272 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2022/04/11(月) 22:31:08 ID:softbank060146116013.bbtec.net [19/47]
憂鬱SRW ファンタジールートSS「ゴート・ドールは踊らない」8
- ストライクウィッチーズ世界 主観1944年10月初旬 大西洋上 エネラン戦略要塞 居住区画 女性寮
「実質一人部屋、か」
ウィルマの案内されたエネラン戦略要塞での居室は、一般的な二人部屋であった。
だが、その相室となる相手がいないために、広すぎる部屋を一人で占拠という状態である。
とはいうものの、居室自体が非常に広く、またウィルマ自身が持ち込んだ荷物が非常に少ないということもあり、荷ほどきをしてもその広さは揺るがなかった。
「なんというか、落ち着かないわね……」
何とも豪華すぎるほどなのだ。軍属であったからわかるが、最優先事項は軍事。故にこそ、設備などが乏しいことはざらにある話だ。
だが、ここはまるで違う。机と椅子一そろい、ベッド、やたらと大きな本棚、洋服を入れるクローゼット、ドレッサーが個人に割り当てされている。
素人目にもそれが上等なものであることは明らかだ。機能だけでなく、部屋を彩る家具としての役割を果たしている。
二人部屋で共有のものではテレビジョン装置、ラジオ、ケトル(お湯を沸かす装置らしい)、冷凍庫なる小さな食料保存庫。
それ以外にも居室ごとに用意されているシャワー室と洗面台に、事務につながる電話機、さらに空調設備と非常に整っていた。
ここに慣れてしまうと、いざ外に出た時に差がひどくて色々と不都合があるかもしれない。
(そういえば、501にいたリーネもそんなことを言っていたっけ……)
だが、これに似たことを体験したのは妹のリネットであった。
501に限った話ではないが、統合戦闘航空団は地球連合から超大型航空空母というものを貸与されていた。
空を飛ぶ空母というものらしく、信じられない大きさを持っている航空機だとも聞かされていた。
そして、その空母の中がすさまじく快適で、地上の基地よりもよほど設備が整っているのだとも。
空中から飛び降りて戦場に飛んでいくだとか、あるいは航空空母からの援護を受けながらの戦闘だとか、そんな体験もできたという。
だが、ちくりとウィルマの胸中に棘が刺さる。
その501が母艦とする扶桑皇国の空母赤城を撃沈し、さらに地球連合から貸与された航空空母に被害を与えたのは自分たち祖国だ、と。
「……」
ウィルマとて分かっている。引退することを考えていた自分がワイト島分遣隊の後もここに派遣された理由の何割かはそこにあると。
本国でも、入院中でも噂話で聞いたことだ。「ゴート・ドール」という、人身御供としてささげられたウィッチたちのことを。
本国でのことについて、思うところがないわけではない。自分の妹も危ない目に遭ったというのだから、猶更だ。
そのことが、自分の選択---現役ウィッチとして訓練を受けつつ後進を導く教官となる課程をどちらも受ける---に影響したかもしれない。
実際、あの場において自分の希望を伝えた時、リーゼロッテには言われたのだ。ウィルマが背負う必要などない、と。
(でも、後悔はしたくない)
急いでいるという自覚はある。けれど、自分ができることはやっておきたい気持ちは嘘ではない。
一度は死んでしまうと思ったけれど、仲間たちの、面倒を見ていた後輩たちのおかげで救われた命だ。
彼女たちに直接、というわけではないけれど、せめてもの恩返しが後輩たちにできるならばと、そう思えたのだ。
その時、居室に割り当てられているインターホンが鳴る。
来客かと思い、ドアを開けてみる。
「おっと、そうきましたか……失礼します、ウィルマ・ビショップ軍曹のお部屋でしょうか?」
そこにいたのは、女性のスタッフだった。
この女性寮には男性が非常時以外は入れないようになっているとのことだ。
通常の警備に加えて、他にも手段が講じられているとのこと。具体的にはリーゼロッテ大佐が呪いをかけたという。
何が起こるのかまでは、またどういう呪いなのかまでは知らない。だが、そういうことになっているという。
「はい、そうです。私がウィルマ・ビショップ軍曹です」
「お荷物が届いておりますので、確認とサインのほどよろしくお願いいたします」
