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憂鬱SRW ファンタジールートSS 「スカイズ・センチネル」3
- F世界 ストライクウィッチーズ世界 主観1944年9月 大西洋上 エネラン戦略要塞 執務室
リーゼロッテ・ヴェルクマイスターという人物は非常に多忙だ。
最高顧問という肩書きに偽りなく、そこに集中する仕事と責務は非常に多く、重要度は高い。
そも、彼女は教育者として教壇に立ち、あるいは研究者として開発に携わり、果てには連合を代表した政治的折衝も行う。
それらの仕事は如何に502に派遣予定であるウィッチとの面談よりもはるかに優先されるものであった。
しかして、一先ずリーゼロッテとひかりは一度は面談を済ませたうえで今後のカリキュラムに取り組まなくてはならない。
何しろ時間がないのだ。リーゼロッテもそうであるが、ひかりに許されている一週間ほどという貴重な時間を有効活用しなくてはならない。
そんなわけもあり、ひかりは文字通りで朝一に、朝食をとる前に執務室へと案内されたのであった。
「失礼いたします、ヴェルクマイスター大佐。雁淵ひかり軍曹をお連れしました」
「……そうか、入れ」
姉よりも幼い声、しかし威厳に満ちたそれ。扉越しでも、ひかりはそれを鋭敏に感じ取った。
ここについた初日、その声の主と顔を合わせ、言葉を交わしてはいた。
だが、あの時の高揚と驚きで浮ついた気分になった状態から一夜明け、今は冷静さを取り戻している。
いざ対面となると、昨日の自分が嘘のように怯えが入ってしまう。
「入りますよ、軍曹」
「は、ははい!」
しかし、無情にも案内役に促され、執務室内へと足を踏み入れることとなった。
そこに、銀の魔女がいた。
すでにパリッと糊のきいた軍服に身を包み、執務机に向かって仕事を行っている姿は、一幅の絵のようですらある。
自分と外観上はほぼ同年齢の人物。それでいて、大人の空気を纏っている。視線一つ、所作一つとってもまるで違う。
改めてみると、異様だ。もっと言えば、異常ですらある。
「さて……」
机を挟み、リーゼロッテと相対する。
すでに自己紹介などは終わっているのだが、
「ティル・ナ・ノーグへようこそ。
ここの最高顧問を務めるリーゼロッテ・ヴェルクマイスターだ。階級は大佐。
昨日の間に軽く済ませておいたが、改めてよろしく頼もう」
「は、はい!扶桑皇国より参りました、雁淵ひかり軍曹です!」
「うむ」
では早速、とリーゼロッテは口火を切る。
「話は昨日した通りだ。卿を502に派遣できるだけのウィッチに仕立てるのが我々の仕事であり、卿はそれに惜しむことなく努力する。
我々の信用にも絡む話だからな、全面的にバックアップをさせてもらう。
ただし、分かっていると思うが猶予は一週間余りだ。すでに一日を消費してしまった、そのことを忘れるな」
「はい」
「では、具体的な話に入るとしよう」
リーゼロッテは応接セットのソファに腰かけるように促すとともに、用意されていた書面一式を引き渡した。
「カリキュラムとしては、促成教育になる。地道な訓練などは大幅にカット。座学も要所のみとする。
最も時間を割くべきは実戦での立ち回りだ」
「実戦……ですか」
言葉にすると、先日の戦闘のことが想起される。
戦場の空気。命を賭けて戦う緊張感。迫るネウロイへの恐怖。誰かが容易く死ぬ魔の領域。
ちょっと触れただけで、身体にヒヤリとしたものが走り、同時に毛が逆立つのを感じてしまう。
「そうだ。軍曹は訓練校を繰り上げ卒業し、いきなり戦場に飛び込んだ。
死ななかったのは僥倖だが、如何せんその悪影響は出ている。恐怖に飲まれているようだからな」
291:弥次郎:2022/10/28(金) 00:45:01 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
リーゼロッテは、ひかりの現状を目敏く察していた。
当然だ、彼女はいきなり戦場の摂理に飛び込み、苛まれた。
精神面は、ウィッチとして訓練は受けていても、未だに十代半ばの少女のそれでしかないのだ。
彼女の身辺調査や精神面での鑑定から、彼女がまっとうな倫理観や価値観を持っていることも判明している。
それだからこそ、自らだけでなく周囲の状況に敏感になり、精神的に負荷を背負ってしまうことになるのだ。
サイコパスだったり、ソシオパスだったり、あるいは人格が破綻しているよりかは遥かにましではある。
とはいえ、その健全な精神が時として足を引っ張ってしまうのも事実。多感な十代半ばともあれば、猶更影響は出やすい。
「そのため、ここにもある通り、メンタル面でのケアと訓練、そして実戦に即した実技を中心とする。
軍曹、卿が派遣される先は最前線にして精鋭部隊だ。そこで最低限の動きもできないようであれば、話にはならん。
