499 :グアンタナモの人:2012/02/27(月) 14:09:09

※憂鬱召喚 序章


 大きな爆発音が、白い石造りの神殿の中に響き渡る。
 その爆発の衝撃で天井から、ぱらぱらと石の欠片が落ちてきた。

「流石は蛮人のものだな。貧相な上に造りが甘くてたまらん」

 落ちてきた石の欠片を見ながら、軍装に身を包んだ恰幅の良い金髪碧眼の男は悪態を吐く。
 研き抜かれた大理石の床。
 壁面に施された緻密な彫刻。
 石材同士の繋ぎ目も精密。
 派手ではないし、規模も小さい。だがそれでも、とても男のように〝貧相〟で〝造りが甘い〟とは言えない荘厳な神殿であった。
 もっとも男の思い浮かべる神殿――教皇都の豪奢な大神殿――に比べれば、確かに〝貧相〟で〝造りが甘い〟のかもしれないが。

「閣下。こちらでしたか」

 そこへ、一人の兵士が駆け寄ってくる。
 鎧を発展させた親衛師団の黒い戦闘服。背負っているのは、彼らの新鋭装備である自動小銃だ。
 自動小銃は男の言うところの蛮人が数年前に開発を成功させているとのことだが、こちらのものに比べれば弾詰まりが酷く、耐久性も皆無と聞いている。
 栄えある教皇国の技術が生み出した、こちらの自動小銃と比べるのはおこがましいだろう。

「奥の閉ざされていた部屋ですが、解除と爆破が完了致しました。これで中に入れます」

「蛮人共の結界に何を手間取っているかと思えば……解った。すぐに行く」

 兵士の報告を聞くが早いか、閣下と呼ばれた男は兵士を付き従えて足早に神殿の奥へと向かう。
 男達がこの場所を制圧した目的が、そこにあるからだ。
 神殿の奥へ向かうに連れて、人の姿が増えていく。
 神殿の調度品を運び出しては、廊下に次々と積み上げている彼らは、男の指揮する親衛師団の兵士達だ。
 これも男の言うところの蛮人の代物なのだが、金は金であるし、銀は銀。そして宝石は宝石に変わりない。
 蛮人にはできない〝有益〟な使い方をするのも、彼ら人間の務めなのだ。

「こちらです」

 廊下に積まれた調度品を横目見ていた男は、兵士に呼ばれて前を向き直る。
 兵士が示す先には、爆薬で破壊された大きな石扉と、その前に立つ数人の人間の姿があった。

「閣下、お待たせ致しました」

「キュンメルか。待ちくたびれるところだったぞ」

「手間取ってしまい申し訳ございません、閣下。特に異常は見られませんので、どうぞお入りください」

 一般兵士の戦闘服とは異なる軍装を着た眼鏡の男――肩の階級章は大佐を示している――が申し訳なさそうに言葉を返す。

「まあ、良い。下手に〝あれ〟を壊されてしまうよりはマシだからな……というよりも〝あれ〟は確認できたのか?」

「そちらについては間違いありません。魔術技官が確認致しましたので」

「なら大丈夫だな。〝あれ〟が手に入れば、我が国はさらなる高みに行けるぞ」

 男は満足そうに言い、破壊された石扉へと近寄っていく。
 石扉の両脇を守っている兵士達が、素早く整った敬礼を行なう。
 左手を胸に当て、右手を斜め前に突き出すという、最も礼を尽くす形式の敬礼だ。
 そんな兵士達を見て鷹揚に頷き、男は石扉を潜った。

