577 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2022/04/14(木) 21:24:43 ID:softbank126041244105.bbtec.net [21/103]
憂鬱SRW ファンタジールートSS「ゴート・ドールは踊らない」8.5
- ストライクウィッチーズ世界 主観1944年10月中旬 大西洋上 エネラン戦略要塞 軍事区画 執務室
久方ぶりに、リーゼロッテは深い思考の海に沈んでいた。
それは、目の前の執務机に置かれた投影機から投影される人事ファイルのデータを見ながらであった。
それらは、いずれもここエネラン戦略要塞に、ティル・ナ・ノーグにウィッチ候補生として派遣されてきたウィッチ候補生のデータだ。
その数はゆうに50を超えており、リーゼロッテの手の動きでワイプされると、さらに表示件数が増えていく。
生まれも、元の所属も、あるいは話す言語さえもバラバラな、そんな彼女たち。
その彼女たちはとある共通項を持っていた。おそらく、本人たちさえも気が付いていないであろう共通の要素を。
ティル・ナ・ノーグに受け入れる際の検査で気が付けなかった、そんな彼女らを。
「……そして」
空いている手で新たな投影機を操作し、こちらも人事ファイルを表示させる。
こちらには、ティル・ナ・ノーグにおいて学習を続けるウォーザード---の男子のデータが表示される。
数としてはかなり少なく、ようやく10名を超えるかというところでしかない。それも、年少者の割合が多い。
数万人を超える人材を教育するここで、自分が気が付き、わずかながら存在することが確認されている『種』達。
データ上ではともかくとして、実際に顔を突き合わせ、精査しなければわからないような、そんなかすかな存在。
正直なところ、この世界の歴史を鑑みるに、まさかと思う存在ではあったのだ。
いつの間にかバイアスに捕らわれていたのかと、リーゼロッテは自嘲するしかない話だ。
とはいえ、そんなことをしても彼ら彼女らの存在がどうにかなるわけではないのは確かな話である。
「そのまま気が付かない方が幸せであったかもしれないが……あるいは」
そう呟いて、リーゼロッテは手を打ち合わせ、投影機の表示を切る。
室内に展開されていた数十名もの人事ファイルのデータは一瞬で消え去り、光の滝のようになっていた光景は消え去った。
後には、虚空にその碧眼を向け、黙考する魔女の姿があるのみであった。
そして彼女は、しばらくしてから手元の端末を操作する。
「……リスクはあるが、私の一存だけで治めるよりマシか」
そして、その操作を受けて、端末はネットワークを介して即座に主の書き上げたメッセージを伝達する。
だが、それが終ってもリーゼロッテはしばし思考の海に漂うのであった。
それも、自らの為した選択についてあとから迷うという、非常に珍しい姿であった。
数日後、ティル・ナ・ノーグにおける会議が『存在しないことになっている』0番台の会議室で開かれた。
参加者は連合からの派遣人員の重役のみ。それぞれは本来ならば全く別の業務を行っていたり、あるいは休養であったりするはずであった。
だが、そこは連合が用意したエネラン戦略要塞だ。裏道など、いくらでも用意できる話。
そして、一番の上座には当然の如くリーゼロッテの姿がある。彼女は本来、自らが講師を務める抗議の時間だ。
にもかかわらず彼女の姿はここにある。何のことはない、分身を作って送り込んでいるだけである。
「さて、揃ったか」
最後の参加者が椅子に座り、準備が整ったところで、自ら進行役を務めるリーゼロッテが口火を切る。
「緊急で集まってもらい、済まぬことをした。
時間もないので早速本題に入るが……」
リーゼロッテは自らの操作で全員の目の前に人事ファイルを展開し、問いかけた。
「ここに表示された164名の『種』。彼ら彼女らの中に眠る固有魔法を目覚めさせるか否か、それを話し合いたい」
578 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2022/04/14(木) 21:25:23 ID:softbank126041244105.bbtec.net [22/103]
その言葉に、流石のティル・ナ・ノーグの主要メンバーも戸惑いを隠せない。
固有魔法。
ウィッチの中でごく一部が発現する、固有のエーテル現象を引き起こす能力。まさしく魔法というべきもの。
これまでにティル・ナ・ノーグやシティシスではこの固有魔法の分析や再現などを試みてきていて、あるいは能力の仕組みを知ろうとしてきた。
これまでに主に魔眼の能力の再現などを行ってきた実績を持ってはいるが、未だにその仕組みには不明な点も多い。
何故発現するのか、何故一定ではないのか、何故特定の人物にしか現れないのか。多くが不明なままだ。
この世界の住人が生会得的に何らかの魔導器官---実体を持つにしろ仮想であるにしろ---を持つ可能性が推定されている程度。