ここでの訓練を経て、という条件付きなのだ。それができないようであれば、弁明の余地はないと思え」
「はい……」
そこに、一切の妥協はなかった。ここで躓いては、「試す価値さえない」と判断される、そのように宣告された。
挑戦権を得るということさえも許されない、そういうこと。
ひかりは、リーゼロッテにそう告げられたのだ。
「よろしい。それさえ飲み込めねば、物理的にも放り出すところだったからな」
ひやりと、本当にゾッとした。諦めないというのはひかりの美点であったが、それが裏目に出る可能性があったということだ。
今の一瞬でさえも、自分の決意と行動が終わりを迎えていたかもしれないと、そういうことだった。
「まあ、安心するといい。ここでは軍曹の努力を最大限援助する。
最終的には軍曹が自らの力で勝ち取るものであるとはいえ、その為に多くの手助けができる」
一転、リーゼロッテの言葉は柔らかくなった。
ふはっと、思わず息が漏れた。同時に、緊張がゆるむのも。
「さて、そんなことで軍曹にはこれからカリキュラムに取り組んでもらうが、ここで最初のレクチャーだ」
「レクチャー、ですか」
咳払いをするリーゼロッテに、ひかりは居住まいを正す。
リーゼロッテは、持ちうる権力を用いて雁淵ひかりという人物を調べ上げた。
ウィッチとしての能力だけでなく、人間性、さらには周囲との関係までも、プライベートを調べたのだ。
そのうえで、最初の指針---今後の教育を通じて、彼女がたどり着くべき地点を認識してもらう必要があった。
「そう、一つの教授。今後に関わる、重要な話だ」
それは、一つの問いかけに始まる。
「雁淵ひかり軍曹。軍曹の目指す、502に相応しいウィッチとはなんだ?」
その問いかけは、酷く単純。
だからこそ、ひかりは答えようとした。
これまでも似たような問いかけに対し、そのように答えてきたのだから。
「それは、お姉ちゃん……雁淵孝美中尉のようなウィッチです」
「ふむ、具体的には?」
即座に、次の問いかけ。
それにひかりは答える。姉の戦いは、この目でも見ていたのだから。
「大勢のネウロイにおびえずに戦う。
負けそうになっても、諦めない。
そして、誰よりも味方を守れるウィッチです」
「……ふむ」
悪くはない、そのようにリーゼロッテは判断する。
だが、合格点をくれてやれるかと言えば、お世辞にもNoだ。模範解答がない問いかけに対して、具体的に答えられてはいるが、それ以上ではない。
292:弥次郎:2022/10/28(金) 00:45:55 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
「まあ、甘く見て40点だな」
「……そんな」
「落ち込むことはない。方針としては間違っていないが、かといって正解ではない。
ここから、修正を加え、自分で気が付いてもらう」
秘書であるフラワーがいれた紅茶を一口飲み、言葉を口の中で転がしたリーゼロッテは未だに鶸のウィッチに問う。
「雁淵軍曹、卿はどのくらい雁淵中尉の戦いを見たことがある?直接見たのは?」
「えっと……1回、です。ここに来る途中での、戦いを」
「それ以外では?」
「新聞とか…電文とかで……」
「そう、それだ。軍曹」
そこへまずステップを踏んだひかりに、リーゼロッテは一つ手を打って告げた。
そこからして、まずはずれているのだと。
「軍曹についてはこちらでも調べた。
佐世保の英雄、リバウ撤退戦での活躍、オーバーロード作戦での奮戦。雁淵中尉の活躍は見事だ。
当然、軍曹はこう言われただろう『雁淵ひかりは姉とは違う』と」
「っ……はい」
それは、図星だった。
似たような言葉を何度も言われてきた。出来損ないだとか落ちこぼれだとか、そのように言われたこともある。
それでも、と自分は反論し、必死に食らいついてきたのだ。姉にあこがれ、姉のようにならんとして。
「私はな、それが一面では正しいと思っている」
「そんな……」
「ああ、勘違いするな。親族がどうだとかで相手を色眼鏡で見るのは正しくないことだ。
しかして、同時に現実でもある」
それは、と断言した。
「それは、変えようのない事実だ。
軍曹が如何に努力をして追いかけようとも、雁淵中尉にはなれん。姉に憧れるというのはわかるが、所詮は憧れ。
途中で、迷子になる羽目になる」
「どういうことですか…!?あっ……失礼しました」
思わず言葉が強く出た。相手が上官ということを一瞬忘れてしまったのだ。
言ってから、慌てて口を抑えるが、もう遅い。
しかし、リーゼロッテはまるで気にしていなかった。
「構わんよ、私も棘のある言葉を使った。
しかし、事実は変わらん。雁淵ひかり軍曹、卿はどうやっても『雁淵孝美』にはなれない。
そもそも、どのように戦い、どのように考えているかさえ、よく知らないだろう?」
「……あっ」
「その状態で、どう模倣するというのか?
