761:弥次郎:2022/11/11(金) 23:33:13 HOST:softbank060146109143.bbtec.net

憂鬱SRW ファンタジールートSS 「スカイズ・センチネル」6



  • F世界 ストライクウィッチーズ世界 主観1944年9月 大西洋上 エネラン戦略要塞 個室



 雁淵ひかり軍曹に課された卒業試験は、即日の内に結果が公表された。
 それは、合格。
 1週間ほどの期間で、促成とはいえ必要な知識と戦技を習得し、それを発揮できるようになったということだ。
502JFW首脳部であるグンドュラ・ラル少佐、エディータ・ロスマン軍曹も認めるところであり、不足は少々あるが精鋭部隊についてこれると判断した。
無論のこと、ひかりが一人前となるにはここから実戦への参加と、実戦に合わせた中途訓練が必要であり、そこは502JFWに委ねられることになった。
ひかりの飛び方、戦い方、ウィッチとしての特性といったデータはおおよそすべて引き渡されており、これを生かすのは502JFW側の努力に依るのだ。
殊更、教官でもあるエディータ・ロスマンに求められるところは大きくなるだろうと、会議の場でリーゼロッテは断言した。

 何しろ、ひかりは固有魔法「接触魔眼」---接触による解析魔法の一部が発現した物---を持っているのである。
この事実はひかりにはあえて伝えられておらず、それとなく匂わせる程度にとどめられている。
その固有魔法に自ら気が付き、それを生かせるように振舞うことができるか、そこも含めて成長を見越しているのだ。
 教えなかった理由はただ一つ、ひかりの慢心を招かないため。
 固有魔法云々の前にウィッチとして一人前になることを急いでいたのであり、その際に不必要な情報は排除すべきだった。
如何なる魔法であろうとも、そもそも戦えないのでは全く意味がなく、むしろ周囲に負担をかけて足を引っ張りかねない。
それを排除するからこそ、意図的に伏せられたまま、というわけである。

 そして、無事に合格を言い渡され、喜びを発散し、翌日には502JFWの拠点であるペテルブルグに向かう最後の夜をひかりは迎えていた。
既に荷造りに関しては完了していた。元々が、個人の持ち物は支給された衣嚢に収まる程度しかなかったのもある。
ティル・ナ・ノーグでの教育に使われたテキストに関してはそのままひかりの持ち物となり、別途演算宝珠付きの鞄におさめられている。

「あとは、これだけ……」

 机に向かい、そのジュラルミンケースを開けたひかりはそこにある銃を手に取った。
 PHG-1200 ライトニング・コンテンダー。餞別の一つとして用意された、自分のためのハンドガンである。
 データ収集を行うというペンダントとは異なり、自分への宿題だ、と言われた。

「これが、宿題……」

 自分の身体に対して大きすぎるほどの巨大な、そしてある種歪な拳銃。
 多様なバレルとカスタムパーツ、そして整備をするための道具が一色となったそれは、一発だけ発砲可能な中折れ式拳銃でもあった。
恐らく、これを使った戦い方を見出せ、ということかもしれない。アサルト4としての訓練では相手に肉薄しての戦闘訓練もあったことだし。

(あれで活かせばいいのかな……?)

 ただ、はっきりしたところはわからない。そこを含めて考え、答えを導き、探り当てる。
 それこそが宿題なのだと、ひかりはそう理解したのだった。
 渡されたのは今日の昼間の事。早速訓練で使うためにもペテルブルクまでの道中でマニュアルに目を通す必要がありそうだ。
改めてライトニング・コンテンダーを眺めてから、ひかりは厚めのマニュアルを引き抜いておいた。

762:弥次郎:2022/11/11(金) 23:33:49 HOST:softbank060146109143.bbtec.net

 その時であった、ひかりの耳に何かを叩く音が聞こえたのは。

「?」

 そちらを見やると、そこには窓があり、窓の外には見慣れた魔女の姿がある。

「ヴェルクマイスター大佐!?」
「やあ、良き夜だ」

 窓の傍に駆け寄ってみれば、リーゼロッテは空中にシールドを張り、その上に腰かけている。
 ひかりの個室は窓があり、そこからは海が見える配置だ。つまりエネラン戦略要塞の外側からアクセスできる。
何度か実例を見せてもらったが、ひかりはそれでも驚いた。ストライカーユニットなしにシールドを張り、ここまで来たのだと分かる。
佐世保にいた時はシールドを張ってそれを足場に海を渡る訓練を何度もしてきたが、やっていることはそれの発展。
空中にシールドを置き、その上を歩いてきた、ということである。強度・展開する角度・大きさ、いずれもが完璧と言っていい精度で制御されている。
ストライカーユニットによる魔力増幅なしにこれなのだから、格の違いというものを嫌でも理解できてしまう。

