729:奥羽人:2023/01/29(日) 17:08:46 HOST:M014009102000.v4.enabler.ne.jp
近似世界 1940年末 夢幻会

「では、基本の方針として……対中国では、内陸部への攻撃はアメリカに任せるという事でよろしいですね」

1940年9月末、中華民国軍が英領香港および仏領マカオを占領した。
理由はごく単純。英仏両方が、欧州での戦争によって極東まで気が回らなくなったので、その隙に奪い取ってしまおうという事である。
反欧米感情が高まっていた中華民国の民衆はこの“勝利”に沸き、高らかに中華の光復を喝采した。

しかし同時に、中華民国の軍事行動を受けた南明政府も、軍に対して警戒体勢を敷くことを指示。
南明で大規模動員が発令されたことによって、対する中華民国側も国境に軍を集中させ始め、両国は緊張状態に陥った。

そして、少しの後。
西江の畔に一発の銃声が鳴り響き、それを両軍が「相手の先制攻撃」だとしてあっという間に武力衝突に至る。
そのままなし崩し的に全面衝突へと発展し、中華南部地域は瞬く間に戦火へと包まれた。
結局、この銃撃がどちらのものだったのかは、21世紀になっても不明のままである。

戦況は、兵器の性能こそ日本製の旧式兵器を輸入している南明が僅かに優位だったものの、中華民国側は圧倒的な数で南明に雪崩れ込むことで防衛線を飽和させた。
南明軍は国境沿いで大きな損害を被り、領土内に撤退してゲリラ戦に移行しつつある。

この世界情勢の動きに大日本帝国政府は戦争を不可避と判断、その為の政治的根回しを加速していく。

その一つが、アメリカ合衆国との交渉である。

アメリカはモンロー主義を重視し、旧大陸には関わらない。
それは、正しくアメリカ人達の世論であった。
しかし、それに反して彼の国の政府上層部や財界は、大きな戦争を望んでいた。
正しくは、戦争という巨大な「消費」と、その後に得られる巨大な「市場」を。

夢幻会はそんな彼らの意志を利用することにした。
数多の世界を知る夢幻会であっても口を揃えて拒否する“支那内陸部への侵攻”の為に。

日本政府の甘言……
「イギリスに最早往年の力は無い。我々は世界秩序を守る新たなパートナーとしてアメリカを迎える用意がある」

その誘いは米政府と財界を強く惹き付ける。
更に言えば国交樹立以来、見上げていることしかできなかった存在(大日本帝国という、かつての二大巨頭であり極東のローマという国家ブランド)に認められたという想いもあってか、米政府は参戦の為の自国民向けプロパガンダを強くしていった。



「アメリカ人が支那と欧州を獲り、我々は英国からスエズ以東の利権を継承する……大まかに言うと、そういう感じですかね」

「しかし、支那をアメリカに与えるのは安全保障的に大丈夫なのか?日本は丁度挟まれる形となるが……」

「史実通りにいけば、戦後は国共内戦の激化と欧州での東西対立で日本と敵対するどころではなくなるでしょう。それに、例えアメリカが完全に支那を抑えたとしても……コミュニストよりアメリカ人の方が話がし易いので」


日本とアメリカは共同で、中華民国の蛮行を非難する声明を発表。同時に、経済制裁や禁輸措置を実行する。
これに対して中華民国は反発し、民衆の反日米感情も否応なしに高まっていった。

そして、中華民国による上海租界の接収と、その際に起こった在中民間米国人の“悲劇”によって、アメリカは参戦へと突き進んでいくこととなる。



730:奥羽人:2023/01/29(日) 17:11:25 HOST:M014009102000.v4.enabler.ne.jp



アジア太平洋の話が一段落ついた所で、話題は欧州の方へと移る。

「欧州戦線では、我々はスエズ経由のイタリア半島北上ルートを進む……という事だったな」

「正しくは、西部戦線にも付き合い程度には部隊を派遣しますが…フランス方面は主に米英軍の担当であり、我々は南方戦線に集中することになりましょう」

広げられた欧州地図には、多数の防衛線が張られているイタリア半島を北上するような形で日本軍の矢印が引かれており、その上方を見ると、史実と同じような形で進む米英ソ軍を表す大きな矢印が描かれている。