卿が見落としているポイントの一つだ」
そう、憧れて目標とするのは良い。
だが、その目標はあくまでも大衆のイメージの集まった偶像でしかない。ともすれば本人のあずかり知らぬものにまで変化する。
つまるところ、それは虚像ということであり、蜃気楼や逃げ水を追いかけるようなものだ。追いかけても徒労に終わるのでしかない。
「卿がイメージしやすいというのはわかる。目標とするのは間違いではない。
だが、雁淵孝美の戦いや飛び方をできるのは雁淵孝美にしかできないことだ。
いかに姉妹でも、年齢も違えば経験も違う。考え方も違うだろう?」
「私とお姉ちゃんは、別……」
「そう、別人だ。同一人物になろうとするのは不可能だ。
では、最初に戻ってみよう。どのようなウィッチがふさわしいと言える?」
しばらく考えるが、ひかりの内側に、その問いかけに対する相応しい言葉はなかった。
293:弥次郎:2022/10/28(金) 00:46:32 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
「……すいません、わかりません」
「気に病むことはない。精鋭部隊ということばかり強調され、どのように戦っているか、どのような戦場なのかなどは伝わっていないのだから。
だが、この問いかけの意味は一つ。まだ軍曹はゴール地点を定めることができていないということだ」
「ゴールを、ですか?」
「終着点と言ってもいい。まあ、ゴールであると同時にスタートでもあるのだが。
つまり、目指すウィッチの具体的なビジョンを、軍曹には持ってもらわねばならない」
それは、502に派遣されても問題ない実力の自分、というビジョンを描かねばならないということ。
それも一週間後にはそこにたどり着かねばならないという縛りも存在するのだから難しいところだ。
リーゼロッテは、迷える鶸に道しるべを示す。
「502というのは攻勢の組織だ。
つまり、ネウロイに支配されている地域に侵攻し、ネウロイを撃退、奪還していくことが主任務となる。
一人ではなく、集団で戦う。それも膨大な数のネウロイを相手に怯むことなく。
そこで求められるのは、我もそうであるが和だ。各員の強みを生かしながらも、集団としての統制をとらねば話にならない」
「和、ですか」
「そう。
しかして、軍曹は実力がある程度の段階で精鋭部隊についていける状態にならなくてはならない。
単純な戦闘経験では勝る僚機の足を引っ張らず、尚且つ一員として戦うにはどうする?」
難しい問いかけだ。
しかし、今日この時点で答えを出さねばならない。この後に控えるカリキュラムを万全にこなすためにも。
「私が、出来ること……強くなること?」
「それは最低条件だな。それ以外には?」
ひかりは再び思考する。
集団で戦う、あまり考えてはこなかったことだ。
訓練校でのカリキュラムではあったことだが、どちらかと言えば個人の技術を研鑽し、ウィッチとして仕上げることが優先されたからだ。
これはウィッチになるための最初の教育ゆえに仕方がないことであった。同時に、それゆえの限界もあった。
「集団を生かせる、ウィッチ……?」
「いい線まできたな」
そう、集団の一部となり、全体で一つの個となれば、その実力が不足していても補われるのだ。
「502の任務と特性を知り、その上で必要な技能を有していること、でしょうか?」
「及第点だな。本来ならばもっと具体的に持ってもらわねばならんが、そこは訓練中により固められるだろう」
即ち、とリーゼロッテは答え合わせをする。
「精鋭だけを集めたところで、どうしてもできないことが生じる。
雁淵軍曹、卿はそこを見つけ、自分で補い、集団としてより高次な存在になってもらう必要がある。
精鋭というのは、概して個が強すぎて、うまく回らないこともある。それを補えた時、卿は経験が浅くとも必要なウィッチになれる、そういうことだ」
そして、と付け加える。
「そして軍曹個人がたどり着くべきウィッチは、雁淵ひかりにしかできない飛び方、戦い方のウィッチだ。
自分自身を作り上げろ。ほかの誰かに置き換えられない、自分自身という価値を高めろ」
それがここでのゴールであり、502におけるスタートになる、と。
その言葉をかみしめ、ひかりは返事を返した。
「了解しました。不肖雁淵ひかり、全力を尽くします」
斯くして、雁淵ひかりの訓練は開始されることとなった。
他でもない、彼女自身となるための、最初の一歩だ。
空の防人(スカイズ・センチネル)たり得るかの短くも長い旅路が、始まったのだ。
294:弥次郎:2022/10/28(金) 00:47:10 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
予想以上に長くなった……
次の話では訓練の様子をちょっとばかり。
ではおやすみなさいませ
最終更新:2023年11月03日 10:58