752 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/07/02(日) 18:26:16 ID:softbank060146109143.bbtec.net [79/112]
憂鬱SRW 融合惑星編「The Hound Dog in Megapolis」SS「前日譚 カミラの装飾」
- 惑星2113 現地時間西暦2113年 日本 東京都 公安局ビル 局長執務室
公安局刑事課一係監視官を務める常守朱は、公安局の局長執務室に一人で呼び出された。
執務室周辺は人払いが済まされており、尚且つ局長である禾生壌宗のみがその部屋にいたことから、その意図を確信した。
即ち、シュビラ・システムそのものが自分に用があるということである。
多くの犠牲、さらにかけがえのないモノを失うという痛手ばかりであった槙島事件の後、朱は自分がシュビラにとっての観察対象となったことを知った。
理想的な市民のサンプル。全くを以て不快なモノと言えた。
最大多数の最大幸福の実現、ひいてはあらゆる矛盾と不公平の解消された合理的な社会の実現、全ての人類の理性が求める究極の幸福の構築。
お題目としてはお綺麗ではあるが、功利主義以外の観点では不快感を通り越し嫌悪感さえも抱いてしまう。
とはいえ、それありきでシュビラが否定できないのも確か、というのも朱は理解していることだ。
では、どうするべきか?それは、今も追いかけ続けている事であった。
さて、そのシュビラシステムが自分に用事があり、こうして呼び出すからには何らかの大きな事案があるということになる。
呼び出しを受けた段階で朱が即座に想起したのは、国外勢力---というか惑星外からやってきた地球連合との接触についてであった。
(地球連合---現代の黒船、あるいは開国への鏑矢とされる事案)
正確には地球連合を構成する大洋連合という国家の外交使節艦隊がこの国に来訪したこと。
律儀にもその艦隊は長崎の出島に向かい、こちら側の指示と誘導に従う形で、この国を訪れた。
明らかにこちらのテクノロジーを超えた彼らが一体何のためにここに来たのか---情報統制などもあり一般市民にはあまり明かされていない。
その情報が社会的な混乱やサイコパスの悪化などを招くであろうということを警戒しての判断であった。
しかし、対応に出た外務省でさえも混乱しているというのは朱の耳にも届いていることだ。
無理もない。諸外国ではなく、この惑星の外からやってきた国家というのは、まるでお伽噺やSFなどのようですらある。
それに伴う混乱や猜疑心、あるいは恐怖等は想像するだに難くないことであり、またこれまでの外交常識が通用しない可能性が高かった。
とはいえ、である。それはあくまでも外交を司る外務省での問題であった。
影響が0というわけではないが、それが外務省から厚生省へと影響するかと問われれば否と答えるところだろう。
(そうなると、シュビラがこの国そのものに影響を与えることを懸念しているということになるけれど……)
それが果たして自分への呼び出しと一体どうつながるのか。
今一想像しきれないままに、局長の前に立つ。
そして、真っ向から問いかけた。
「何の用かしら、シュビラシステム」
言葉に嫌悪感が乗った。
無理もないことだとは思う。未だにこのシステムに言いたいことは山のようにある。
そもそもが、裁きを逃れる怪物の集まりであるという時点で、とてもではないが許容しがたい悪感情が湧くのだ。
そんな朱の声に対し、局長の禾生壌宗---のガワを借りたシュビラシステムは、予想外の言葉をぶつけた。
753 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/07/02(日) 18:27:01 ID:softbank060146109143.bbtec.net [80/112]
「外務省への出向?」
「ええ。どれくらいになるかはわからないけど、外務省で外交官としても働くことになったわ」
一係の人員を集めたミーティングの場で、朱はシュビラから命じられた次第を一係に告げた。
事の始まりとしては、地球連合との外交において色相や犯罪係数の悪化などを起こし、外交官が役立たずになるケースが多発したことにある。
これでは外交ができない。かといって色相悪化を理由に外交を拒否できるわけではない。
実際に地球連合に対してその様に申し出たのだが、そんな理由で外交を拒否されてはたまらないと受け入れてもらえなかった。
勿論、外務省にもサイコパスが濁りにくい人材はいたのであるが、それの数にも限りがあるし、もしも悪化したらと拒否するケースが多かった。
ではどのようにするか?それはサイコパスが健全に保てるような人材を募集するという解決策に落ち着いたのであった。
