものは最悪外に放り捨てろ。ここは無人地帯だからな』
『了解』
『専用の道具がないと難しいかもしれないが……起動していないだけましか』
『頼んだぞ』
室内に踏み込めば、そこはテロリストたちの死骸であふれており、それ以外は雑多な武器やらが散らばっているばかり。
警戒されていた罠などは見当たらないばかりか、警備システムであろう監視カメラやそのほかの機材は破壊されている始末だ。
『トグサ、バトーの二人は何か証拠になるものがないか捜索を任せる。
精肉屋のことだ、徹底して破壊しているだろうが、断片でも情報が欲しい』
『了解』
なんともすっきりしないのであるが、テロの可能性を摘み取れたことは確か。
だが、同時になんともお膳立てされている状況であることを否定しきれなかった。
ともあれ、どうやらここが根城だったという推測から調査を行いつつ、ボーマたちは回収した爆弾の処理を開始した。
『これは精肉屋の仕業、何でしょうか?』
『わからん』
何とか端末やコンピューターなどの断片をかき集めながらも、トグサは素子に問う。
相手は義賊の様な事をしているテロリスト、ということなので、こういったことをしていてもおかしくはない。
とはいえ、ここまで丁寧にテロリストたちを始末し、危険物を回収させるというのは、ある種異常だ。
警察組織を利用するというのは犯罪者もやらなくもないことである。しかし、これはそれとは次元が違う話になる。
まるで素子たちのスケジュールまで掴んだうえで、後始末を任せるといわんばかりに振舞っているのだ。
『だが、どうやって我々の行動まで把握しているんだ?
九課の活動に限ったことではないが、この手の情報のセキュリティは高い。
それにここにいたテロリストについても、九課でかなり時間をかけて探り当てた情報だ。
個人で特定できるとは……』
『ですね』
そう、どうやったのかがまるで分らない。
総理の直轄であり、攻勢の警察組織という異端の九課に関わる情報は最重要機密だ。
その活動についてはかなり隠匿されており、ダミーの情報も大量にバラまかれている。
394:弥次郎:2022/10/08(土) 23:00:30 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
それらの情報の中から正しい情報---つまり今回のテロリスト制圧を先読みし、尚且つテロリストについての情報を先に掴んでいた。
電脳戦に優れている、というレベルではない。情報の収集能力や精査する能力がおかしいほどに高いのだ。
まるで見えないバックドアをそこら中に仕掛け、全てを監視しているかのようですらある。
ディストピア小説に登場する偉大なる兄弟(ビッグブラザー)でもこうまでもいかないだろう。
『……』
『どうした、トグサ?』
『いえ、その……』
しばし考え込んだトグサは、素子へと自分の考えを、これまでの精肉屋の動きについての推測を語る。
『どうやったのか、誰がやったのか、いつやったのか……そこから捜査を進めるのは常套手段だと思うんです。
けれど、今回はそれではうまくいかない気がします』
『どういう意味だ?』
うまく言えませんが、とトグサは少し考え、慎重に言葉を紡ぐ。
『相手はまるで義賊の様な事をしています。
犯罪者やテロリストを悉く殲滅し、犯罪を未然に防ぎ、治安を守る。
その手段や方法は、どう考えても我々の考えの上を行きます。普通では追いつけることができないかもしれない』
『刑事上がりのお前らしくないわね?』
ええ、そうです、と頭をかきながらもトグサはつづけた。
『ですが、何故やったのか(ホワイダニット)で考えたほうが近道ではないかと思うのです。
相手の手段が想像も及ばない方法ならば、変わりようのない理由からの方が』
『テロリストや犯罪者を殺して回って、何の利益があるってんだ?』
トグサの言葉にバトーは割り込んだ。
そう、義賊のように行動しても、一切利益などでない。犯罪者から金品を奪うでもなく、ただ制圧し、未然に防ぐだけだ。
事前の準備や情報収集の手間などを考えれば、一銭の利益が出るものでもない。
九課とてこの手の仕事をしているが、きちんと給与は出るし手当もある。九課の活動はひいては国益のためということにもなっている。
『端的に言えば、テロリストや犯罪者がいなくなることで、利益が出る人間がかかわっていると、そう思えます』
『……圧倒的多数を占める望郷派とは逆の、この世界での生活を望む人間ということ?』
『ええ。そうでなければ、説明はつかない。この国が、このカナンでの生活に早く馴染むことが望ましい。
そう考えて行動できる人や組織はどれほどいるか、これまであまり調べてきませんでしたから』
その進言にバトーは呆れた視線を送るが、素子は違っていた。
確かにトグサの考えは的を得ていた。これまではテロリストを追いかけていて、その延長として精肉屋の追跡もしていた。
だが、その精肉屋は単なるテロリストとは違う行動原理や方針のもとに動いているならば、同じように推測していっても意味がないかもしれない。
ならば、発想を変えていくべきだ。そんな義賊のようなテロリストがいることで助かるのは誰か?
