719 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/05/23(火) 21:40:06 ID:softbank060146109143.bbtec.net [96/144]
憂鬱SRW 未来編 エグゼシナリオSS「第二回N1グランプリ前日譚in下北沢」
- C.E.地球 大洋連合領 日本大陸 東京 下北沢 STARRY インターネット端末前
後藤ひとりの最近増えたルーチンの一つが、自主的なネットバトルの訓練であった。
紆余曲折を経て、いろいろな出来事を経て親交を結んだ中学生の光熱斗に指導され、ひとりはネットナビオペレーターとしての腕を磨き続けていた。
一体なぜか?学校の勉強、結束バンドとしての活動、バイトなどぎちぎちなスケジュールの中でやり始めた理由は?
それは偏に、自分が参加すると宣言し、書類まで送ってしまった第二回N1グランプリに向けての練習であったのだ。
一緒に研究して作った自分のチップフォルダを装備させ、ナビであるシェードマンをオペレートして、毎日練習。
疑似バトルデータを相手にすることもあれば、インターネット上でウィルスバスティングをひたすらにすることもある。
幸いにして、シェードマンも前向きに手伝ってくれることもあって、順調に経験値を積んでいる。
自画自賛ではあるが、同世代でも一つ抜けているのではとか密かに思い始めるくらいには腕が上がった気がする。
事の始まりは少しばかり前のことだ。
勢い勇んでN1グランプリに参加する!と宣言したはいいものの、結束バンドの面々には真っ先に心配されたのだ。
「ぼっちちゃん、ネットバトルの経験あるの?」
「腕自慢が集まるからねぇ……」
「カスタムナビだけじゃ、ウィルスには勝てても対人戦は…」
悪意無き純粋な、遠慮がちに発せられたその問いかけに、宣言をした直後のひとりは文字通りの意味で爆発四散した。
その場に居合わせた結束バンドの面々がパズルのように組み立てることで復活したが、それでもメンタルは著しく打撃を受けた。
黒歴史にふれられてしまったからである。
そう、思い当たるところはあるどころの話ではなかった。
義務教育課程において受けた彼女のウィルスバスティング授業の成績は悲惨そのものだったのだ。
要領が悪いことに加え、どのようにすればいいかを誰かに聞けず、挙句ナビとさえコミュができないという致命的なコミュ障が原因であった。
今でこそシェードマンというナビを持っていて、尚且つ彼が相当な経験値を持ち、戦闘用のカスタマイズをされていることもあって、下手くそでもなんとかなっていた。
だが、結束バンドの面々はひとりの知らぬ常識を突き付けた。
こういうネットバトルのトーナメントに出場するようなオペレーターとナビの実力はとんでもないものなのだと。
最初こそ信じなかったひとりだが、現実は非常であった。証拠に第一回のN1グランプリの動画などを見せられたのだ。
第一回大会は途中でトラブルこそ起こったが、その事件が起こるまでは猛者たちによる激戦が繰り広げられていたのだ。
ド素人でド下手なひとりでさえも、どれだけ卓越したオペレートとナビとの連携が必要であるかを理解させられた。
この際にひとりの身体はメルトダウンを起こしてSTARRYの床に染み込みそうになったが、小麦粉で何とかなったのも懐かしい記憶だ。
720 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/05/23(火) 21:41:14 ID:softbank060146109143.bbtec.net [97/144]
その後、壊滅的な腕を改善するために行動を起こすことになった。
ドタバタ色々とあったが、腕前の良い人を探して指導してもらうことになり、前述のように光熱斗に指導を受けたのである。
自分より年下で、腕前がとんでもなく良くて、ナビ共々すさまじい陽キャで、コミュ強で---なんどか意識が飛んだりしたがやっとこさ学んだ。
自分の腕前が及第点にすら及ばないこと。シェードマンの足を引っ張りかねないこと。大会に出ても予選で即座に敗退しかねないこと。
多くを学んだうえで、それでも参加して勝ち上がると決意したのだ。
(できる、できる、私はできる……!)