「欧州における我々の目標は、あくまでも連合国軍の援護にあります」

欧米人の戦争は欧米人が何とかするべきだ。
これは、当時の日本人達が大なり小なり抱いたことのある感想であるが……夢幻会の考えはまた違うものだった。

「我々がイタリア半島を堂々と、尚且つ低速で進みながら圧力を掛け、ドイツ軍の戦力をなるべく引き付けることによって米英ソへの援護とします」


もしここで、まかり間違って日本がドイツ人を蹴散らして欧州を解放した場合…アメリカ人は史実通りの“超大国”に脱皮できるのか……もしできなければ、我々が欧州を抱え込んでの日ソ冷戦世界となるだろう。
もしアメリカが有利でも、ソ連が脱落してしまえば……余裕をもて余した次世代のアメリカ人が何をやらかすか等、考えただけでも頭が痛い。

もし米ソが両方痛い目を見て、双方が地域大国のまま覇権競争から脱落したら……それこそ、夢幻会が一番避けたがっている「世界全ての面倒事を背負い込む」のに等しいし、米ソによる対日連立が組まれる可能性もある。
そして米ソの現技術力とドイツの現技術力・戦力を比較した場合……日本が何もしなかったらこの状況に陥る可能性が最も高い。

故に、史実通り米英には西欧を解放してもらい、ソ連には東欧を蹂躙してもらい、その後に仲良く史実のように東西対立してもらう必要がある。
夢幻会は、そう判断していた。


自国の方針の確認を終えた後は、夢幻会としての“懸念事項”の話題へと移る。


「それで、フランス人が英国艦隊に一杯食わせたってのは本当なのか?」

「あぁ、どうやらドイツの援護があったらしい」


1940年、ダカール沖にて英国海軍を中心として自由フランスやオランダ、ポーランドの船舶で構成員された艦隊が、ドイツ傀儡となった正統フランスのダカール駐留艦隊と激突した。

先に起こったフランス降伏および独仏休戦協定によって、宙に浮いた存在となったフランス海軍の諸戦力。
連合国……特に英国は、このフランス海軍艦艇がドイツに接収され、ドイツ海軍の戦力が拡大する可能性を強く警戒していた。
よって、この前に英国の手で行われたカタパルト作戦は、アルジェリアに逃れたフランス艦隊がドイツの手中に落ちないようにする為の作戦だったのだが………結果はとしては、ほぼ史実通りに英の騙し討ちに近いメルセルケビール海戦が勃発。
戦闘自体は、開始時の有利な状況によって英海軍の勝利で終わったものの、これによって正統フランスの反英感情は増大。
両国の関係は宣戦布告一歩手前まで悪化していた。

その上で、今回の出来事である。

731:奥羽人:2023/01/29(日) 17:12:59 HOST:M014009102000.v4.enabler.ne.jp


「ドイツのものらしい大型爆撃機が幾つか、イギリスの戦艦を痛打したらしい……」

「水平爆撃で戦艦が?そりゃ運が悪い……いや、まさか…」

「そう、誘導爆弾だ」


ダカールを占領しようと大西洋を進む連合国艦隊は、不幸にもUボートによって発見されていた。
その情報は素早くドイツ本国側へと送られ、同時に、ドイツ政府の“好意”によって正統フランスにもその知らせがもたらされる事となる。
復讐に燃える正統フランス海軍は万全の迎撃体勢を整える傍ら、ドイツ軍も正統フランスに恩を売りつけ、英艦隊に打撃を与えるチャンスであるとして一つの手を打つ。

それが“新兵器”を持った戦略爆撃機の投入であった。

ダカール前面に到達しようとしている英艦隊を捉えた6機のドイツ軍戦略爆撃機、Ju390は編隊を維持したまま艦隊上空に侵入し……次の瞬間、イギリスの大型艦艇は爆炎に包まれていた。

“ルールシュタールX-1”……通称フリッツX誘導爆弾。
ドイツ軍機が投下したこの誘導爆弾6発は、まだその存在が周知されていない状況下では非常に効果的であり、油断した英艦艇に容赦なく襲い掛かった。

戦艦レゾリューションに着弾した一発は右舷側副砲近辺を貫通し機関室横で炸裂、同時に至近弾の衝撃波によって浸水が始まり機関が停止することとなる。
戦艦バーラムも、一発が前部マスト直前に落下し二番砲塔が全損した上、後部マストを薙ぎ倒した炸裂によって三番砲塔が損傷により旋回不能に。
空母アークロイヤルに至っては、出撃準備中の航空機が燃料や爆弾を満載している所に爆弾が直撃。狭い格納庫は一瞬で地獄絵図と化し、空母は呆気なく巨大な松明と成り果てた。