「どうしてこちらに…?」
「何、明日には出発だろう?その前に会いに来たのだ」

 生憎と明日は直接顔を出せないからな、とリーゼロッテは多忙な自分のスケジュールを恨むしかない。
無論のこと、リモートで見送りをすることはできるし、携帯端末での連絡だって可能である。
 だが、こうして落ち着いて顔を合わせ、話ができるというのは今夜が最後のチャンス、ということだった。
さあ、とひかりに手を差し伸べ、艶然とリーゼロッテは微笑む。

「秘密の夜の散歩と洒落込もうではないか」
「……はい」

 正直、ひかりはクラリときた。
 そっちの気がなくても、シチュエーションとしても、絵面としても、かなりときめいてしまいそうになる。
リーゼロッテ自身は余り頓着していないようであるが、彼女は美人だ。同性であるひかりの目から見ても。
夜風に揺れる銀髪、整った顔立ち、全てを見通すような瞳、色気さえも感じる雰囲気や纏う空気。
そんな相手が彼女にぴったりなドレス姿で手を差し伸べてくるのだ、開けてはいけない扉がフルオープンしそうである。

(あ、危ない……)
「どうした?」
「い、いえ!なんでも、ないです!」

 とっさに姉である孝美のことを思い出して正気を保ったが、それでも一時しのぎなところはある。
 だが、そんな余裕のないひかりの手を取りシールドの上に導いたリーゼロッテは、フフと微笑みつつ、ひかりの身体を支える。

「さて、夜酒と洒落込みたいところだが、雁淵軍曹に飲ませるわけにもいかぬからな。
 代わりに良いものを見せてやろうか」
「え?」

 リーゼロッテの言葉とともに、二人が乗るシールドに、重なるように別のシールドが展開された。

(あ、これって弾くシールドじゃ……)

 訓練で習ったことだ。シールドとシールドを反発させることで、互いを強く弾き合わせることができると。
それを応用したのが魔導式のクロスボウであったり、瞬発的に移動するための技術であったりする。

「揺れるぞ」
「え、ひゃああああああああぁぁぁぁ!?」

 そして、リーゼロッテの言葉とともに、干渉しあったシールドは反発し、シールドに乗った二人を一気に垂直方向へと飛ばす。
まるで、エネラン戦略要塞の各所にあるエレベーターのようですらある。速度と昇っていく高さはそれの比どころではない。
ひかりにできたのは、悲鳴をあげつつもバランスをとり、リーゼロッテの手をしっかり握ることだけだった。

763:弥次郎:2022/11/11(金) 23:34:23 HOST:softbank060146109143.bbtec.net

 シールドのエレベーターの旅は、ほんの一瞬で終わる。
 しかし、その時にはひかりの身体はエネラン戦略要塞を遥か下に見下ろす、雲の上を超えた高度にあった。
不思議と、寒さや呼吸の辛さなどは感じない。ストライカーユニットを装備して高高度を飛行しているときに感覚としては似ている。

(周りにシールドが……)

 可視化するほどの濃密な魔力がリーゼロッテからあふれ出し、周囲に障壁を構築している。
 それらは本来発生する寒さであるとか、襲い来るであろう風、そして気圧の差というものを中和している。
なんとなくだが、ひかりにはそれがわかる。ここでの訓練の最中から、こういった魔力の流れや動きに感覚が鋭敏になっている気がする。

「……大佐?」
「いや、何でもないさ」

 そんな自分を、リーゼロッテは興味深げに見ている。周囲の障壁に気が付いたことがそれほど目に留まったのだろうか?
 一つ咳ばらいをすると、リーゼロッテは手を離し、悠然と自身の張ったシールドの上を歩く。

「どうだ、軍曹。これが、空だ」

 広がるのは、遮るもののない、漆黒の夜空。
 下界には光がぽつりぽつりと見え、そして上を見上げた先には零れ落ちてきそうな星々の海が広がる。
 唯々空があり、自由があった。

