289 名前:モントゴメリー[] 投稿日:2023/07/16(日) 16:55:51 ID:116-64-135-196.rev.home.ne.jp [61/216]
仏帝連合世界SS——晩餐会 第一夜——

Petit Japon(プチ日本)世界、仮称フランス連合占領地域(旧フランス)、パリ
“異世界”からの軍勢に占領されて以降、パリの街は急激に変わりつつあった。
街路からはゴミが姿を消し、セーヌ川はその水の透明度を日増しに改善している。
スラム街には“占領軍”の手が入り、(フランス国籍を持つ)ホームレスたちは彼らが用意した一時避難所に収容され、仕事を割り振られて社会復帰への道を歩み始めていた。
デモ隊を自称するテロリストたちも駆逐され、パリは「花の都」の名に恥じない美観を取り戻しつつあった。

「その代わり、この世界は滅茶苦茶に散らかってしまったがね」

車窓から見える景色を見ながら、英国代表は独り言ちる。
彼の言葉は間違いではなかった。
「フランス連合」はあの日突然、この世界のフランスに宣戦布告し、およそ6時間で本土を掌握してしまった。
それと同時に各国に使者を送り、我々の目的はこの世界のフランスへの『報復』でありそれ以外にはない。あなた方と敵対する意志はないと伝えてきた。
しかし、それではNATO始めフランスの同盟国は納得しなかった。
何やかんやあって戦端が開かれたが——結果は一方的であった。
アメリカを主力とした海軍は全ての艦載機とミサイルを撃墜され攻撃手段を損失。撤退しようとした矢先に襲い掛かって来た魚雷に推進器を破壊され洋上降伏した。
陸上ではNATO各国の飛行場に砲弾とミサイルが降り注ぎ正確に滑走路のみを破壊、空軍は行動不能となった。
地上部隊は国境線を越えたレオパルド2が人型ロボット(実際には中に人がいるのだが)に持ち上げられて丁重に謝絶されたのを見て戦意を損失した。
ここに至り、各国はフランス連合との講和に同意。世界は一応平穏になった。
その講和会議から約一か月経ち、フランス連合から「晩餐会」への招待状が届いたのである。
彼が英国代表としてパリにいるのはそれが理由であった。

やがて車はフランス大統領官邸であり迎賓館の機能も併せ持つエリゼ宮に到着した。
現在のエリゼ宮はフランス連合に接収され、司令部として使われている。

「ようこそおいで下さいました」
「こちらこそ、ご招待痛み入ります」

玄関ホールでフランス連合代表の出迎えを受ける。
互いに笑顔であるが、右手で握手しつつも「左手」はおろそかにしていない。外交の基本は世界線をまたいでも変わらない。
……何も考えずに雑談に興じているアメリカ代表などのように、それを忘れているものもいるようだが。

290 名前:モントゴメリー[] 投稿日:2023/07/16(日) 16:56:42 ID:116-64-135-196.rev.home.ne.jp [62/216]
「皆さま、今宵ここにお集まり頂きありがとうございます。皆さまの中には、不幸にも一度干戈を交えた国の方々もいらっしゃいますが、共にこの食卓を囲めることを各々の信ずる神に感謝いたします。
今宵の宴が、皆さまとの相互理解への一助となるならば、これに勝る喜びはございません。」

代表の挨拶によって、晩餐は始まった。
今回の晩餐会は一晩では終わらず、3日間に渡り行われる。一日毎に担当する世界が変わるらしい。
第一夜を司るのはフランス連邦——『現代によみがえった西ローマ帝国』と情報筋に呼ばれるフランスだ。

まず運ばれてきたのはアミューズブッシュ(amuse-bouche)である。
クラッカーの上に生ハムが乗っているな。
同時に運ばれて来た食前酒(aperitif)は…ビールだと?

「プロシュット・ディ・パルマを使ったカナッペでございます。食前酒にはいささか変則的ではございますが、ヴァイスビアをご用意しました」

世界三大生ハムと謳われるイタリアのプロシュートと、バイエルン名産のヴァイツェン(白ビール)か。
カナッペを口に運ぶと、その塩味と塩味、そして香りが絶妙のバランスで味覚と嗅覚を刺激する。
amuse-boucheとは「口を楽しませるもの」という意味のフランス語であるが、正に名は体を表している。
そして杯を傾ければ、ヴァイツェンの果実を思わせる芳醇な香りが追い打ちをかけてくる。
それでいて通常のビールとは異なるコクのある味わいと柔らかい苦みが心地よい。
舌と胃袋が感動し、食欲が湧き出てくるようだ。

次の皿は前菜(Entr?・e)だな。…アスパラガスか。

「シュパーゲルのマリネでございます」

白アスパラガスだ。ドイツやフランスの人間はこれを食べなければ春は来ない、というほど執心するものだ。
ナイフで切り分け口に運ぶと、そのたっぷりな汁気と柔らかさ、そして優しい甘味に瞠目してしまう。
“春そのものを食べているかの様”という感想で脳裏に浮かぶ。
これにヴァイツェンの後に出てきた白ワインがまた合うのである。


次の順番はスープ(Soupe)だな。——これはムール貝?