その後、突然の出来事によって右往左往している英艦隊に、戦艦リシュリューを中心とする士気旺盛な仏艦隊が突入。

特にリシュリューは砲戦にて、自身は無傷のままバーラムを破壊しこれを転覆爆沈せしめ、レゾリューションは上部構造物を凪払われて大破炎上、続いて仏巡洋・駆逐艦隊が英駆逐艦を抑えている間に重巡洋艦オーストラリア、カンバーランド、デヴォンシャーを相手に大立ち回り。
同時刻にレゾリューションが仏潜水艦の集中雷撃によって轟沈し、そのすぐ後に重巡オーストラリアが撃沈され、カンバーランドが大破した所で英艦隊は撤退を決意。
その後も、リシュリューは逃げ遅れた軽巡洋艦デリーを撃沈し、炎上したまま残ったアークロイヤルを始末するなど活躍する。

この海戦において、英国は戦艦2隻と空母1隻、巡洋艦3隻と駆逐艦4隻を失った。
それに対して、仏艦隊はリシュリューが小破したのを始めとして、殆どの艦が大なり小なり損傷したものの、喪失艦は駆逐艦4隻のみであった。


この結果に、英国政府は驚愕した。
そして、夢幻会も同様に頭を抱えることとなった。


「“フラグ”……じゃないですかね、これ」

「いくら何でも、あの世界とは違って米ソは健在の予定だし……戦後フランスがアフリカの地で何かしようとしても、史実スエズ危機のように抑え込める……とは言い切れないな。あの船〈リシュリュー〉の存在は因果〈フラグ〉として大きすぎる…」

732:奥羽人:2023/01/29(日) 17:15:30 HOST:M014009102000.v4.enabler.ne.jp

戦艦1隻が活躍しただけならば、よくある戦場伝説の一つとして語り継がれるだけだろう。
しかし、今回は活躍した戦艦そのものが問題だった。

戦艦「リシュリュー」

この世界では、あくまでも新鋭戦艦の一つに過ぎない。
しかし、“他の世界”を経験した者にとって、この戦艦が活躍したこと……それ自体が、何らかの大きな運命の悪戯としか思えなかった。

「宇宙人と艦娘が闊歩してるような世界でも強烈な存在感を示すような船だ。侮らない方がいい」


この夢幻会は、思っている以上に“因果〈フラグ〉”の存在を警戒している。

そのようなあやふやな話に何を大袈裟な、と思われるかもしれない。
しかし、昭号計画を進めるにあたって様々な世界の辿った歴史を知り、それを事細かに分析に掛けていくにつれ、俗に言う「フラグが立つ」という事象の実在を、夢幻会はおおよそ現実のものと考えなければならなくなった。

いや、実在すると考えて行動した方が結果的に良い方に傾く……と、経験的に理解していた。
それこそ、この世界は架空戦記であると仮定して行動するように。

“昭号計画”の労力の過半は、日本大陸の存在という大きな矛盾を地道に希釈しながら、分岐フラグを折り、史実フラグを立たせる為に費やされているといっても過言ではないだろう。

「それで、どうする?」

「優先目標として戦艦リシュリューおよびオセアンの撃沈、副次目標としてジョルジュ=オーギュスタン・ビドーの排除」

無論、“この”夢幻会はあのような大いなるフランスの可能性の再現を望まない。
とはいえリシュリューを撃沈として日本海軍がそれに力を入れすぎた場合、それはそれで“伝説”となってしまう。
史実の大和とその最期の如く。

故に、なるべく静かに……それでいて、中途半端な因果の介在の余地が無い確実なやり方で。

「強い因果には、強い因果をぶつけるしかありません」

情報戦分野担当のメンバーが、軍部のメンバーとアイコンタクトを取り、そして一呼吸置く。


「今の世には実在しえないような、我々の核心に迫るオーパーツ……狩割の秘匿兵器を投入します」








※狩割(かるわり)
南方大陸西部、日本領南方州某所の地名であり、演習場に偽装された閉鎖都市の一つ「狩割村」が所在する。
狩割統合基地と狩割射爆演習場がある他、倉崎重工の航空機試験場が存在する。
住人は全て軍か倉崎重工の関係者で、地域への出入りには許可が必要となる。
地名の由来は、入植隊と関係のあったアボリジニの名前から。

733:奥羽人:2023/01/29(日) 17:18:40 HOST:M014009102000.v4.enabler.ne.jp
以上となります。
戦後のため、アメリカとソ連にはムキムキドイツ軍相手にしっかり立ち回ってもらわないと……

フランスは今のところ夢幻会に恐れられています。

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最終更新:2023年05月04日 18:22