「これが、空……」

 高高度飛行訓練でこれくらいの高さに飛翔した経験はある。
 けれども、夜間且つ生身で自由にここまで来たことはなかった。

「この上にはさらに宇宙があり、それは限りなく広がっている。
 我々という存在は、そんなスケールから見ればほんのわずかな存在にすぎない。
 ペイル・ブルー・ドット……かつて、私のいた世界で、60億㎞という彼方から撮影された地球は、ほんの数ドットの点にすぎなかった」

 夜空に、リーゼロッテの声が流れていく。
 静かに、それでいて情熱を込めた、そんな言葉が。

「上を見ると、さらにわかるだろう。輝く星々の点在する宇宙は果てしのないほど先にまで広がっている」
「……」
「スケールが大きすぎて、想像もつかないだろう。それはそれでいい。人は飛び立つ領域をわきまえるべきだ、イカロスのように慢心しては堕ちる」
「イカロス、ですか?」
「そうだ。翼を得たことで自らを過信し、届かぬ所へ飛び立とうとした者だ。
 これは戒めであり、同時に、未来を語る神話であると、そう捉えている」

 それはつまり、とリーゼロッテは手を上にかざして言う。
 届きようのない、遥か彼方の空へと届かせようとするかのように、腕を伸ばして。

764:弥次郎:2022/11/11(金) 23:35:08 HOST:softbank060146109143.bbtec.net

「まだこの世界の、ウィッチたちの翼はほんの小さな羽ばたきに過ぎない。
 だが、その羽ばたきは惑星の内側という、限られてはいるが無限の空へと飛びたてる。
 そして、その翼で出来ることがあるはずだ、とな」
「できること……」
「この美しい空を、自由で、縛りのない、どこまでも広がるこの世界。
 それは途方もなく価値のある、それでいて儚く、美しいモノだ。
 さしずめそれは、守るべき空(Skies Sentinel)、とでもいうべきか」

 守るべき空。その言葉を口の中で転がしたひかりは、ポツリと漏らした。

「お姉ちゃん……雁淵中尉も、言っていました。
 空にいる時は自由で、それでいて、大きなものを背負っているって」

 つまりそれは、とひかりは佐世保の実家で二人で話したことを思い出しながらいう。

「空を飛べるウィッチは、たくさんのモノを守っている、その責務がある。
 この空(世界)を守らないとならない、そういうことなんですね」

 美しく、それでいて残酷で、可憐で、果てしのない世界。それこそが空。
 その一端に、自分を含むウィッチたちは翼を広げて飛んでいる。
 小さな羽ばたき。それこそ、リーゼロッテが語ったように観測さえ難しいような、わずかな、それでいて広大な空を飛ぶ。
 その自由と同時に、今の世界では、守らなければならない責務をウィッチたちは背負っているのだ。

「そうだ。翼をもつ者は、戦う力を持つ者は、その責務を負う」

 リーゼロッテは、そんなひかりの言葉を肯定した。

「雁淵軍曹、いや、あえてひかりと呼ぼう。
 ひかりは、航空ウィッチとして、空を守るために戦うことになる。
 ネウロイという脅威に対してな」

 これは最後の教えだ、とリーゼロッテは前置きし、ひかりを真正面からとらえた。

「空を見ろ。自分の飛ぶ世界を見ろ。
 遥か空の上、ダークブルーの世界を見通せ。
 おのれの五感と、センスと、全てを使って感じろ。
 そして、生き延びて守って見せろ。ひかり、お前はそれを為し得る」
「……はい」

 その言葉は、重たい。重たすぎて、墜落してしまいそうな。
 けれども、これは姉である孝美が背負ってきたものであり、同じくウィッチたちが背負ってきたものであると。
 ああ、自分はウィッチになったのだと、ひかりはそう考えるまでもなく理解した。
 普通ならば百万の言葉を尽くしてもまだ足りないが、それを理解することができたのだ。

 くしゃり、とひかりの顔が歪む。どうしようもなく、嗚咽が漏れる。
 それは、ウィッチとして真に生まれたことを告げる産声。
 空という戦場に立つことを許された少女の、喜びの歌だった。
 そんなひかりを、リーゼロッテは優しく胸に受け入れ、抱きしめるのであった。

765:弥次郎:2022/11/11(金) 23:35:38 HOST:softbank060146109143.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。

これにてスカイズ・センチネル、完結であります。
この後502JFWにひかりちゃんは出発しますね。

やっとこさ、サブタイ回収できたぁ…
しばし、充電します。
+ タグ編集
  • タグ:
  • 憂鬱SRW
  • ファンタジールート
  • スカイズ・センチネル
最終更新:2023年11月03日 11:01