832:陣龍:2023/01/20(金) 21:05:04 HOST:124-241-072-209.pool.fctv.ne.jp
『【宿命】の転換点』
「……平和だのう、たづなよ」
「……そうですね、理事長」
年末の有馬記念、無我の境地へ一時的に踏み入ったフェニックスジェット()師匠による快挙の日から早幾日。
新年を迎えたトレセン学園は、帰郷したウマ娘生徒が多い事も有って、普段の良き喧騒も無い、静かな朝を迎えていた。
「……ゴールドシップとゴーストウィニングが大量に漁獲したあのタラバガニ、好評であったな」
「ええ、普段は先ず食べる事のない大きな身のカニ料理を沢山食べれた事に、トレーナーさんや職員さんらも喜んで居ました」
ウマ娘が集う学び舎と言う事も有り、普段から長期休暇や年末年始、イベント事等で何かしらの事が起きる事も多いトレセン学園だが、
今回の年末にて自らまいた種のせいで魂諸共『脱色』したゴールドシップと、その不沈艦と共に余人が五度見する量の
ベーリング海でのカニ漁を実施して持って帰ったゴーストウィニングにより実行されたカニ祭は、
ツインターボの有マ記念勝利記念会として多数を処理し、それでも余った分は一定量を冷凍保存して後にカフェテリアで提供し
関係各位にも大量譲渡した事で何事も無く終えられた。トレセン学園基準では、この規模の話でもミニイベント級に過ぎない。
『クラシック三冠じゃ無くてトリプルティアラ路線―!?』
「……平和だのう」
「……そうですねぇ」
遠くからでも聞こえた、最近よく耳にする様になった新しいウマ娘の大声を聞き流しつつ、理事長とその秘書は平和に湯呑みでお茶を啜っていた。
異世界から複数の来訪者が現れ、トレセン学園が異界化する、約2,3か月程前の事であった。
834:陣龍:2023/01/20(金) 21:08:58 HOST:124-241-072-209.pool.fctv.ne.jp
「~~~~~っ!ご、ゴースト……声、大きすぎ……」
「み、耳が……」
「おぉぉぉ……あ、頭がガンガンする……」
「ゴーストさん……驚くのも無理もないかも知れませんが、声のトーンは抑えませんと」
「シレっとゴールドシップの後ろで被害軽減してるマックイーンさんが言っても……」
「まっ……まっくいーん……最近、ゴルシちゃんへの扱いが悪化しまくってるぜ……ガクッ」
「……ごめん、衝撃の余りに、つい勢いで」
漫画的表現ならばトレセン学園がコンニャクの如く揺れ動く大声を発するは、
ターフの亡霊ことゴーストウィニング。その被害を被ったのは、
ゴーストと似たようで全く違う経緯の転生馬であるトリプルターボとカナリハヤイネンに、
スピカに入部してそれなりに月日が経ったキタサンブラックとサトノダイヤモンド。
そして偶然同席していたマックイーンに偶々立ち位置で盾になって大声が直撃し伸びている
ゴールドシップ。トレセン学園的には珍しくも無い事である。
「いや……でも、どうして?ダイヤの方は兎も角としても、キタサンの方はテイオーに憧れてるって話を聞いたけど」
「ゴースト……お前さん、それ本気で言っとるんか?」
「朝日杯FS(フューチュリティステークス)に阪神JF(ジュベナイルフィリーズ)、
そしてホープフルステークスの連闘で全部一着取ってたら、考えもするでしょ……」
「えぇ……自分が悪いの……?」
「いや、悪いとは言わんけどな……」
転生馬コンビのツッコミにも余り釈然としない【亡霊】に呆れるカナリハヤイネン。
「えぇっと……正直に言うと、今の自分の実力では、ゴーストさんもですけど、トリプルターボさんにカナリハヤイネンさんにも、
遠く及ばないと痛感して居まして」
「ジンクス破りとは次元の違う話ですから……それに、ゴーストさんが丁度出走レースに関するジンクスを破ってくれましたから、
私達もそれに肖ろうかと!」
「ジンクスとはちょっと違う様な……?」
サトノダイヤモンドの言い分に頭を傾げるゴーストウィニング。有マ記念でのツインターボの激走にて掻き消されていたが、
