554:弥次郎:2022/10/20(木) 21:24:07 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
憂鬱SRW GATE 自衛隊(ry編SS「ブロークン・オナー」
- ファルマート大陸 アルヌスの丘 平成世界米軍基地「キャンプ・アルヌス」
平成世界とつながるゲートが存在する、ファルマート大陸のアルヌスの丘。その近郷に「キャンプ・アルヌス」は敷設されている。
大型輸送機も運用可能な巨大な航空基地であり、特地に展開する軍の消費する大量の物資を蓄える物資集積所であり、東部ファルマート地域開放の最前線基地。
上記以外にも、巨大な電波塔をはじめとした通信設備、発電所、あるいはあらゆる燃料を備蓄する燃料基地、さらにはそれらを結ぶ道路。
運用される航空機や車両を組み立て、整備し、保管するための巨大な格納庫ももちろん用意されている。
勿論本命となる兵士たちの宿舎をはじめとした居住区画も大きくとられている。10万を超える兵士が駐在できるのだから、それらのスケールは大きい。
総じてそれらは周囲を塹壕とトーチカなどで構成された陣地に囲われ、かなりの縦深を稼いでいる。
例え大軍を以て攻め込んだとしても、現代戦の火力により圧倒されることは間違いないだろう。
これはファルマート大陸に展開されている米国の力を示すものであった。
規模で言えば、アルヌスの丘に建設された自衛隊の五稜郭を思わせる陣地よりも大きく、さらに近代的だ。
しかして、軍というのは何も綺麗なだけでは済まない。
死者を弔うための仮設の墓所と教会、負傷した将兵たちが体を休める病院設備、そして軍規に反した者を収容する収容施設などだ。
殊更、最後の収容施設は、何も懲罰兵だけではない。この特地において確保された敵性戦闘員や重要参考人なども収容している。
現地において活動をするにあたり、情報などを入手するための「尋問」が行われているのである。
当然これはジュネーヴ条約に抵触しかねない、グレーゾーンの存在であるのは言うまでもない。
しかし、ここは米国の法が通用しない地域と米国は見なしている。
よって、それらの条約は通用しないと解釈している。
平たく言うところの、ブラックサイトというものがここには存在していたのである。
さて、重要なのはそっち---ブラックサイト---などではない。
米軍が東部ファルマート大陸の「解放」に勤しみ始めた当初は、ここに敵性戦闘員はかなり放り込まれた。
言うまでもないことだが、帝国がヴォルクルスの侵攻で分裂し、東部が群雄割拠となった。
そこに米軍が土足で乗り込んでくれば当然ながら敵の敵もまた敵であるという理論から米軍は攻撃を受ける。
そして、多くの捕虜や重要人物を確保することができて、ここに放り込んで情報を搾り取っていったのだ。
だが、徐々にその状況は変わり始めた。
無論、それらが放り込まれてくるのは変わらない。数が減ったり増えたりはしていたが、よくある話だ。
重要なのは、米軍兵もまた、用意されていた独房へと送り込まれるようになった、ということである。
言うまでもないが、独房に放り込まれるのは相応の理由が存在する。軍隊という集団を維持する規律を乱したもの。
あるいは法や規定に定められたルールを無視した者。はたまた、命令に反した者など様々。
総じていうべきは、ここには一般で言うところの犯罪者が集められている、ということである。
厳密に言えばただの犯罪者というわけではないのだが、まあ、ルールに反した者という意味では一致しているだろう。
話を戻す。ともあれ、米軍が東部へと浸透していくに合わせるようにして、収容される兵士は増えていったのだ。
現場には軍事裁判所がないために後送されて、という形になるが、一時的に収容されることになったのである。
そして、その収容所のキャパシティーは加速度的に減っていくことになった。理由は単純、そういう兵士が増えたからだ。
555:弥次郎:2022/10/20(木) 21:24:51 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
