932 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/04/10(月) 22:36:03 ID:softbank060146109143.bbtec.net [63/83]

憂鬱SRW アポカリプス アウター・ワールド編SS 「外宇宙のドサ周りをしていたら休暇を取らされたアマツミカボシの場合」



  • C.E.78 C.E.太陽系 地球 大洋連合 日本大陸 如月技研本社併設集中医療センター



「通算5日の身体のフルメンテ……はぁ、やっと終わった」

 如月の医療施設から出たアマツミカボシは大きく息を吐き出していた。
 それもそうだ、各地を転戦し、宇宙怪獣との激戦を繰り広げ、あるいはほかの恒星系を梯子した彼は、休暇も兼ねて母星へと戻ってきていたのだ。
現地の設備だけでも身体のメンテナンスは可能なのであるが、やはり精神的なモノも含めてのケアが必要と言われた。
そんなわけで久しぶりに地球の1Gに、地球という母星の大地を踏みしめるまもなく放り込まれたのである。

 改造をしている身体のフルメンテということもあり、口から吐き出したようにそれは5日間も続くこととなった。
まあ、それも仕方がないことではある。体の重要なところを結構な割合で義体化していることもあり、それを繊細にメンテするとなれば時間はかかるものだ。
まして、企業連の抱える高級戦力であるリンクスなのだ、瑕疵があっては困るどころではない。
 そんなわけもあって、専用の医療施設に缶詰めにされて、やっとこさ自由の時間を得ることができたのだ。

(まあ、自由といっても人がついて回るんだけどな)

 しかし、得られた自由時間などほんのわずかだ。
 ムラクモ・ミレニアム本社に戻っての業務が待ち受けている。主に書類業務であったり、軍への出向についての報告であったりする。
ついでに言えば日企連からの給与や賞与の受け取りというものが待ち受けている。
 加えて、愛機のメンテナンスやら新装備の受領、あるいは新調などを行うのも待ち受けている、これもまた時間がかかる。
宇宙怪獣との戦いの中で得られたデータをもとに新装備の開発や既存の装備やフレームの改造や改良は逐次行われているのだ。
ほんのちょっと前線に出ている間にも、トレンドは移ろうもの、これにも目を通しておかねばならない。
もしも新装備やらを買い求めることになれば会社の方にも手続きをしなくてはならないし、さらに時間を食うだろう。
 さらに実家とその関係で社交界に顔出しをしてご機嫌伺いをしたりされたり、愛想を振りまいて回るのも仕事の内となる。
 それらの予定とかかるであろう日数を差し引きすると、本当の自由時間などほんのわずかとなりそうだった。

(会合への出席も難しくなりそうだしなぁ……)

 現場の実働戦力であるアマツミカボシは、そこまで積極的に夢幻会の「会合」に出席しているわけではない。
実働ということもあり、連絡役を介して情報を受け取る程度で済ませていることも多い。
直接出席しなくとも、会合にはよく出る大空流星などから日企連の身内で行う「お茶会」で共有されることも多い。
そも、このアポカリプスの時期において実働がやるべきは現場での働きであり、後方に任せるべきは任せるが効率的というもの。
 だが、一度は顔を見せておきたいというのもアマツミカボシの考えでもあった。何しろ、何度となく世話になっているわけであるし。

「出してくれ」

 VIP専用の出入り口に来ていた迎えの車に乗り込み、出発。
 ようやくリラックスかと思いきや、ここで書類仕事が待ち受けているのだから、この商売は決して楽ではない。
この移動時間さえも、仕事を片手間に済まさねばならないほどに仕事は溜まっていた。
殆どが代理人などに任せているとはいえ、自分が目を通しておかねばならない書類、自分でしか決済できない書類など山ほどある。
それの手伝いをする人員がいる手前、気が抜けないのだから、なんともはや。

933 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/04/10(月) 22:37:07 ID:softbank060146109143.bbtec.net [64/83]

 専用の車ということもあり、前々世ではとんと縁のなかった高級車。
 その内部は長い車体をぶち抜いた走るオフィス状態であり、自分の決済やサインを待つ書類であふれている。
ついでに言えば事務アンドロイドが2名ついているし、腕だけの補助員も複数いるというシュールな光景だ。
 それでいて、要人襲撃に備えてガチガチに固められた防御システムなどを盛り込んでいるため、その外見に反してドンパチにも耐える一品なのだ。
 そんな夢のある車内で行われるのは、現実と折り合いをつける長ったらしい作業である。

