864 :グアンタナモの人:2012/03/11(日) 14:34:02
仕事先でつくばに進学するらしい学生さんを見かけた際に思いついてしまったお話。
一応、管轄はここで大丈夫……ですよね?
学園都市。
それは読んで字の如く、教育機関や研究機関が集中する街のことだ。
今日日、〝学園都市〟と呼ばれる街は世界的に見ても数多く存在するが、その中でも筆頭として挙げられる都市が極東に存在する。
ここに行けば、学べぬものはないとまで言わしめる、学生と学び舎の都。
その街の名前を〝筑波学園都市〟といった。
―― 提督たちの憂鬱支援SS 筑波学園都市物語 ――
「という訳で筑波帝国大学の新設と、連なる一帯の学術研究都市化を提言致します」
「ど、どうしたんだ、突然?」
大日本帝国東京都某所、とある料亭。
夢幻会の〝会合〟の席上で高らかと上がった声に、大日本帝国宰相の嶋田繁太郎は驚いた。
ちなみに藪から棒だったから、という訳ではない。
その時、〝会合〟の場では帝国大学の新設に関する話し合いが行なわれていたからだ。
時は一九四五年。
一大イベントである太平洋戦争を乗り切った夢幻会は、自らが捻じ曲げた世界へ未知の船出を敢行しつつあった。
傍目見れば、彼らが船頭を務める大日本帝国は列強筆頭たる地位に至っており、順風満帆の船出かとも思えただろう。
だがその実態を知る夢幻会から見れば、順風満帆どころか、心許ないことこの上なかった。
特に彼らが不安に感じていたのが、人材の枯渇だ。
アラスカを飲み込み、西海岸諸州や東南アジアを傘下に収め、コリャークやチェコトが新たに転がり込むかもしれない。
そうして版図が大きく広がっていく一方、それらを纏め上げるために必要な人材の不足が目立ち始めていた。
いくら夢幻会がしっかりしていようと、彼らだけで大日本帝国を回せるという訳でもない。
このままでは帝国の屋台骨を支えられる人材が払底してしまうかもしれない。
だからこそ、人材を育成する教育機関の拡充が急務となり、その一環として帝国大学の新設が提言されたのだ。
一九四五年当時、帝国大学と呼ばれる大学は史実と変わらず、九つ設立されていた。
場所は東京、京都、東北、九州、北海道、台北、豊原、大阪、名古屋の九箇所。
史実と違って京城帝国大学が存在しないものの、代わりに豊原帝国大学が樺太に設立されたことで数自体に変化は起こっていない。
夢幻会はこれに加えて内地に一校、外地に二校を新設する方針を打ち出していた。
そして外地に新設する大学は旅順かペトロバブロフスク、アンカレッジの三箇所から選定するという方向で纏まる。
では内地の新設校は何処にしよう、と話し合いが続けられようとした矢先、先ほどの声が発せられたのである。
声を上げたのは、言っては悪いが〝会合〟の席ではモブキャラと称しても差し支えない地味な人物であった。
勿論、仕事はそつなくこなすし、意見もしっかりと発する。
しかしながら〝会合〟主要人物達と比べれば、あまりに人畜無害であり、やはり地味である感は否めなかった。
そうであったはずの彼が、今まさに目を爛々と輝かせ、普段は噫すら感じさせない覇気を放っている。
嶋田が驚くのも当然であった。現に嶋田以外にも何人かが驚きの表情を浮かべているほどだ。
865 :グアンタナモの人:2012/03/11(日) 14:34:49
「これは連名による提言であります。こちらが提言に賛同していただいた方々の署名です」
彼はそう言うと、紙の束を嶋田に手渡す。
未だに驚きから立ち直れていない嶋田だったが、半ば条件反射でその紙束を手に取り、目を通し始めた。
「……ちょっと待て。何だこの人数は。それに参画企業に三菱と倉崎、経団連まで……って、辻!?」
そして三度の驚きが彼を襲った。
一つ目の驚きは、署名されている人数の多さだ。
びっしりと並ぶ名前は所属も地位も年齢も様々であり、〝会合〟メンバーの名前も両手を超える人数が書き連ねられている。
どうやってこんなに集めたのか。それが不思議でならない。
続く二つ目の驚きは、計画に賛同しているらしい企業の数々だ。
当たり前のように記されている三菱重工と倉崎重工を筆頭に、近年発足した経団連所属企業の大半の名がある。
