6 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2022/04/10(日) 10:38:18 ID:softbank060146116013.bbtec.net [2/47]

憂鬱SRW ファンタジールートSS「ゴート・ドールは踊らない」7



  • ストライクウィッチーズ世界 主観1944年10月初旬 大西洋上 エネラン戦略要塞 軍事区画 医療ブロック 個室



 コインを持つ。
 親指で上に弾いて飛ばす。
 手で受け止める代わりに、シールドを張る。

 カチン、カチン…!

「……よし」

 コインはシールドの上に載っている。
 シールド強度は十分。しっかりと弾き、数度跳ねたコインはシールドの上で落ち着く。
 シールドを解除し、コインを握り込んだウィッチ---ウィルマ・ビショップ軍曹は笑う。
 一時期、ワイト島分遣隊にいた時のことだ。先ほどやったことができなかったときがあった。
 大気中のエーテルの量が増えたことによる魔力の循環の障害が起こり、能力が著しく落ちていたのだ。
自分にはまだ早いと思っていた「上がり」かと思い、あの時は非常に焦ったものだ。挙句に自分を囮にして死にかけたのだから。

(でも、まさかあがりを迎えたウィッチの復帰とは逆に、現役のウィッチにこういうのがあるなんて……)

 ウィルマはのちに明かされたことであるが、現役ウィッチが大気中のエーテルの増加で体調を崩すというのは少なからず見られたことという。
普通ならば自然と体がエーテルの多さに慣れていくのだが、まれにその調整ができず不調をきたすウィッチもいるのだという。
 そしてその稀有な例にウィルマはなってしまった、ということだった。
 そのままでは戦力とはならないとのことで、ワイト島分遣隊の任を解かれると同時に、ここティル・ナ・ノーグに放り込まれた。
 理由は二つ。
 一つは前述の通り魔力の不調を直すための治療を受けるため。
 そしてもう一つは、本国からの命令でここエネラン戦略要塞において新時代のウィッチに必要な教育を受けるためだった。
ワイト島分遣隊に派遣される前から噂だけは聞いていたのだ、地球連合という外の世界からの組織から派遣された凄腕のウィッチがいるというのは。
 曰く、ウィッチや魔導士の使う魔導具を次々と開発した発明家。
 曰く、新兵科部隊を組織し、訓練し、オーバーロード作戦の最前線で活躍させた。
 曰く、撤退戦時のウィッチたちを戦場に立たせ続けた薬品の開発を行った。
 曰く、戦場に自ら出撃し、たった一度の出撃で4桁のスコアをたたき出し、戦線をひっくり返した。
 曰く、曰く、曰く---

 そして、そのウィッチがオーバーロード作戦の後に国家の垣根を超えた教育部隊を結成したということも知った。
最先端の魔法についての知識や、オーバーロード作戦の戦訓の研究などのほか、新兵科の兵士の教育、さらには技術供与などを行っているとも。

「リーゼロッテ・ヴェルクマイスター大佐、ね」

 ここティル・ナ・ローグに来てからは、治療がメインであったため、未だに顔を合わせたことはない。
 けれど、その噂はあちこちから聞こえてくるし、ウィルマ自身それだけの才覚を発揮できるという人物に興味がある。

(会うのが楽しみだわ……どんな人なのかしら)

 その彼女に会う機会は直近に迫っていたのだった。

7 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2022/04/10(日) 10:39:14 ID:softbank060146116013.bbtec.net [3/47]

  • エネラン戦略要塞 軍事区画 執務室


 しばらくの病院生活を終え、かつてのような魔法の行使もできるようになって退院したウィルマは、早速の呼び出しを受けていた。
 案内を務めるリーゼロッテの秘書であるフラワー・ルビー曰く、一度は顔を合わせ、為人を知りたいというのがリーゼロッテの方針なのだとか。
最もティル・ナ・ノーグの抱える人材の数の関係上全員は不可能で、これと思った人が直接会うことができるという。
忙しい業務の合間を縫い、これまでにかなりの人数と顔を合わせ、話をし、時には視察を行っているというリーゼロッテには強い興味があった。
話に聞く限りでも非常に大きな組織であるティル・ナ・ローグの最高顧問にして実質的なリーダー。
研究者でもあり、最前線で活躍する技量を持ち、尚且つ指導者としても優秀。いったいどんな人なのか。
 そして、そのリーゼロッテのいるという執務室のドアを、秘書のルビーがノックする。

