347 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/07/20(木) 22:04:21 ID:softbank060146109143.bbtec.net [41/110]
憂鬱SRW 融合惑星編「The Hound Dog in Megapolis」SS「前日譚 ゴドーの葬送」2
- 惑星2113 現地時間西暦2113年 日本 出島 地球連合外交使節艦隊 十和田級外交使節艦
戯曲「ゴドーを待ちながら」。
劇作家「サミュエル・ベケット」が書き上げ、1952年に初演された不条理演劇の一つ。
ゴドーという人物を待つ二人の人間の姿を描き、しかし、その肝心のゴドーが直接登場しないという劇である。
そも、ゴドーを待っている二人はゴドーのことを知らず言及もしないうえに、他の誰もゴドーに関して具体的な説明をしない。
ゴドーとはGod、すなわち神のことをさしているという意見も存在しているが、確たる言及もなし。
劇を通して条理や理論が通るところは非常に少なく、故にこそ不条理と言えるであろう。
そんな劇は、今まさにスクリーン上の上において演じられている。
「----」
西暦年間に演じられた映像という、過去から現代に残された至宝の一つを、自室のスクリーンで眺めるのは女性だ。
大洋連合系の血統において稀に生まれてくるコーカソイド系の特徴を引き継いだ結果、薄い色素の髪と皮膚を持ち、しかし目の色だけは黒の形質に染まっていた。
その一点において多少のずれがあれども、しかし、同時に崩れているところを含めて調和がとれているというのは、彼女の保有する美しさ故だろうか。
そんな彼女、大洋連合政府外務省から派遣されてきた外交官の苅生ソフィアは、その美貌のままにその不条理な世界を見つめていた。
不条理、しかして、現実。
理の通らないものに何かを見出すのもまた人間の性というものだ。
永遠か、それとも神の暗喩か。一流の悲劇に酔いしれ、時に喜劇よりも喜ぶ欧州の感性は、あまり理解しにくいところがある。
「あるいは、ニーチェの語るがごとく、とっくにゴドー(ゴッド)は死んでいるのか」
哲学者「フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ」の言葉を引用し、ソフィアはポツリと漏らす。
このアポカリプス期より少しばかり前には、そのような存在と戦いもしたのだ、地球連合は。
この場合の神とは、条理や世の真理などの方を纏めて指している。
あるいは---もっと彼女にとって不条理で、尚且つかかわりのある「神」のほうであろうか。
主観一度目の生の後に、この世界に放り込んだ誰かの。
(ただ……)
ただ、ソフィアがこの不条理演劇において、現在の状況において共感できる点は一つある。
それは、ひたすらに待っている、ということである。
この原作がサイコパスと推測されるこの惑星の日本において、神託の巫女の言葉の向こうからやってくるであろう「誰か」を。
最も、
夢幻会メンバーの一人である彼女は開示されている情報から、それが常守朱となる公算が高いことを知っている。
免罪体質ではなく、己の意志で自らを律する強い意志と精神を持ち合わせた、強い人。
神でもなく、システムでもなく、ただ一つ自分の意志でもって立つある種の「超人(ツァラトゥストラ)」だ。
地球連合との接触など、原作では当然なかった展開ではあるが、彼女が己の力で自ら進んでくることは想定内である。
348 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2023/07/20(木) 22:04:56 ID:softbank060146109143.bbtec.net [42/110]
だが、同時につまらなくもあるのだ。
彼女のような存在しか、主役とされる人間しか、その超人的な意思を以て進んできてくれないということが。
全てが予定通り、知識通りというのは介入を行う夢幻会としてはありがたくはあるのは事実である。
そうであるからこそ、これまでの長い活動において夢幻会は己のアドバンテージを生かし、影に日向にと動いてきた。
裏を返せば、多くが既知であり、予定通りであり、イレギュラーなどがなく、既視感に捕らわれたような状態なのだ。
勿論これまでの戦いの中に想定外がいくつあったのかは数えきれないほどあるのもまた事実である。
けれども、そんなつまらないと思ってしまい、「退屈」に殺されてしまいそうな感覚さえするのだ。
