463 :ヒナヒナ:2012/03/07(水) 21:06:42
○星空の彼方まで


古くから宇宙は人々を引きつけて止まない。
理由は様々ある。

単純に未知への探究心
万物の始まりを解き明かすため
地球を飛立ち、新たな地平を目指すため
宇宙への進出という見知った未来への希求

この世界ではソ連は致命的に衰退し、アメリカは崩壊している。
更に言うならば、欧州列強たるドイツ、イギリスも大戦での後遺症に苦しんでおり、
一応の勝ち組は日本、イタリアといった具合だった。
列強でも未だその多くは大戦の負債や、津波の後始末に一杯一杯であり、
余計な物に手を出す余裕はなかなかなかった。
史実では米ソ冷戦での開発競争によって驚異的に加速した宇宙関連技術だが、
スプートニクもアポロも期待できない。

史実に比べて割りを食った分野の代表格は音楽・芸術関連の活動や、
利益が短期的に見込めなさそうな技術……宇宙観測などはその際たるものであった。
ロケットなどは軍事目的もあり開発が続けられているが、
純粋に学術的な宇宙観測はなかなか進んでいなかった。

それでも、宇宙を渇望する男達の熱意は止められなかった。


―1952年 ハワイ島マウナケア山


夕暮れのハワイ島マウナケア山山頂付近に真新しい奇妙な建物があった。
短い円筒形で、横から見ると小さめの給水塔のようだった。
大日本帝国の国立ハワイ天文台の一部として建設され、
口径6mという史上最大規模の天体望遠鏡「すばる」だ。
もちろん、史実1998年に開発された口径8m超「すばる」とは別物であるが、
この時代では文句なしの最大口径を持つ望遠鏡だ。

ハワイ島マウナケア山はその立地上、外部の光害や電波から遮断され、
空気も乾燥しており、史実では世界各国の天文台が立ち並ぶ天文特区である。
しかし、未だ50年代であることと、列強が天文に力を入れられないので、
マウナケアの頂には「すばる」だけがポツンと立っている状態だ。
もちろん、天文研究は手数が要な分野でもあるので、
各国の天文台を受け入れるスペースも用意してある。

今日の夜から、ファーストライト(初期稼動時の試験的観測)を行う運びだ。
この4000m級のマウナケア山頂付近には、多くの人が集まっている。
招待を受けた各国の天文学者を始めとして、
ファーストライトを祝うために、ここまで登ってきた奇特な財界人。
また、反射鏡の輸送に大型の輸送艦や特殊車両が必要になったため、
物資の輸送に協力した帝国陸海軍の関係者も呼ばれていた。

464 :ヒナヒナ:2012/03/07(水) 21:07:15

「お集まりの皆様、国立ハワイ天文台「すばる」望遠鏡にようこそ。天文台長の萩原です。
今日、望遠鏡「すばる」のファーストライトを天文台長として迎えられることは
天文学者にとって大きな喜びです。この「すばる」は……」

空がオレンジから深い紫紺に徐々に変わってきた頃、
厳しい冷え込みの中マイクを握った50代の男が人々の前に進みでて挨拶をした。
天文学者である荻原だ。
史実でも憂鬱世界でも日本の天文学の水準を世界レベルに引き上げた人物だ。
彼は逆行者ではないのだが、その宇宙に掛ける情熱によって、
国立ハワイ天文台の天文台長に就任した。
史実で多くの弟子を天文学者として輩出した彼には、
日本天文学会の父として後継を育てる手腕も期待されていた。

やがて、挨拶も終わって出席者達が帰りだすと、
天文台の関係者も初観測に向けて「すばる」に向う。
その荻原の捕まえたのは同年齢くらいの海軍将官だった。
「すばる」の設備内に戻ろうとする荻原に声を掛けた。

「お疲れ様です、荻原博士。」
「これは草鹿中将。
物資の輸送を迅速に取り計らっていただいて、海軍さんにはお世話になりました。
軍には計画中の電波望遠鏡にも技術協力していただきましたし頭が上がりませんな。」
「いえいえ、我々は本当に運んだだけですよ。
それに兵器を作るだけが技術ではありませんし、技術は民間に還元しませんと。」
「しかし、凄い物です。わが国がこれだけの口径の望遠鏡をもてる様になるとは、
私が天文を学び始めた頃には考えられないことです。」
「博士の弟子も、天文学者として活躍していらっしゃるとか。」
「ええ。皆私より優秀です。そういえば草鹿中将は防空戦が専門とお聞きしましたが、
なぜ、輸送を取り計らって下さったのですか? なんでも自ら指揮を執られたとか。」
「あー……その、天測はもともと海軍には無くてはならない分野ですから。」
「? そうですか。」

ちなみにこの話を受けた時の草鹿中将の心の内は、
(これを機に民間レベルでも天文学的な興味が高じれば、
アメリカ崩壊で停滞していたSF界に新たな風が吹くかもしれない!)
というような物だったことをここに記しておく。

そして、この夜、「すばる」は満天の星空に向ってその目を向けた。
今までより、より遠く、より細かく、より鮮明に……
この観測の結果として、美しい画像が次々と発表されると、
一躍、宇宙ブームが巻き起こることとなり、
和製アポロ計画「竹取」なども加速していく。



そして、この宇宙研究の機運にのって次の計画も既に持ち上がっていた。
地上約600km上空の軌道上を周回させる宇宙望遠鏡を作り上げる計画だ。
宇宙空間に浮かび大気の揺らぎを排して、宇宙の深遠を直接覗き込める目。
それを自由に使う事は天文学者たっての望みだった。
天文分野にも少数ながら存在する逆行者達。
彼らは史実のハッブル望遠鏡を作り出そうとしていた。


星空の彼方まで見通せる目。
宇宙望遠鏡「天眼通」の開発計画が動き始める。


(了)

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最終更新:2012年03月07日 21:40