300 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/07/07(金) 23:37:06 ID:softbank060146109143.bbtec.net [24/84]

憂鬱SRW 融合惑星編「The Hound Dog in Megapolis」SS「前日譚 カミラの装飾」2



  • PP惑星 現地時間西暦2113年 日本国 首都高速道路上空 ティルトローター機内


 一人の少女---に近い年齢の女性が、座席に腰かけ、手元にある膨大な資料に目を通していた。
 電子化されてタブレット端末に集約されているものも、そうでない紙媒体のモノもあり、いずれもが重要な情報の塊だった。
紙媒体資料にはかなりの数の書き込みがされ、メモ書きが多数みられることから、明らかに情報量は尋常ではなかった。
恐らくだが、同じ場に居合わせた誰よりも多くの情報を脳裏に刻み、さらにその上で紙にも書き込んだだろう。
 そして、現在はそれらを見直しながら清書したり、誤っている点を修正したり、はたまた気が付きを付け足したりとせわしない。
多くの情報を、新事実を、今後の判断に影響を及ぼすモノを拾ったからこそ、それを忘れまいとした結果だった。

 しかし、その姿勢は些か以上に前のめりだった。
 のめり込んでいるといってもいい。それほどまでに集中して取り組んでいるのだ。
 彼女が連日このように移動時間さえも惜しまずにいるというのは、異常の域に片足を突っ込んでいた。
 自らの仕事ということもあり、多くの人材が戸惑いはありながらも熱意を持って取り組んでいるのはわかる。
けれども彼女の場合はそれが尋常ではない。仕事というよりも使命、あるいはもっと高位のモノと捉えているかのようだった。

「そろそろ休んではどうかな、常守監視官?」
「ご心配には及びません、本部長」

 慎導篤志の、組織上の「上司」としての提案を、朱はやんわりと断った。
 公安局へと帰投するこのティルトローター機の中には、現在慎導と朱のほかにも何名かの厚生省からの出向者が乗っている。
 だが、誰もがそれぞれ自分のことで手一杯というのが窺えた。メンタルケアの錠剤をのんだり、音楽を聞いたり、あるいはずっと目を閉じていたりと。
誰もが「外様」扱いを受けた外務省での勤務が相当なストレスとなったことが窺えていた。
外務省に他の省庁から出向した人員というのは、例外なく外務省の縄張り意識から生じる「洗礼」を受けていたのだ。
それは未だに続いているだけでなく、些細な嫌がらせや公然と他の省庁からの出向者を攻撃するような言動をされる事態にまで発展していた。
そのせいもあって、色相が濁るなどして途中リタイアする人間が少なからず出ている。

「だが、そう根を詰めると体に差し障る。貴重な人材なのだから、無理はしないでほしいものだよ」
「休息は取っていますので……」
「いや、外務省での我々の立場の悪さや扱いの悪さから来る負担は、休むだけで簡単にとれるものではないよ」

 そして、朱もまた白い目で見られる立場の一人だ。
 これは朱のあずかり知らぬところだが、これまでに厚生省と外務省は国外国内問題問わずバチバチとやり合っていたのだ。
そんな中で厚生省から外務省へと出向し、外務省のお株を奪う形となった立場の人間を歓迎するわけがないのだ。

301 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2023/07/07(金) 23:38:03 ID:softbank060146109143.bbtec.net [25/84]

 たとえそれが国と国との国交を行うために必要なことであろうとも、外務省が他所の省庁に介入されるのは嫌なのだ。
独自に、それこそシュビラの干渉さえ跳ね除け、監視官と執行官のような制度を外務省内に作ろうとする程度には。

「……」

 思い当たる節があるのか、流石に朱は口を噤むしかなかった。
 実際、シュビラや厚生省から刺客やスパイであるかのように、威圧的あるいは高圧的に接されたのは一度や二度の話ではない。
 いや、そもそも、出向者たちへの教育の過程の段階からすでに---

「何もかもを背負いすぎる必要はない。
 そして、急ぎすぎてもことを仕損じるだけだ。違うかな?」
「……はい」

 穏やかに、無理に聞かせるのではなく、咀嚼するのを待つようにゆっくりと老年の慎導の言葉は紡がれる。

「やはり、君たちのような若人に負担をかけてしまっているね」
「……誰のせいというわけではないと思います。
 全く未知とはいえ、外交を求めてきた、同じ人間ですから」
「同じ人間なのに違うから恐ろしい、という声も聞いたことがあるが、常守さんは違うようだね」
「少なくとも、地球連合の外交官の方々はこちらとのコミュニケーションを積極的に行う意志がありますから。
 それには応えたくなるものです」

 とはいえ、それは冷静に判断を下せるだけの情報や判断能力を持つ朱だからこそだ。
 他の人間にとっては、情報を受け取り、憶測を重ねるしかない市民にとってはそうとは限らない。

「外交問題は急務というのは、政府も認めるところであり、同時に社会不安の種にもなっている。
 シュビラにでも対処できない事案が出てきた、というのはもはや公然の事実だからね」
「はい、ですがそれは相互の情報交換やコミュニケーションによって解消されると考えられています」
「そうだ。けれど、そのコミュニケーションがよりにもよって社会から弾かれるリスクを伴うとあれば、ためらいもするだろう」