ファルマート大陸での軍事的転回は、米軍は当初余裕をもって行えるものと考えていた。
しかし、実態はそうではなかった。ここで語るまでもないが、あまりにも地球とは違いすぎたのである。
それこそ、これまでに積み重ねていた戦訓というものがほとんど役に立たず、むしろ中世の戦いに呑み込まれてしまったのだ。
当然、そんなことになれば死者は増えるし、士気は下がるし、武器弾薬は消耗していく。
潤沢だったはずの物資は次々と消えていき、絶対性を担保するはずだったはずの武器や兵器は役に立たなくなり、おまけに情報さえまともにつながらない。
そうなれば、前線で規律というものが崩壊し、軍隊として動けなくなることは当然の帰結であったのだ。
そういうこともあり、脱走兵や離反者、あるいは独断行動をとって逃げ出した兵士というのは米軍も予想もしないペースで増えていた。
そして、現地ではその対応に追われた。生命の危機に瀕し、本能に立ち返ってしまったり、倫理を投げ捨てた兵士たち。
当然ながら危険であり、また規律に従うならば拘束しなくてはならない存在。
しかして、多くがPTSD---心的外傷後ストレス障害---をはじめとした戦争神経症に苛まれているとあれば、話は別である。
よって、独房を病室のようにして、閉じ込めながらなんとか治療をする、ということを行っていた。
そうでもしなければ、彼らは安全ではなかった。彼らは、「壊れて」しまったのだから。
そしてそんな壊れた兵士たちからも少しずつ情報を集めること---そんな苦行を、健常者たちは強いられた。
いや、最早どちらが正常で壊れているかなど、最早わかるまでもない話かもしれないが。
鉄条網と有刺鉄線、そして警備システム一式に内側を向いた幾多の銃口。
この収容区画に来るたびに、嫌でも目撃するものだ。目の前でひらいていく重たいゲートもまた、同じ。
これが同胞である米国人を拘束し、苦しめるためにあるという時点で、ウィリアム・スコット・リーは憂鬱になる。
何よりも、こうして収容区画の扉が開くたびに、どことなく感じるのだ。収容されている人々の苦しみや狂気を。
それらは目に見えるわけでもない。それでも五感に訴えかけてくる。そして、そこに踏み込んでいく度に、自分の魂までもが浸されるのを感じる。
「ご苦労様です、中佐」
「楽にしてくれ」
敬礼をする出迎えの兵士にリーはそのように言ってやるのが精いっぱいだ。
彼の顔色はだいぶひどい。目の下には隈が見えるし、やつれているのがわかる。
そんな彼に、負荷をかけすぎてはまずい。そういう理解は備えていた。
「今日も聴取ですか」
「ああ。一応、聞いておかなくてはならないからな……」
言っている自分の気持ちが沈むのを感じる。そう、聴取しなくてはならない。
命令違反を犯したとはいえ、どういう状況で、どういう経緯でそれに至ったのかを調べ、裏付けし、調書を作らなくてはならないのだ。
リーが命じられている仕事とは少し違うのだが、彼もまた特地で情報を集め、上層部に報告しているのだ。
正直なところ、返答や報告に合わせた対応は無しの礫であるが、それでもやめるわけにはいかない。
「では、係の者を呼びます。ですが中佐、分かっていらっしゃると思いますが……」
「ああ。身の安全を確保するさ」
暗い顔で、二人は確認し合う。
そう、以前聴取の最中に、迂闊な言葉を発した尋問官が激怒した脱走兵に攻撃されて重傷を負ったことがあるのだ。
それ以来、MPが常に張り付き、また、本物の刑務所のように隔離し、距離を置いての聴取が行われている。
それほどまでの、冷静さを失い、暴力に訴えてしまうほどに、均衡を失った兵士たち。
リーとて軍人だ、そういう兵士が出てしまうことは知っている。太古の昔から、悲惨な戦闘や戦争はそういう被害者を生むものだからだ。
それがここまでの数生まれているということの意味を考えれば、どれだけ異常なのかは明白。