それこそ、苦痛であり、転生に伴う業と理解している。
仏教で言われている通りだ、何時までもいつまでも転生を繰り返す。終わりのない既視感の迷路。永遠にして刹那の生。
(でも、だからこそ)
それでもなお、「なればもう一度」と言える精神の気高さ、強さ、意志の強さ。
長い戦いの中で、夢幻会のメンバーとして活動することをやめていった人々は実のところ多くいる。
何度も転生をして慣れっこになっている人、目的が定まっていてそれからぶれない人、そして、何も知らないままに現実にぶつかる人。
その誰もが、ドロップアウトしてしまう可能性を秘めているのだ。
ソフィアもまた、その一人という自覚はある。既視感の中で生きて行けるか、不安でさえある。
だから、無意識に求めているかもしれない。
自分たちの知る予定調和を超える「例外(イレギュラー)を。運命をねじ伏せる強者を。
(……)
指の一振りの動作で、スクリーンで再生されていた映像は中断された。
それは、そろそろ時間であるからだ。すなわち、この外交を行うための十和田級にやってくるPP日本の外交使節についての通達が来るのだ。
(来た……)
タブレットをとり、通知を確認する。予想通り、こちらへの外交使節として派遣されてくる人員のリストだ。
多くはメンタルケアの専門医によって占められているほか、荒事専門の人員も含まれている。
だが、用があるのはそちらではない。外交を行うにあたって
PP惑星の日本は外相といった高位の人材の出し惜しみをしている。サイコパスの悪化を恐れての事だろう。
(常守朱……やはり)
公安局からの出向者、ということで彼女の名前が含まれている。
潜在犯である雑賀譲二が含まれているのはおそらく彼女が招へいしたからであろうことは想像に難くない。
また、厚生省大臣官房統計本部長であり、のちに深くかかわるであろう慎導篤志も随行員として選ばれている。これも想定内だ。
「……?」
しかし、その他の人員のリストに目を通した中で、意外な人物の名前があったのだ。
いわゆるネームド。原作において中心に近い位置にいるキャラクターの一人であった。
完全にイレギュラーというわけではないにしても、まさか、という思いがあったのだ。
少なくとも退屈はしなさそうだ、そう思うことにするのだった。
349 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/07/20(木) 22:06:04 ID:softbank060146109143.bbtec.net [43/110]
- 惑星2113 現地時間西暦2113年 日本 東京 成田空港 ティルトローター機内
「お久しぶりです、雑賀先生」
「譲二、随分と久しぶりだな」
「こんな場所で再会するとは思いもよらなかったなぁ……」
関係の浅からぬ二人と出会い、思わずメガネ越しに目を抑えた雑賀はぼやいた。
スーツ姿の女性の方---嘗て雑賀教室の教え子であった花城フレデリカ。
もう片方の初老と言っていい男性---雑賀教室を公安局に創設し、雑賀の大学時代の先輩でもある慎導篤志。
生徒の色相悪化が確認されたことで雑賀教室が閉鎖され、その後に秩父へと隠棲してからどれほどたっただろうか。
さらにその後、教え子でもあった狡噛の犯罪に協力したこともあって自ら隔離施設に入ってから、最早会う機会はないと思っていたのだ。
頭を掻きながらも、雑賀は嘆息を一つ落とした。
「これも常守朱の手繰り寄せた縁という奴かな……」
「そういうな。これでも再会できてうれしく思っているんだぞ?」
「先輩は、確か厚生省のお偉いさんでしたね……」
そう、篤志は自分が面倒を見た後輩が秩父に隠棲し、さらに隔離施設に入れられたことを知ることができる立場だった。
「そういうお前は、公安局に依頼されて渉外活動の手伝いか。半ば宮仕えだな?」
「違いますよ、先輩」
慎導の言葉に、雑賀は目敏く反応した。
「公安局じゃなく、常守朱という人物に協力しているんです」
「それほど目をかけられているのか、常守さんは」
「ええ。優秀な教え子ですよ……まあ、狡噛の依頼で短期集中で指導したのがきっかけです」
その事件については多くは語らない。
表向きには秘匿されているところが多い槙島の絡んだ一連の事件の、そのまた一部の事だったからだ。
それに---この先輩にすべてを明かしすぎると、利用されてしまいそうな恐ろしさがあるのだ。
「ふ、羨ましいな。お前がそこまで入れ込むとは……」
「先輩も、常守監視官の付き添いですか?」
「まあ、な。彼女が余計な粉をかけられないようにするための、いわば盾といったところだな」
