794:earth:2023/08/03(木) 23:10:31 HOST:KD106172122062.ppp-bb.dion.ne.jp
昨日の夜の衝撃的な出来事を思い出した真治は、自室の勉強机で溜息をついた。
「……よりにもよって」
今世での肉体年齢14歳、前世での人生を加算すれば40どころかアラフィフに足を突っ込むであろう少年は頭を抱える。
「寝たらすべて夢だった、と思いたいけど……はぁ、折角勝ち組転生だと思ったのに」
傍目に見ても高価な机。
本棚には高価な専門書、学術書が並ぶ。
それは今世における血縁上の父親である黒森鋼三が、いかに真治に教育を行っていたか判る。
「すべては世界を救うため、か」
もし己を地獄に突き落とした張本人が目の前に現れたら……自分なら殺してしまうだろうと真治は思う。
何しろ彼がゲームシナリオのために用意した最終戦争では、文字通り人類文明は破滅を迎えるのだ。破滅を迎えた後、辛うじて
生き残った人類が味わうであろう辛酸苦難、それを実際に経験してきた人間からすれば、自分など殺したくて堪らないはずだ。
「……」
バルボ髭の彫りの深い端正な顔。
三人の子供の父でありながら、未だに髪も肌も若々しさを維持する男から感じられたのは、「世界を救う」という頑強な意思であった。
(あの台詞は、多分警告だろうな。俺が我欲に溺れてこの国に害をなすなら……ありとあらゆる手で消されるだろう。仮に今後の舵取りに
失敗すれば、それはそれで死を招く……本当、神様とやらがいたら、よほど俺のことが嫌いなのか?)
前世で早くして両親を事故で亡くし、苦学の果てに大学を出てサラリーマンとして生計を立てていた。
大学は学業とバイトで忙しく、おかげで女性との縁は全くなかった。社会人になってからは仕事で疲れ果て、休みの日に女性を
口説く元気もなかった。
そんな中でも彼が気合いをいれてやったのが動画サイトでもゲームの実況中継だった。
そして彼は販売されているゲームをただやるのでは飽き足らず、比較的自由度が高い海外の(パソコン向け)シミュレーションゲームで、
独自のシナリオを作って遊び、それを配信するようになったのだ。
改造データは配布し、それなりの人間と世界観をシェアして、遊び尽くすようになった。
そして今を生きる世界は、リアル、ネット両方の知り合いと色々と話し合って創造した世界の一つであった。
795:earth:2023/08/03(木) 23:11:03 HOST:KD106172122062.ppp-bb.dion.ne.jp
この世界にも大日本帝国はある。
だが、それは脳溢血によって死去した信長の後を継ぎ、天下を統一した織田信忠を開祖とする織田幕府(大阪幕府)の発展的解消に
よって誕生した新政府が率いる
アジア初の近代国家である。
「下級武士による革命ではなく、上級階層主導による緩やかな近代化。史実明治政府とは異なる方法で近代化を行うための
ゲーム上の設定でしかなかったのにな」
そう言って真治は本棚に向かい、そこから歴史書を取り出す。
彼は本を開くと歴史のターニングポイントになった事件に目を通していていき……息を吐いた。
「火葬にするために、だけど史実に近い設定も使えるようにするための玉虫色の設定もそのままか……この世界にも歴史の神がいるのなら
間違いなく最悪のサボり魔だな。いやクリエイターの端くれとしてはむしろ誇るべきなのか?」
織田幕府は当初は海外との自由貿易に積極的であり、大陸情勢へも介入し、明への支援と引き換えに台湾を獲得するなど少なからざる
成果を得ていた。
しかし海外に打って出るということは、海外の介入、影響を大きく受けるという側面もあった。
海外への金銀流出(貿易赤字)、日本人奴隷輸出問題、キリスト教を筆頭に、西洋思想の流入、進んだ技術、兵器を持つ南蛮と手を結び
幕府転覆をはかる一部勢力。
長く続いた戦国時代の傷跡、日本人という意識が完全に熟成されていない状態での海外進出がもたらす負の面に耐えかねた織田幕府は
海禁政策に路線を変更した。
ただし彼らはこの海禁政策は、信忠、そして無念の内に病で斃れた信長の夢である海外進出を実現するための基盤作りでしかなかった。
時代が流れ、幕府による統治を安定させるため(要するに現状維持の為)の海禁政策を主張する声もあがったが、信忠の子孫たちは
目的と手段をはき違えることはなかった。
国内の安定を確保した日本はナポレオンの台頭と前後して海外に積極的に打って出るようになった。
「そして今では、アジア有数、いや欧米列強に負けない国家、か。史実並の幸運バーゲンセールを設定して良かったよ。いや、もしもこんな
事態になるのなら、もっと幸運を押し売りすれば良かったかな? それとも難易度下げた方が良かったか?」
早期開国と緩やかな近代化、口で言うのは簡単だが史実の流れを見ていると難易度が高い。
故に前世のシナリオ作成に当たり、「最低限の説得力」をもつように歴史を改編する道を選んだのだ。
勿論、彼にとってはゲーム本番たる「日本帝国込み」の冷戦構造成立を説明するテキストに過ぎなかったので、
見る者がいれば突っ込みどころが満載だっただろうが、「火葬世界だし、ゲームだし、面白ければそれで良かろう!」なノリで押し切った。
まぁ問題はこの仮想冷戦世界が(リアル同様に)わずかでもしくじると即「核のパイ投げを含む世界最終戦争」に突入することだったが……。
実際、様々なハプニングイベントも用意されており、クリアするのはかなりのゲームセンスが必要となった。
796:earth:2023/08/03(木) 23:11:40 HOST:KD106172122062.ppp-bb.dion.ne.jp
「……いや、まぁあの親父殿のテコ入れでゲームよりは更にマシになってるから、これ以上は贅沢か」
あまり暗いことばかり考えても仕方ないと割り切り、真治は「良かった点」に目を向ける。
「早期開国してもそうそううまく行くかと言わんばかりに、技術レベルは史実の兵器の信頼性を高めている程度だったのに、こちらでは
そこそこブーストしているみらいだし……やはりそれなりに海外植民地を有効に活用するとこうも違いが出るのかね?」
この世界において日本は東南アジア、太平洋にも版図を広げた。
南北戦争で南北分裂して外に打って出る余裕を失ったアメリカ合衆国、統一に失敗したドイツなにとって変わるかのように版図を広げ、
更に欧州列強のアジアの植民地化に手を貸すのと引き換えに、石油資源が豊かなボルネオ島にも進出を果たした。
欧米の支援抜きでロシアと極東、シベリアで真っ向から戦い、殴り倒すだけの力さえある。
そして黒森財閥は欧米列強に追随する、いや一部では追い越すレベルの兵器、技術の開発を担っている。日本の躍進に貢献しているのは
間違いない。
ただし引き換えに日本は東南アジアでは白人の手先か同類扱いされることが多々あり、その人気は高いとは言えないが……。
「さてこの世界でも第一次世界大戦は起きるのやら……」
797:earth:2023/08/03(木) 23:14:17 HOST:KD106172122062.ppp-bb.dion.ne.jp
あとがき
とりあえず日本帝国周辺の最低限の説明でした。
この帝国、そこそこ国力UPしております。
引き換えに合衆国とドイツが割を食う形になりましたが……前者の怨念は後々で尾を引きます。
あとフランスはそれなりに強い国のままです。
ドイツが割を食った分、相対的にフランスが上昇してます(笑)。
ついでにロシアも割を食った国の一つになる予定です。
最終更新:2023年08月05日 18:12