それを理解していない上層部の指示が、国民でもある兵士たちを追い詰めていることに、どうしようもない憤りを感じてならなかった。
556:弥次郎:2022/10/20(木) 21:25:49 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
2時間余りで10人ほどの聴取を終えたリーは、ぐったりと疲れ切っていた。
それだけ疲労したというのは言うまでもないこと。
まともに話を聞くことができたのは半分もいなかった。
残りの半分は、途中でパニックを起こして鎮静剤を打たれたり、突然自傷行為を始めるなど、聴取にならなかったのだ。
決まって、彼らがどういう状況だったのかやどういう作戦行動をしていたのかなどを聞くとそういった反応を示された。
これまでに聴取した兵士たちと同じような反応だ。できる限り刺激しないようにしたが、やはり難しい。
(とはいえ、これを理由に後送することはできそうだな……)
彼らは命令に反したことは事実。されども、それが何らかの理由によるものであるならば、不名誉な扱いはされない。
作戦行動に伴う負傷や病気などは、兵士たちを穏当に退役させるに足る理由なのである。
無論のこと、本国においてそれらが認められ、軍法会議などを終えたうえでの話だ。
そしてその後に彼らが心身に負うことになった傷を癒すだけの支援と手助けが必須である。
「ただ、これでもまだまだ少数にすぎないのだよな……」
命令違反や脱走など、言うまでもなく軍法会議ものだ。不名誉除隊あるいは銃殺なども起こりえる。
そういうリスクを背負ってでもその場に存在したリスクや苦境、あるいは---恐怖から逃れたいという地獄が、最前線で繰り広げられている。
このキャンプ・アルヌスに長くいるリーでさえも、最前線の詳細な情報をすべて把握しているわけではない。
だが、分かっていることも多い。
最前線では、通信が届かず、まともに把握できていない地域においては、それだけのことが起きているということ。
兵士たちが訓練を積み鍛え上げた肉体と精神をへし折るだけの、矜持と名誉を打ち砕くような出来事があるということ。
(どれほどだろうか……)
リーは、その一端を聴取の中で知りえている。
まともにない食料、まともにない武器、現地調達した頼りない装備、いつ襲われるかもわからない恐怖。
繋がったり繋がらなかったりを繰り返す通信機、二転三転する命令、凄惨な死を迎える味方。
ネガティヴな情報ばかりが飛び込み、ポジティブな、誇るべき報告など数えるばかりだ。
だが、それでも祖国は東部ファルマート大陸への浸透を止めようとしない。どっぷりと浸かって、引き返すどころか突き進んでいる。
膨大な人名と物資とを消耗し、ひたすらなまでに何かのために進んでしまっているのだ。
現場の声は、届いていないのか。
現場など最早どうでもよいのか。
政治の事情で動くことが軍の仕事だが、軍を無碍に扱う政府に本当に忠誠を誓えるのか。
「クソっ……」
自分もだいぶ毒された、とリーは思う。
思考が悪い方向に、戦いの意義さえも疑ってしまうほどに、軍というものに不信を抱いている自覚があるのだ。
自分でさえそうなのだから、他の兵士などどれほどの不満や不信を抱き、それを押し殺していることか。
それでも、リーは歩みを止めるわけにはいかない。少しでも救い上げなくては、多くの兵士たちが報われない。
国家としての動きを止めることはできなくとも、軌道修正くらいはできるはずだと信じて、動くしかない。
されども、このファルマート大陸においてその名誉や栄光を失いつつあることは、決して変えようのない事実だった。
失ったものは大きいけれども、米国がそれに気が付くのは、まだ先のこととなりそうであった。
557:弥次郎:2022/10/20(木) 21:26:23 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
そろそろ暗い話は終わりにしたい…でもちゃんと書かないとならない
SS作家の辛いところでありますな。
最終更新:2023年11月15日 20:14