正直自分に言い聞かせているのに蕁麻疹が出そうだった。あ、なんか腕がかゆい。
だが、バンドのメンバーや熱斗には、そういうネガティブすぎる思考が失敗につながり、負けにつながると指摘された。
シェードマンも、ひとりがやる気を見せなければ、自分も強力しないと断言し、ひとりの退路を断つと同時に、珍しくひとりを叱咤した。
その後にSTARRYで起こった事件でようやく自分の力にちょっとは自信が持てるようになり、少し前向きになれた。
元の性格を考えれば、両親が感涙モノの進歩と言えるだろう。妹のふたりも毒舌ながらも驚くかもしれない。
そして、今日の練習メニューは強いウィルスが出没するウラインターネットでのウィルスバスティングだった。
以前から何気なくアクセスしていた場所だったが、本来は危険な場所なのだと聞かされた時は驚いたものだ。
ひとりの認識上、人が少なくて、自分の曲を欲しがる人がたまにいる程度であったのだから。
とはいえ、シェードマンの顔が知られていて余計なトラブルに遭うこともなく、強いウィルスとの戦闘経験が積めるのは表よりよかった。
得られたチップやゼニーは後藤家の財政に貢献するし、ひとりの腕前も上昇する。
(前から過ごしやすかったから、気にしなかったなぁ)
正直、裏と表の違いはまだ判然としない。
犯罪者がいる、と言われても、まともに被害を受けたこともないのが拍車をかけていた。
実際のところは、シェードマンというダークロイドの存在と顔が裏では知られており、アンタッチャブルの一つとなっていることに由来する。
それにロックマンと共に行動していたことも、これにさらなる上乗せをしているのだ。
知らず知らずのうちに、シェードマンと熱斗とロックマンに守られていた、というわけである。
まあ、そんなことを言っても信じてもらえないだろうし、積極的に話したいことでもない。
知らぬが仏、というわけである。
721 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/05/23(火) 21:41:56 ID:softbank060146109143.bbtec.net [98/144]
そして、暫くウラインターネットを飛び回っている最中の事。
順調にノルマをクリアできて、表の世界ではレアなチップ、バグのかけら、あるいは換金可能なジャンクデータを貯めつつあった。
収穫も増えてきてホクホクしていたひとりに、急に声が飛んだ。
『ひとり、止まれ』
今、現実世界側のSTARRYに、より正確にはインターネットにつながる端末の周辺にはひとりしかいない。
声の主は、シェードマンだ。
「どど、どうしたの?」
問いかけた先、ウラインターネットの一角を睨んでいる自分のナビがいた。
そこには特に何も見えない。少なくとも、PETから展開されているモニター上には何も表示されていない。
だが、シェードマンははっきりとそこに「何か」を見出していたようだった。
(あれ……?)
そういえば、こんなに真剣な声は初めて聞いた気がする。
いつもは吸血鬼やコウモリを思わせるような外見に相応しい、やや芝居がかった口調だというのに、直球で自分に進言してきた。
『何も言わん、このままプラグアウトだ』
「え、え?でも、まだ……」
『急ぐんだ』
有無を言わさぬ口調だった。同時に、何かを恐れているかのような、焦りのようなものを感じ取った。
慇懃無礼で、裏の住人にさえ強気なシェードマンが、自分と違って自信にあふれた彼が、そんなことを言いだすだろうか?
「わ、わかった、よ」
『ああ、プラグアウトは少し待て……よし』
シェードマンの操作でメールが作成されると、どこかへと送信された。
だが、それはPETのメール機能を使っても内容は愚か送信先さえ判明しなかった。
いや、メールを送った記録さえ無いように思える。どういうことだ?
「ん……何が?」
『……キキキ、好奇心猫を殺すという。
何も見なかったことにして、回れ右をした方が賢明だ』
そして、今度こそ有無を言わさずにプラグアウトした。
ひとりは何とか聞き出そうとしたものの、結局その後シェードマンは口を割ることはなかった。
それはオペレーターであり主人であるひとりのためであり、同時に自分のためでもあったのだ。
シェードマンは見えていたのだ。PETのフィルター機能によりオペレーターが視認できない、闇よりなお深い深淵の裂け目を。
(アビスエリアへの落とし穴……偶発とはいえ、できているとはな)
シェードマンのようなダークロイドでさえも恐れる、インターネットの最奥にして深淵、アビスエリア。
そこへとつながっているであろうネットの次元の裂け目が発生しているのを見つけてしまったのだ。
メールを送った先は、地球連合のネットの真実を知る者達だ。直ちにあの裂け目は処理班によって消去されるだろう。
偶然の出会いではないかもしれない。シェードマンはその様に考えている。
アビスエリアはあらゆるものが集まる場所でもある。ネビュラホールエリアさえ、アビスエリアから見れば浅瀬もいいところ。
ネットという世界に存在するものの根底がそこにはあり、誰もが気が付かぬうちにつながってしまうことがあるのだ。
アビスエリアそのものが、後藤ひとりという特異な個人を引き寄せた---少しゾッとする想像をし、しかし、何とか振り払う。
自分の新しい主人があの世界を知らぬままに過ごせるようにと、らしくもなく願いながら。
722 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2023/05/23(火) 21:42:57 ID:softbank060146109143.bbtec.net [99/144]
以上、wiki転載はご自由に。
シェードマンはアビスエリアを当然知っているよなって…
最終更新:2023年06月03日 21:01