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Muv-Luv Alternative The Melancholy of Admirals
第16話
イギリス、かつては世界最大の海洋帝国であった過去を持ち、現在でも世界有数の大国であるこの国の首都であるロンドン、ダウニング街10番地、その地下深くにある会議室では幾人もの人間が円卓に座っていた。
「つまり、日本と
アメリカはフランス、ソ連が主張するミンスクハイブ攻略作戦には反対的な立場ということですか」
「はい。既に正式な外交ルートは当然として、各種非公式ルートからも日米より拒否にまわって欲しいと言う内容の打診が出されております。これを奇貨とすればTPP(環太平洋パートナーシップ協定)への参加交渉もだいぶ楽になるでしょう」
イギリス史上初の女性首相であり、鋼鉄の女と言う異名を持つシャーロット・サッチャー首相の問いかけに外相であるサー・ジュノー・ハウ外務英連邦大臣が答える。
イギリスは欧州において極めて特異的な立ち位置にある国家である。
西側欧州国家として欧州連合には加盟しているものの、共通通貨であるユーロは導入しておらず、今だに自国の通貨であるポンドを使しており、軍事的にはNATOの一員として欧州連合軍最高司令部に部隊は提供しているものの、軍の主力は英連邦軍として中東とインドの防衛に貼り付けている事から実質的には独自の指揮系統を手に入れている。
外交的には歴史的経緯から反米反日感情が少なくない他の欧州連合主要国とは違い、1950年代には日米英機密情報共有協定、通称IJUSAUK協定を締結するなど日米との緊密な関係を構築しており、先のBETA着陸ユニットの地球侵入と言う大事件では欧州連合でも真っ先に日米の支持に回り、F-35のライセンス生産の許可などのいくつかの外交的譲歩を引き出している。
欧州連合にあって、欧州大陸諸国とは一線を画する国家、それがイギリスなのだ。
それ故に今回の欧州連合がソ連とともに主張しているミンスクハイブ攻略作戦においても、イギリスは今だに自身の立ち位置を決めかねていた。
「TPPか・・・外務大臣、それは本当に価値のあるものなのかね? それより、欧州連合との関係改善のためにもここはフランス人達と手を取り合うべきでは」
「そうだ。それに欧州連合とソ連はBETA技術と第3計画の技術開示も打診している。そういった意味でも日米につくよりかも仏ソと協調するべきでは?」
「欧州大陸が陥落した場合の事も考えれば、TPPへの参加は絶対に必要だと考えますが?」
TPP、環太平洋パートナーシップ協定は日米豪加を中心に太平洋と南北アメリカ大陸諸国が加盟している一大経済圏であり、イギリスはそれに対して加盟申請を出していた。
しかし、この協定は適用品目に対する最高関税率を5%に制限する事を義務付けており、高品質低価格な日本製品に国内の産業を潰されかねないと言う経済界からの懸念も出ている。何より、ローマ条約加盟国であるイギリスのTPP参加は、欧州連合の高い関税防壁の穴になりうるとして欧州連合加盟国から強い懸念が表明されていた。
そうした事から、ソ連の技術開示と絡めて欧州連合と和睦した方が良いのではないかという勢力もイギリスには少なくない規模で存在していた。
「経済的な問題や攻略によって得られる利益は今は置いておくべきだ。我々が考えるべきはミンスクハイブ攻略と言うソ連とフランスの主張がどれほど現実的なのかではないかね」
初老の男性がしゃがれた声で嗜める。
そうだ、幾ら利益が見込めると言っても成功しなければ絵に描いた餅でしかない。
「それもそうですね。軍部は今回の欧州連合と東側の共同提出した作戦の成功率をどれぐらいで見込んでいるのですか?」
「正直なところ、まったくわからないと言うのが実情ですね。何せ試算をしようにもデータが少なすぎます。一応、間引き作戦等の例を参考として算出してみましたが、結果はどんなに高くても50%程度ではないかと」
軍の将校らしき男が答える。彼の言うとおり軍部としては前代未聞の作戦であり、成功率を想定しようにも詳細なデータがない。
それでもBETAの推定数とこれまでの軍事作戦や統計から一応の試算データを算出するが、EUの机上演習はイギリス軍から見ても甘すぎる前提条件であった。
100:ホワイトベアー:2022/12/24(土) 22:31:55 HOST:om126166239069.28.openmobile.ne.jp
「詳しい想定内容は書類の方に纏められておりますが、破壊されたインフラは工兵隊を総動員すれば何とかなるでしょう。
また、大陸諸国は日米が撤退した分を埋めるために東ドイツや我が国を経由して新中古の輸送車両や弾薬等を大量に購入しております。