ジュニア期のウマ娘で有りながら重賞出走と一位もそこそこに、JURAの重役らが反対の空気を色濃く見せていた
『クラシック三冠・トリプルティアラの同時出走』を実行に移す為に、11月の朝日杯FSと阪神JF、
12月のホープフルステークスら3つのG1に出場し、全く危なげなく勝利した実績にて、
JURAの反対派閥に渋々で有りつつもこのゴーストウィニング以外では無謀極まりないG1出走スケジュールを認めさせた。
より正確に言えば、認めさせたと言うよりは諦められた、と言う方が適切だろうか。
また世間の反応だが、キタサンブラックやサトノダイヤモンドが発表する以前に、
ゴーストウィニングが一見無謀極まりないクラシック三冠・トリプルティアラ路線を公表した為に、
一部の論評家だか解説者とも言うべき無責任な人種が【正史と違うレースに出るのは無礼】と言う
一方的見解でしきりに批判を繰り返したが、世間の殆どは無茶苦茶過ぎるが夢想染みた
『無謀な奇跡に挑む美しい夢物語』には好意的であり、尚且つ既に今世代のウマ娘の中で早くも
G1を3勝する実績を持って居る事からも、批判して居る側の方を白眼視する傾向が強かった。
そしてゴーストウィニングがケチ付けるだけの批判者に多数注目された為、
キタサンブラックらのティアラ路線について余り批判される事が無く、
適度に注目され、良きファンや古くからの友人に応援をされる程度にとどまった。
835:陣龍:2023/01/20(金) 21:11:06 HOST:124-241-072-209.pool.fctv.ne.jp
「それと……私達がティアラ路線に行ったもう一つの理由が有りまして、そしてそれが疑問なのですが」
「どしたの、ダイヤ」
「この前、今度の新入生向けのトレセン学園PVで、スマートファルコンさんやリッキー…
あ、コパノリッキーと一緒にレースしたじゃ無いですか、ダートで」
「あー、走ったね。後少しだったから割と悔しかったよ、撮影の事忘れそうな位」
「そう!それなんです!ゴーストウィニングさんは本来芝専門のウマ娘!なのに、
どうして『スマートファルコンさんとコパノリッキーちゃんにハナ差の3位』にまで追い詰める事が出来たのですか!?」
「一緒に走ったツインターボさんやテイオーさんは大きく遅れての大差で遥か後方、
トリプルターボさんやカナリハヤイネンさんでも9バ身、10バ身差……。それだけの脚力があるウマ娘に、
今の自分達が挑んでも勝負になるかと、考えちゃいまして……」
「そう言えばそんな事も有りましたわね」「ウチも気になってたわ…」と、カニ漁の諸手続きを終えて抜けた魂が
再度脱色して抜けていきそうになっているゴールドシップを芝の法面に寝かせながら、
先日のPV撮影の為のレースを思い出す一同。内容としてはトレセン学園に入学するウマ娘に、
自分の脚質を無視した強引なレースやトレーニング選択をするべきでは無い事を促す、
一種の教育的映像であり、実際ルドルフ会長から話を聞いて立候補したトウカイテイオーと、
そのライバルであり半ば無理矢理に参加したツインターボは仲良くレース開始直後から置いてけぼりにされて
大差で如何にかゴールし、トリプルターボとカナリハヤイネンも健闘はすれど余り走った事のないダートコースには苦戦し、
普段のレースとは掛け離れた着差でゴールした。此処までは、撮影側の想定通りである。
因みに、最下位はトウカイテイオーと半バ身差でツインターボである。
だがそんな撮影側の思惑なんぞ関係無いとばかりに、ゴーストウィニングだけは平然と激しい先頭争いを繰り広げる
スマートファルコン、コパノリッキーの背後に何時も通りに追走を続け、最終コーナーを抜け出した時には
三者完全に平行線のデッドヒートを展開。撮影班も本来の目的を忘却する大激闘の末に、
レース用の撮影機材で無かった事も有ってスマートファルコンとコパノリッキーは判定不可の二者同着、
ゴーストウィニングはハナ差でギリギリ三着と言う、非公式記録ながらに飛んでも無い事になったのだった。