精肉屋はなぜそのような行動をとり続けているのであろうか?
『考えられるとしたら、それは……』
トグサが無線で続けようとしたそこから先の言葉は、破壊の音に遮られた。
フロアの壁を構成する金属も何もかもを一度に切断が二回発生。
同時に、切り裂かれた壁が崩壊するとんでもない轟音が響いた。
395:弥次郎:2022/10/08(土) 23:01:51 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
『伏せろ……!』
素子の声に指示されるまでもなく、とっさの判断でその場にいた九課の人員は遮蔽物の蔭へと飛び込んだ。
幅10mは余裕であるような巨大な壁が、一気に破壊され、その断片と衝撃が一度に襲い掛かってきたのだ。
「……!?」
そして、素子は見た。
そこにいる人の姿を。
何度となく回収された情報から作られた、モンタージュと酷似した姿を。
「精肉屋……!」
その姿は、断片的に回収された精肉屋の特徴とまさに一致していた。
服装はまるでお伽噺の人間だ、と言われたように、顔を隠す大きめの兜にマスク、とどめに鎧とマントという恰好。
汚れ、シミがついているそれらは、しかし不思議と調和を持っている。完成されているのだ。
そして、武器など、見える範囲では前装式と思われる連装銃と、これまた美術館にでも置いてありそうな剣だ。
剣はどちらかと言えば刺突を想定しているのか鋭い切っ先なのが見て取れた。
『……まずい!』
そして、その手にある連装銃がゆったりとこちらに向けられる。
その動作は、ゆっくりに見えて、決して侮れない。素子の第六感が、本能が、あれは危険だと叫んだのだ。
壁が吹っ飛ばされたので地面に伏せて適切な防御態勢だった素子は、それ故にすぐに反応することができた。
即ち、セブロC26Aを片手でとはいえ構え、引き金に指をかけ、相手に照準を合わせることができたのだ。
刹那の間に、照準を相手の手足に合わせ、射撃管制ソフトに導かれるように引き金を引く。
撃たなければ、自分が打たれ、殺される。キリングゾーンにいるという感覚が素子を包んでいた。
素子の動作は遅滞なくセブロC26Aの内部機構を動かし、銃口は5.45mm×45弾を立て続けに吐き出した。
牽制を放ち、相手の動きを見ながらもすぐさま立ち上がろうとして、驚愕すべき光景を見た。
「……」
相手の、精肉屋の手に握られた剣がぶれ、刹那の間に振るわれたのだ。
そして生じるのは立て続けの金属音と、壁に何かが激突する音だった。
(馬鹿な……)
相手は、銃弾を切り払った。アサルトライフルの、この至近距離で放たれた何発もの弾丸を、ただの剣で。
だが、驚愕に表情を歪める素子に余裕を与えてはくれなかった。照準を合わせ直した銃がこちらを捕らえたのだ。
外見は古い。だが、そこに油断する余地はなかった。即座の反応で、素子は体を一気に跳ねさせた。
義体化している彼女は、それこそ生身を超えた動きができる。半分伏せた状態から一気に後ろにバク転するようにして身を起こしたのだ。
そして同時に遮蔽物の方へと身を飛ばし、飛んでくる弾丸を躱した。
『総員、敵だ!応戦しろ!』
一切の遊びも余裕もなく、素子は叫んだ。
尋常ではない相手との戦いの火ぶたが、切って落とされた。
396:弥次郎:2022/10/08(土) 23:02:54 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
一気にかけました。
最終更新:2023年06月01日 23:04