これはシュビラシステムの構成員が外交に絡むためという目的もあったにせよ、シュビラがそのように厚生省として提案し、受理されたことだった。
外務省はこのまま何の対策も打ち出さず外交官などの色相を悪化させ、更生施設に押し込むような真似は当然だが避けたかった。
人材というのはタダではなく、無限に供給されてくるというわけでもないのだ。サイコパスが健全で、尚且つ能力のある人材は惜しいのである。
無論、外務省も何ら制限なく受け入れを認めたわけではなく、シュビラによる職業適性検査の結果を重視することを条件とした。
つまり、外務省の人員としてふさわしい人材であるとシュビラが判断した人間だけを受け入れるとしたのだ。
色相が濁りにくく、犯罪係数が高くならない人間は欲しい。かといって、よその省庁からの人材によって乗っ取られるのを避けたいという意志があったのだ。
殊更に縦割り行政であるがゆえにおのれの領分には病的なまでに固執する節のあるのが現在の省庁だ。
ましてシュビラシステムを握る厚生省がその手を各方面に延ばされては困るというのもあるだろう。
ともあれ、である。
「その点、私は執行官として犯罪と向き合いながらも色相はクリア。犯罪係数も低いまま。
また、職業適性に関しては13省庁6公司すべてでA判定を受けています。その点を評価されて、今回の登用となりました」
「嘘でしょ……」
同じく監視官の霜月美佳は恐怖さえ覚えて朱を見る。
美佳にとってみれば、朱は単なる先任監視官という立場を超えていた。
色々とある両者だが、美佳からの一方的な対抗意識として、シュビラに認められるかどうかを競い合う相手でもあった。
確かに厚生省公安局刑事課監視官というレアな適性を持っていると診断されたのは誇りであった。
それだけ稀有な素質を自分が備えているとシュビラに認められていると、そう考えていたのだから。
しかし、それをあっさり覆すような適性を、それこそどんなことでも為し得ると評価されていたのは衝撃だった。
だが、ショックを受けている後輩のことに関して、朱はあまり意識を向けなかった。
今重要なことは、今後の一係の活動についてだ。
「そのため、私は外務省でのレクチャーを受け、その後に実務に関わることになります。
その間は、二係の青柳監視官をはじめ、他の刑事課に穴埋めをしてもらう手はずとなっています」
「いきなり外交官というのは……大丈夫なのか?」
754 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/07/02(日) 18:27:40 ID:softbank060146109143.bbtec.net [81/112]
執行官に降格となった宜野座が不安視したのはその点だ。
ただでさえ監視官という職業は激務だ。そこに外交官としての知識などを身に着け、実際に外交の場に出る業務は負担となりかねない。
何人もの色相を悪化させるような外交という場での激務、慣れぬ環境、さらに二足の草鞋だ。ネガティブ要素はいくらでもある。
ついでに言えば、厚生省と外務省というのは省庁間特有の仲の悪さというのが存在していた。
ともすれば、外務省がその権限を笠に着て無理難題を吹っかけてくる可能性だって存在した。
それこそ、負担を意図的に重ねて色相を悪化させるようなことをして足を引っ張る可能性さえも。
その宜野座の指摘に、朱は静かな笑みを浮かべた。
「大丈夫です。私、色相が濁りにくいですから」
「……そうじゃないっ」
鏡のような、ガラスのような、そんな透明な笑み。
槙島事件の時を彷彿させるような応答に、美佳を除く誰もが危惧を抱いた。
彼女一人が何もかもを背負って遠くへ行きそうな、そんな危うさを感じたのだ。
「それに、一人で行くわけではないですから。
厚生省から外務省に顔が効く慎導篤志本部長が随行してくれることになっています。
にらみを利かせてくれるとのことなので、よほどのことはされないと思います」
そう、厚生省とて何もしない、というわけではなかった。
高位のポストに就いた人間を引率役として派遣し、出向する他の監視官たちを政治的に守らせることにしたのだ。
厚生省とて、貴重な人材である監視官を他の省庁の思惑で潰されては困ると判断しているのだ。
とはいえ、色相の悪化や犯罪経緯数の悪化がキャリアに直結する監視官から出向するのはさほど多くはないのが実情なのだが。
(けれど、シュビラシステムに委ね切るよりも、人が自ら行動することの方が価値がある)
朱は前向きにそう捉えていた。
犯罪係数や色相といった問題を無視できるのが、免罪体質者であるシュビラシステムの構成員たちだ。
朱が明かされたところによれば、シュビラの運営に支障をきたさない程度に構成員も参加するとのことだ。
表向きの理由としては、色相や犯罪係数が悪化しない外交官の養成や、公安局刑事課のような潜在犯を用いた外交システムを作るまでの繋ぎとのこと。