「ヴェルクマイスター大佐、ルビーです。ウィルマ・ビショップ軍曹をお連れしました」
「どうぞ」
(あら、意外と若い……?)

 ウィッチで大佐、となるとあがりを迎えた人物かと思ったが、ドア越しに聞こえた声はまだ少女の声だった。
しかも、ワイト島分遣隊にいたラウラかアメリーくらいの年齢と推測できた。若い、若すぎる。
1942年の時点で最前線に出れる年齢だったことを考えても、自分と同じかそれくらいと思っていたが。

「失礼いたします」
「失礼します……ッ!?」

 まず執務室に入って気が付いたのが、膨大な量の机だった。その上には同じく大量のな書類や書籍、あるいはよくわからない機械が並んでいる。
それらは綺麗に整理されているのはわかるが、それでもそれらが非常に多いことをごまかせはしなかった。
応接スペース周辺こそ綺麗に空間が開けてはいるが、それ以外に関しては人が通るので精いっぱいのような感覚しかない。
 次に目に付いたのは天井から延びている「手」だ。ケーブルでつながったそれは机の上に並ぶもの物を持ち上げたり動かしたりしている。
連合からすればなんてことのない作業用ロボットの一つであるが、そもそも自立ロボットの概念の薄いこの世界の住人には刺激が強かった。
 さらに刺激的なのは光を取り込むための窓以外の壁を覆う立体投影スクリーンの数々だ。
林立している、というレベルのそれらは、いずれもが目まぐるしく情報を表示し、切り替え続けている。
未だにテレビジョンというものの普及が進んでいるとは言い難いストパン世界にすれば、驚天動地の物品だ。

「ああ、すまない。刺激が強すぎたな」

 そんな先ほど聞こえたのと同じ声がすると、次の瞬間にはそれらが一瞬で消えていった。
 即ち、自律作業アームは天井へと収納され、壁を埋め尽くしていたモニター類は一瞬で閉じられた。
後に出現したのは、物が多少多いくらいの執務室であり、部屋の様相に埋もれていたその部屋の主だった。

「大佐……」
「わかっているフラワー。だが、仕事が詰まっている関係上、こうしてコツコツとこなさなくてはならんのだ」

 そして、その人物は机の間から姿を見せる。
 白とも銀とも取れる長髪。抜けるような碧眼。幼い、それも花開いた花弁のように儚くも美しく整った顔立ち。
そんな華奢で手折ることさえできそうな、決して大きいとは言えない体躯を軍服に包んでいる。
 それ以上にウィルマが気が付いたのは、目の前の人物の、隠しきれない膨大な魔力と存在感だ。

「あ……ヴィ、ウィルマ・ビショップ軍曹であります!ブリタニア王立ファラウェイランド空軍416飛行中隊
より本日付で配属となりました!」
「着任を歓迎しよう、ウィルマ・ビショップ軍曹。
 私がこの『ティル・ナ・ノーグ』の最高顧問を預かるリーゼロッテ・ヴェルクマイスター。階級は大佐だ」

 自己紹介の言葉が出たのは、半ば反射だった。
 そうでなければ、その存在感に呑み込まれて、何も言えないままにパニックになっていたかもしれない。
それほどまでに、リーゼロッテの姿を直接見るというのは大きな衝撃を伴っていたのだった。
 思った以上に若い、というか幼い。そのことに驚いたし、それを感じさせないほどに大人びている。
いや最早大人びているなどという言葉で収まるものではない、老成し、完成されているのだ。
まるで美しい人形のように。あるいはそこで止まっているのに完成しきっている絵画の中の人物のように。