その仮想される魔導器官を既存の科学・魔導・エーテル技術と混ぜたものがMPFに使われているのだが、それは省略。
「それは後天的に、でしょうか?」
最初に衝撃から復帰したのはシティシスからついて来ていたレベッカだ。
彼女は実技指導も行う立場にあり、固有魔法を有するウィッチに接してきた経験を持つ。それゆえに固有魔法についてはストパン世界の常識をよく知る立場にあった。
そんな彼女にしてみれば、固有魔法が後天的に目覚める、というのはこれまで聞いたことがない。シティシスにいた時もそうだ。
当時はウィッチに関する資料の分析や文献の解読なども行っていたが、そういった例は見たことがなかった。
「そうとも、後天的にな……濃い濃度のエーテルに触れ続け、眠っていた力が目覚め始めたのだ。
ウィッチたちが上がりから復帰したのとは違い、時間がかかったのだろう。何しろ、深くに眠っていた力なのだからな」
そう、過去には例がない。例えば、元の世界よりもエーテルの量が多いこの世界に突然放り込まれる例など、ないわけである。
「シティシスで研究し、それをティル・ナ・ノーグに引き継いでもまだ数年と経っていなかった。
つまり、まだこの世界の魔導の表層をえぐったくらいにすぎないということかもしれないのだ」
「一体いつ発覚を?」
「扶桑皇国のシティシスを預けていた広原からの報告だった。
扶桑皇国からきていたウィッチ候補生の一人が、ある時突然固有魔法を発現した、と」
さしもの異常者たる広原実さえも驚いただろうな、とリーゼロッテはつづけた。
彼女は先天的に管理者的な能力にたける。あらゆる膨大な情報を並列に、有機的に、あるいは意味論的に管理し、推測し、練り上げることができる。
だからこそ、それらの管理によって推測される「流れ」を唐突に変えた物には驚愕しただろう。
「幸いにして発現した時、ちょうどその本人の訓練を視察していた時だったようでな。
即座に訓練を中止させ、緘口令を敷いたうえで調査を行った。
発現した固有魔法は停止結界。飛来物が何であれ、捕らえた物の動きを鈍らせる力場を発生させるというものだ」
「突然の発露……」
「しかも訓練中に?」
「しかし、固有魔法の発現は喜ばしいことでは?そのウィッチの戦力的価値を大きく高めるものではないでしょうか?」
その指摘はもっともだった。固有魔法は程度の差こそあれども、戦闘能力の向上には大きく役立つ。
魔導具や演算宝珠などで再現しているものがないわけではないのだが、それでも未だに再現しきれていない能力が多いのだから。
「そう。そこで、広原にはシティシスに所属する人員の身体検査をもう一度行わせた。
その結果、体内のエーテルの循環の波形と脳波に特定のパターンがあることまで突き止めた。
つまり、誰が固有魔法を実は持っているかを選別する方法が分かったのだ」
だが、決してリーゼロッテの顔色は良くない。
「問題は、だ。この能力の発現が、我々の手で起きると認識される恐れがあることだ」
シン、と音が会議室から消える。
参加者全員が、その言葉の意味を飲み込めてしまったからだ。
「つまり、種、と評したのは……」
「そう。まだ準備が整っていないか、条件が満たされていないために発現していないということだ。
そこを刺激してやれば目覚めさせてやることは可能であるとの結論が出ている。
そして、その『種』の一人を被検体として実証実験を行ったところ、成功した。被験者は固有魔法を獲得した」
そう、してしまったのである。
579 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2022/04/14(木) 21:25:57 ID:softbank126041244105.bbtec.net [23/103]
「正直なところ、勝手に放っておいても勝手に固有魔法に目覚める人間が出ることは予想されることだ。
その人間を適切に教育することは、我々にとっては決して難しいことではない。そういうものとして処理すればいいだけだ」
「ですが、戦力の拡大を第一義とするならば、意図的に目覚めさせ、教育を施す方が合理的ですね」
「そうなると大佐のおっしゃる通り、我々が固有魔法を持たない人間に与えることができると、そういう認識になってしまう可能性がありますね」
それの引き起こすところは、これまで以上のティル・ナ・ノーグへの要求の肥大化だ。
そして、組織の内部における融和にも問題が発生する。ランダムに目覚める固有魔法が意図的に開花するかもしれないというのは、人の和を乱すのに十分だ。
力を持ちたいと誰もが願うものであるし、ましてウィッチとして訓練を積む候補生たちは力を求めるものだ。
「正確な情報を伝達しても、そういった噂や誤った認識は拡散する。独り歩きし、広まり、時にねじ曲がって伝わる。
あるいは、力を持ってしまったことで騙りを起こすこともありえる。ここは年少者さえも投じるウィッチとの相性が最悪だな」
「若さ故の過ち、ですか」
「それも命がけの状況下で発生すればなおのこと不味いですね」