本当にどうやってこんなに集めたのか。それが不思議でならない。
さらに極めつけとして、今までの驚きを纏めて吹き飛ばすような〝人物〟の署名を目の当たりにし、嶋田は慌てて目線を紙上の名前から当の本人へ向けた。
「ええ。確かに彼らの提言を認めましたが、それが何か?」
その視線を受け止めながら、辻はしれっと言ってのける。
「……何を考えてるんですか?」
「単純に良い試みだと判断したんですよ。人材育成もありますが、官民共同で先進技術を研究できる街というのは魅力的です」
「我々のような転生者による後知恵による技術牽引はいずれ頭打ちになるかもしれません。そういった状況を打破するためにも、今からの種蒔きは必要になります。どうかご裁可を」
辻に続くように、署名を提出した人物が澱みなく続ける。
彼らの並べた理由は、確かにもっともなものばかりだった。
〝何かが頭に引っ掛かった〟ものの、嶋田達は最終的に計画に許可を出す。
というよりも、会合で持ち上がる計画の大半がぶつかるであろう最終防壁の辻が認めている以上、断る理由が見当たらなかった。
866 :グアンタナモの人:2012/03/11(日) 14:35:22
「いやぁ、良かったですな」
「うむ。今日ほど喜ばしい日はない」
数日後、大日本帝国東京都某所。
定期的に〝会合〟が開かれている料亭とはまた別のとある料亭。
そこの一室に集まる、人物達の姿があった。
一見すると所属も地位も年齢もバラバラかのように思えた彼らだが、一つだけ共通点が存在する。
それは〝学園都市〟に並ならぬ思いを抱いている点だ。
夢幻会を構成する転生者達にとって、学園都市という言葉は大なり小なり琴線に触れる言葉であった。
蓬○学園の冒険から、とある魔術の禁○目録まで。年代問わず、創作物の中で学園都市が扱われる例は多い。
これによって生じた学園都市への無意識の憧れが、彼らの中に〝種〟として残っていたのだ。
そこへ湧き上がった人材が枯渇するかもしれないという問題。
人材を育てるにはどうするべきか。そうだ、教育だ。
刹那、彼らの中で〝種〟が芽吹く。
人材育成のための一大教育機関を。
こうして彼らは錦の御旗の下に集ったのだった。
「政府からの予算に、企業からの寄金。ちょっとした小国の国家予算並ですな」
「だが、無駄に溶かす訳にはいかないぞ。有意義に使わねば」
「女学校区画は有意義ですよね?」
そう言葉を交わす彼らの中心には、何枚もの青写真が置かれている。
巨大図書館に始まり、博物館や動植物園、企業研究施設。さらには地下鉄と路面電車、それをカバーするバス路線。
広大な運動場を持つ体育学校に、実験用舗装周回路を持つ工科学校。果ては専用滑走路を持つ航空学校まで。
誰もが願う夢を詰め込んだ学園都市〝筑波〟がそこにはあった。
無論、全てが通るはずがないことは彼らも承知している。むしろ全て通ってしまう方が怖い。
巧みに周りを取り込み、巻き込み、引き摺り、ようやくここまで漕ぎ着けたのだ。
各々が私利をごり押しした挙句、学園都市そのものが瓦解する事態は避けたい。
この辺りの分別は彼らの中で徹底されていた。
「筑波が一段落したら、次は神戸だな」
「いいや、宮崎だ」
「いやいや、帝大に思いきりディスられた四国にこそ造るべきだろ」
とはいえ、今日この日だけは青写真を肴に羽目を外したいのも、また人情だ。
「静粛に!静粛に! ……それでは皆様、一先ず〝筑波学園都市実行委員会〟発足を記念して」
「「「乾杯!」」」
本日、正式に発足した〝筑波学園都市実行委員会〟を記念し、この世の春と言わんばかりの祝杯が挙げられた。
かくして大日本帝国史上類を見ない一大計画都市――筑波学園都市は誕生した。
後年、国内のみならず世界中の学生が憧憬を抱く街は、三分の二の国益と三分の一の私益で生まれたのだ。
ちなみに余談だが、これに対抗するようにドイツのとある総統が学芸都市という名の一大計画都市を欧州の地に築くのだが、これはまた別の話である。
そして神戸派や宮崎派との骨肉の争いを四国派が征するのも、また別の話である。
(終)
最終更新:2012年03月12日 22:24