一応、兵站は欧州連合軍単体でも支えられると言うのが軍部の見解です。ですが、BETAハイブ内では砲兵の支援が難しく、何より、内部構造は詳しいことは何もわかりません。
この状態でまともに作戦を立てるのは不可能です。そうなると後は物量のぶつかり合いですので・・・」
ミンスクハイブ内には推定で5万から10万程度のBETAがいるとされている。これは大型種から小型種まで合わせた数であり、この程度なら欧州連合軍単体でも十分に力押しする事ができる。
その観点から見ればフランスとソ連の提案もあながち的を外していない。
しかし、彼らはある点を意図的かどうかはわからないが見落としていた。それは、これはあくまでも観測と統計を合わせた結果算出された推定値であり、これ以上のBETAが存在している可能性も十分に存在していると言うことだ。何せ、学者連中が必死こいて調査してはいるもののBETAの思考構造は今だに闇の中である
「50%ですか・・・」
多くの参加者たちが唸りながら目配せをする。
50%と言うのは一見すると高いように見えなくもない。趣味として楽しむ賭け事なら十分勝負に出てもいいだろ。
しかし、今回のは趣味としての賭け事ではなく、欧州の命運をかけた一大軍事作戦であり、チップはイギリス軍将兵の命とイギリスと言う国家の国益である。
そうした面で見れば、いささか以上にリスキーだろう。少なくとも、まともな軍事作戦として見れば失格もいいところだ。イギリス陸軍軍人がこんな作戦を立てようものなら士官学校からやり直せと言われることは間違いない。
「仮に参加するとして、我が国から派兵する兵力はどれくらいですか」
「お答えします。我が国の陸軍主力と海軍戦術機甲部隊は現在英連邦軍としてインドおよび中東に派遣されており、大規模な戦力の提供は不可能です。なので参加する場合は最大でも1個師団程度になるかと」
イギリス軍は地上戦力のおよそ8割、25個師団を主力としていくつかの部隊を付随させた2個軍を中東とインドに派遣しており、本土にはおよそ6個師団といくつかの旅団以下の部隊からなる地上戦力しかいない。
しかも、これらの部隊もうち半数が海兵隊の水陸両用師団であり、まともな地上兵力は3個師団しか本土にいない。そのため、仮に作戦が可決したとしても派兵可能な兵力の規模が小さかった。
「となると、ミンスクハイヴ攻略作戦が失敗しても我が国の被害は最小で済むわけですか。
ですが、逆に言えば成功してしまった場合の利権を求めるのが困難になることを意味しているのですのでは?」
「首相のおっしゃるとおりです。フランス人や共産主義者は技術の開示を歌ってますが、それがなされる確証はない。むしろ、今までの彼らの行動からそれがなされると何故信じられるか私には不思議でなりません。
ここは日米と敵対することはせずに作戦案自体を放棄させるべきです。」
首相の懸念に親日親米派である外相が同意を示す。
別の大陸に存在している事から海に護られ後方国家である日米と、対立続きの欧州大陸諸国とソ連、どちらがBETAの手により先に陥落するかは自明の理である。
欧州大陸が陥落したあとの外交のことも考えなければならない彼としたら、日米と敵対することなど自殺行為でしかない。
何より、日米と敵対した場合にイギリスが損害を負ったら、その責任は間違いなく彼が真先に取らされることになるだろう。英国の為に責任を負うならまだ納得できるが、ただ単に自身の失態となるだけのそれは絶対に避けたかった。
「しかしだねぇ。我々の輸出先は大抵が欧州大陸諸国なのだよ外相。彼らなしでは我々の経済は間違いなく大きく衰退しますぞ。」
産業大臣は外務大臣を挑発するかのようにそう訴える。これも間違いではない。
イギリスの主要な貿易国の上位はアイルランドと
アメリカを除いて軒並み欧州連合加盟国である。経済の事を考えれば欧州連合とのこれ以上の関係悪化は避けたい。
それに、ミンスクハイブの攻略は欧州全体の前線の東進を意味しており、欧州の安定化がもたらす日米への資本の脱出を防ぐことにも繋がる
軍事的な安全保障を重視するものは日米につくべきであると唱え、経済状況を重視するものは欧州連合との関係改善を唱える。
結局、ここに行き着くのだ。
どちらも間違いではない。そうであるが、イギリスはどちらかを選ばなければならない。どちらもと言う都合のいい回答は存在しないのだから。
全てが決まる安保理の開催まで数日が迫っている今、裏での根回しの事も考えると悩める時間は対して存在しない。
イギリスはこの日の夜、どちらに組みするかの決断をした。
101:ホワイトベアー:2022/12/24(土) 22:32:27 HOST:om126166239069.28.openmobile.ne.jp
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最終更新:2023年01月24日 13:05