「困ったことになりますな……」
誰もが頭を抱えたくなった。
放置しておいて問題が起こるのは困る。最悪目覚めないまま、戦力的価値が低いままに戦場に送り出す必要があるかもしれないのだ。
だが、意図的に目覚めさせれば、あらぬ噂が発生することを避けえず、おまけに不和を招きかねない。
殊更に個人に依存しているウィッチという戦力であるがゆえに、さらに年少者もいるウィッチには極めて致命的になりうる。
「これだけの劇物的な情報と情勢であったのでな、こうして隠して伝達するしかなかった」
そう、当初はリーゼロッテの一存で情報を隠してはいた。そして対処法を勘案しようとしたのだ。
だが、その問題は個人の手には余りすぎるものだったのだ。いずれ発覚することかもしれないので問題となりうる可能性がある。
かといって、いきなり大々的に周知しすぎるのも問題だ。ただでさえウィッチ関連は繊細な問題に発展しやすい。
「とはいえ……これをどうにかするのは難しいとみるが、どうだ?」
「同意です。我々を信頼し、明かしてくださったことには感謝しますが……」
「問題の種が大きすぎますね、コレ……」
「アンビバレント……」
やはりか、と反応を示す部下たちにリーゼロッテはため息をついた。
「一応の解決策としては、固有魔法の保持者を優先的に受け入れるという形で対応。
そしてエーテルが濃いこの世界において後天的に固有魔法に目覚めるかもしれないと、そう周知することくらいだ」
「妥当なところかと思われます」
「……積極的に動きすぎて、干渉しては嫌われますしな」
「ですが、こちらにいくらでも受け入れる余裕があるわけでは……」
「そうです。ただでさえ、教育課程のキャパシティーはきついところがあります。
まして、固有魔法の制御の教育は通常の教育課程に上乗せする形なのですから」
「まったくもって、すべて正しいから困るのだ……」
喧喧囂囂。現状と理想と実情に照らし合わせて、どうしても噛み合わないがゆえに、意見が割れてしまった。
これもあって言い出しにくいところもあったんだ、と長を務める魔女はつぶやくしかない。
580 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2022/04/14(木) 21:26:30 ID:softbank126041244105.bbtec.net [24/103]
「ヴェルクマイスター様、主旨としては覚醒を促すかどうか、でしたがやはり控えるべきではと思いますが」
「そう……それが一番波風を立てない。しかし、いつネウロイの戦力が活性化するかもわからん中では、戦力化は急ぎたいのも事実なのだ」
「うう……確かに」
堂々巡りだ。
そういう意味では、リーゼロッテが捻りだした、固有魔法の発現が起きるのを待って受け入れるというのは妥協案となる。
積極的に受け入れて発現させるのはよろしくないが、かといって眠らせたままにするわけでもないという折衷。
ただ、リーゼロッテとしては近いうちに戦力が必要になるのではという懸念を募らせていた。
これは個人的な勘の様なもの。長らく争いや陰謀の世界で生きてきた中で磨いた、特異なセンスだ。
だからと言って、それだけで組織を動かすのは問題だ。このティル・ナ・ローグは連合のバックアップで動いている。
資金・資源・人材・場所・権力や権限などあらゆるものが連合から得たものである。
それは同時に、ティル・ナ・ノーグの迂闊な行動が連合に対しても悪影響を及ぼすリスクを伴うということでもある。
「結局妥協案に落ち着く、ということになりそうですな」
「……悔しいですが、それがベターかと思われます」
「我々程度の浅知恵ではヴェルクマイスター様には追い付けますまい」
「いや、卿らの意見も貴重だ。私に意見する人材ほど欲しいものはないしな」
ともあれ、一つの結論は出され、今後はその方針の元で具体的に動くことが決定された。
無論、表向きにはまだ動かない。あくまでもそれとなく準備を進め、備えるに過ぎない。
ここでの会議はあくまでも行われていないことになっている、秘密性の高い議案を話し合う場なのだから。
「では次に移ろうか。
男性にも固有魔法……いや、そこまでいかなくともウィッチと同じように魔力の行使が可能な人員が現れたことも問題なのだ」
「……ウィッチが女性とは限らないようになる、と?」
「あるいはな。そこについても、話し合いをしたい」
そして、次の議題が提議される。
その日の話し合いは、3時間余り続くこととなったのだった。
581 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2022/04/14(木) 21:27:14 ID:softbank126041244105.bbtec.net [25/103]
以上、wiki転載はご自由に。
ティル・ナ・ノーグもリーゼロッテさんも万能でも全能でもない…
歯がゆさを覚えながらも、物語は進むのです。
最終更新:2023年11月03日 10:43