8 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2022/04/10(日) 10:40:07 ID:softbank060146116013.bbtec.net [4/47]


 衝撃で固まってしまったウィルマは促されるままに応接セットの椅子に案内され、いつの間にやら紅茶を差し出され、それを受け取っていた。

「失礼いたしました、大佐」
「フフ、それは構わん。私の様な見てくれの人間が大佐などという階級を預かって、一つの巨大組織を預かっているのだからな」

 対面に座るリーゼロッテは楽しそうに笑う。年相応の幼女のように、花が咲くようにとはこの顔か、と思えるほどに。

「ウィルマ・ビショップ軍曹」
「は、はい!」
「1924年5月20日生まれ。幼少期をブリタニア本国で過ごしたのちに、新大陸のブリタニア連邦ファラウェイランドへ移住。
 母親の故郷でもある同地の空軍に入隊し、ファラウェイランドの養成学校にて訓練課程を修了、航空歩兵の資格を取得。
 その後はブリタニア王立ファラウェイランド空軍416飛行中隊に配属され、ネウロイとの戦いの最前線に赴く。
 オーバーロード作戦においてはブリタニア派遣軍の航空ウィッチの一人として配属される。
 その際に戦線後方勤務ながらも活動し、撤退戦において殿軍を務め、ダンケルクよりブリタニア本国へ撤退に成功。
 その功績と経験を買われる形で1944年にワイト島分遣隊に派遣され、同分遣隊内において年長者として教導にあたる。
 しかし、その間に魔力循環の不調に伴う魔力の減衰が発生。最後の出撃時にはシールドが張れないほどになっていたが、そのまま出撃。
 未熟なウィッチであるフランシー・ジェラード少尉を救うため囮となってネウロイを誘引。その後味方の救援を受ける。
 そして、そのまま上がりで引退かと思われたが、本国からの転属命令によりティル・ナ・ローグへ派遣が決定。
 ウィッチの教育を行える人材としての教育を受ける予定であったが、健康診断で前述の魔力循環不調が発覚。
 ティル・ナ・ローグに付随する医療機関に入院。つい先日退院し、現在に至る。あっているかな?」
「はい」

 徹底的に調べられている、とウィルマは理解できた。
 リーゼロッテが述べたのは自分の経歴であり軍歴、ここに来るきっかけになった出来事などだ。
何ら資料を見ることなく、優雅にカップを傾けながらそらでスラスラ述べるということは、記憶しているということか。
 ただ、無遠慮なまでのその視線をウィルマは避けたくなった。まるで、全部を見透かすかのような、そんな冷たい目に怖くなった。

「一先ずは退院おめでとう。ウィッチという戦力は非常に稀少で、そんな君がいきなり欠けるような事態にならず良かった」
「あ、ありがとうございます」
「扶桑皇国でシティシスを指揮していた時に、貴官のような症状のウィッチにあってな。
 その時の知見が役立ったようで何より」

 濃すぎるエーテルも厄介なものだ、とリーゼロッテはため息をつく。

「エーテルや魔法、魔力についての研究が進んでいなかったこの世界では、そのまま上がりと思われてもおかしくなかった。
 主治医にも言われただろうが、卿はあと5年は現役でいられるだろうと推測されている。まあ、しばらくはここで働いてもらいたい」
「はい……まさか自分がこんなに早く、とは思いもよりませんでした」

 ウィルマも、世界が一変してから、あがりを迎えていたウィッチが現役復帰したというのは聞いていた話だ。
20歳を迎えればほぼ上がりになるウィッチが、それでも現役を続けていたというのは、比較的高齢だったウィルマには朗報だったのだ。
 だからこそ、ワイト島分遣隊にいる際に魔力が減衰しだしたときには恐怖さえ感じていた。なぜこんなに早く。なぜ今になった。
 そして思ったことは、ワイト島分遣隊の仲間たちのことだった。まだまだ未熟な、戦場を知らない片翼のウィッチたち。
そんな彼女たちがこの先戦っていけるのかどうか、とても不安になってしまったのだ。