その為この時の撮影映像はPVには使えないとお蔵入りになった為に、今では噂でしか知られず証拠も表に出て来ない、
世間的には都市伝説的存在となった模擬レースである。
「そんな事言われてもなぁ……」
「良し、じゃあ私の方から解説して見ようか。まぁこっちも受け売り話しか出来ない素人なんだけど」
「あっ、主さん!」
「えっ……主、さん?」
「キタさん、この方はゴーストウィニングさんの元馬主で、今は親代わりの飯崎鈴夏さんですわ」
「イイザキ…あっ、この声、有名なインフルエンサーの『花舞 神流』か?!」
「おっ、そうだよー。いやー、意外とウマ娘の娘達にも知られてるんだねー」
ワンコの如く尻尾を振り回しながらゴーストウィニングが抱き着く女性は、ネットネーム『花舞 神流』と名乗る
投資家兼動画配信業を兼任するインフルエンサー。ゲーム会社や食品会社等と協定を結んで
容赦無く褒める所は褒めて駄目な所は抉り出すストロングスタイルと、
古武術を実戦にある程度使える程に習熟している運動神経が特色の配信者である。
836:陣龍:2023/01/20(金) 21:13:24 HOST:124-241-072-209.pool.fctv.ne.jp
「いや知られてるも何も……なぁ」
「うん……何か、変な市民団体?なのに集られて訴訟されたとかで結構騒動になってましたよね?」
「あはは…お恥ずかしい。でも大丈夫、もう『全部片づけた』から。今日は学園に事の次第を話に来ただけ」
「主さんは強い人だから心配要らないよ」
「お、おう……そうか……」
腕に加えて尻尾でもガッチリホールドするゴーストウィニングの姿に思わず
目をそらして適当な返事を返すカナリハヤイネンと苦笑するトリプルターボ。
ゴーストウィニングの行動が突発的に不安定な事は知っているが、
中身が幼児レベルの人生経験でしかない事は、未だ良く実感、認知されて居ない頃であった。
『騒動』となった事の次第としては、インフルエンサーとして多くの登録者と人気を持つ『花舞 神流』に
目を付けた左派系統の人権団体が広告塔とすべく接触し要求、それを丁寧に一蹴され断られた所、
折角の『行ってやった』誘いを断られた事に激昂した人権団体側が、一方的な言い掛かりや
名誉棄損の詐称を公言して『報復』を仕掛け、当然突然殴られた形の『花舞 神流』側も
証拠を集めて警察に被害届を提出し事態を公表。大人しく殴られる所か【反撃】して来た事で
更に逆ギレした人権団体側が『被害届ハラスメント』なる訳が分からない言い分を大義として
弁護士を複数人会見させ訴訟をチラつかせた所、それとは別の公金に関する不適切な流用や使用、
また外郭団体を用いた汚職疑惑が急速浮上し爆発すると言う大問題が勃発。
発端とは無関係な所での疑惑と問題暴発に対し、経緯を省き結果だけを纏めると、
件の『人権団体』は名誉棄損罪にて有罪となり損害賠償命令が下り、
またそれとは別件の公金問題に関してはティ連も首を突っ込んで来た徹底捜査で芋蔓式に利権構造が暴露、
政治側関係者も含めて纏めてお縄になり多数の市民団体も解散させられる酷い有様となった。
その為数ヵ月後にトレセン学園に襲撃して来た輩の中には、
この時に自業自得で身の破滅に陥った愚者も多数存在して居た。利権構造の解体にて浮いた税金は、
それなりに教育関係に回り、当然ながらトレセン学園にも増額されていた。税金吸い取りを生業とした者達に取っては、
【本来我々が全て得られるべきカネ】を横取りされたと言う感情だったのだろう。
尽く異界に呑まれて化け物と化しているので、未来では推測でしか語れないのだが。
「で、本題が『ゴーストウィニングが何故ダートを走れるか』だったっけ?」
「あ、はい」
「話は単純で、『ゴーストウィニングは重馬場極まりない欧州馬場も走れる位に適性がある』ってだけ」
「あ?せやかて、ウチらも凱旋門賞取る位に走れてたで?」
納得のいかない疑問を言うカナリハヤイネンに、苦笑いする『花舞 神流』。
「カナリハヤイネンちゃんやトリプルターボちゃん、転生してウマ娘になって15年位経っているでしょ?
