349 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/05/06(土) 00:16:03 ID:softbank060146109143.bbtec.net [6/86]

憂鬱SRW 融合惑星 攻殻世界SS「電脳刑事は電子彼岸花の夢を見るか」


  • C.E.81 C.E.太陽系 融合惑星 β世界PRTO領域内 海洋都市群「カナン」 攻殻日本国 臨時首都東京 公安九課オフィス


 オフィスの共有スペースに入ってきたバトーがその目で見たのは、紙の書籍をめくっている素子の姿だった。
 珍しい、という言葉では足りないものだった。
 公安九課に属する関係上、義体さえも国家の備品であるため、持ち物は脳みそとゴーストしかない素子が、明らかに私物を持ち込んでいたのだから。
 また、電脳化が普及して久しい現代において、紙媒体の娯楽品というのはなかなか珍しいものだった。
その気になれば何万という書籍をアーカイブとして記録し、一瞬で検索できるというのに、わざわざ目と手を使って読んでいるのだ。
 ゆっくりと、紙に印字されている文字列をゆっくりと追いかけ、物語の中に没入している。

『貴船』

 表題には、そのようなタイトルが躍っている。
 ネットにつながり、検索をかけてみれば、それが推理小説だということが分かった。

(珍しいこともあるもんだな……それに、推理小説か)

 推理小説。
 バトーもそのジャンルくらいは知っていた。同時に、現代においてはかなり衰退しているジャンルであるということも。
 現代において、義体化や電脳化技術の発展は著しい。その結果として、古典的な推理や刑事モノというのはその質を変容させていた。
記憶の改ざん、視覚を含む五感の欺瞞、リモート義体によるアリバイ工作、あるいは偽の記憶を植え付けるゴーストハックなどなど。
それらが古典的な種や仕掛けの成立を粉砕してしまう状況下にあるためだ。
誰が、いつ、どうやってと文面から読み取れる情報から導き出そうとする試みを無に帰してしまう、そんな技術の発展があった。
 よって、電脳化などが普及する前の、過去の世界を舞台とした推理小説というのが今日の主流となっている。
現代を舞台とした推理小説もないわけではない。だが、その数が決して多くないことが、多くの作者の筆を苦しめていることがわかる。

 そして、現在素子が目を通しているのは、推理小説の中でも珍しい電脳化などが一般化した現代を舞台としたものだった。
 いつ、だれが、どうやって、どこで。そのいずれの要素があやふやな中で、確かな証拠を集めながら探偵が事件に挑むというもの。
古典的で手垢まみれのようなものだが、少なくとも悪い評価ではないようだ。電脳やゴーストの技術についての知見に基づいているのがリアリティを生んでいる。

「バトー……?」
「珍しいな、お前が読書するなんて」
「ちょっと、ね」

 やがて、視線をふと上げた素子は読書をしていたのをバトーに見られていたことを遅れて認識した。
 それほどに集中して文面を追いかけ、描かれている架空の世界の、架空の事件にのめり込んでいたということだ。

「どういう風の吹き回しだよ?」
「……そうね、簡単に言えばトグサの言葉が気になっていたのよ」
「トグサが?」

 現在も「精肉屋」のことを精力的に調査している九課の中でも珍しい「刑事」の名を聞き、これまたバトーは驚かされた。
 一体、どういう因果関係の果てに、素子がそこに至ったのであろうか。俄然興味がわいたのだ。

350 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/05/06(土) 00:16:58 ID:softbank060146109143.bbtec.net [7/86]

 対面に座り、バトーは素子の言い分を聞くことにした。
 ついでに愛用の筋トレセットを手にして、いつものように体を動かしながら。

「精肉屋と鉢合わせた時の事、覚えているかしら?」
「ああ、よーく覚えているさ」
「ビルに突入した後のことだけど、トグサは言っていたわ。
 『その手段や方法は、どう考えても我々の考えの上を行く。普通では追いつけることができないかもしれない』とね」

 そして、とその後にトグサが漏らした重要なワードを述べた。

「何故やったのか(Why done it)を重点据えて考えるべきかもしれない、とも」
「何故……だと?」

 それは、一般的に推理小説においては後から明かされる事実に付随するものだ。
 犯行の動機、とも言い換えても差し支えない。
 なぜそのように犯人は行動したのか?あるいはそのようにしなければならなかったのか?
 HowやWhoなどよりも消極的であるかもしれないが、それでも推理においては一つの視点と言えるだろう。

「そう、テロリストを狩りつくしている『精肉屋』。その動機は?と話していたでしょう?」
「ああ。トグサの奴は『テロリストや犯罪者がいなくなることで、利益が出る人間がかかわっている』と言っていたな」
「そこなのよ」

 書籍を閉じた素子は我が意を得たり、と頷いて言った。

「相手は説明のつかない方法を用いているようであるから、それを探っていても意味がない。
 だから、何故その行動を起こしたのかという点に、トグサは着目していた」
「確かに、精肉屋の行動パターンや犯行については不明な点が多いが……」

 それが解決につながるのか?というのがバトーの素直な疑問だ。

「軍人上がりの私たちには無い視点でトグサは調査を進めている。
 その視点で何かわかることがあるかもしれないなら、期待して待つのが正しいでしょう?」
「……確かにあの現場にトグサを引き入れたのはお前の判断だったがな、何か確証があるのか?」
「さあ?わからないわ、調べているトグサは何か仮説があるのかもしれないけれどね。
 それで、私は義体が調整が終わるまでに、少しでもトグサの視点を理解しようとしたわけ」

 それでこれよ、と手にしていた「貴船」の文庫本を差し出す。

「このミステリー小説はその『何故やったのか(Why done it)』に重点が置かれているの。
 これで少しは視点を理解できないかと思ったのだけど……」
「どうだった?」

 真剣な問いのバトーに対し、素子は軽く笑って肩をすくめた。

「どうにも肌に合わないわ。
 私なら、全員の記憶に探りを入れて徹底して調べるわね」
「だろうな」

 結局のところ、軍人やレンジャーという経歴を持つ自分達には難しいこともある。それに順当に素子はぶつかったのだ。

「だからこそ、トグサに期待しているのよ。私が見込んだ刑事ならってね」
「なら、吉報を待つとするか。それ、貸してくれるか?」
「ええ」

 殺伐とした仕事のある九課には珍しい、穏やかな時間が過ぎていた。
 さりとて、二人は内に闘志を秘めている。次こそはと、リベンジを誓っていたのだから。
 しかし、その闘志が思わぬ形で梯子を外されるのであるが、それはもう少し先の事であった。

351 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2023/05/06(土) 00:17:35 ID:softbank060146109143.bbtec.net [8/86]
以上、wiki転載はご自由に。
色々とこねくり回していましたが、準備ができたのでトグサ君の事件簿、始まります。
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最終更新:2023年06月03日 21:50