「青天の霹靂であっただろうな、卿にとっては」

 カップを置いたリーゼロッテは同情するしかない。

9 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2022/04/10(日) 10:40:46 ID:softbank060146116013.bbtec.net [5/47]

 ウィルマの為人は報告書で見聞きしたことだけであるが、少なくとも成熟した精神を持っていることが窺えた。
それ故に、その人間性が、あるいは責任感や使命感が、ウィッチとしての終わりを急に迎えた時に、思いもよらぬ方向にウィルマ自身を動かしてしまう可能性を感じた。
最後の出撃においての囮となった行為はまさにそれだろう。それでも、まだ冷静であったというのは良かったことかもしれない。
差し迫った終わりを前にして、彼女はそれでもウィッチであろうとした、軍人であろうとした。
やけっぱちになって自殺行為に突っ走らなかっただけでも評価できるし、選んだ行動についても好感が持てた。

「さて、仕事の話に移ろうか。例のモノをフラワー」
「は」

 そして、ルビーはその手に持ったトレーから大量の書類の束をウィルマの前に置いた。
 それは、ブリタニア軍からの指令書だ。不思議なことに似たような書面で二通あり、どちらも自分あてになっている。

「貴官は元々、ウィッチとして復帰できないとの見込みから、教官職となれるように訓練を受け、実習も行うという予定だったな?」
「はい。本国からの指示で、オーバーロード作戦を経験したウィッチの能力や技量などを次の世代に伝えてほしいと」
「その点については把握していた。だが、貴官がウィッチとして復帰できるとブリタニアに伝えたところ、それが新しいものに変わったのだ」

 つまり、とリーゼロッテは指を立てる。

「一つはこのまま前線から離れ、後進の教育に当たる人材としての訓練をティル・ナ・ノーグで積むという選択。
 最前線に立つことはなくなるだろうが、逆に言えば集中して教育を受けることができるので、安全に、そして確実に貢献できる」

 ついで、もう一本リーゼロッテは指を立てた。

「もう一つは、ブリタニア側から伝えられた新しい要望だ。
 ここティル・ナ・ノーグにおいて、新しい常識と知識を学びウィッチとして前線復帰をするというもの。
 教官となりうる人材として訓練を受け、また現役復帰に向けた訓練や教育を受けてもらうというハードなものだ」
「つまり、その二つから希望する方を選べということでしょうか」
「その通りだ。どちらを選ぶかは貴官の希望に沿う形となる。
 私もブリタニアも、貴官に強制することはない。選択肢を尊重するつもりだ。
 どちらにしても、ティル・ナ・ノーグやブリタニアにとって助かることであるのは間違いない。
 最前線の兵力も、後方で貢献する兵力も、どちらも現在のところ需要は高い。どちらに行っても悪いようにはしない」

 そしてこれらがその指令書だ、と手で示される。

「今すぐ決めろとは言わない。だが、貴官の今後のキャリアや進む道に大きくかかわる決断が必要となる。
 どちらにしてもここで学び、訓練し、人類のために戦ってもらうことには変わりはない。かかわり方が少々変わる程度だな」
「……わかりました」

 確かに重要な選択だ、とウィルマは頷く。
 この決断が、この場ではなくとも、直近に自分が下す決断が自分の今後に関わることになるのだと。
 一つ呼吸を入れて、姿勢を正し、ウィルマは改めて目の前の選択肢を見ることにしたのだった。

10 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2022/04/10(日) 10:41:36 ID:softbank060146116013.bbtec.net [6/47]
以上、wiki転載はご自由に。
次話に続きますね。
せっかくなので芳佳ちゃんとも絡めたいですし。

ウィルマさんは原作と同じようなことが起きております
潤沢すぎるエーテルに身体が合わなかったんですねぇ…
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最終更新:2023年11月03日 10:41