「決済、決済、また決済。やれやれ……」

 給与明細、賞与明細、受けた依頼の収支報告書に仕事の報告書、差し引きされる税金の明細、控除される項目を並べた書類。
機密性保持のためなどの理由から紙媒体のものもあれば、電子データのそれもある。だから、印鑑と電子上のサインの両方が必要だ。

「そしてこっちは……いつもの、か」

 次いで手を付けるのはメールの山だ。
 同じく機密保持などの観点から紙媒体であったり、電子媒体を直接送ってきたり、あるいは電子上のそれであったりする。
 これもまた、送り主は多種多様だ。業務上のモノもあれば、家や資産の管理を任せている代行業者もいる。
あるいは企業連を含む各企業からのお誘いなどもある。さらにほとんど利用していない本土の一般的なサービス業からも。
他にもあるとすれば、自分が有り余る資産を税金対策も兼ねて寄付している団体やらNGOなどからも報告が来ている。
お定まりの文言でいつものように寄付に感謝しつつもさらに無心するあたり、結構図太いというかなんというか。

(いつの時代も変わらないか……)

 なまじ見てくれや風聞はいいだけに、無碍に扱えないのも事実だ。
 それにこのアポカリプス期に限ったことではないが、戦災で苦心する人々が全くの0というわけがない。
その支援のためにこそそういう団体や組織が存在しているし、余裕のある者は積極的に寄付をすることが推奨されているのも事実。
 されども、頻繁にチェックできるわけでない自分のような金持ちを狙った詐欺やら横領というのは結構あるのだ。
平然と上前を撥ねられて他のことに使われるのは非常に腹が立つので、そこの精査は厳しくしてもらっている。
 一先ず、電子上で送られてきたいつものにざっと目を通して、次に移る。

「全部追跡依頼だな……と」

 チェックを入れたメールを全て処理依頼のフォルダに投げる。
 一応自分宛ではあるが、中身は開封するまでもなくろくでもないメールだ。その数は数百万件にも及んでいた。
そのアドレスというか、アカウント自体がその手の迷惑メールなどを釣り上げるための偽物で、他に数百も存在している。
 それもこれも有名税対策の一つだ。
 名前が表に出ているリンクスは、この手の輩が集ってくるものである。
 それらに対して偽のアカウントの情報を噛ませ、次々にアドレスを切り替えていくことで追跡を振り切るのである。
ついでに釣り上げた相手の情報開示請求を行うことも並列で行うことで、犯罪者や業者のあぶり出しを行う。
いつの時代も本当に変わらないと、アマツミカボシとしては思うばかりだ。分かりやすい詐欺に引っかかる間抜けなど、この界隈にはいないだろうに。

934 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/04/10(月) 22:38:10 ID:softbank060146109143.bbtec.net [65/83]

 そんなことを2時間以上もやっているうちに、車は自宅がある高級住宅街へと入っていく。
 文字通りの意味での世界が違うエリアだ。
 アッパーヤードというべきか、家ごとの敷地の割り当てが広く、なおかつセキュリティもかっきりしている世界。
企業の重役などが生活するような、いざとなれば区画ごとシェルターに収容される、そんな厳重さを備えている場所だ。

 転生する前は、ごくごく一般的な庶民であったアマツミカボシにとって、この高級住宅街というのはまるで縁がなかった。
 いや、前世においては、リンクスとして地上圏のコジマ汚染の少ない優良な土地に暮らすことができていたので、まるで0というわけではない。

 けれども---戦場から戦場に渡り歩いているような生活を送っていると、ここが「家」という実感が薄い。
 精々が休養のためのシェルターがいいところか。
 前世においては特にそうだ。敵対企業からの暗殺やハニトラ、妨害工作などを避けるため、そう言うところでの生活が主だったのだ。
何しろ、リンクスを送り込んでの奇襲というものでBFFが退場したのは前世においてはある種転機でさえあった。
そののちの世代であったがゆえに、それに備えた対策の住居に暮らしていたのだ。