最も、朱はそれを真に受けるほどシュビラの言葉を妄信しているわけではない。
シュビラとて、社会をよくするためというお題目の下、あらゆることを実行に移そうと蠢いているのだ。
それに任せきりにした結果、看過できない情勢を作られてはたまったものではない。
自らの利益のためならばなんだってするような、そういうシステムの顔を被った怪物とみるべきなのだから。
自分にもアレコレと支持を出して介入を行おうとするであろうことは想定されているのだから。
「ともあれ、一係の今後の活動はだいぶ変化することになります。
上層部には人員の追加配置を含めて、アフターケアを要請するつもりです。
何かあれば遠慮なく具申してください」
「……」
反射で口を開きかけ、しかし噤む。
実質負担は監視官に、朱に押し付けられているという感覚を、六合塚弥生は感じずにはいられなかったのだ。
勿論それが彼女にしかできないことで、尚且つ彼女自らやるという意志を見せている以上、自分が口を挟むなどできない。
遠慮なく、とは言っているが、彼女は自分で抱え込んでいるのだ。
(本当に、頼りになりすぎよ……)
それをこの場で言い出せない程度に、彼女は頼れる、命を預けられる相手。場違いなところに放り込まれても大丈夫と信じられる相手。
ああ、本当に。
(タイプなのよね……)
「六合塚さん?」
「なんでもないわ」
うまく取り繕えただろうか。
わからない。この胸の鼓動を抑えるためにも、あとで分析室に行かないと。
755 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/07/02(日) 18:28:31 ID:softbank060146109143.bbtec.net [82/112]
「まあ、私なら先輩がいなくても大丈夫ですけどね」
そんな強がりを言う美佳に、しかし朱は優しい笑みを浮かべる。
「でも、まだまだ美佳ちゃんは新米だからね?捜査ではやる気持ちはうまく抑えてほしいわ。
それに、情勢が大きく変化したことで犯罪がさらに発生することが予想されているから、注意してね」
「わかってます!
というか、地球連合なんてのが急に来るから、ストレスやら不安を覚える市民が増えているんですよ!
いい迷惑ですよ全く!」
美佳が愚痴るのも仕方がないことだ。
地球連合の外交使節艦隊が訪れたことは、その艦隊が宇宙からやってきたということなどもあり、隠しようがなく事実として市民に知られた。
現在のところ情報統制などは行われてはいるものの、ネットなどでは憶測が飛び交い、議論が巻き起こり、あらぬ噂が飛び交っているのが実情だ。
その結果として色相に影響を受け、そこから普段の生活に支障をきたす市民も少なくはない。
それが連鎖的に発生することで、時にエリアストレス刑法までなることがあるのだから、刑事課はおちおち休めないのだ。
小さい事件以前のものが、今のところは火種として大きくなる前に処理されていることで留まってはいる。
けれど、これが発展していけば、サイコハザードにまで拡大して、それこそ収拾が大変なことになるのは間違いない。
そういったことを見越し、厚生省では刑事課の拡充に向けた動きも進んでいるとは聞くが、果たして間に合うのか。
「そうね。けれど、相手はこちらのことをよく知らないからこそ、外交を求めてきたのかもしれない。
私たちにできるのは、その影響が大きくなりすぎて、大事件にまで発展することを防ぐことだけ。
槙島事件の影響もあって、刑事課全体の対処能力は落ちているのは否定しきれない、注意してね」
またあのヘルメット事件のような大騒動となると、本当に対処しきれなくなるというのが事実だ。
槙島事件と並行して起こっていた事案のせいで、1係だけでなく2係も3係も大きく実働力を落としている。
元のレベルに戻す努力は現在のところ重ねられてはいるが、かといってうまくいくかは別問題だ。
ともあれ、と朱は〆に入った。
「外交の結果がどうなるかを含めて、まだこの国への影響は未知数。
これから何が起こってもおかしくない、その覚悟を以て、各員は動いてください。以上です」
その声に了解という応答を返し、ブリーフィングは終了を告げた。
地球連合との接触、そして明かされる事実による衝撃がこの日本という国家を揺さぶる、ほんの少し前の出来事であった。
756 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2023/07/02(日) 18:29:18 ID:softbank060146109143.bbtec.net [83/112]
以上、wiki転載はご自由に。
短めにするつもりが筆が乗ってしまった。
スパロボなのにロボット物を書いていない…うごごご……
最終更新:2023年08月19日 17:40