500 :グアンタナモの人:2012/02/27(月) 14:09:59

 最初は小さな異変だった。
 二〇世紀の終わりまで数年と差し迫った頃、ノルウェー領スヴァールバル諸島の上空で美しいオーロラが確認された。
 オーロラを観測するには若干条件が悪いスヴァールバル諸島だが、だからといってまったく見えないという訳でもない。
 珍しいこともあるものだ、と思いながら多くの住人はその美しいオーロラを楽しんだ。
 しかし一週間、二週間と日が経つに連れて、オーロラを楽しんでいた住人は徐々に困惑の表情を浮かべ始める。
 その美しいオーロラが〝消えなかった〟のだ。
 どれだけ月日が経とうと、オーロラはその美しい姿をスヴァールバル諸島上空に現し続けたのである。
 珍しいの一言で済ませられる時期は、とうの昔に過ぎ去っていた。
 さらに連日連夜、オーロラを眺めざるを得なかった彼らは、もう一つあることに気がつく。
 オーロラが日が経つに連れて、どんどん大きく――いや、どんどん長くなっていったのだ。
 まるでスヴァールバル諸島を包むかのように。

 この頃になるとノルウェー本国のみならず、フィンランド共和国やスウェーデン王国。
 さらには大日本帝国といった国々から、この奇妙なオーロラを調査すべく、研究者や専門家達がスヴァールバル諸島に集まり始めていた。
 だが、そうして集まった彼らは一様に驚愕の表情を浮かべる。
 何故ならば調査の結果、あれが〝オーロラではない〟と判明したからだ。
 では、あれは一体何なのか。
 そうした根本的な疑問に彼らがぶつかった頃、遠く離れた南の海でもう一つの異変が起きる。

「東サモアでオーロラ?」

「ええ、そうです」

 大日本帝国東京都某所。
 そこにある老舗料亭の一室で、とある一団が南の海で起こった異変に関する会合を開いていた。

「……サモアって、オーロラ見れましたっけ?」

「見れる訳ないでしょう。だから問題なんです」

 男の惚けた一言を、丸眼鏡を掛けた男がぴしゃりと切り捨てた。
 そんな彼らの様子を見て、他の面々が笑みを浮かべる。
 誰も彼も容貌こそ変わっていたが、この雰囲気そのものはなんら変わっていなかった。

「まさか〝衝号〟の気候変動が今になって響いてきた、と?」

 決まりの悪そうな表情を一瞬浮かべた男だったが、すぐに仕切りなおすように言う。
 出てきたのは、半世紀前の一握りならいざ知らず、今の世を生きる日本人なら誰も知るはずのない単語であった。

「生憎、そういう訳でもないんです。まずはこれを」

 その単語に関する驚きや疑問の声を特に上げず、丸眼鏡を掛けた男が傍らに置いていた封筒の封を切る。
 中から出てきたのは、数枚の超高解像度写真。
 地球上から撮ったらしいものから、宇宙空間から撮ったらしいものまで、様々な方向から撮られた美しいオーロラのようなものが映っていた。
 撮影された場所は日本領東サモア。大日本帝国の治世が及ぶ中では最南端に位置する島々だ

「綺麗ですけど、ちょっと気味が悪いですね……あれ、こっちの写真はサモアとは違うみたいですが?」

「そちらはノルウェー領スヴァールバル諸島で観測されたオーロラです。サモアのものと見比べてみてください」

 男達は畳の上に並べられた写真を一斉に覗き込む。
 そして似てる、だとか完全に一致、だとかと口々に呟いた。
 確かに彼らの言うとおり、スヴァールバル諸島と東サモアのオーロラのようなものは形こそ違ったが、色彩や質感は驚くほど似通っていた。

「それで……これはつまりなんなんですか?」

「まだ確定ではありませんが」

 〝昔〟からずっと変わらず飄々としていた丸眼鏡の男は珍しく顔を歪めて、一言。 

「航宙軍の調査によると、形成段階のワームホールの一種、という見方が強まっています」

「……は?」

 かくして、世界は回り始めた。
 あれから半世紀。強くてニューゲームならぬ、強くてコンティニューを強いられた者達は再び暗躍(笑)を余儀なくされる。

(続け)

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最終更新:2012年03月06日 23:17