「ここも似たようなものだよな」

 無論、実家に顔を出すというのもある。けれども、休暇なので一応自分の家に戻ってきたのだ。
 とはいえ、殆どここで過ごすこともなく、そもそもが体裁を整えるために買ったに等しいこの家と土地にあまり執着はないのだ。
前述のように戦場に出るか仕事のためにあまり帰ってこない家であるし、ここも結局は仕事場に等しいのだ。

(まあ、家を大事にしろとは言われているけれど……)

 今世の両親にはそういわれてはいる。
 いわゆるハイソな、優雅な一族の生まれと育ちであるが、割と庶民染みた感性を持っていたと思う。
 まあ、家への、一族という括りへの拘りは、建造物としての家への執着にもつながるものとは理解している。
 けれど、戦争の申し子みたいな自分がそれを理解できても実行できるかと、そう思い---

(……!)

 鼻腔を擽る香りに、そして、感じ取れる人の気配に、アマツミカボシの意識は急速に集中を取り戻していった。

「なるほど、今日という日を狙ったか」

 納得の言葉を作り、それなりに身なりを整えると、鍵が開けられている玄関の扉を潜り抜けた。
 セキュリティルームを抜けた先、家事アンドロイドに衣類や荷物の一部を預け、先客がいるリビングに向かう。
 果たしてそこには、自分の想像通りの相手がいた。

「あら、ようやく」
「待っていたわ」

 オディールとオデットの姉妹だ。
 いや、そう呼ぶのは今は相応しくはない。
 親しい仲とは言え、なぜ彼女らがここのセキュリティーをパスできたのか、その理由にも関わる。
 具体的に言えば、この場にいる3人の薬指につけられている指輪だ。おそろいのそれは、単なるおしゃれ以上の意味を持ち合わせている。

935 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/04/10(月) 22:39:30 ID:softbank060146109143.bbtec.net [66/83]

「ああ……ただいま」
「「おかえりなさいませ、旦那様?」」

 アポカリプスという時期を迎える前に、二人と自分は結婚していたのだ。
 戦乱の合間に、本当に奇跡的に得られた期間に、式を挙げ、夫婦となったのである。
 二人の格好は誰のチョイスなのかなんとメイド服だ。しかもかなりクラシカルな、前々世で言うところのミニスカメイドなどではない。

「まったく絵になるから困るよ」
「そう?」
「こういうのがお好きと聞きましてよ?」
「大好きだよ」

 自分の趣向を把握されている。なので、大人しく負けを認め、両手をあげて降参を告げる。
 ああ、そうだ、と内心呻くしかない。
 彼女らと結婚したのはいい。けれど、互いに仕事に忙しく、結婚してから夫婦らしいことをした期間は短かったのだ。
ハネムーンに行ったり、互いの実家に行ったり、あるいは友人たちを招いてパーティーなどを開いたりはした。
後は夫婦らしいことを、やるべきことでありやりたいことをやってはいたが、それは気が付けばかなり前の事だった。

「待ちきれなかったか?」
「それはもう」
「お互いそういう身の上と理解している……けれど理解はしても納得できるかは別ですわ」
「……それに関しては、すまない」

 代わりに、とタブレット端末を操作して告げる。
 本来ならば予定がそれなりにつまっていたのであるが、いずれもキャンセルした。

「明日……いや、明後日までは久しぶりに夫婦らしく過ごそう」
「たった二日、ですか」
「けれど、値千金ですわね」

 ふわり、と二人が間合いを詰める。鼻腔に二人のつけている香水の香りが満ちる。
 そして、手が取られ、視覚も触覚も二人で満たされていくのを感じる。

「「それでは、思うが儘に愛でてくださいませ?」」

 これ以上は野暮、というものだろう。
 久しぶりの休暇を、アマツミカボシは二人の妻とともに堪能したのだった。
 たまには何かを忘れるのも良いことだと、自分に言い訳しながらも。

936 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2023/04/10(月) 22:40:10 ID:softbank060146109143.bbtec.net [67/83]

以上、wiki転載はご自由に。
前の話で新婚気分キャンセルを描いておいてこれである。
まあ、しょうがないね!

因みに落ち着いて夫婦らしいことをして休めるのはアポカリプス期とその後のごたごたが落ち着いてからになりますねぇ…
厄介な磁器に結婚したものですよ、全く…
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最終更新:2024年10月16日 22:59