「芽キャベツとムール貝のスープです」

コンソメをベースとしたスープに、たっぷりとムール貝が入っていた。それに隠れるようにいる芽キャベツも何だか愛らしい。
スプーンですくい、口に運ぶ。
その瞬間、ムール貝の旨味とコンソメの塩味が絶妙の連携を持って自己主張してくる。
スプーンを持つ手が止まらない。
そして芽キャベツもそのトロリとした柔らかさと自然な甘みで決して埋没しない個性を発揮している。

291 名前:モントゴメリー[] 投稿日:2023/07/16(日) 16:58:23 ID:116-64-135-196.rev.home.ne.jp [63/216]
ここからコース料理はメインと呼ばれる領域に入る。
まずは魚料理(Poisson)だが……おお、魚が丸ごと一匹皿に入っている。

「タラのアクアパッツァでございます。タラはノルウェー産を用いております」

正直、もう胃袋の空き具合に不安を覚えていたのであるが、それはタラを一口入れた瞬間に霧散した。
良く締まった白身と上質な脂が満腹中枢を無力化していく。
これもまたワインによく合うのだからたまらない——!!

明日の体重と血中アルコール濃度を忘却の彼方に置いて魚料理を平らげれば、次はソルベ(Sorbet)で口直しと小休止である。

「洋梨のシャーベット・ウィリアムがけでございます」
熱い汁物が続いた口腔内にシャーベットの冷気が心地よい。
シャリシャリとした食感と洋梨のさっぱりとした甘さも素晴らしい。

さて、口も胃袋もすっきりしたところで仕切り直しである。
次の皿は肉料理(Viande)だ。
…カツレツか?

「コトレト・スハヴォヴィ。ポーランド風カツレツでございます」

ポーランド風とは珍しいな。
ナイフを入れるとサクサクという心地よい響きと共に肉が抵抗なく切れていく。
衣はカリっと揚がっているのに、中の肉はたまらなく柔らかい。ハーブの独特な香りも良いアクセントだ。
付け合わせのマッシュポテトとザワークラウトも文句のつけようがない——。

これでメインの料理は終了。
コース料理も終盤に突入である。

生野菜を使ったサラダとチーズで酒精と雑談を楽しんでいると、次の皿がやって来た。
アントルメ(entremets)である。
チョコレートケーキか。いや、これは…。

「ザッハートルテでございます」

やはりそうか。
19世紀に生まれ、当時はオーストリアの貴族階級しか口にできなかったという菓子だ。
一口含めば幸福感が体内を駆け巡る。
「世界一甘美な芸術」と称されるだけのことはある。

最後にリンゴを食べ終えたら、名残惜しいが料理は終幕だ。
あとはカフェ・ブティフール(cafe・boutique)となる。
深煎りのコーヒーと共に出てきた焼き菓子は……何だ?

「ベオグラーダ・マンデルトルテでございます」

ベオグラードの焼き菓子とは恐れ入った。
アーモンドクリームの甘みとチョコレートクリームの苦みが絶妙で、重くなった体と鈍くなった頭脳を覚醒させてくれるようだ。

292 名前:モントゴメリー[] 投稿日:2023/07/16(日) 16:59:11 ID:116-64-135-196.rev.home.ne.jp [64/216]
……そして、覚醒した頭脳をフル回転させて考える。今宵の宴に込められたメッセージについて。
献立を最初から最後まで思い返してみれば、それは容易に判断できる、できるが——。

「素晴らしい夜でした。一晩でヨーロッパ全土を旅行した気分です!」

アメリカ代表が破顔しつつ称賛を口にした。
そうなのだ。今宵の料理はフランス料理のルールに則っているが、全てが欧州各国の料理や技法を採用している。
最初の生ハムと魚料理はイタリアであり、タラはノルウェー産だ。
食前酒はバイエルン(ドイツ)であるし、スープに使われた芽キャベツとムール貝はベルギーを代表する名産品だ。
洋梨のシャーベットはスイスの名物であるし、肉料理とアントルメは言わずもがなである。
最後の焼き菓子などセルビアの銘菓である。


「——我々の世界の多様性を皆さんに知っていただきたいという願いを込めましたが、お気に召していただけたようで光栄です」

フランス連邦の代表は笑顔を崩さずにそう応えた。
アメリカ代表はその言葉を鵜吞みにしたようだが、この料理の真意は別にある。


———我々は欧州の指揮者(chef)である。この料理の故郷たちは、皆我がフランスの統制下にある。

この料理はそう高らかに宣言するためのものなのだ。

『食卓にこそ政治の極致がある』
なるほど、世界が異なれど彼らもフランス人であるということがよく分かった。
それも、近代の影が薄いフランスではなく、かつて世界の中心であった頃の力量と気概を保っているフランス人であると。

293 名前:モントゴメリー[sage] 投稿日:2023/07/16(日) 17:00:08 ID:116-64-135-196.rev.home.ne.jp [65/216]
以上です。
ウィキ掲載は自由です。

仏帝連合のお話となります。
今回は新しい表現方法に挑戦してみました。

戦車の人氏などから「科学的描写が素晴らしい」などという望外の評価を頂いている小生ではございますが、それだけを武器としている訳にはまいりません。
新しい技法を身につけねば、強敵(とも)たちに遅れを取ってしまうことは必定。

なので、科学技術ではなく文化面への描写を試みてみました。
食事シーンという難しい場面ですが、今の小生の全力を投じて作成いたしました。

お気に召していただければ幸いです。
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最終更新:2023年08月26日 21:10