それに、競走馬時代から引退して種牡馬とかの時間も考えたら、最低でも20年以上は」
「そう……ですね」
「まぁ……せやな」
「尚且つ、ウマ娘に転生する事で、UMA時代の圧倒的豪脚や体格と言う優位も無くなっている。
そうなれば、過去の経験も余り上手い事フィードバック出来ないのも仕方ないんじゃ無い?」
「……では、ゴーストさんの場合は?」
「だってこの娘、サラブレッド時代から引退とか無しに現役のままウマ娘に直通だもの」
837:陣龍:2023/01/20(金) 21:14:59 HOST:124-241-072-209.pool.fctv.ne.jp
事も無げに言われた言葉に『あぁ……』と思わず頷く、倒れ伏したままのゴールドシップ以外の一同。
例えどれだけ競走馬時代に輝かしい記録や経験を積み上げていたとしても、ウマ娘に転生してしまえば、
競走馬時代の経験をそのまま流用出来ると言う訳では無い。四足歩行と二足歩行の違いは、
そう易々と越えられる壁では無い。しかも、当時の競走馬時代の経験も、
引退レースから種牡馬生活を経由し老衰や病死等に至るまでの年月に、
ウマ娘に転生して成長するまでの年月も経過すれば、どうしても薄れて霞み、
『色濃く』残っている事は無い。『ギフテッド』とも言える様な特筆すべき記憶能力等が有るならば話は変わるだろうが、
良くも悪くもこの転生馬二人には、転生前の記憶こそ残っては有れど、その様な能力は備わっていなかった。
一方のゴーストウィニングは、その馬運車での焼死から『神の奇跡』にて直結でウマ娘に『転化』した為に、
トリプルターボやカナリハヤイネンの様な【経験の摩耗】と言うべき時間帯が存在していない。
無論四足歩行から二足歩行に行き成りすり替わった為、如何に『後付け』されていると言っても
普段の行動に苦労は有るのだが、事レース経験に関して言うならば、
極めて【濃密】なままでウマ娘としての経験へと昇華を重ねている。
【色】【匂い】【音】【息遣い】【光】……それすらも、ゴーストウィニングは残していた。
「あ、練習の邪魔してゴメンね?私はもう行くから」
「うん。仕事頑張って」
「はいはーい」
そして話すべき事を話してその場から退散したゴーストウィニングは元馬主。受け売りと言いつつ何気に
詳しく解説したように思えた疑問を持ったウマ娘は、その思考に移るより先に何だか幼子の様に手を振って
見送ったゴーストウィニングが戻って来た事で考えを切り替えた。
「……そう言えばゴールドシップ、全然起きないね」
「そ、そうですわね……どうしましょう?」
「マーマイトでもぶっ掛けたら起きるかな?」
「オイ馬鹿止めろ!ゴーストが言うと本気のガチで洒落にならねぇんだよ!?」
――――トレセン学園は平和だった。春先の来訪者と、それに連動した騒動が起きるまでは。
838:陣龍:2023/01/20(金) 21:16:38 HOST:124-241-072-209.pool.fctv.ne.jp
|д゚) 各々の出走、特にゴーストウィニングとキタダイヤの選択した経緯や流れについてでした
|д゚) 書き込み失敗に読み込んで暫く待っても変わらなかったのにどうして書き込み流れてたのか…(削除願い出します
最終更新:2023年06月27日 18:43