そんな雑賀の心情を知ってか知らずか、慎導も苦笑しながらも自分の役割を語る。
一応の所、慎導が本部長として朱に随行しているのは、箔付けであったり、彼女が地位で劣らないようにするための役を担っているからだ。
同時に、外交上のあれこれを振りかざして好き勝手に操作されないようにするための監視役という面もあった。
外務省は自分の領分に突っ込まれた人材を警戒していた一方で、自分たちの都合の良い手駒ともしたかったのだ。
それを追い払うためというのもあり、慎導が朱に付きっ切りで行動しているのだった。
それ以外にも慎導自身が情報収集役というのもあるのだが、それはさておき。
350 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/07/20(木) 22:07:54 ID:softbank060146109143.bbtec.net [44/110]
そして、雑賀に声をかけてきたもう一人が、花城フレデリカであった。
雑賀教室において臨床心理学を学んだ生徒であり、現在は外務省の海外調整局に身を置いていた。
「なるほど、君もサイコパスが濁らないと判断されたわけか」
「そうです。元々濁りにくいとは思っていましたが、まさかそれだけで選抜されるとは思いもよりませんでした」
海外調整局。名前としての見てくれはいいが、外務省においては国外での汚れ仕事もこなす部署だ。
そんなところにいられる人物というのは、必然的に色相が濁りにくく、尚且つ強い精神を持っているということになる。
外務省としても、数的な優位を他の省庁からの出向組にとられないようにするために、なりふり構っていないようだと朱は推測した。
(でもまさか、雑賀先生とつながりのある人がここに集まるなんて……)
これも縁というものだろうか。歓談している3名を見ながらも朱は思う。
違う惑星から来たとはいえ、相手は同じ人間であることに変わりはない。
その外交を行う上でのやりとりや駆け引きにおいて、人の心理に造詣が深い雑賀の力が必要と考えたことが、今回の招聘につながっている。
ともあれ、今回は地球連合の外交使節艦隊の「外交艦」という、いわば外交を行うための専用の船に向かい、渉外活動だ。
これまでは地球連合の使節がこちらの国に来訪するという形で行われていたのであるが、今回は招待される形となった。
持ち込みの難しい資料などを実際に見せるなどのデモンストレーションなども含めての外交となるとのことだ。
これまで滞在している間に防疫処置などを行い、この国に病気などを蔓延させないようにする準備が終わったからこその招待であった。
(専用の場を設けて情報開示をする必要がある、ということだけれど……)
宇宙怪獣やゼントラーディなどを超える外敵などの存在を明かすのか、それとももっと脅威になる何かがあるのか。
外務省をはじめ日本政府は恐怖におびえながらも様々に憶測を立てていた。
この惑星さえも簡単に滅びるかもしれない、という特大の爆弾が放り込まれてからパニック寸前だったのだから、これ以上に何が明かされるのか。
国家全体でのサイコパスの悪化が懸念されるために外交を中断すべき、という声が出てきたのはそういう恐怖故だろう。
だけれども、今外交を拒絶したところで、いずれ来るかもしれない宇宙怪獣などが消えるわけではない。
滅びる可能性のある惑星の生命体と接触してコミュニケーションをとってきた地球連合なのだから、何かしらの打開策があるのかもしれない。
(今は、希望を見つけないと)
そして、地球連合の意図や要求を見出さなくてはならない。
協力か恭順か、それともそれ以外の何かなのか。国家が求めることは何かを探り当て、妥協点を見出す情報を得る必要がある。
シュビラによって安寧が約束されている時代は終わっている。
故にこそ、自ら進んでいく先を探していかなくてはならない。その確信が、朱の中にはあった。
351 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2023/07/20(木) 22:10:02 ID:softbank060146109143.bbtec.net [45/110]
以上、wiki転載はご自由に。
何とか形にできました。
いよいよ地球連合の外交使節艦隊に向かい、アレコレと情報開示を受ける予定となっております。
サイコパスが濁っちゃう人も出るかもですが、それはコラテラル・ダメージというものだ、致し方ない犠牲だ…
最終更新:2023年08月26日 20:02