 そう、色相の悪化や犯罪係数の上昇は、ケアできる範疇ならばまだいい。
 だが、一定のラインを超えれば、容赦なく潜在犯と見なされ、キャリアやこれまでの生活を失うことにつながってしまうのだ。
それを恐れるからこそ、誰もが自分のサイコパスを健全に保とうと努力を重ね、時には病的になってしまう。
 そして、地球連合との外交が色相や犯罪係数に悪影響を及ぼすと分かれば、短絡的にそれを拒否しようとすることもありうる。
実際、朱は地球連合との外交を歓迎していない外務省の意志を感じ取ることができた。色相悪化をもたらす国など拒絶しろと。
長ずれば、それはシュビラの判断の下で外務省に送り込まれた外交に適した人材の否定につながる。
実際の順序としては自分の領分に踏み込んできた連中を追い払うために、外交を拒絶する理由を大仰に広めているというところだろう。

「そして、その指摘は実際のところ的を射ているのが厄介なところです」

 苦々しく、朱はその事実を認めざるを得ない。

302 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/07/07(金) 23:39:17 ID:softbank060146109143.bbtec.net [26/84]

 そもそも、外務省に出向者が集まっているのも、そういった色相悪化しにくい人材をかき集める必要に迫られたからだ。
 まったく未知の国家。歴史は違えども同じような惑星から、星の海を越えて来訪した、まるで違う自分と顔を合わせるかのような出来事。
なまじ同じようなホモ・サピエンスであり、同じ「地球」という惑星に出自を持っているという類似点が、相違点を浮き彫りにしてしまうのだ。
情報が開示されれば開示されるほど、現在の日本との差を感じ、理解してしまう。
羨望、驚愕、歓喜などに感情が沸き上がるだろう。同時に、ともすれば怨嗟、恐怖、忌避といった負の感情も。
 それについては慎導も聞いていたことだ。ほかの厚生省から外務省への出向者も同じようなことを話していたためだ。

「今のシュビラに依存した社会と、そうではない社会。自分と似ていながらも違う国。
 今の社会こそが最善であり完璧であると教えられてきた私たちシュビラ世代にとっては、劇物でしょう」
「そうだろうね。それに、過去の社会を知っていて、それでもシュビラの元の社会に適応した層も戸惑っている事だろうね。
 無意識に抑え込んでいた不満が、噂話でも聞くたびに溜まっていって、やがては吹きだす」

 特に監視官でもある朱はその影響が徐々に社会全体に読んでいることを実感している。
 エリアストレス警報の頻度が上昇し、その原因への対処に追われていることからわかっているのだ。

「だからこそ、相手は外交と言いながらも戦争を仕掛けてきている、外交をやめて反撃すべきだという声が湧いているわけだな」
「まさか外務省はそちらの方向に……?」
「確証はない。だから、鵜呑みにはしないでほしい」

 朱の問いかけに、釘をさすようにして告げた。
 こうした情報の開示は、サイコパスへの攻撃であり、国家への攻撃、ひいては「戦争」と言えるのだろうか?
 それとも、その程度は飲み込むべき「単なる差」でしかないのだろうか?

「それでも、他者と自分は違う。だからこそ対話をするものだと、私は思います」

 それは朱の定めた意志であり、理想であり、行動原理だった。
 外交とは、ともすれば大仰だが、結局のところ他者との対話だ。
 相手が、地球連合がこちらの定めたルールに従い、出島を訪れ、こちらにコンタクトをとったのは何らかの理由があってのことだろう。

「地球連合の意図がなんであるか、それがまだ明らかにできているとは言えません。
 それがわかり、どのようにすべきかがわかるまで、私の仕事は終わりません」
「……逞しいな」

 どこか懐かし気に、そして誇らしげに、朱の言葉に大きくうなずいた。
 そのような強い意志を持った言葉を聞いたのは久しぶりだ。厚生省からの出向者の多くは、外交に関わることを積極的に捉えていなかったのだ。
 むしろ、自分のサイコパスがどうなるかを気にかけてばかりであり、キャリアやその他の事にかまけていたのだ。
 そんな彼らから見れば、朱の前向きで積極的な姿勢というのは、とても頼れるものを感じたのだ。
 その時、機内にアナウンスが流れた。

「……もうすぐ公安局につくようだね」
「はい。この後は報告をまとめて、あとは休みます」
「しっかり休みなさい、監視官に限った話ではないが、身体が資本だからね」
「ありがとうございます、本部長」

 まだ、やるべきは残っている。
 シュビラシステム。外務省。地球連合。公安局。刑事課。出向者。地球連合の外交使節。
 多くの要素が絡み合い、複雑なカオスを形成している。それを解きほぐすことが、自分の仕事の一つ。
 だからこそ、歩みは止めない。システムではない、人の意志が、未来を作っていくためにも。
 朱は、自分の席から荷物を抱えて立ち上がる。まだ、止まれないのだ。

303 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2023/07/07(金) 23:40:25 ID:softbank060146109143.bbtec.net [27/84]

以上wiki転載はご自由に。
ヘルシングの「少佐」の言葉が刺さりますね…
私とあなたは違う、と。

もうちょっとPP世界のSSは続くんじゃ。
肝心かなめの外務省はどんな感じかを描いておかないとなりませんし、地球連合の視点でも書かないとなりませんから。

ただ、今宵はこのまま寝ます
おやすみなさいませ。
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最終更新:2023年08月19日 17:40