それは、リーゼロッテから伝えられていた教本のことだった。
学ぶためのテキストや教本などは追って届ける、と指示されていた。
「はい、わかりました」
そして、ドアを大きく開け、差し出されたペンと紙を受け取り---
「え?」
現実と対面した。
273 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2022/04/11(月) 22:32:01 ID:softbank060146116013.bbtec.net [20/47]
受け取りが終って、一通りの荷ほどきを終えた。
それだけで、早くもウィルマは決心が折れそうになっていた。
「何、この量は……」
ウィルマの眼前には本棚があった。初めて見た時には、個人に割り当てられるにしては大きいなと思うサイズの本棚だった。
それがほぼ満杯になる量の書籍が送られてきたのだ。分厚いものや薄いものも含めて、満杯になっているのだ。
更に同時に支給された筆記用具やらノートの量も半端ではない。それらも荷ほどきして数などを確認して一先ず片付けるだけで、いい汗かいてしまった。
「全部大佐の名前が入っている……」
その中で気が付いたのが、テキスト類に書かれているリーゼロッテの名前だ。
ほぼすべてのテキストに、その著者か編集という形で作成に加わっていることが裏表紙や背表紙に記載されているのだ。
聞いたところによれば、地球連合との接触があったのは1940年に入ってからとのこと。
それからわずか数年に満たない期間で、魔導というものを、魔法というものを調べ上げ、形としたというのか。
(絶対に見た目通りの年齢じゃないわよね、大佐は)
あれで自分より年下なはずがない。そうウィルマは確信した。
飛び級だとか生まれながらの天才だとか、そういう与太話はいくつも聞いたことがあるが、そんなもので収まるものではないと思う。
だが、同時にあの容姿をどうやって保っているのかが疑問でしかない。成長が止まっているのか、はたまたそういう魔法なのか。
酷く気になるのだが---それを考えだしてからなぜだか背筋が寒くなって、冷や汗が止まらないので考えるのはやめることにした。
そして、ついでのように届けられている旅行鞄のようなキャスター付きのカバンの意味も理解できてしまった。
「……これだけあるから、これを使いなさいってことなのかしら」
書籍の荷解きと片付けがかなりいい運動になったので、腕がちょっとプルプルする。
それをこらえつつも、その鞄を眺め、どういう仕組みなのかを説明書を見て確認を進める。
「これも、魔導具なのね……」
この鞄に装飾のようにして備え付けられている演算宝珠により、重量軽減の魔法がかけられているとのことだ。
その演算宝珠に触れて起動させると、途端にふわりと鞄が軽くなった。試しに中身を数冊入れてみたのだが、まるで重さが変わらない。
福利厚生にしてもとんでもない金のかけ方だ、と感嘆するしかない。
ウィッチのウィルマでも、演算宝珠というものが如何に高級なモノかは理解しているつもりだ。
誰もがウィッチのように魔法を使えるようにするための道具ではあるが、稀少な資源を使い、複雑な工程を経るからこそコストが高いのだ。
それを平然と配ることができるという点では、このティル・ナ・ローグ、そして後援する地球連合の国力を感じる。
(それだけ、期待されているってことかしら)
そして、その国力を注いで自分たちを教育し、訓練するということはそれだけ期待されているということでもある。
そうなれば、自分たちが如何に重責を負う立場にいるかがいやでも理解できるというものだ。
元々ウィッチという役目自体が重要な役目を果たしているが、さらにその上乗せとは。
「ともあれ、明日から頑張らないと」
訓練は明日から早速始まる。一先ずは、夕食を食べに行こうか。そう思い、ウィルマは立ち上がる。
密かに候補者として期待されているウィルマ・ビショップのティル・ナ・ローグでの活動は、まだ始まったばかりだ。
274 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2022/04/11(月) 22:33:07 ID:softbank060146116013.bbtec.net [21/47]
以上、wiki転載はご自由に。
短いですが、ご容赦を。
あと3,4話くらいで区切りとしたいですなぁ。
最終更新:2023年10月13日 18:14